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第一章

九話

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「栞里ちゃん、待ってよ!」
 家の近くの裏山で遊んでいると、そうやってよく私の後をついてきていた三つ年下の男の子。
 色素の薄い髪色に、エアリーショートヘアが似合っている少しハーフぽい顔立ちの真宵くんは、いつも落ち着いた雰囲気の服装が多かった。
 彼を本当の弟のように思っていた私は、よくお姉さんぶりながら彼と関わっていた記憶がある。
「ねぇ真宵くんは、秘密基地って知ってる?」
「そのくらい僕だって知ってるよ。誰も知らないヒミツのお家だ」
「そう。それをね、今ここで一緒に作ってみない?」
「栞里ちゃんと……二人だけのヒミツのお家を?」
「うん、そう」
 私の返事を聞いて、少し照れながら嬉しそうに頷いていた真宵くん。
 私はその時の彼の様子をよく覚えている。

 私たちは基地のベースとなる場所を決めたら、さっそく落ちている使えそうな木の枝を探した。
 そして自分たちの背よりも長く頑丈そうな太めの枝を、基地の基礎となる二本の木の幹に、家から持ってきた縄紐で縛る。
 そこに長くて軽めの枝や大きめの葉っぱで周りを囲った。
 出来上がったのはとても簡素な作りの秘密基地だったが、私たちは夏休みの期間をよくその場所で過ごしていた。
 少しくらいのにわか雨なら大丈夫だったりして、基地をうまいこと利用していたものだ。
「真宵くん、もし二人だけの時に変な人が来たら、このブザーを鳴らしてすぐに逃げるのよって、お母さんが」
 完成した秘密基地の中で私はそう言って、母から預かった防犯ブザーを真宵くんに見せた。
 真宵くんは頷くと、その場で私の手を握ってくる。
「栞里ちゃん、僕もそれ持ってるよ。でも……もし変な人が来たら、僕が盾になって栞里ちゃんを守るからね」
 そう言って私の目をじっと見つめてくる真宵くんだ。
「も、もう何言ってるのよ、弟のくせに……そういう時はブザーを鳴らしたら、一緒に大人の人がいるところまで逃げるのよ」
「え、うん……でも……」
「それに私の方がずっとお姉さんなんだから……真宵くんを守るのは私の役目だよ?」
「う、うん……それはわかってる」
 真宵くんは顔を下に傾けて、寂しそうに頷いた。
 その時の彼の表情の意味が、当時の私には全く見当もつかなかったけれど。
 女の子みたいな見た目をしている真宵くんが、頑張って私に男気を見せようとしてくれたのが、なんかいじらしくて微笑ましい……。
 困ったことが起きた時に、真宵くんを助けてあげられるのは年上である私の方だって、いつも頭の中で考えていたけど、真宵くんは真宵くんなりに私のことを守ろうとしてくれていたみたいだね。

「僕ねえ……大きくなったら栞里ちゃんと結婚したいんだ」
 そう言って頬を赤く染め、綺麗な目で私の顔をじっと見つめてくる真宵くん。
「え……でも私は、大人になって結婚するなら年上の人がいいなあ」
「えぇー……やだよ栞里ちゃん」
「だ、だってー……優しくてステキな年上の男の人ってなんか憧れちゃうんだもん」
 私はそう言って、自分のウェディングドレスを着た姿を想像し、ついうっとりと惚けた顔になった。
 そういえばそんなことをずっと考えていた時期があったな……なんて。
 すると真宵くんは急に真面目な顔になって、私とまだ握っている自分の手に力を入れた。
「栞里ちゃん、僕だっていつかは大人のオトコになるんだよ」
「まぁそれはそうだけど……でも大人になったって、真宵くんはいつまでも私の可愛い弟だもん」
「えー弟はやだよー……」
「だめー! 真宵くんは弟なのー!」
 私がそう言い張ると「わかったよー……今はね」と諦めた顔で真宵くんは呟いた。
 こんなやり取りがあったことなんて、今の今まですっかり忘れていたけど……。

   ◇ ◇ ◇

 私は瞑っていた目をうっすらと開けた。
 すると目の前には、見覚えのある白い天井が見える。
 ここは……自分が借りているいつもの部屋だ。
 実家ではない一人暮らしをしている方の家。
 どうやら私は、真宵くんと一緒に過ごしていた子ども時代の夢を見ていたらしい。
(あれは真宵くんと一緒に基地を作った時の過去の思い出……)
 今思い出してみると分かる、あの時の真宵くんの私への真っ直ぐな気持ち。
 私だけがずっと彼を弟だと思い込んでいて、でも真宵くんにとってはそうじゃなかったんだって……今更ながらに気がついた。
(真宵くんは小さい頃からずっと私のことを想ってくれていたの? でもじゃあ何で……)
 彼が中学に入ったら、急に私と疎遠になってしまったのだろう。
 その時は私も高校生になったばかりだったし、真宵くんと小学生の頃のような関係になるのは確かに難しかったとは思う。
 でも真宵くんのお家は、私の実家から目と鼻の先の距離に住んでいるのに、私は何年もまともに彼と会うことがなかった。
 まるで私だけが真宵くんに避けられていたみたいな……。
 向こうにまだ住んでいて、高校に通っていた時の三年間、私は真宵くんと挨拶すらまともに交わした覚えがない。
 不思議な空白の期間である。
 それなのに……真宵くんは、今頃になってまた再び私の前に現れた。
 一体なぜ?
(うーん……子どもの頃を多少思い出しても、今の真宵くんが何を考えているのかなんて……まるで分からない)
 私はモヤモヤとした感情を頭の中でぐるぐると募らせながら、暗闇の中で静かに目を閉じていたら、また再び深い眠りへと落ちていった。
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