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三章 炎は時に激しく、時に儚く、時に普遍して燃える
144話 『変わらない方が良い』
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はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……。
彼女は息を切らせ、走っていた。左右を見回し、隠れられる場所は、と考えながら走り続ける。人が、景色が視界の端を次々と過ぎ去って行く。
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人……。どこまで走ろうとも人ばかりがそこかしこにいて、胸が苦しく、息が荒く、頭が真っ白になっていく。
──どうしてこんなことになったのだろう。と幼い頭で考える。考えながら走り抜ける。
曲がり角が眼前に迫り、右に曲がると突然、どんっ、と衝撃が来て二弥は目を見開く。女性とぶつかり、二弥はよろめいて尻餅をついた。
「大丈夫? ごめんね、立てる?」
手を伸ばして声をかけてくる姿が過去のそれと被り、それを振り払うように左右に振る頭を押さえ、ぅぅうぅ……。と唸り、逃げるように女性に背を向けて走り出す。
待って、と叫ぶ女性の静止すらも彼女の耳には届かず、二弥は歯を軋ませて走る。
──どうして。
やっぱりダメだったんだ、とそう思うと、自分を責めると、少しは楽になった気がして、なのに走る足は更に重たくなっていく。
人を避けながら走って行く。なりふり構わずに走って行く。脳裏を掠める父親のあの突き刺さるような視線が問いかける。何をしているんだ、と。もしかしたら、またあの時のように戻るのかもしれない。そう思うと、途端に怖くなった。逃げて、逃げて、どこまでも逃げてしまいたくなった。
優しかったお父さんのままでいてほしい。
せっかくお友達ができた。年上だけれど、初めての人間のお友達だった。イヤだ。自分のせいでもうお友達じゃいられなくなるのも、あんなことになるのも、もうイヤだ。
逃げて、逃げて、逃げて。どこまでも逃げればきっと、そんなことにはならないし、辛いこともなくなるはずだと、そう足に言い聞かせて走る。
──耳が浮く、と咄嗟に思い、頭を押さえた。
立ち止まり、周囲を見回して隠れられる場所はと後ろへ振り返り、左へ振り返り、右へ振り返り、見付からずに再び走る。来たばかりでここがどこかも分からず、もう父親にも会うことができないかもしれない。
──それでも、と唇を巻き込んで息を止めるとすぐに苦しくなって「かはっ」とえづいた。咳き込んで両手で口を押さえた瞬間、耳が浮いて髪が押しのけられる感触があり、目を見開いた瞬間に全身が粟立った。
それでも咳が止まらず、片手で口を押さえてもう片手で頭を隠すが、二つある耳を全て隠すことはできず──、
「なあ、あの子、大丈夫か……?」
「うわ、コスプレ……?」
「でもなんか違うっぽい?」
「動いてる……」
「何あの耳」
「ちょ……なんかヤバくない? 何あれ(笑)」
「もしかして……『ケモ耳』……?」
周囲の人々が二弥を見て困惑の、好奇の目を浴びせる。突き刺さるような視線を浴びて二弥は、今にも泣き出しそうになりながら、しかし歯を食い縛ってその場から逃げるように頭を隠して走る。走る。ひた走る。
──二弥ちゃん。
ひとりでのように、自分の意志とは関係なく、勝手に口が動く。それと一緒に足の勢いが弱くなっていって、止まる。
──戻ろう、二弥ちゃん。あなたのお父さんは、優しいんだから。
「やめて」
──帰ろう。あなたのお父さんはあんなことはしないよ。
「静かにして……ッ!」
耳を、耳の生えた頭を押さえて、二弥は叫ぶ。
いやいやと徐に頭を振り、目を閉じて現実から目を逸らし、その場にしゃがみ込んで停滞に身を沈めんとする。
「お父さんは優しいから、あんな風に思いたくないの! 『優しい』ままでいて欲しいの!」
普段は優しかったから、と叫んで、慟哭し、その場に蹲る。
