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四章 進む道の先に映るもの
164話 『不穏』
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レイは昼前の和風のような町中を、前を行く数人の生徒達の後ろを歩いていた。
吉田くん、東くん、萌葱さん、滝本さん、和田さん、そして──
「チッ……。何見てんだよ。殺すぞ」
レイより少し前を歩く彼女が振り向いて、レイは目を逸らした。
前方を歩いて行く彼ら彼女らを見て、俯いた。レイの目に、石畳と自分の、自分の足だけが映る。右目を細めて、自分の影を見つめている。
前を行く彼ら彼女らの声はレイにも聞こえていた。今はすぐそばのお土産屋さんに寄ろう、それは後で良いんじゃない、先にこっちに行こうよ、色々な声が聞こえてくる。
それらを聞きながら、とぼとぼと歩いている。
「レイ、くん?」
「ッ!?」
背後から聞こえてきた声に立ち止まり、息が詰まる胸をぎゅっと押さえた。
その確かめるような声に小さくない確信が芽生え、ゆっくりと振り向いた。
「──ああ、やっぱり」
その再会に目を細めて頬を緩めるレイの前に立っていたのは、数週間前にレイ達の前から姿を消したコオロギ、その青年だった。
※※※
近くの土産屋に入る事になった同じ活動班の人達を、土産を買い終わったレイは店の前で立って待っていた。しかし、一人ではない。つい先程再会を果たしたコオロギと共にだ。
「……にしても、まさかレイくんの旅行先がこの町だなんて思わなかったッスよ」
「ボクも、コオロギさんとはもう会えないとばっかり思っていました」
お土産の入った袋を両手で持ち、青く澄んだ空を見上げながら笑顔を浮かべながら言った。そんなレイを見て、それから苦い顔をして顔を背けた。
「俺は、ちょっとした用事に合わせてあの家で雇われてたッスから、その用事が出来なくなれば、もう戻って来るしかなかったンスよ」
「用事?」
「……まあ、その用事も別に大したものじゃないンスけどね。おつかいとか、その程度の用事ッス」
「そうなんですね。──じゃあ、やっぱり、ボク達のこと嫌いに、なっちゃったんですか……?」
その言葉にコオロギは「まさか!」と叫んでレイの前に立った。
それに目を見開いて、右目に映るコオロギがもの凄い勢いで顔を左右に振るのを見つめて、瞬きを繰り返す。
「ありえないッスよ! レイくんも、嬢ちゃんも、ネネさんも好きッス! ただ、こっちで用事ができて──あ、そうだ! レイくん、ちょっといいッスか!?」
「え? は、はい」ちらりと店の入口に視線を向け、生徒達がいないのを見ると「少しだけなら」と小さく頷く。
「──これ、持っていてくださいッス」
「これ、は……?」
コオロギから受け取ったその白い宝石のような物のネックレスを見つめ、眉をひそめて顔を上げる。それにコオロギはにこっと笑い、腕を組んで「ちょっとしたお守りッス」と優しく言った。
「絶対に、それを持っていてくださいッス。絶対に、ッスよ……」
鋭い眼光を向けられ、レイはこくっ、と頷くとたどたどしく、固まった喉を動かして「わ、かり、ました」と瞬きをする。耳鳴りが鳴った気がして、レイは片手で耳をそっと押さえた。
「あ、そう言えば、嬢ちゃんは──って言うのも、なんか変ッスね。もう働いてないッスから。えー、レイカちゃんは、元気ッスか?」
頬をぽりぽりと掻きながら聞くコオロギに、レイは眉をひそめ、しかし小さなため息の後にこくりと頷いた。
「はい。コオロギさんがいなくなって、泣いていたけど……やっぱり、立ち直るのも早かったです。またいつか、会いたいとも言っていました」
寂しそうなその瞳に、コオロギは目を細めて八重歯を見せて微笑んだ。
「──そッスか。分かったッス」
目を閉じ、それから思い出したようにハッと目を開けた。
「あ、最後に一ついいッスか?」
「はい、ボクに分かることなら」
「新しくレイくんの所に来た人は、いい人ッスか?」
「……?」
「ほら、俺がこっちに戻って来て、代わりに男の人がレイくん達の所に行ったッスよね? その人ッス」
