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四章 進む道の先に映るもの
159話 『言えないこと、知らないこと』
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──しかし、他人を傷付けてはいるようだな。
そう言われ、レイは息を飲んだ。レイの前に立つ彼女は、目を細め、「だってそうだろう?」とレイに言う。
「数ヶ月前の事件、肩から胸にかけて大きな裂傷を持つ学生もいたようだからね。恐らく、君はその子にその力を行使したのだろう。だとしたら何故か」
目を背けるレイに一歩近づき、指を一本、頬の隣で立てて続ける。
「──それはきっと、同じくあの場にいた岩倉ミズキが危険に晒されたから。彼女も能力者という立場の者だったのだろう。だからやむを得なく力を行使、しかし守り切れず今に至る。君を見ていて、その性格から導き出した答えだ。違うかい?」
「──概ね、間違いはない、です」
「ちなみにその子は今、植物状態でとある病院に入院しているそうだ」
聞いて、レイは目を伏せる。それを見ながら、滝本入江は目を閉じると同時に溜め息を吐く。「まあ、ここで君を追い詰めた所で得はない」と、そう言ってから彼女はしゃがんでレイの前で怪訝そうに眉をひそめて聞く。
「──それで? 君はどうしてここに?」
竦むように息を飲み、唇を噛んで言葉を躊躇う。それを見て取って、滝本入江は「言っただろう?」とレイを宥めるように言った。聞いてから顔を上げると、レイは彼女の顔の近さに驚き、目を見開く。
「私は君に嘘はつかない、今後の友好関係にも支障が出るからね。──だから」
ドンっ、と顔の隣の壁が強く叩かれる。そちらに目を向ければ彼女から伸びる腕があって。レイは、咄嗟に背筋を伸ばして左目を押さえた。
「教えてくれないか?」
顔を近寄せてきた滝本入江に、レイは小さく、喘ぐように「ぁ、ぅ」と声を漏らした。そのまま、左目を押さえながら呼吸を酷く曖昧なものへと下落させる。
「私は、君がここに何かを盗みに入ったなどとは思ってはいない」
そう言いながらちらりとレイの側の大カバンを見て、それからレイに視線を戻す。
「だからこれは、君に敵意をぶつけているのではなく、単なる疑問だ。答えてほしい。そうじゃないと、私は誤解する。何が理由かは知らないが、君がそれを持ち運び、ここに侵入したのだと」
瞳孔が震える。恐怖が体を蝕む。酷く曖昧だった日々、搾取されるだけだった日々、苦しみの中で生きてきたあの日々が、今になって思い出されてくる。
あの施設での記憶が、ぶり返す。
「ぁ、ぁあ……」
「そうじゃないと納得がいく説明をしてくれるのなら、私は君を信じよう」
「あぁァあぅぅぅ……」
「──君は、何も言ってくれないのか?」
ぽたぽたと涙を流すレイを前に彼女は小さく吐息し、分かった、と目を瞑り言って立ち上がり、レイに背を向けた。最後に「すまなかった」と言い残し、その場を後にする。レイは、溢れ、止まらないそれを押さえながら感情の濁流に押し流されそうになる自我を必死に引き留め、しかしそれは叶わなかった。
※※※
ふと、レイは気が付いた。
そこは、白い立方体、正方形の上。暗澹とした空間にただぽつんと存在する──レイの封印された記憶と思しき何か。そこに、レイは一人で座っていた。周囲を見回し、レイは誰もいない事を見て取り、立ち上がった。ゆらりと体が揺れ、覚束ない足取りで立ち上がる。
ぽたりと、そう感じて足元を見る。足の甲に黒い水滴が付いていた。左頬に手を当てると、それが手に当たり、レイは指先に付いたそれを頬から離して顔の前に持って行く。指同士を引っ付け、離して、それを確かめる。ねばつき、線を引くその黒い水は、左目から一筋の線を描いていた。