そうだ。何もしなければあの人も優しい時がたくさんあった。料理を手伝った時、一人で夜、トイレに行けた時、転んで痛くても泣かなかった時、ご飯を全部食べられた時、褒められた事はいっぱいいっぱいあった。それでも、それでもあの人は怖い。外に遊びに行くと、テーブルに顔をぶつけられて怪我をした。ベランダの洗濯物を中に入れると髪の毛を引っ張られた。褒めてもらいたくて、だけれどそれが裏目に出て。あの人の仕事を減らそうと帰ってくるまでに料理を作ると、ものすごく怒られた。顔を叩かれ、髪の毛を引っ張られ、泣いて、うるさくしてしまって、閉じ込められた。一人で夜、トイレに行けないと舌打ちをされて、無視され続けた。転んで泣くと、泣き止むように言われて怒られた、叩かれた。ご飯を食べ切れないとお皿を投げ付けられて、泣いて、五月蝿くして、閉じ込められて……。怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……──。
「にやちゃん!」
「──っ!」
顔を上げると、人混みを掻き分けてレイカがやって来ていた。
レイカは人混みを抜けると、すぐに二弥の手を掴んで、起き上がらせると肩を掴んで二弥の顔を見詰める。その眼差しが今はとても辛くて、二弥は目を背けながら唇を震わせて言った。
「おねえ、ちゃん……」
レイカは、二弥の返事を聞いてホッ、と胸を撫で下ろして一息吐いたが、周りを見回してから二弥の手首を掴んで「早く、こっち来て……!」と連れて行こうとする。
「なん、で……」
「とにかくここを離れてから話そ! ──今は、人が多いから一旦別の、人の少ない場所行こ!」
その手首を引っ張り、強引に走る。
レイカ達が走り出すと、人の海が自ら割れて道を作り出した。その道を通ってすぐに角を曲がり、細道を行く。
「どう、して……場所が、分かったの……?」
「ちょ、ちょっと待って!? 何あの人達! すんごい走って来るんだけど!?」
言われて振り向くと確かにそこには幾人かの人々が走って来ていた。──五人、六人、七人、細い通路に重なり合って見えるからきっと、もう少し少ないかもしれないが十人かそこらに見える。
二弥はぞっとして再び前を向くとレイカの背中が見えて、不安と焦燥が募っていく。
「やだやだやだぁぁぁぁあああ! 何あの人達すっごい怖い! なんなのあの人達! なんか何も考えてないみたいなあの顔が怖いし! 無駄に追い付かれないのもなんか怖い! 追い付かれるのも、それはそれで嫌だけど!」
胸の奥がキリキリと締め付けられるように痛くなってくる。どうして助けてくれるのだろう、どうして知り合ったばかりの私の手を取ってくれるのだろう、うるさい私の手を、どうして握ってくれるのだろう、どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして──……。
真意がわからない。何をしたいのか、何をして欲しいのか、喉の奥が疑問で塞がれて、苦しいほど思考に思考と思考を重ねて重ねて重ね続けて、気づかない内に喉の奥から脳髄の隅から隅まで、膨大な量の疑問が頭を胸を足を腕を視界を思考を感覚を、全てを奪い尽くしていた。
──二弥ちゃんが、大切だからだよ。
唐突に口が勝手に動いて、二弥は跳ね上がった鼓動と共に赤く揺らめき始めた目を見開く。
大切だから、と同じような事を何度も言われていた。あの人にも、お父さんにも。ただ──そうだった。決定的に違う事があったんだ。
──あの人は、私のことを心配したことなんて、きっと無かった。私が何をしようが構わなかったのだろう。だけれど、そうだとすると、なぜ私が怒られたのかが分からない。分からない、分からない、分からない。
でも、お父さんも、お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、皆、『心配してくれている』ことが、痛いくらいに掴まれた手から伝わる。
「ああもうっ! にやちゃん、ちょっとジャンプして背中に乗ってくれる!?」
「え……」