「その……言いにくいんですけど……」
「ッス?」
「そんな人、来てませんよ?」
──息を飲んだ。その言葉の衝撃にコオロギは真正面から強烈な風を受けた気さえして、一歩、後ずさって瞬きをした。それから下を向いて考え込む。
「え、ちょっと……。え……? じゃあ、つまり、先手を、打たれていた……?」
「ど、どうしたんですか? 何かあったなら、ボクもてつだ──」
「ごめんッス! 用事ができたから急ぐッスレイくん! ──バイバイッス!」
走り去るコオロギを見つめ、ぽつんと残されたレイは手の中にあるネックレスの感触を確かめるようにぎゅっと握り締めた。じゃらりと、ネックレスのチェーンが鳴った。
それを、その背中を、店から出て来た杉浦がつまらなそうに、しかし強かな怒りを湛えた目で眺めていた。
「剣崎くん。次の目的地へと向かうから早くきたまえ」
「あ、う、うん」
振り返って答えた時には、滝本ともう一人──和田の二人以外の背中が少し遠くに見えた。レイは再びコオロギが走り去って行った方を向き、ネックレスを制服のポケットに入れて班の皆について行った。
「──にしても、君は本当に嫌われているね」
「当然だよりえちゃん。だってコイツ、人殺したかもしれないんだよ?」
「しかし私には、どうしても彼が人殺しをできるような人物には映らないよ。私には──そうだねぇ、強いて言えば、寂しがり屋、と言った所だろうか」
隣で話される内容に気が気でないレイは、聞いていないフリをして自分の背後に目を向ける。そこには雑多な人々がごった返していて、コオロギの姿は見えない。
そして、彼が言っていた『用事ができたから……』に、不穏な陰を感じずにはいられなかった。昨日の出来事と合わせて、何かが起こると、そう確信していた。
「次の目的地、君は知っているかい? 剣崎くん」
「え? う、ううん、知らない」
「次は神社に行くんだよ。なんでも、そこで願い事をすれば様々な願いを叶えてもらえると言う話がある。そして、この神社の不思議な所は、ここの神がどのようなものを司る神なのか、全く知られていないと言う事。それと、この神社がいつ建てられたそれすらも不詳だと言う事だ。怪しすぎると思わないかい? ここには何かあると断言しているようなものだろう。君はどう思う?」
「──うん、何か、ありそうだね」
「やはり君もそう思うか! そして、この神社にはちょっとした体験談があるが──」
「ちょ! りえちゃん! あの話はやめてよぉっ! 怖いから!」
「まあまあ。少し落ち着きたまえよ。なら、話は概要だけにしよう。──この話は、数ヶ月前に遡る。そうだね、ちょうど始業式の二日前だ。その日に、時間遡行したと言う人が現れた。その人は何度も何度も同じ時間をやり直し、やっとの事でそのループから抜け出したのだとか。それが話題に上がり、それからと言うもの、何人もの人が同じ現象に遭っているらしい」
「──眉唾、だよね?」
「かもしれないね。ただ、あると考えた方が楽しい。そうは思わないかい?」
「それは……はい。思います。でも、そんな事が現実にあるわけが──」
「君は、はたしてそう言い切れるのかな?」
「……どういう意味ですか?」
不適に笑いこちらを向く少女の横顔に雑味を感じ、レイは目を鋭く細める。その反応に息を吐くように笑うと、「いいや」と目を閉じ、前を向いた。
「少し、鎌をかけてみただけさ。気にするな」
そう呟くように言うと、彼女は前を行く男子から逃げてくる少女の姿を見つけ、立ち止まった。
「ん? あの子は……萌葱さんか」
「助けてぇ! 男子達がずっと話しかけてくるのぉ!」
「ちち、違うって! 俺らはただ女子とも仲良くしようと──」
泣きつく少女を宥める滝本の前に出た和田はひくついた笑顔を浮かべながら右手首を振って萌葱を追いかけて来た少年達に歩いて向かって行く。
「可愛い女の子にばっか目を向ける奴が何言っとんじゃぁああああああッッ!」
「「ヒィぃいいい!」」
少年達が女子一人に殴られ蹴られ、土下座する光景を見ながら、レイは視界の端に萌葱と言う、髪の長い少女の頭を撫でて慰めている滝本の顔を捉えていた。そこにはさきほどの不適な笑みは無く、今はただ、優しい、柔らかな笑顔を浮かべているだけだ。