それを手で拭い、見渡す限り誰もいないそこを歩いて、箱のようなそこの端まで歩いていった。理由が分からず、レイは首を傾げたものの、そこから覗いた側面を見た途端、声にならない悲鳴を上げた。
どさっ、と尻餅をついて白い花を踏み潰し、後ずさる。
白いワンピースが踏み潰したままの草花を擦りながら、後ろへ後ろへ。
そこにあったのは、知らない顔の数人の男達だった。
やがて、中央付近に来ていたレイは、とん、と指先に当たったそれを見て、思い出す。ここには、彼女の死体があったという事を。岩倉ミズキ。──ミズキさん。胸に手を添えるようにそこに鎮座する彼女を見つめて、口元を綻ばせてからゆるゆると亡霊のように立ち上がる。
深呼吸。吐息、短い吸息。それから胸を撫で下ろし、レイは足を前に踏み出した。
静かに、足先からそっと踏むように草花を進んで行き、端に辿り着くと見下ろすようにその面を覗く。
「──」
彼らは鈍い悲鳴を上げていた。それを見つめながら、それを聞きながら、レイは顔をしかめる。その顔に記憶がなく、レイは小さく吐息した。
「──君は、誰?」
悲鳴を上げる男達の向こう側に、面に則して立っている少女がいた。彼女は、黒い短髪に左目に眼帯をしていて。──にたぁ、と狂気に満ち満ちたように口角を上げる。
「ダァ~あ~レぇ~? きゃははははははは! れぇ~いちゃん! れぇ~いくん! れい! れぇ~いっ! れ~いぃぃ~! きゃははははっ!」
ワンピの中丸見え~、と恍惚の笑みを浮かべながら彼女はその壁のような側面をまるで地面でも歩くかのように平然と歩いて近づいて来る。それをレイはぞっと背筋が寒くなるのを感じて後ずさった。
「にぃ~げ~る~な~よ~、なぁ~あっ! れぇ~いぃぃ~?」
狂気的な言葉遣いにレイは小さく悲鳴を上げて後ずさりながら、もう見えない彼女に向けて言葉をかける。
「だ、だから、君は──!」
「ボクは、ワタシは、お前だろぉ~? なぁ~? れぇ~いっ!」
忘れてるなよなぁ、と彼女の素足が伸びるのが見えて、まるでそのまま平面を歩いているかのように、それが──彼女の体が、ぐりん、と物凄い勢いで起き上がり、レイの踏む足場と同じ足場を踏む。例えば、領域を侵食するかのように。
「久々だなぁ~あ? 何日? 何ヶ月? 一ヶ月くらい? きゃはははははははは!」
腹を抱えて笑う彼女を見て、レイは顔を背けて小さく呟くように言った。
「ボクは、君の事なんて知らないよ」
その言葉を聞き取り、彼女は突然に真顔になると、ゆったりと体を起こした。
「──人殺し」
「っ!?」
冷たく言い放たれたその言葉を聞き取り、レイは目を見開いて息を飲んだ。後ずさるレイに彼女は歩く速度を速めて近づいて行き──トンっ、とレイの肩を押すと、レイは尻餅をついた。それを見下しながら片眉を下げて歪に笑い「なんで知ってるかってぇぇええええ???」と、彼女は高らかに自らの狂気を誇らしげに謳う。
「トーゼンだろーがァ!」
ニィ、と口角を異様なほど釣り上げて鼻を鳴らして笑い、声を大にして叫ぶ。
「ワタシはァッ!」
どくん、と鼓動が跳ねる。
「お前のォ!」
呼吸が浅く、短く、速くなる。
「現実逃避が生み出した──!」
これ以上は聞いてはいけないと、魂が警鐘を鳴らす。
「お前の一面なんだから!」
──次の瞬間、レイは耳をふさいで蹲って、ヒステリックに叫んでいた。
※※※
──さあ、行こうか。
彼女はそう手を招き、屋外へと幼気な少女を連れ出す。
「レーカちゃーん」
もくもくと空の半分くらいが雲に覆われ、見えなかった。見上げる彼女は、どこか儚げだ。
「もー、変なモノローグ入れないでよー」
否。断じて否。これはレーカちゃん等ではなく、天の声的なアレなのだ。だから今も儚げに目を細めて空を見上げる彼女はモノローグが入っている事に気が付いてすらいない。
「声に出てるからレーカちゃんだってすぐに分かるよー」
「おーい! 石田さーん! 川田さーん!」