それを確かめるように見詰めていると声をかけられ、地面を蹴り、弾かれるように頭を跳ね上げた。レイカが左目をだけを二弥に向けながらバチンっ、とウィンクする。
「私、陸上部だから平気!」
だからあの角を曲がったら背中に乗って、と、そう言われて、固唾を飲む。
苦しくなって、心配されていることがひしひしと伝わってきて、泥沼に浸かったような居心地の悪さが喉元まで差し迫って来ていた。すぐ目の前のこの角を曲がると同時に吐いてしまいそうな、居心地の悪さが。
「お姉ちゃん……」
「な、何……!?」
「……ごめんなさい」
えっ、という声を聞いた気がしたけれど、もう、口早に言い終わって振り返った後の事だった。手を離して、立ち止まり、角の直前で振り返る。
心配されていると、泥沼の中に顔まで浸かって溺れているみたいに苦しくなって、体にまとわりついて、気持ちが悪くなる。でも、だったら、心配されなければ良い。
「お願い、力を貸して……! お姉ちゃんを、心配させない力を……!」
ジュゥ……、と二弥を中心に円を描くように薄い煙が上り始めて、レイカは急に立ち止まって上体が前のめりになってしまい、なんとか堪えるとすぐに上体を起こす勢いで振り返る。
「何を言って──!」
やがて、煙が赤く、頼もしい光と熱を伴い始め、背中を向けながら赤い瞳で二弥はレイカを見る。レイカは困惑した表情を浮かべて、眉をひそめていた。
「私は、大丈夫。……お姉ちゃん。だから、心配しなくても、大丈夫」
渦巻き立ち上る炎の渦の中央から、二弥は目を細めて笑って見せた。
[あとがき]
三章ももうそんなに話数が残っていなくて、また更新ペースが落ちそうと危惧しています。作者です。
前作前前作と言い、字数だけで数えたらもう物語の後半に差し掛かっていてもおかしくなかったのに、今作はその三倍か四倍くらいの長さになりそうな予感……。
とは言いつつ、執筆速度が速くなるわけでもなく、伏線なども考えていると頭を悩ませる始末。しかし作者としては速筆濃厚が目標でして、今の状況もそのための課題と捉えております。
筆が速く、内容が濃く厚い、そんな意味で作った言葉です。
さて、では次回予告に移りましょう。
次回は十一月二十二日です。次回もお楽しみください。
彼女は息を切らせ、走っていた。左右を見回し、隠れられる場所は、と考えながら走り続ける。人が、景色が視界の端を次々と過ぎ去って行く。
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人……。どこまで走ろうとも人ばかりがそこかしこにいて、胸が苦しく、息が荒く、頭が真っ白になっていく。
──どうしてこんなことになったのだろう。と幼い頭で考える。考えながら走り抜ける。
曲がり角が眼前に迫り、右に曲がると突然、どんっ、と衝撃が来て二弥は目を見開く。女性とぶつかり、二弥はよろめいて尻餅をついた。
「大丈夫? ごめんね、立てる?」
手を伸ばして声をかけてくる姿が過去のそれと被り、それを振り払うように左右に振る頭を押さえ、ぅぅうぅ……。と唸り、逃げるように女性に背を向けて走り出す。
待って、と叫ぶ女性の静止すらも彼女の耳には届かず、二弥は歯を軋ませて走る。
──どうして。
やっぱりダメだったんだ、とそう思うと、自分を責めると、少しは楽になった気がして、なのに走る足は更に重たくなっていく。
人を避けながら走って行く。なりふり構わずに走って行く。脳裏を掠める父親のあの突き刺さるような視線が問いかける。何をしているんだ、と。もしかしたら、またあの時のように戻るのかもしれない。そう思うと、途端に怖くなった。逃げて、逃げて、どこまでも逃げてしまいたくなった。
優しかったお父さんのままでいてほしい。
せっかくお友達ができた。年上だけれど、初めての人間のお友達だった。イヤだ。自分のせいでもうお友達じゃいられなくなるのも、あんなことになるのも、もうイヤだ。
逃げて、逃げて、逃げて。どこまでも逃げればきっと、そんなことにはならないし、辛いこともなくなるはずだと、そう足に言い聞かせて走る。
──耳が浮く、と咄嗟に思い、頭を押さえた。
