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第二章

十三話

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 軽く食事を終えた私たちは、バイト先のレストランを出て駅前の方へと向かう。
 真宵くんは当たり前のように私の手を繋いでくるが、彼の目立つ外見も相まって、周りの視線がこちらへと集まっているのがよく分かった。
 他人から見られるということにあまり慣れていない私は、心中穏やかな状態ではない。
 今思うと……周りの目を意識することもなく、真宵くんと一緒に遊んでいた子ども時代は本当に楽しかったなぁ。
 あの頃はただ天真爛漫というか、自分も余計なことを考えずに彼と向き合えていた気がする。
 まぁ子どもなんだし、当たり前なんだけどさ。

 そういえば昔、真宵くんと一緒に海へ行ったこともあったっけ。
 その時は当然、私の両親や姉もいたんだけど、真宵くんと岩場で小さなカニを取ったり、探検して変な洞窟を発見したりと、かなり有意義な時間を過ごせた。
 日が沈む前のギリギリまで夢中になって遊んで、帰りの車の中では一緒に寝ちゃったというね。
 でもそんな楽しい幼児期なんて、気がつくとあっという間に過ぎ去っているもの。
 
「栞里はさ、これからどこか行きたいところってある?」
「え、あ……う、うーん……」
 真宵くんとの昔のことを思い出していたら、当の本人にいきなり現実へ戻された。
 今の真宵くんは私たちの子ども時代のこと、どう思っているのだろうか。
 昔に戻りたいとか……真宵くんも考えることってあるのかな?
「今から映画見たら、確実に遅くなるよな」
「時間的にちょっと厳しいかもね」
 明日もバイトはあるから、あまり遅くなるのは勘弁してもらいたい。
 できれば今すぐにでも帰りたい心境……なんてことはさすがに言えませんね。
(いくらなんでも傷つけるわ……)

「栞里さ……」
「ん?」
 少し無言が続いた後、真宵くんは急に真面目な顔になって私の名前を呼んだ。
 どこか行きたいところでも思い付いたのだろうか。
「大学卒業したら、実家の方に帰ってはくるの?」
「え? た、たぶん……? でも就職先によるかも」
 姉のように実家から通勤できたら色々と安心だし楽だけど、職場の場所からあまりにも距離が離れていたらそれはそれで通うのがキツイ。
 就職先が遠かったら、また一人暮らしかなぁ。
「だよな……栞里は来年くらいから就活始めるだろうし、俺も普通に受験だから……二人とも忙しくなるよな」
「うん……そうね」
 こうやって二人でゆっくり遊べるのも今のうちだけかもね。

「栞里……少しは考えてくれた?」
 真宵くんはそう言って立ち止まると、急に私のこめ辺りの髪を撫でた。
 下ろしていたそれなりに長さのある髪が、真宵くんの指の間にさらっと入る。
 そんな仕草をされただけで私の心は動揺し、また動悸が激しくなってきた。
(真宵くんがやることって、いちいち心臓に悪っ……)
「……考えるって?」 
「俺と付き合うことを、だよ」
 おっと……。
 なるべく避けてきた話題を、ここに来ていきなり振られるとは……。
 うーん、なんて切り返そう……。
「ま、まだ悩み中……」
「そうなんだ……残念」
 真宵くんはそれだけ言うと、少し不満そうな顔で視線を逸らした。
 その表情を見た時、私の心はどこかズキッとした痛みを感じる。

 そうだ……。
 そうだった。
 告白あれからもう一週間は経つんだっけ。
 えっと、こういうのって相手はどれくらい待ってくれるものなの?
 告白への返事って、適切なタイムリミットとかあるのだろうか。
(あまり待たせるのも……でも今はまだ……)

 そんなことを一人で考えていると、動いていた真宵くんの足が急に止まった。
「栞里、ちょっとゲーセンでも寄ってくー?」
 真宵くんはそう言って、外からでも賑やかな音が聞こえてくる目の前の店舗を指差した。
 駅の方まで歩いている途中でたまたま見かけたゲームセンター。
 あまり一人では来ない所だけど、今は真宵くんもいるし、たまには良いかもしれないね。
 私が頷くと真宵くんは私の手を引いたまま、自動ドアを通り抜けて、入口近くにあったクレーンゲームの前まで連れてきた。
「何か欲しいのある?」
「う、うーん……猫のぬいぐるみとか非売品の珍しいお菓子とかは興味あるけど、どれも取るのは難しそうだなぁって」
 真宵くんはこういうところ、よく来るんだろうか?
 まぁ男の子だし、きっと友達と普通に行くよね。
 私も高校生くらいの時はプリクラ撮るために、女子のみんなとよく入ったものだけど……大学生になってからはあまり来てない。

 すると真宵くんは、手の平に乗っかるくらいの大きさの猫の人形が、微妙な位置に置いてあるクレーンゲームの前まで向かった。
 そしてその機械のアームを何回かお試しで動かしたあと、猫の人形をサクッと取ってくれる。
(えっ……ウソ、本当に取れた)
「……はい。あげる」
「うわ、ありがとう。でも真宵くん……すごいね」
「まぁコツはあるだけど……取れない時は全然取れないよ。たぶん今は運が良かった」
 そう言って彼は優しそうに笑った。
 いやいや、それでも凄いと思う。
 私だったら数百円なんかじゃきっと取れない。
 真宵くんがくれた猫を、私は思わずぎゅっと抱きしめる。
 この人形、黒の体毛に白の毛が混じっているタイプのくつ下猫だけど、絶妙にやる気のない顔をしているのがまた妙に可愛いかった。
(うは、嬉しい……大切にしよ)

「あ……そういえばみなとみらいのキーホルダーもありがとね。なんか私、真宵くんにもらってばっかりだなって。いつかお返しはするから」
「あー……いいよ、別に……子どもの頃は俺の方がもらってばっかだったし。まぁ今はその時の代わりってことで」
 ん?
 私、そんなに真宵くんに何かあげたっけ?
 うーん……あまり覚えてないな。
 森の中でたまたま見つけたカブトムシとかは確かに渡した記憶はある……けど。
(私は虫に興味はなかったし……)
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