「あ、ホリさんだ」
ふと、彼女が振り返れば──、
「もー! そんな事じゃぜんぜん話せないでしょー!」
「分かった分かった。もうやめる、やめるってば。──それで、ホリさんだっけ? どしたの?」
レイカは腕を組んで首を傾げて、向かって来るホリを見つめる。それから顔を上げて隣に立っていたしずかを見ると、彼女はきょとんと目を丸くしていた。
「一緒に帰ろうかと思ってさ」
それを聞き、レイカは親指と人差し指で輪を作り、ウィンクする。
「別に良いけど──」
作った輪を、手の甲が下になるようにくるりと回して、レイカはキラリと白い歯を見せていたずらっぽく笑って「先立つ物は用意して貰わないとね」とくつくつ笑いながら言う。
その言葉にしずかはハッとして、レイカの肩を掴んで前後に思いっ切りぶんぶん振った。レイカはその揺れの最中で「にゃだだだだ!」と叫んで被害を訴えるも、しずかはお構い無しに続けて「もーっ!」と怒ったように叫ぶ。
「レーカちゃんてばーっ! それじゃーお金でお友達買ってるみたいでしょー!」
「ごめんごめん! ごめんなさい! いたっ、たたたっ、叩かないでっ!?」
レイカはぽかすか肩や腕やあちこちを叩かれて若干涙目になって許しを乞うてから、息を一つついて、ホリに向き直る。ホリは「ありがと」と返事して、レイカの前までしていた小走りを終わらせ立ち止まる。
それからレイカの掛け声と共に三人は少し紫がかった空に拳を突き上げたのだった。
「──ところでさ、ホリちゃんって何か好きな食べ物とかってあるの?」
拳を突き上げながら聞いたレイカに、ホリは目を丸くして「好きなもの?」と聞き返した。
「うん、好きなもの」
正門のど真ん中で話し込む前にしずかがハッと気付いて二人を正門の端に移動させる。
「私は、ぶどう以外ならけっこうなんでも好きだよ」
「……そっかぁ」
そのまま、レイカは三人で帰路についた。
[あとがき]
よしっ。多重人格宣言!
四章はまだまだ始まったばかりだけど、ちゃんと展開出来てるといいなぁ。
次回は一月二十二日ですっ。それではまた次回。
そう言われ、レイは息を飲んだ。レイの前に立つ彼女は、目を細め、「だってそうだろう?」とレイに言う。
「数ヶ月前の事件、肩から胸にかけて大きな裂傷を持つ学生もいたようだからね。恐らく、君はその子にその力を行使したのだろう。だとしたら何故か」
目を背けるレイに一歩近づき、指を一本、頬の隣で立てて続ける。
「──それはきっと、同じくあの場にいた岩倉ミズキが危険に晒されたから。彼女も能力者という立場の者だったのだろう。だからやむを得なく力を行使、しかし守り切れず今に至る。君を見ていて、その性格から導き出した答えだ。違うかい?」
「──概ね、間違いはない、です」
「ちなみにその子は今、植物状態でとある病院に入院しているそうだ」
聞いて、レイは目を伏せる。それを見ながら、滝本入江は目を閉じると同時に溜め息を吐く。「まあ、ここで君を追い詰めた所で得はない」と、そう言ってから彼女はしゃがんでレイの前で怪訝そうに眉をひそめて聞く。
「──それで? 君はどうしてここに?」
竦むように息を飲み、唇を噛んで言葉を躊躇う。それを見て取って、滝本入江は「言っただろう?」とレイを宥めるように言った。聞いてから顔を上げると、レイは彼女の顔の近さに驚き、目を見開く。
「私は君に嘘はつかない、今後の友好関係にも支障が出るからね。──だから」
ドンっ、と顔の隣の壁が強く叩かれる。そちらに目を向ければ彼女から伸びる腕があって。レイは、咄嗟に背筋を伸ばして左目を押さえた。
「教えてくれないか?」
顔を近寄せてきた滝本入江に、レイは小さく、喘ぐように「ぁ、ぅ」と声を漏らした。そのまま、左目を押さえながら呼吸を酷く曖昧なものへと下落させる。
「私は、君がここに何かを盗みに入ったなどとは思ってはいない」
