上 下
16 / 21
第二章

十六話

しおりを挟む
 最近は真宵くんと過ごした子どもの頃の夢を、よく見る。
 あれはそう、私が中学二年生の春、そして真宵くんが小学五年生に進級したばかりの時だった。
 私と真宵くんが通っていた公立の小中学校は、自宅から歩いて15分ほどの距離にあるが、両校とも大きなフェンスで隔たれながらも、隣接はしており、とても近い位置にあった。
 そして普通ならば真宵くんは、小学校の上級生や低学年の子たちと一緒に、登校班で通学するはずなのだが、なぜかいつも私が家を出るタイミングで、彼は決まって玄関前まで迎えにきていた。

「真宵くん、私が登校する時間に無理して付き合わなくても、別に良いんだよ……」
 私はそう言って苦笑いを浮かべた。
 目の前には、先月よりもまた少し背が伸びただろうか? そう思わせるほどに成長期真っ只である、少年の姿があった。
 そして私の方はというと、中学に入ってからはほとんど身長が伸びなくなってしまったのだが……。
「俺が栞里ちゃんと一緒にいたいだけだよ」
 そんな私の態度に対して、意に介す様子もなく、優しい笑みで答えてくる真宵くん。
 我が弟同然の男の子ながら、その笑顔は不意打ちで、自身の心を掴まれるほどに、今の真宵くんがすごく可愛いと思ってしまった。 
「もう、真宵くんは本当にお姉ちゃんっ子なんだから……」
 私はそう言って、真宵くんの笑顔に尊死させられそうだったことを悟られまいと、なんとか態度で冷静さを示し、微笑とともに深いため息をついて見せた。
 こんな可愛い弟同然の真宵くんに「と一緒にいたい」と頼られるのは全然悪い気はしない。
 しないけれど、普通に考えれば、小学生同士で集まってた方が真宵くんも絶対に楽しいだろうに。
 それとも真宵くんは、学校生活があまりうまくいっていないのだろうか?
 それならばそれで、少し心配である。

「ハァ……いつまででいるつもりなのかなぁ、は……」
「えっ? なになに?」
「別に……」
 よく聞こえない声で呟くように、そう言葉を吐き出した真宵くん。
 私が尋ねても、顔を真っ直ぐ見据えたまま歩き始め、それ以上は何も言ってくれなかった。
(最近の真宵くん、なんか急にちょっと冷たくなる時があるのよね……これは俗にいう反抗期というやつなのかな?)
 それならば、これ以上はもう何も聞くまい。
 私は諦めて、彼の横で歩みを進めた。

 いつもと同じ見慣れた道を、真宵くんと二人でしばらく歩くと、学校に近づくにつれて、ちらほらと学生たちの姿が目に入るようになってきた。
「真宵おはよー! ってなんだ、今日も姉ちゃんと一緒かー」
 私たちの後ろから元気よくかかる声。
 声の主である彼の、小学生らしいハツラツした態度に、私の心はなぜか毎回ホッと安堵する。
 この感覚、いつも不思議だな。 

