当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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三章 炎は時に激しく、時に儚く、時に普遍して燃える

145話 『炎と涙と怒りと』

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 眼前で何が起こったのか、レイカは理解するのに数秒の時間を要した。
 二弥が腕を振り上げると同時に、彼らが空へと舞い上がって、左右に位置する家々の屋根の上に転がるように落ちていく。
 やけにスローに感じる時間の流れが、その先へと進むことを拒んでいる気がして、レイカは頬を伝う脂汗を拭くことすらできずに、ただただ突っ立っていた。

 巻き起こる炎が掻き消え、二弥が振り向く。
 その、目を伏せるような顔が悪い事をした時のように見えて、レイカはかける言葉を見失ってしまう。二弥は、瞼を上げるとレイカを見ながらスカートの裾をきゅっ、と握る。その姿が答えを待っているように感じて、レイカは目を閉じ、深呼吸をする。吸って、吸って、吸って。それから大きく、深く、吐いて。目を開くと、二弥はまだレイカを見ていた。

「にやちゃん」

「──」

 彼女は静かに口を閉じて、もう今は赤くない目でレイカを見詰める。
 その瞳は答えを求めているように見えた。早く、早く、と声が聞こえてくるような気がして、レイカは口を開ける。言葉を紡いでいくために。探せ、模索しろ、考えて考えて考え尽くして考えあぐねて、思考の隅々まで彼女に伝える言葉を探せ──……。


「ああああああ、違う、違う。そうじゃない」

 顔を押さえ、空を仰ぎながらレイカはそう呟くように言った。

「にやちゃん。レイくんみたいで、違う超能力だけど、危ないから使っちゃダメだよ。だってもし、他の人を傷つけちゃったらダメでしょ? それにもし、にやちゃんが危ない目に遭ったら、私、悲しい……」

 手を離して、大きな息を吐き、レイカは二弥を見る。眉尻を下ろし、辛そうに目を伏せて目を逸らし、開けた口を震わせながら目線を彷徨わせ、やがて言う。

「私は、二弥ちゃんが好き。遊ぶと楽しいし、一緒にいても、楽しい。それじゃ、ダメなのかな? 私はそれで良いと思ってる。心配もするし、かけるかもしれない。それが友達だと思うの。だからそんなに、辛そうな顔しないで。……レイくんみたいに、なんでも抱え込むんじゃなくて、頼って欲しい。何か手助けできるかもしれないし、何か言えるかもしれないでしょ。だから、その……頼って。私を」

「でも……」

「私なら大丈夫!」

 そう言って、白い歯をキラリと光らせて顎を上げて大きく笑い、自分の胸を拳で叩いて見せた。少し仰け反らせた体で大きく、頼りになるように見せて、レイカは二弥を見詰めて続ける。

「超能力を使うのを見たの、二弥ちゃんが初めてじゃないもん! レイくんだって使うんだもん! だから驚いたりしない、迫害したりもしない! 私はにやちゃんがどんなにすごい超能力を使えてもそれで脅かしたりもしない! だって友達だもん!」

 目を大きく見開き、力が抜けたように口をぽかん、と開ける二弥を見て、二弥に歩み寄るレイカ。二弥はレイカだけを目に入れて、レイカだけを視界に納め、レイカだけを考え、レイカに縋るように手を伸ばす。しかし、それを躊躇うように手を引っ込めてしまう。

「大丈夫だって二弥ちゃん!」

 引っ込めた手を両手で掴んで、レイカはにゃはっ、と声を洩らして笑いかけた。
 その笑顔に救われたような、風船のように浮き上がる気持ちがすっと、胸の内にあったわだかまりを幾分か持っていってくれて、自然と笑みが溢れる。

「怖がらなくても良いよっ。友達はこうやって助け合うものなんだって! だから、心配かけないようにとか、心配かけたくないだとか、そんなの、ポイって捨てちゃっておんぶに抱っこくらいでちょうど良いんだよ!」

 だから、と続けて、花が咲いたかのような笑顔で二弥の手を振り上げる。

「そんなに、気負わないで。潰れちゃうから」

「──っ」

 息を呑み、笑顔が消える。愕然と小さな口が開き、幼い目が大きく、潤んだ瞳が大きく見開かれて、喉に何かが詰まったように言葉が出て来ない。

「それでもいっぱい考えちゃう時は、私に相談してよ。私も一緒に、答えを考えてあげるから」

 その言葉に鼓膜が震わされ、跳ね上がる鼓動と同時に涙がポロポロと溢れ出した。
 それが頬を伝い、拭いて、顎へ伝わり、拭いて、コンクリートの地面に落ちていく。落ちた部分が黒い斑点のようになっていき、二弥はレイカに抱き付いた。