「ゔっ?」
「あ?」
背中にぶつかる感覚を味わい振り向くと、そこには肉食獣のような八重歯に鋭い三白眼が光る杉浦の姿があった。何か考え事をしていた様子で、少しの間、俯いて黙り込んでからレイの顔を見た。
「……」
「お前は、なんで……」
そう呟いた彼女を正面に捉えるべく向き直ると、彼女は口を止め、それから噤んだ。
その様子を見つめながら、レイは訝しげに首を傾げ、杉浦は目を伏せて唇を強く白くなるまで噛み、短い息を吐いた。
「……いや、なんでもない」
くしゃっと、髪の毛を掴んで顔をしかめた。
「ったく、男子ときたら言い訳しかしないんだから……」
お互いが生きている事を確認し合い、飛び上がって回り、喜び合う吉田と東の二人を呆れた様子で見ながら、和田は肩を竦めてため息を吐いた。
「そう彼らを貶めても、彼らは彼らで思う所があるんだろう。それを私達が一方的に否定するのは流石に酷だと、私は思うよ」
「むぅ……。りえちゃん、顔は可愛いし、性格も良いのに言葉だけが残念だよね」
「その辺りは、自分でも分かっているつもりだよ」
彼女はぐるりと周囲を見回し、班の人数を確認すると「さて」と口にした。
「そろそろ着くはずだ。この坂を中腹まで登った辺りに分かれ道があるらしい。そこに、件の神社があると聞く。さあ、行こうか」
「「「「おー!」」」」
レイと杉浦以外の四人の掛け声を聞くと、滝本が先頭を歩いて行き、その後を追ってレイは彼ら彼女らの後ろについた。それらを眺めて、少女は歯噛みした。
※※※
「『刻輪之命』……? なんだこれ?」
「『こくりんのいのち』? ぶはっ、厨ニじゃん!」
「なんだよそれ訳わかんねー!」
笑い合う男子陣二人を尻目に、レイ達は境内に入って行く。赤い鳥居がレイ達を招くように立っていて、そこを滝本、和田、萌葱、レイ、杉浦の順で入って行く。
「お社は案外小さいね」
萌葱がそう呟いたのと同時に、レイが鳥居を潜った。
──瞬間、声が聞こえた。
「現れたな、世界の種子」
[あとがき]
少しずつお話が進んで行っている感ありますが……展開は亀の歩み!
次回は一週間後の二月八日に更新します。それでは、次回!
吉田くん、東くん、萌葱さん、滝本さん、和田さん、そして──
「チッ……。何見てんだよ。殺すぞ」
レイより少し前を歩く彼女が振り向いて、レイは目を逸らした。
前方を歩いて行く彼ら彼女らを見て、俯いた。レイの目に、石畳と自分の、自分の足だけが映る。右目を細めて、自分の影を見つめている。
前を行く彼ら彼女らの声はレイにも聞こえていた。今はすぐそばのお土産屋さんに寄ろう、それは後で良いんじゃない、先にこっちに行こうよ、色々な声が聞こえてくる。
それらを聞きながら、とぼとぼと歩いている。
「レイ、くん?」
「ッ!?」
背後から聞こえてきた声に立ち止まり、息が詰まる胸をぎゅっと押さえた。
その確かめるような声に小さくない確信が芽生え、ゆっくりと振り向いた。
「──ああ、やっぱり」
その再会に目を細めて頬を緩めるレイの前に立っていたのは、数週間前にレイ達の前から姿を消したコオロギ、その青年だった。
※※※
近くの土産屋に入る事になった同じ活動班の人達を、土産を買い終わったレイは店の前で立って待っていた。しかし、一人ではない。つい先程再会を果たしたコオロギと共にだ。
「……にしても、まさかレイくんの旅行先がこの町だなんて思わなかったッスよ」
「ボクも、コオロギさんとはもう会えないとばっかり思っていました」
お土産の入った袋を両手で持ち、青く澄んだ空を見上げながら笑顔を浮かべながら言った。そんなレイを見て、それから苦い顔をして顔を背けた。
「俺は、ちょっとした用事に合わせてあの家で雇われてたッスから、その用事が出来なくなれば、もう戻って来るしかなかったンスよ」
「用事?」
「……まあ、その用事も別に大したものじゃないンスけどね。おつかいとか、その程度の用事ッス」
「そうなんですね。──じゃあ、やっぱり、ボク達のこと嫌いに、なっちゃったんですか……?」
その言葉にコオロギは「まさか!」と叫んでレイの前に立った。
それに目を見開いて、右目に映るコオロギがもの凄い勢いで顔を左右に振るのを見つめて、瞬きを繰り返す。