そう言いながらちらりとレイの側の大カバンを見て、それからレイに視線を戻す。
「だからこれは、君に敵意をぶつけているのではなく、単なる疑問だ。答えてほしい。そうじゃないと、私は誤解する。何が理由かは知らないが、君がそれを持ち運び、ここに侵入したのだと」
瞳孔が震える。恐怖が体を蝕む。酷く曖昧だった日々、搾取されるだけだった日々、苦しみの中で生きてきたあの日々が、今になって思い出されてくる。
あの施設での記憶が、ぶり返す。
「ぁ、ぁあ……」
「そうじゃないと納得がいく説明をしてくれるのなら、私は君を信じよう」
「あぁァあぅぅぅ……」
「──君は、何も言ってくれないのか?」
ぽたぽたと涙を流すレイを前に彼女は小さく吐息し、分かった、と目を瞑り言って立ち上がり、レイに背を向けた。最後に「すまなかった」と言い残し、その場を後にする。レイは、溢れ、止まらないそれを押さえながら感情の濁流に押し流されそうになる自我を必死に引き留め、しかしそれは叶わなかった。
※※※
ふと、レイは気が付いた。
そこは、白い立方体、正方形の上。暗澹とした空間にただぽつんと存在する──レイの封印された記憶と思しき何か。そこに、レイは一人で座っていた。周囲を見回し、レイは誰もいない事を見て取り、立ち上がった。ゆらりと体が揺れ、覚束ない足取りで立ち上がる。
ぽたりと、そう感じて足元を見る。足の甲に黒い水滴が付いていた。左頬に手を当てると、それが手に当たり、レイは指先に付いたそれを頬から離して顔の前に持って行く。指同士を引っ付け、離して、それを確かめる。ねばつき、線を引くその黒い水は、左目から一筋の線を描いていた。
それを手で拭い、見渡す限り誰もいないそこを歩いて、箱のようなそこの端まで歩いていった。理由が分からず、レイは首を傾げたものの、そこから覗いた側面を見た途端、声にならない悲鳴を上げた。
どさっ、と尻餅をついて白い花を踏み潰し、後ずさる。
白いワンピースが踏み潰したままの草花を擦りながら、後ろへ後ろへ。
そこにあったのは、知らない顔の数人の男達だった。
やがて、中央付近に来ていたレイは、とん、と指先に当たったそれを見て、思い出す。ここには、彼女の死体があったという事を。岩倉ミズキ。──ミズキさん。胸に手を添えるようにそこに鎮座する彼女を見つめて、口元を綻ばせてからゆるゆると亡霊のように立ち上がる。
深呼吸。吐息、短い吸息。それから胸を撫で下ろし、レイは足を前に踏み出した。
静かに、足先からそっと踏むように草花を進んで行き、端に辿り着くと見下ろすようにその面を覗く。
「──」
彼らは鈍い悲鳴を上げていた。それを見つめながら、それを聞きながら、レイは顔をしかめる。その顔に記憶がなく、レイは小さく吐息した。
「──君は、誰?」
悲鳴を上げる男達の向こう側に、面に則して立っている少女がいた。彼女は、黒い短髪に左目に眼帯をしていて。──にたぁ、と狂気に満ち満ちたように口角を上げる。
「ダァ~あ~レぇ~? きゃははははははは! れぇ~いちゃん! れぇ~いくん! れい! れぇ~いっ! れ~いぃぃ~! きゃははははっ!」
ワンピの中丸見え~、と恍惚の笑みを浮かべながら彼女はその壁のような側面をまるで地面でも歩くかのように平然と歩いて近づいて来る。それをレイはぞっと背筋が寒くなるのを感じて後ずさった。
「にぃ~げ~る~な~よ~、なぁ~あっ! れぇ~いぃぃ~?」
狂気的な言葉遣いにレイは小さく悲鳴を上げて後ずさりながら、もう見えない彼女に向けて言葉をかける。
「だ、だから、君は──!」
「ボクは、ワタシは、お前だろぉ~? なぁ~? れぇ~いっ!」
忘れてるなよなぁ、と彼女の素足が伸びるのが見えて、まるでそのまま平面を歩いているかのように、それが──彼女の体が、ぐりん、と物凄い勢いで起き上がり、レイの踏む足場と同じ足場を踏む。例えば、領域を侵食するかのように。
