当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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三章 炎は時に激しく、時に儚く、時に普遍して燃える

151話 『本当の事はまだ言えない』

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「私と、契約してください」

 ベッドの側面から足を下ろすレイを見詰め、少し焦った様子で二度、連続で瞬きをしたミズキを見上げるレイはきょとんと的を射ていない顔で首を捻って米神に指を当てた。

「……? けい、やく……。約束、ですか……?」

 戸惑うように瞬きを繰り返し、チラッと上目遣いで浮かぶミズキを再度見上げる。

「少し意味合いは違いますが……はい。そうです」

「別に構わないけど……。うん。じゃあ、ボクは何を約束したら良いのかな?」

「私と、一緒にいてくれると、そう約束──契約、してくださいです」

「うん。分かった。ボクはミズキさんとこれからもずっと、一緒にいるよ」

 ふわっと、優しい、温かな旋風が二人を取り囲む。
 ミズキの髪が開かれるように広がり、その手がレイへと伸ばされる。

 指先に淡い薄緑の光が宿り、その指を見て、レイはミズキに確認するように目を向ける。ゆっくりと手を伸ばしてくる彼女はうっすらと微笑んで見せ、それを返答としそっとその指に触れた。

 瞬間、部屋の中を緑色の光が優しく包む。

「これで、契約は成されたです」

「うわぁ……。なんだか、凄いね」

 コンコン。

 そう聞こえ、レイはミズキに申し訳なさそうに微笑んで見せてノック音が聞こえてきたドアに向けて歩を進める。味気の無いドアを開けると、そこには二弥が立っていた。

「……二弥、ちゃん?」

 ビクッと肩を震わせ、二弥は恐る恐るといった風に黒く艷やかな髪の間から立つ耳をぴょこぴょこと震わせて目を伏せている。それを見ながら、レイは驚きを隠せずにただ瞬きをして固まっていた。

「は、はい。……その、あの」

「大丈夫? レイカちゃんは……」

「あ、お姉ちゃんは今、おつかいです」

 すぐに返してきた二弥の顔を伺いながら、レイは「そうなんだ」と雛形通りに返答し、それから少しの沈黙があって、その間言いづらそうにしている二弥を見詰めていたレイは自分から聞きに行くことにした。

「──それで、どうしたのかな?」

「その……お兄ちゃん……」

「ん?」

「見えてます、よね? その……オバケの人……」

「オバ、ケ……?」

「その、女の人……。ぷかぷかしてる……」

「っ! み、見えてるの!?」

 ガシッと二弥に掴みかかったレイの剣幕に二弥は、あ、あ、と言葉を紡げずに口を震わせて、近づいてくるレイの顔をその瞳に映す。映るその顔が近づいていき、左目と右目の距離が近づいていき──、

「ぁぅっ──!」

 鼻がぶつかり、二弥は二、三歩後退した。
 鼻を押さえる二弥を見て、レイはハッと我に返る。

「あっ、ご、ごめんね。その、びっくりしちゃって」

「ごご、ごめんなさい……」

 頭を下げる二弥の前で、レイはもう何もしないと両手を頭の横まで上げて示している。その体勢のまま、レイはぶんぶんと首を横に振り、「いやいや」と二弥の謝罪を否定する。

「ボクこそごめんね」

「お兄ちゃんは悪くないよ……!」

「二弥ちゃんこそ、悪くないと思う」

「だって私、お兄ちゃんをびっくりさせちゃったから……」

「ボクが二弥ちゃんに痛い思いさせちゃったからでしょ。大丈夫? 痛くない? 本当にごめんね」

 そう謝ってくるレイを見詰め、二弥は何かを言いかけて口を噤んだ。
 それから言葉を探すように視線を彷徨わせ、何度か瞬きを挟んでからレイを見上げる。

「あ、あの……」

「やっぱり、痛かった?」

 心配げに瞳を覗いてくる彼に、首を振って否定した。

「ち、違います……っ。えっと、その……女の人……」

 そう言いながらゆっくりと上げた手を、立てた指を、レイの顔の先、そこに浮かぶミズキへと突きつける。その指の先をなぞるように振り向き見ると、レイと目が合ったミズキは目を見開いたまま固まっていた。

「あ、ああ……」

 咄嗟に言葉が出てこなくて、レイは二弥へと振り向きながら視線を移し、その隙に思考の渦に飲まれた言葉を素早く、なるべく的確に取捨選択していく。

「えっと、うん。はい。見えてる。見えてます」

「怖く、ないの……?」

 二弥は、好奇心と言うには余りにも恐ろしげに。だが、恐怖と言うよりかは遠慮や配慮と言った念が強く篭った口調で、胸に手を当てながらそう言った。
 しかし瞳は真っ直ぐにレイを捉え、その瞳に答えるようにレイは頬を紅潮させ、華やかな笑顔を浮かべてこう言う。