立ち止まり、周囲を見回して隠れられる場所はと後ろへ振り返り、左へ振り返り、右へ振り返り、見付からずに再び走る。来たばかりでここがどこかも分からず、もう父親にも会うことができないかもしれない。
──それでも、と唇を巻き込んで息を止めるとすぐに苦しくなって「かはっ」とえづいた。咳き込んで両手で口を押さえた瞬間、耳が浮いて髪が押しのけられる感触があり、目を見開いた瞬間に全身が粟立った。
それでも咳が止まらず、片手で口を押さえてもう片手で頭を隠すが、二つある耳を全て隠すことはできず──、
「なあ、あの子、大丈夫か……?」
「うわ、コスプレ……?」
「でもなんか違うっぽい?」
「動いてる……」
「何あの耳」
「ちょ……なんかヤバくない? 何あれ(笑)」
「もしかして……『ケモ耳』……?」
周囲の人々が二弥を見て困惑の、好奇の目を浴びせる。突き刺さるような視線を浴びて二弥は、今にも泣き出しそうになりながら、しかし歯を食い縛ってその場から逃げるように頭を隠して走る。走る。ひた走る。
──二弥ちゃん。
ひとりでのように、自分の意志とは関係なく、勝手に口が動く。それと一緒に足の勢いが弱くなっていって、止まる。
──戻ろう、二弥ちゃん。あなたのお父さんは、優しいんだから。
「やめて」
──帰ろう。あなたのお父さんはあんなことはしないよ。
「静かにして……ッ!」
耳を、耳の生えた頭を押さえて、二弥は叫ぶ。
いやいやと徐に頭を振り、目を閉じて現実から目を逸らし、その場にしゃがみ込んで停滞に身を沈めんとする。
「お父さんは優しいから、あんな風に思いたくないの! 『優しい』ままでいて欲しいの!」
普段は優しかったから、と叫んで、慟哭し、その場に蹲る。
そうだ。何もしなければあの人も優しい時がたくさんあった。料理を手伝った時、一人で夜、トイレに行けた時、転んで痛くても泣かなかった時、ご飯を全部食べられた時、褒められた事はいっぱいいっぱいあった。それでも、それでもあの人は怖い。外に遊びに行くと、テーブルに顔をぶつけられて怪我をした。ベランダの洗濯物を中に入れると髪の毛を引っ張られた。褒めてもらいたくて、だけれどそれが裏目に出て。あの人の仕事を減らそうと帰ってくるまでに料理を作ると、ものすごく怒られた。顔を叩かれ、髪の毛を引っ張られ、泣いて、うるさくしてしまって、閉じ込められた。一人で夜、トイレに行けないと舌打ちをされて、無視され続けた。転んで泣くと、泣き止むように言われて怒られた、叩かれた。ご飯を食べ切れないとお皿を投げ付けられて、泣いて、五月蝿くして、閉じ込められて……。怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……──。
「にやちゃん!」
「──っ!」
顔を上げると、人混みを掻き分けてレイカがやって来ていた。
レイカは人混みを抜けると、すぐに二弥の手を掴んで、起き上がらせると肩を掴んで二弥の顔を見詰める。その眼差しが今はとても辛くて、二弥は目を背けながら唇を震わせて言った。
「おねえ、ちゃん……」
レイカは、二弥の返事を聞いてホッ、と胸を撫で下ろして一息吐いたが、周りを見回してから二弥の手首を掴んで「早く、こっち来て……!」と連れて行こうとする。
「なん、で……」
「とにかくここを離れてから話そ! ──今は、人が多いから一旦別の、人の少ない場所行こ!」
その手首を引っ張り、強引に走る。
レイカ達が走り出すと、人の海が自ら割れて道を作り出した。その道を通ってすぐに角を曲がり、細道を行く。
「どう、して……場所が、分かったの……?」
「ちょ、ちょっと待って!? 何あの人達! すんごい走って来るんだけど!?」
言われて振り向くと確かにそこには幾人かの人々が走って来ていた。──五人、六人、七人、細い通路に重なり合って見えるからきっと、もう少し少ないかもしれないが十人かそこらに見える。
二弥はぞっとして再び前を向くとレイカの背中が見えて、不安と焦燥が募っていく。