「久々だなぁ~あ? 何日? 何ヶ月? 一ヶ月くらい? きゃはははははははは!」
腹を抱えて笑う彼女を見て、レイは顔を背けて小さく呟くように言った。
「ボクは、君の事なんて知らないよ」
その言葉を聞き取り、彼女は突然に真顔になると、ゆったりと体を起こした。
「──人殺し」
「っ!?」
冷たく言い放たれたその言葉を聞き取り、レイは目を見開いて息を飲んだ。後ずさるレイに彼女は歩く速度を速めて近づいて行き──トンっ、とレイの肩を押すと、レイは尻餅をついた。それを見下しながら片眉を下げて歪に笑い「なんで知ってるかってぇぇええええ???」と、彼女は高らかに自らの狂気を誇らしげに謳う。
「トーゼンだろーがァ!」
ニィ、と口角を異様なほど釣り上げて鼻を鳴らして笑い、声を大にして叫ぶ。
「ワタシはァッ!」
どくん、と鼓動が跳ねる。
「お前のォ!」
呼吸が浅く、短く、速くなる。
「現実逃避が生み出した──!」
これ以上は聞いてはいけないと、魂が警鐘を鳴らす。
「お前の一面なんだから!」
──次の瞬間、レイは耳をふさいで蹲って、ヒステリックに叫んでいた。
※※※
──さあ、行こうか。
彼女はそう手を招き、屋外へと幼気な少女を連れ出す。
「レーカちゃーん」
もくもくと空の半分くらいが雲に覆われ、見えなかった。見上げる彼女は、どこか儚げだ。
「もー、変なモノローグ入れないでよー」
否。断じて否。これはレーカちゃん等ではなく、天の声的なアレなのだ。だから今も儚げに目を細めて空を見上げる彼女はモノローグが入っている事に気が付いてすらいない。
「声に出てるからレーカちゃんだってすぐに分かるよー」
「おーい! 石田さーん! 川田さーん!」
「あ、ホリさんだ」
ふと、彼女が振り返れば──、
「もー! そんな事じゃぜんぜん話せないでしょー!」
「分かった分かった。もうやめる、やめるってば。──それで、ホリさんだっけ? どしたの?」
レイカは腕を組んで首を傾げて、向かって来るホリを見つめる。それから顔を上げて隣に立っていたしずかを見ると、彼女はきょとんと目を丸くしていた。
「一緒に帰ろうかと思ってさ」
それを聞き、レイカは親指と人差し指で輪を作り、ウィンクする。
「別に良いけど──」
作った輪を、手の甲が下になるようにくるりと回して、レイカはキラリと白い歯を見せていたずらっぽく笑って「先立つ物は用意して貰わないとね」とくつくつ笑いながら言う。
その言葉にしずかはハッとして、レイカの肩を掴んで前後に思いっ切りぶんぶん振った。レイカはその揺れの最中で「にゃだだだだ!」と叫んで被害を訴えるも、しずかはお構い無しに続けて「もーっ!」と怒ったように叫ぶ。
「レーカちゃんてばーっ! それじゃーお金でお友達買ってるみたいでしょー!」
「ごめんごめん! ごめんなさい! いたっ、たたたっ、叩かないでっ!?」
レイカはぽかすか肩や腕やあちこちを叩かれて若干涙目になって許しを乞うてから、息を一つついて、ホリに向き直る。ホリは「ありがと」と返事して、レイカの前までしていた小走りを終わらせ立ち止まる。
それからレイカの掛け声と共に三人は少し紫がかった空に拳を突き上げたのだった。
「──ところでさ、ホリちゃんって何か好きな食べ物とかってあるの?」
拳を突き上げながら聞いたレイカに、ホリは目を丸くして「好きなもの?」と聞き返した。
「うん、好きなもの」
正門のど真ん中で話し込む前にしずかがハッと気付いて二人を正門の端に移動させる。
「私は、ぶどう以外ならけっこうなんでも好きだよ」
「……そっかぁ」
そのまま、レイカは三人で帰路についた。
[あとがき]
よしっ。多重人格宣言!
四章はまだまだ始まったばかりだけど、ちゃんと展開出来てるといいなぁ。
次回は一月二十二日ですっ。それではまた次回。
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