「ボクの知っている人だから。だから、怖くないよ」

 その時、二弥の瞳が、瞳孔が、大きく開かれて震え始めた。

「その人が優しい人だって、知ってるから怖くない」

 レイの声が激しく鼓膜を、レイの瞳が感情を震えさせ、やがて二弥の口が言葉を紡ごうと開かれる。
 しかし、それを阻止しているのは過去の残滓、残影、残像だ。それが喉を根本から締め上げ、呼吸ですらも辛いものへと変える。それが心を縛る鎖だと分かってはいても、それでも抗う事も千切る事もできない。それだけの力が、見当たらない。

「……すごい、ね」と、二弥は少し引き攣った笑みを浮かべた。

「どうしたの?」

「なんでもないです。……本当に、なんでもないです。ありがとうございました」

「……? そう?」

 首を傾げると、レイの後ろに佇んでいたミズキがレイの左肩に手を乗せて、隠れるように二弥を見下ろし、レイに目を向ける。

「レイくん、この子はどんな子です?」

「ん? あれ、ミズキさん、知らない?」

 聞きながら、隣に覗くように目を向けるとミズキがこくんと頷く。
 そんなミズキを少し驚いた様子で、レイは目を丸くして口をぽかんと開いた。

「知らないです。にやちゃんって名前しか。あと、普通でもないですね」

「……ごめんなさい」

 ミズキの言葉に目を伏せ、両手で耳を隠した二弥は小柄な体を更に縮こませていく。
 その様子を見てレイの横をすり抜けたミズキは二弥の頬を撫でるようにその手を伸ばし、にこやかに微笑んだ。それを見て、二弥は小首を傾げる。

「別に謝らなくても大丈夫です。それに、普通じゃないと言う点は、三人の共通点ですから」

「共通……?」

「はい。私は見ての通り、オバケみたいなものですし、にやちゃんにはそれが。レイくんは孤児院で育った『養子』で、ちょっと変わった三人組ですね」

「え……?」

 そう、声を洩らし、確かめるようにレイの方に視線を向けた二弥に返されるのは頷きと「そうだね」と言う言葉。二人のその返答を受け、二弥の心を蝕む鎖がキリキリと更に強くきつく絞まっていく。

 ──周りと同じようにして。違うところを見せないで。おかしな事をしないで。

 全身を雁字搦めにするその鎖が少しずつ強くなっていっている気がして、二弥はぽろりと涙を流した。言葉で造られた鎖が、その力を強めて全身を絞めていく。

「ど、どうしたの?」

「えぁ……?」

「どうして、泣いてるの? 何か、嫌だった?」

 涙の流れるその頬に触れ、レイは困惑の衣を纏った右目を二弥へと投げかける。
 その視線を受け取り、え、と声を洩らしながら、二弥は目を触れられたその頬へと向けた。そこで泣いているのだと気づき、瞬きを繰り返してぐしぐしと手根で涙を拭くと、「ううん、違うの」と少し目を伏せた。

 その反応を訝しげに見て、レイは彼女の返答を待つ。

 それから数秒も経たない内に、ちょっと、と付け加えて、空笑いにも満面の笑みにも似た、頬を赤く染めた微笑みを浮かべ、二弥は少し言葉を探すように黙り込んでから、唇を巻き込んで濡らしてから話し始めた。

「……嬉しかっただけだよ。こうして、私の耳を認めてくれたの──お父さん以外じゃ、お兄ちゃん達だけだもん」

 そう、どこか張り付いた、雛形に沿ったような話を。
 ただ、レイはニコッと笑って見せ、

「そう言ってくれると嬉しいな」

 と二弥との少し距離を離した。

「そう言えばにやちゃんって、どうしてそんな耳があるのか、知ってるです?」

 後ろに下がったレイに代わり、ミズキが前に出るとその耳に触れる。
 その手に弄ばれ、擽られたように口元を両手で押さえながら「くすくすくす」と言葉に出しながら笑った。

「え、えっと……。ごめん、なさい。分かりません」

「大丈夫です。──そうですか」

 それから少しの間同じような光景が続いて、「たっだいまー!」と天真爛漫な声と共にガチャリとドアが閉まる音がして、レイカが帰って来た。

「あ、あの……」

「どうしたです?」

「その……お姉ちゃんが、帰って来たから、その……も、戻りますっ」

 ぴゅー、とレイカの部屋に駆け込んだ二弥を見送ると、ミズキは手に残る感触を味わうように握ったり開いたりする掌を眺め、レイへと振り返り、こう告げる。

「レイくん、風邪、早く治しておいて下さいです」





[あとがき]
 おはようこんにちはこんばんは。作者です。
 週一更新になったけれど、まだまだ話は続きます。

 ……危惧していた事態が起きて、作者も執筆速度を上げています。たぶん。
 さて、この何話かで一気にファンタジー感帯びてきました。いえーい。
 もともとファンタジーってカテゴリに入れてたのにファンタジー感薄かったですからね。それでもたぶん、四章か五章か終わった辺りでディストピア系ファンタジーになると思いますが。ファンタジー要素がものすごく強くなるのはそのくらいからですかね。
 ──だからってお気に入り外さないでくれるとありがたいなぁ。

 次回は十二月十六日です。
 三章ももうちょっとで終わるのに残りを週一更新と言うのも無粋ですしね。
 それではまた次回。
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