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第二章
十五話
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馬車で王都を出てから随分と時間が経った。
もう外は薄暗い。
この馬車は乗り合いなので、乗客は当然知らない人しかいないのだが、みんなお疲れなのか静かに外を眺めている人が多かった。
これから向かう港町の名前は『ヒエウ』と云う。
王都からヒエウの街へ行くには馬車でニ~三日ほどかかるので、今夜は途中の小さな村に寄って夜を過ごすつもりらしい。
「フォル、こうやって長時間座っているだけでも、馬車ってけっこう疲れるのね」
ため息混じりにそう呟いたのはレイだ。
その感想には私も文句なしに同意する。
「何か暇を潰せるものも何も持ってこなかったしな」
こういう隙間時間はスマホか携帯型のゲームでもあれば、退屈せずに楽しめたのだろうが。
(この世界は本かカードゲームくらいしか娯楽がなさそうだからなぁ……王室の図書館から何冊か本を借りてくれば良かったか)
そうこうしているうちに馬車は滞在予定の村に着いた。
「ヒエウへ向かうお客さま、今晩はこちらの村で一泊します。明日また出発いたしますので、朝の八時までに同じこの場所に来てください」
馬車の御者はそう告げると、乗客の私たちを村の宿まで案内してくれた。
この村は、日本で言う平均的な町内くらいの大きさしかないが、港町へ向かう遠距離馬車の中間地点によく利用されているらしく、客人に対する村の対応はとても慣れている様子だった。
馬車で一緒に乗り合った人たちは、商人らしき男性とその娘と思われる若い女性、身なりから冒険者であろう中年男性二人に仲睦まじい若夫婦の計六人。
(特に問題はなさそう人たちだったけど……ヘタに仲良くなって身バレでもしたら困るしな。用事が済んだらレイと朝まで部屋で大人しくしてるか)
私はそのことをレイに伝えると、彼女も同じことを考えていたようで、二人で素早く食事と入浴を済ませたら早々に部屋の中へと引きこもった。
宿の部屋はそれなりに快適で、ドアの横には大きなクローゼット、窓側には小さなテーブルとイスがあり、奥の方にはベッドが二つ並んでいるだけだったが一晩休むには充分の広さである。
「今日は満月なのね、キレイ。それに私にとって、今日はとても特別な日だったわ」
レイはそう言って、宿の人が用意してくれた水差しの水をお供に窓際のテーブルの前に座って、うっとりとした表情で外を見ている。
「レイはロマンチックなんだな」
「うちは平民だったから、メルヘンな世界とか素敵な王子様との未来を妄想するくらしいか娯楽がなかったもの」
そう言って、レイはどこか寂しそうに笑っていた。
(転生前のうちはもちろん庶民だけど、娯楽はいっぱいあった。日本て一般人が当たり前のように活躍できる良い国だったんだな……)
もう帰れなくなって初めて祖国の長所を知る。
それに……今回のことでレイも生まれた国を捨てることになってしまったんだよな。
「フォル、ありがとね。私あなたに会えて良かったと本気で思うわ。もっと早くから私もフォルの良さに気がついていれば、嫉妬に狂って罪を犯すなんて愚かな真似はしなかったかもしれないのに……最終的にはこうやって、あなたまで辛い現実へ巻き込む形になってしまった。今更後悔をしてももう遅いけど、一時の感情ですごく馬鹿なことしたなって……」
レイはそう言って、静かに涙を流した。
どうやら自分がした事を彼女はかなり悔やんでいるようだ。
たった一つの過ちでこんな若い娘が牢に入れられ、重い罪を背負わされる。
レイグラートの言葉を聞いた時、ここは怖い世界なんだなと思い知らされたんだ。
「むしろ私はレイにお礼を言いたいね。だってレイが遠くへと飛ばしてくれたおかげで、あの重っ苦しい家と学園から、簡単に抜け出すことができたんだから」
「フォル……」
そうでなければクラン同盟に登録するのは、もっとずっと後のことになっていただろうし、あの時あの場所でアレクと出会うこともきっとなかった。
「確かにスラム街で賊に追いかけられた時はちょっと焦ったが、この威圧魔法で普通に対処できたし、レイの罪が重くなったのって、転移魔法を使ってしまった相手が王族に関係する公爵令嬢だったからだろう? 魔法をかけられた私自身がもう許しているのに、相手の身分によって罪の重さが変わるとか……そんなのやっぱり馬鹿げてる。弱い者を追い詰めて貴族を優遇する法律なんか、従う価値もないくだらない制度だなって思っただけだよ」
私は本音をスパンと言ってのけた。
そんな私の言葉にレイは驚きを隠せない様子だ。
「そんなこと言う人初めて見たわ……でも、そっか……従う価値がないってフォルは思ったから、私を逃してくれたんだね」
「うん。情状酌量の余地も与えない制度は論外」
「んん?」
「被害者が訴えの棄却を申し出ているのに、それすらも精査しないし。というかそもそも私は処罰しろって言った覚えもない。よってあれは不成立!」
「え、待って待って待って……どういうこと?」
「あ、ごめん。なんか思考が暴走した」
前世で生きていた現代日本での法制度と比べても仕様がないことだが……あまりにも不平等だとは思う。
私の独特な言い分にレイはワケが分からないといった感じで混乱していたが、私が言いたいのはレイはそこまで罪に問われるほど悪いことはしてないってこと、少なくとも私はそう思っているということの二つ。
とりあえすそれだけが伝われば今は良かった。
そして私とレイは今後のことも含めて色々と話し合い、ある程度時間も回った所でベッドの方に移動する。