「やだやだやだぁぁぁぁあああ! 何あの人達すっごい怖い! なんなのあの人達! なんか何も考えてないみたいなあの顔が怖いし! 無駄に追い付かれないのもなんか怖い! 追い付かれるのも、それはそれで嫌だけど!」
胸の奥がキリキリと締め付けられるように痛くなってくる。どうして助けてくれるのだろう、どうして知り合ったばかりの私の手を取ってくれるのだろう、うるさい私の手を、どうして握ってくれるのだろう、どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして──……。
真意がわからない。何をしたいのか、何をして欲しいのか、喉の奥が疑問で塞がれて、苦しいほど思考に思考と思考を重ねて重ねて重ね続けて、気づかない内に喉の奥から脳髄の隅から隅まで、膨大な量の疑問が頭を胸を足を腕を視界を思考を感覚を、全てを奪い尽くしていた。
──二弥ちゃんが、大切だからだよ。
唐突に口が勝手に動いて、二弥は跳ね上がった鼓動と共に赤く揺らめき始めた目を見開く。
大切だから、と同じような事を何度も言われていた。あの人にも、お父さんにも。ただ──そうだった。決定的に違う事があったんだ。
──あの人は、私のことを心配したことなんて、きっと無かった。私が何をしようが構わなかったのだろう。だけれど、そうだとすると、なぜ私が怒られたのかが分からない。分からない、分からない、分からない。
でも、お父さんも、お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、皆、『心配してくれている』ことが、痛いくらいに掴まれた手から伝わる。
「ああもうっ! にやちゃん、ちょっとジャンプして背中に乗ってくれる!?」
「え……」
それを確かめるように見詰めていると声をかけられ、地面を蹴り、弾かれるように頭を跳ね上げた。レイカが左目をだけを二弥に向けながらバチンっ、とウィンクする。
「私、陸上部だから平気!」
だからあの角を曲がったら背中に乗って、と、そう言われて、固唾を飲む。
苦しくなって、心配されていることがひしひしと伝わってきて、泥沼に浸かったような居心地の悪さが喉元まで差し迫って来ていた。すぐ目の前のこの角を曲がると同時に吐いてしまいそうな、居心地の悪さが。
「お姉ちゃん……」
「な、何……!?」
「……ごめんなさい」
えっ、という声を聞いた気がしたけれど、もう、口早に言い終わって振り返った後の事だった。手を離して、立ち止まり、角の直前で振り返る。
心配されていると、泥沼の中に顔まで浸かって溺れているみたいに苦しくなって、体にまとわりついて、気持ちが悪くなる。でも、だったら、心配されなければ良い。
「お願い、力を貸して……! お姉ちゃんを、心配させない力を……!」
ジュゥ……、と二弥を中心に円を描くように薄い煙が上り始めて、レイカは急に立ち止まって上体が前のめりになってしまい、なんとか堪えるとすぐに上体を起こす勢いで振り返る。
「何を言って──!」
やがて、煙が赤く、頼もしい光と熱を伴い始め、背中を向けながら赤い瞳で二弥はレイカを見る。レイカは困惑した表情を浮かべて、眉をひそめていた。
「私は、大丈夫。……お姉ちゃん。だから、心配しなくても、大丈夫」
渦巻き立ち上る炎の渦の中央から、二弥は目を細めて笑って見せた。
[あとがき]
三章ももうそんなに話数が残っていなくて、また更新ペースが落ちそうと危惧しています。作者です。
前作前前作と言い、字数だけで数えたらもう物語の後半に差し掛かっていてもおかしくなかったのに、今作はその三倍か四倍くらいの長さになりそうな予感……。
とは言いつつ、執筆速度が速くなるわけでもなく、伏線なども考えていると頭を悩ませる始末。しかし作者としては速筆濃厚が目標でして、今の状況もそのための課題と捉えております。
筆が速く、内容が濃く厚い、そんな意味で作った言葉です。
さて、では次回予告に移りましょう。
次回は十一月二十二日です。次回もお楽しみください。
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