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第三章

三十話

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 馬車を乗り継ぎ、数日かけて王都へとたどり着いた。
 すると私の帰還を待っていたかのように、王国の兵士のような者が迎えにくる。
「フォルティエナ・シーファン様……長旅お疲れ様でした。さぁ、王太子様がお待ちです。ご案内いたしますので王城までどうぞ」
「?」
 王様たちを殺しに来た自分に、まさか城から出迎えが来るとは思っていなかった私は、戸惑いを隠せずにその場で立ち止まっていた。
「フォルティエナ様? どうされました?」
「あの……何で……」
「そうですね、理由はシーファン公爵様の命によりといったところでどうでしょうか?」
 シーファン公爵家? 
 一体誰だろう?
 かなり混乱をしていた私だが、そのまま豪華な馬車の中へと案内された。
 不安な気持ちで馬車にゆられ、王都の様子を窓から静かに眺める。
(賑やかで綺麗な街……)

「あの、先ほどの……方は……」
「シーファン公爵様のことですか?」
「はい」
 私は目の前の兵士の言葉に頷いた。
「そうですね……まずあなたは、レイグラート様とお話しをしましょうか」
「レイグラートさま……? はい……」
 しばらく走った馬車は城門をくぐり、立派な王城の入り口の前で私は降ろされた。
 そして一緒に乗っていた兵士から、手を引かれて中へと入る。
「あの、どちらに……」
「……大丈夫ですよ。王太子様にはすぐ会えます」
 王太子……レイグラートというのは、王太子の名前らしい。
 自分が殺めなければならない存在が会ってくれると言うのか。
 これほど好都合なことはないな。
「フォルティエナ様は王都から長く出ておられたようですが、シンプルながら綺麗なお召し物をされていますね」
「はい……途中で出会った親切な人たちが、立ち寄った村で選んでくれて……」
「……ソロウの村の物ですね? 織り方ですぐに分かりました。彼らの織物技術はとても高いのですよ」
 そう語った兵士と私は城のエントランスを抜けて、大きな扉の前までやってきた。
 ここに標的の王太子がいるのだろうか。
「どうぞ……」
 扉が開かれると、ホールの中はまるでパーティのように沢山の人が集まっていた。
 会場内から私の姿が確認されると、ザワザワとしていた喧騒が一瞬でシンッと静まり返る。
 ここがさも悪役令嬢の断罪の場なのだと言うかのように……。

(あ、あの二人は……見覚えがある。ヒエウの街にいた)
 ホールの柱のそばに立っていた二人の男女。
 彼らはまるで睨んでいるような目つきで、こちらをじっと見ていた。
 自分をこの場に呼んだのはあの者たちだろうか?
 こうして自分に命令した者たちの姿を見てしまうと、今の私は絶対に失態が許されない立場なのだと改めて思い知らされた。

「お待ちしておりました。私のフォルティエナ……」
 一際目立つ高貴な装いの金髪の男性はそう言って近づき、私の手を取る。
 この人が王太子なのだろうか……。
「その腰の剣は……ご自分で買われたのですか?」
 剣?
 私は自分の腰へと視線を向けた。
 そうだ……私は彼を殺さなければならないんだった……。
 でも、こんな沢山の人がいるところではさすがに不味いのでは?
 私はヒエウの街にいた男の方を見る。
 すると男はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、そして首を横に振った。
 これは二人きりになった時にでも、彼を斬れということだろうか。
「あの……王様……と……」
「父と母はこの場には……すみません」
「そうですか……」
 私が明らかに落胆の表情を見せると、目の前の王太子はくすりと笑った。

「そういえば言い忘れていましたが、あなたを迎えに行ったそこで後ろに立っている兵士……実は正体は騎士です」
 王太子のレイグラートがそう言うと、後ろの兵士は兜を取った。
 そして和やかな表情をこちらへと向ける。
「彼はシド・ユケルという名なのですが、ご存じないですか?」
「知らない……です」
「……なるほど」
 すると王太子とシド・ユケルという騎士は、私に優しい顔で微笑んだ。
 そして、王太子は私の手を引いて玉座の方へと連れていく。
「皆のものここに注目! 分かっているとは思うが、このパーティは即席で催されました。招ばれた者はシーファン家以下、公爵家の者たちのみです」
 突然声を張り上げた王太子の言葉で、周りの者たちは途端にざわつき出す。
「それ以外の者は変装した騎士や兵士、それと……まぁいいでしょう。さぁ、フォルティエナ、あなたはここへ何しにいらっしゃったのですか? ぜひ今こそ、その目的を果たしてください」
「私は……」
 腰の剣に手を当てた。