すると旅の疲れもあったのか、気がつけば二人とも朝までぐっすりと眠ってしまっていた。
もう外は薄暗い。
この馬車は乗り合いなので、乗客は当然知らない人しかいないのだが、みんなお疲れなのか静かに外を眺めている人が多かった。
これから向かう港町の名前は『ヒエウ』と云う。
王都からヒエウの街へ行くには馬車でニ~三日ほどかかるので、今夜は途中の小さな村に寄って夜を過ごすつもりらしい。
「フォル、こうやって長時間座っているだけでも、馬車ってけっこう疲れるのね」
ため息混じりにそう呟いたのはレイだ。
その感想には私も文句なしに同意する。
「何か暇を潰せるものも何も持ってこなかったしな」
こういう隙間時間はスマホか携帯型のゲームでもあれば、退屈せずに楽しめたのだろうが。
(この世界は本かカードゲームくらいしか娯楽がなさそうだからなぁ……王室の図書館から何冊か本を借りてくれば良かったか)
そうこうしているうちに馬車は滞在予定の村に着いた。
「ヒエウへ向かうお客さま、今晩はこちらの村で一泊します。明日また出発いたしますので、朝の八時までに同じこの場所に来てください」
馬車の御者はそう告げると、乗客の私たちを村の宿まで案内してくれた。
この村は、日本で言う平均的な町内くらいの大きさしかないが、港町へ向かう遠距離馬車の中間地点によく利用されているらしく、客人に対する村の対応はとても慣れている様子だった。
馬車で一緒に乗り合った人たちは、商人らしき男性とその娘と思われる若い女性、身なりから冒険者であろう中年男性二人に仲睦まじい若夫婦の計六人。
(特に問題はなさそう人たちだったけど……ヘタに仲良くなって身バレでもしたら困るしな。用事が済んだらレイと朝まで部屋で大人しくしてるか)
私はそのことをレイに伝えると、彼女も同じことを考えていたようで、二人で素早く食事と入浴を済ませたら早々に部屋の中へと引きこもった。
宿の部屋はそれなりに快適で、ドアの横には大きなクローゼット、窓側には小さなテーブルとイスがあり、奥の方にはベッドが二つ並んでいるだけだったが一晩休むには充分の広さである。
「今日は満月なのね、キレイ。それに私にとって、今日はとても特別な日だったわ」
レイはそう言って、宿の人が用意してくれた水差しの水をお供に窓際のテーブルの前に座って、うっとりとした表情で外を見ている。
「レイはロマンチックなんだな」
「うちは平民だったから、メルヘンな世界とか素敵な王子様との未来を妄想するくらしいか娯楽がなかったもの」
そう言って、レイはどこか寂しそうに笑っていた。
(転生前のうちはもちろん庶民だけど、娯楽はいっぱいあった。日本て一般人が当たり前のように活躍できる良い国だったんだな……)
もう帰れなくなって初めて祖国の長所を知る。
それに……今回のことでレイも生まれた国を捨てることになってしまったんだよな。
「フォル、ありがとね。私あなたに会えて良かったと本気で思うわ。もっと早くから私もフォルの良さに気がついていれば、嫉妬に狂って罪を犯すなんて愚かな真似はしなかったかもしれないのに……最終的にはこうやって、あなたまで辛い現実へ巻き込む形になってしまった。今更後悔をしてももう遅いけど、一時の感情ですごく馬鹿なことしたなって……」
レイはそう言って、静かに涙を流した。
どうやら自分がした事を彼女はかなり悔やんでいるようだ。
たった一つの過ちでこんな若い娘が牢に入れられ、重い罪を背負わされる。
レイグラートの言葉を聞いた時、ここは怖い世界なんだなと思い知らされたんだ。
「むしろ私はレイにお礼を言いたいね。だってレイが遠くへと飛ばしてくれたおかげで、あの重っ苦しい家と学園から、簡単に抜け出すことができたんだから」
「フォル……」
そうでなければクラン同盟に登録するのは、もっとずっと後のことになっていただろうし、あの時あの場所でアレクと出会うこともきっとなかった。
「確かにスラム街で賊に追いかけられた時はちょっと焦ったが、この威圧魔法で普通に対処できたし、レイの罪が重くなったのって、転移魔法を使ってしまった相手が王族に関係する公爵令嬢だったからだろう? 魔法をかけられた私自身がもう許しているのに、相手の身分によって罪の重さが変わるとか……そんなのやっぱり馬鹿げてる。弱い者を追い詰めて貴族を優遇する法律なんか、従う価値もないくだらない制度だなって思っただけだよ」
私は本音をスパンと言ってのけた。
そんな私の言葉にレイは驚きを隠せない様子だ。
「そんなこと言う人初めて見たわ……でも、そっか……従う価値がないってフォルは思ったから、私を逃してくれたんだね」
「うん。情状酌量の余地も与えない制度は論外」
「んん?」
「被害者が訴えの棄却を申し出ているのに、それすらも精査しないし。というかそもそも私は処罰しろって言った覚えもない。よってあれは不成立!」
「え、待って待って待って……どういうこと?」
「あ、ごめん。なんか思考が暴走した」
前世で生きていた現代日本での法制度と比べても仕様がないことだが……あまりにも不平等だとは思う。
私の独特な言い分にレイはワケが分からないといった感じで混乱していたが、私が言いたいのはレイはそこまで罪に問われるほど悪いことはしてないってこと、少なくとも私はそう思っているということの二つ。
とりあえすそれだけが伝われば今は良かった。
そして私とレイは今後のことも含めて色々と話し合い、ある程度時間も回った所でベッドの方に移動する。
すると旅の疲れもあったのか、気がつけば二人とも朝までぐっすりと眠ってしまっていた。
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