「うわぁぁぁぁああぁあぁぁあぁあぁああああ──っ!」

 涙。涙。涙。ポロポロポロポロ、涙が溢れて溢れて止まらない。レイカの胸に顔を埋め、泣く、泣く、泣く。泣いて泣いて、涙が溢れて溢れて、声が上手く出せなくて。ひぐっ、うぐっ、えぐっ、と意味を持たない声が出てしまう。

「いい子いい子。大丈夫。泣かなくても良いって」

 頭を抱きしめられて、ポロポロと落ちていた雫が大粒になって、連続して、川のようになって。涙を止めようとしてもしても、どうしても止まらない。止めようとすればするほど込み上げて、余計に溢れ出してくる。
 苦しくて苦しくて、苦しいはずなのに、胸が痛いはずなのに、なのに、嬉しくて。

 ……──ああ、温かい。

 ──……泣き腫らしたその目が、うつらうつらとし始めた頃。

 レイカは二弥を背負って歩いていた。

 まだ寝息を立てず、肩の上で首をこくっ、こくっ、と上げては下げてを繰り返している二弥を尻目で見て、レイカは足を止めて空を仰いだ。
 日はまだ高く、蒼い空が広がっている。

「──」

 ──お母さん。

 唇をきゅっ、と口の中に巻き込んで、再び前を向いて歩き始めた。
 少し歩いて寝息を立て始めた二弥を背負い直し、歩く。人通りの少ない道を選んでいると住宅に囲まれた階段が現れた。見下ろす形で、Yみたいだな、とぼんやり思っていると、向こう側から一人こちらに歩いて来る人影が見え──、

「ぁっ……」

 見たことのある人物だった。
 茶色い、少しパーマがかったような長髪に、常に睨んでいるかのような目付きの悪い彼女。

「……なんだよ」

 彼女は、両手に一杯になった袋を持ちながらバツが悪そうにレイカを下から見上げて言った。レイカは咄嗟に二弥を背負い直してから何を言おうか、そう考えて何度か瞬きをする。

「えっと……その……」

「用がないなら、こっち見んな」

 気怠そうに顔を伏せながら言うと、彼女は手摺を挟んで階段の左側を上がって来る。
 磨かれた石段を一段一段、重たそうな両手に持つそれを握り直し、溜め息を吐いて歩いて来る。

「……なんでそんなに、いつも怒ってるの?」

「ああ? 怒ってねーよ」

 ギロリ、とその眼光がレイカを射抜き、レイカは目を見開いた。唾を飲み、何度か瞬きを挟んでから小さく吐息して、唇に力を込めた。

「怒ってるよ。だって、前に会った時もそうだったもん。レイく──」

 ダンッ、と強く、乾いた音が隣で響き──、

「二度とその名前、アタシの前で口にすんじゃねー」

 鋭い三白眼がレイカを睥睨し、そこには有無を言わせぬ迫力があった。
 少し上体が前のめりになっていて、影に隠れているはずなのに、白い八重歯がちらりと見えて、まるで肉食獣のような印象が、そこにはあった。

「なんで、レイ──」

「言ったよな? 『口にすんな』って。次言ったらマジでブッ殺すからな?」

 黙り込むと、彼女はレイカから視線を外して階段を上って行った。その後ろ姿を目で追おうとするも、すやすやと眠っている二弥の顔がそこにはあって、体を動かして彼女の背を見る。しかし、そこには彼女の姿は一欠片も見えなかった。

 ──乾いた風が吹いて目を細めると、視線を向けていた先に背を向けて階段を下りて行った。





[あとがき]
 おはようこんにちはこんばんは。作者です。
 ほんと、文章力と構成力、そしてキャラクター作成に悩まされる毎日です。
 手っ取り早く上手くなる方法があれば良いんですけれどね。見つけられていません。
 とは言え、楽しいから続けているんですけれど。楽しくなければやってられませんしね。
 一番のネックは戦闘シーンが一番苦手だと感じる所ですが。その辺りは前作前前作読んで出直して来ます。
 さて、では次回予告に入りましょう。
 次回は十一月二十五日!三連休最終日っ。
 三連休は毎日更新しようと思っていたけれど、執筆が追いつかないっ!
 それではまた次回。
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