「ありえないッスよ! レイくんも、嬢ちゃんも、ネネさんも好きッス! ただ、こっちで用事ができて──あ、そうだ! レイくん、ちょっといいッスか!?」
「え? は、はい」ちらりと店の入口に視線を向け、生徒達がいないのを見ると「少しだけなら」と小さく頷く。
「──これ、持っていてくださいッス」
「これ、は……?」
コオロギから受け取ったその白い宝石のような物のネックレスを見つめ、眉をひそめて顔を上げる。それにコオロギはにこっと笑い、腕を組んで「ちょっとしたお守りッス」と優しく言った。
「絶対に、それを持っていてくださいッス。絶対に、ッスよ……」
鋭い眼光を向けられ、レイはこくっ、と頷くとたどたどしく、固まった喉を動かして「わ、かり、ました」と瞬きをする。耳鳴りが鳴った気がして、レイは片手で耳をそっと押さえた。
「あ、そう言えば、嬢ちゃんは──って言うのも、なんか変ッスね。もう働いてないッスから。えー、レイカちゃんは、元気ッスか?」
頬をぽりぽりと掻きながら聞くコオロギに、レイは眉をひそめ、しかし小さなため息の後にこくりと頷いた。
「はい。コオロギさんがいなくなって、泣いていたけど……やっぱり、立ち直るのも早かったです。またいつか、会いたいとも言っていました」
寂しそうなその瞳に、コオロギは目を細めて八重歯を見せて微笑んだ。
「──そッスか。分かったッス」
目を閉じ、それから思い出したようにハッと目を開けた。
「あ、最後に一ついいッスか?」
「はい、ボクに分かることなら」
「新しくレイくんの所に来た人は、いい人ッスか?」
「……?」
「ほら、俺がこっちに戻って来て、代わりに男の人がレイくん達の所に行ったッスよね? その人ッス」
「その……言いにくいんですけど……」
「ッス?」
「そんな人、来てませんよ?」
──息を飲んだ。その言葉の衝撃にコオロギは真正面から強烈な風を受けた気さえして、一歩、後ずさって瞬きをした。それから下を向いて考え込む。
「え、ちょっと……。え……? じゃあ、つまり、先手を、打たれていた……?」
「ど、どうしたんですか? 何かあったなら、ボクもてつだ──」
「ごめんッス! 用事ができたから急ぐッスレイくん! ──バイバイッス!」
走り去るコオロギを見つめ、ぽつんと残されたレイは手の中にあるネックレスの感触を確かめるようにぎゅっと握り締めた。じゃらりと、ネックレスのチェーンが鳴った。
それを、その背中を、店から出て来た杉浦がつまらなそうに、しかし強かな怒りを湛えた目で眺めていた。
「剣崎くん。次の目的地へと向かうから早くきたまえ」
「あ、う、うん」
振り返って答えた時には、滝本ともう一人──和田の二人以外の背中が少し遠くに見えた。レイは再びコオロギが走り去って行った方を向き、ネックレスを制服のポケットに入れて班の皆について行った。
「──にしても、君は本当に嫌われているね」
「当然だよりえちゃん。だってコイツ、人殺したかもしれないんだよ?」
「しかし私には、どうしても彼が人殺しをできるような人物には映らないよ。私には──そうだねぇ、強いて言えば、寂しがり屋、と言った所だろうか」
隣で話される内容に気が気でないレイは、聞いていないフリをして自分の背後に目を向ける。そこには雑多な人々がごった返していて、コオロギの姿は見えない。
そして、彼が言っていた『用事ができたから……』に、不穏な陰を感じずにはいられなかった。昨日の出来事と合わせて、何かが起こると、そう確信していた。
「次の目的地、君は知っているかい? 剣崎くん」
「え? う、ううん、知らない」
「次は神社に行くんだよ。なんでも、そこで願い事をすれば様々な願いを叶えてもらえると言う話がある。そして、この神社の不思議な所は、ここの神がどのようなものを司る神なのか、全く知られていないと言う事。それと、この神社がいつ建てられたそれすらも不詳だと言う事だ。怪しすぎると思わないかい? ここには何かあると断言しているようなものだろう。君はどう思う?」
「──うん、何か、ありそうだね」
「やはり君もそう思うか! そして、この神社にはちょっとした体験談があるが──」