 だけど……。
 私はこの場で剣を抜くことすらできなかった。 
 落胆した私は、思わず床にしゃがみ込む。

「私は……あなたを殺しに……」
「誰に命令されて?」
 私はチラリとヒエウにいた男女に視線を送った。
 その二人はさすがに不味いと思ったのか、体を強張らせて警戒の様子を見せる。
「黒幕はシーファン公爵家……あの者たちですね?」
 王太子の言葉に私は黙って頷いた。
「捕らえよ!」
 王太子の合図で、シーファン公爵家と呼ばれた者たちを兵士が取り囲む。
 すると、その二人は向かってくる兵士たちへ魔法を放ったあと、異形な姿へと形を変えた。
「ふん、マリオネット操り人形は役に立たなかったようだな。だが、ただの人間であるお前たちに魔族である私は殺せまい」
 男の魔族はそう言って、黒い魔法を勢いよく放った。
 漆黒の槍のような魔法が魔族の体から沢山出てきて、床や壁に突き刺さり、周りの兵士たちの体へも次々に襲いかかる。
 圧倒的な力を見せつけられて、兵士たちの動きにはかなりの戸惑いがみられた。

「確かに、お前ら魔族はただの人間には中々殺せねえよなぁ……」
(えっ……)
 どこか懐かしい声が急にしたかと思うと、女の姿をしていた魔族の体が後ろからいきなり致命傷を負って、まるでチリのように呆気なく霧散した。
「な……にぃ?!」
 私に命令した男の姿をしていた魔族は、恐ろしい形相で先ほどの声がした方へと睨みつける。
 ホールの柱の影から飛び出し、魔族を斬りつけた青いマントの男性……彼の手には立派な大剣が握られていた。
 そして別の柱の影からは栗色の髪の女性が顔を出す。
「フォル!」
 その女性はそう叫んでから、王太子と私の元まで駆けてきた。
(この二人……なんかすごく懐かしいような……)
 私はなぜだか胸が熱くなった。
 すごく会いたかった者たちにやっと会えたような……心苦しくとも幸せを感じられる瞬間だった。
能力……これが俺が持って生まれたユニークのスキルだよ。あんたを殺せば、フォルとレイにかけられた封印もきっと解けるよなあ?」
 そう言って青いマントの男性は、魔族相手に大剣を構え鋭い刃をぎらつかせる。
「ちぃぃっ! 早くこいつを殺せ!」
 その言葉が放たれた瞬間、この場に残っていた公爵家の者たちも魔族の姿に変えた。
 そして、青いマントの男性へと次々に襲いかかる。
 その魔族たちを相手に剣を振る男性の元へ、さっと加勢に入る先ほどのシド・ユケルという男性騎士。
 桁違いに強い二人は魔族たちを一掃し、この場にはヒエウにいた男の魔族だけが残った。
「なんでバレたって顔してるな? お前ら魔族は、人間の気持ちってのをいつも蔑ろにし過ぎなんだよ。人ってのはなぁ、心や感情ってのが強くある生き物だ。互いに気持ちが通じ合った相手がいきなり消えて、じゃあはい終わり……には絶対にならねぇんだよ。大事な仲間が急にいなくなれば、どんなことをしてでも探すに決まってんだろ! しかも今回はご丁寧に分かりやすい書き置き付きときたもんだ。フォルが王都へ来る前に馬で先回りして準備する時間は充分にあったさ」
 青いマントの男性はそう言って、藍色の布を見せた。
 あの布は確かヒエウの街で私が捨てたやつだ。
「あなたたちには分からなかったかもしれないけれど、この布にはフォルの残した文字が書かれているの。少し湿らしてから白い布を当てて、裏から覗いたらすぐに読めたわ」
 そう言って栗色の髪の女性は、今度は手に持った白い布の方を見せる。
 そこには褐色色の手書きで記された単語の羅列があった。
Demon魔族 lost me自分を失くした Kill Royal王族の殺害、記憶を失う前のファルが必死に書いた血文字よ! それにあんた、私にも焼印したわよね! この鬼畜野郎!」
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