「栞里ちゃんは、姉ちゃんじゃないって……」
「おはよう、みなとくん、そう、今日も姉が真宵についておりますよっ」

 私は振り向いたあと、そう言って目の上でピシッと手だけ敬礼のようなポーズをしてみせた。
 真宵くんと同じクラスの同級生だという彼の名前は、金井かないみなとくん。
 湊くんは真宵くんとはまた違った雰囲気の、スポーツが得意そうな活発な少年だが、性格もあっけらかんとしていて、こちらとしても話していてとても清々しい気持ちになる。
 そして真宵くんの方も、彼と話すのは満更でもなさそうな態度をとるので、そんな二人の様子からそれ相応な仲の良さが伺えた。
「学校だと真宵は姉ちゃんの話ばかりするんだ」
「へぇ……」
「だから姉じゃないって、何度も言ってるよ」
 湊くんからそんな情報が耳に入って、私も悪い気はしない。
 それどころか仲の良い姉弟には見えてるようで、嬉しかった。
「湊はさ、毎回栞里ちゃんに余計なこと言わないでくれる?」
「はいはーい……真宵の大事なだもんなー」
 湊くんはそう言って、笑顔で白い歯を見せながら、自身の小指を立てた。
「み、湊!」
「こらこら湊くん、指を立てるのはさすがにやめときなさいね」
 私の制止の言葉を言い終わる間もなく、真宵くんは慌てて湊くんの立てた指を、自分の両手で隠した。
 それなりにいつも落ち着いた様子で過ごすことが多い真宵くんだったが、この時ばかりは珍しく焦っていたのだ。
(この二人のやり取りの感じだと、扱いは一回や二回じゃなさそうね)
 全く……男の子って、そうやって大人の悪い所を、すぐにふざけて真似るんだから……。
 しかも年上の女性に対してなんて発言、本気で失礼ですよ?
 それにお姉さん指はじゃない、
「……じゃあ、私はもう中等部に行くね。またね、真宵くん、湊くん」
「あ、また……」
「姉ちゃん、バイバーイ」
 そんな感じで二人と別れた私は、彼らが元気よく校舎へと走っていくのを横目で見ながら、自分のクラスがある中等部の方へと歩き始めた。


   ◇ ◇ ◇


 私はそこで再び目が覚める。
 そう、今見たこれは、真宵くんと過ごした過去の懐かしい記憶だ。
 真宵くんから告白されてからの現在いま、あの二人のやり取りの意味を改めて認識して、ちょっと気恥ずかしい気持ちになった。
 いや、ちょっとというかかなり……?
(中学二年生の私……小学五年生の真宵くんにも、すでにしっかりとアピールされちゃってたじゃないの)
 もしかしてあの頃の私たちって、周りから見たら常にこんな感じの微妙な関係だった?
 自分としては姉弟としての態度を崩したことはなかったのだが……。

 それに……。

(……思い出した。真宵くんと同級生だった金井かないみなとくん)
 彼はとても人懐こい性格で、話しやすいタイプの男の子だったのだ。
 性格が大人しめな真宵くんともうまく馴染めていて、私は彼の存在が少なからず印象に残っていた。
 湊くんは今でも都内にいるのだろうか。
 真宵くんはたまに会ったりとかしてるのかな?
 私は懐かしくなって、ついほくそ笑んでしまう。
 今度真宵くんに会ったら、湊くんのことを聞いてみようと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫
恋愛
 彼は私を愛していない。  ただ『責任』から私を婚約者にしただけ――。  しがない貧しい男爵令嬢の『エレン・レヴィンズ』と王都警備騎士団長にして突出した家柄の『フェリシアン・サンストレーム』。    幼い頃出会ったきっかけによって、ずっと淡い恋心をフェリシアンに抱き続けているエレン。    彼は人気者で、地位、家柄、容姿含め何もかも完璧なひと。  でも私は、誇れるものがなにもない人間。大勢いる貴族令嬢の中でも、きっと特に。  この恋は決して叶わない。  そう思っていたのに――。   ある日、王都を取り締まり中のフェリシアンを犯罪者から庇ったことで、背中に大きな傷を負ってしまうエレン。  その出来事によって、ふたりは婚約者となり――。  全てにおいて完璧だが恋には不器用なヒーローと、ずっとその彼を想って一途な恋心を胸に秘めているヒロイン。    ――ふたりの道が今、交差し始めた。 ✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢  前半ヒロイン目線、後半ヒーロー目線です。  中編から長編に変更します。  世界観は作者オリジナルです。  この世界の貴族の概念、規則、行動は実際の中世・近世の貴族に則っていません。あしからず。  緩めの設定です。細かいところはあまり気にしないでください。 ✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...