「ちょ! りえちゃん! あの話はやめてよぉっ! 怖いから!」
「まあまあ。少し落ち着きたまえよ。なら、話は概要だけにしよう。──この話は、数ヶ月前に遡る。そうだね、ちょうど始業式の二日前だ。その日に、時間遡行したと言う人が現れた。その人は何度も何度も同じ時間をやり直し、やっとの事でそのループから抜け出したのだとか。それが話題に上がり、それからと言うもの、何人もの人が同じ現象に遭っているらしい」
「──眉唾、だよね?」
「かもしれないね。ただ、あると考えた方が楽しい。そうは思わないかい?」
「それは……はい。思います。でも、そんな事が現実にあるわけが──」
「君は、はたしてそう言い切れるのかな?」
「……どういう意味ですか?」
不適に笑いこちらを向く少女の横顔に雑味を感じ、レイは目を鋭く細める。その反応に息を吐くように笑うと、「いいや」と目を閉じ、前を向いた。
「少し、鎌をかけてみただけさ。気にするな」
そう呟くように言うと、彼女は前を行く男子から逃げてくる少女の姿を見つけ、立ち止まった。
「ん? あの子は……萌葱さんか」
「助けてぇ! 男子達がずっと話しかけてくるのぉ!」
「ちち、違うって! 俺らはただ女子とも仲良くしようと──」
泣きつく少女を宥める滝本の前に出た和田はひくついた笑顔を浮かべながら右手首を振って萌葱を追いかけて来た少年達に歩いて向かって行く。
「可愛い女の子にばっか目を向ける奴が何言っとんじゃぁああああああッッ!」
「「ヒィぃいいい!」」
少年達が女子一人に殴られ蹴られ、土下座する光景を見ながら、レイは視界の端に萌葱と言う、髪の長い少女の頭を撫でて慰めている滝本の顔を捉えていた。そこにはさきほどの不適な笑みは無く、今はただ、優しい、柔らかな笑顔を浮かべているだけだ。
「ゔっ?」
「あ?」
背中にぶつかる感覚を味わい振り向くと、そこには肉食獣のような八重歯に鋭い三白眼が光る杉浦の姿があった。何か考え事をしていた様子で、少しの間、俯いて黙り込んでからレイの顔を見た。
「……」
「お前は、なんで……」
そう呟いた彼女を正面に捉えるべく向き直ると、彼女は口を止め、それから噤んだ。
その様子を見つめながら、レイは訝しげに首を傾げ、杉浦は目を伏せて唇を強く白くなるまで噛み、短い息を吐いた。
「……いや、なんでもない」
くしゃっと、髪の毛を掴んで顔をしかめた。
「ったく、男子ときたら言い訳しかしないんだから……」
お互いが生きている事を確認し合い、飛び上がって回り、喜び合う吉田と東の二人を呆れた様子で見ながら、和田は肩を竦めてため息を吐いた。
「そう彼らを貶めても、彼らは彼らで思う所があるんだろう。それを私達が一方的に否定するのは流石に酷だと、私は思うよ」
「むぅ……。りえちゃん、顔は可愛いし、性格も良いのに言葉だけが残念だよね」
「その辺りは、自分でも分かっているつもりだよ」
彼女はぐるりと周囲を見回し、班の人数を確認すると「さて」と口にした。
「そろそろ着くはずだ。この坂を中腹まで登った辺りに分かれ道があるらしい。そこに、件の神社があると聞く。さあ、行こうか」
「「「「おー!」」」」
レイと杉浦以外の四人の掛け声を聞くと、滝本が先頭を歩いて行き、その後を追ってレイは彼ら彼女らの後ろについた。それらを眺めて、少女は歯噛みした。
※※※
「『刻輪之命』……? なんだこれ?」
「『こくりんのいのち』? ぶはっ、厨ニじゃん!」
「なんだよそれ訳わかんねー!」
笑い合う男子陣二人を尻目に、レイ達は境内に入って行く。赤い鳥居がレイ達を招くように立っていて、そこを滝本、和田、萌葱、レイ、杉浦の順で入って行く。
「お社は案外小さいね」
萌葱がそう呟いたのと同時に、レイが鳥居を潜った。
──瞬間、声が聞こえた。
「現れたな、世界の種子」
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少しずつお話が進んで行っている感ありますが……展開は亀の歩み!
次回は一週間後の二月八日に更新します。それでは、次回!
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