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第二章

十四話

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「女神の計らいつったじゃん、前にさ」
 リオはそう呟いてから、反対側のベッドを降りて、こちらへと移動してきた。
 そして今度は、私の隣にドサリと座る。
(また急に距離が近いわね……)
「聞いた気もするけど、よく覚えてないわよ」
 例の催淫効果の付与を、女神に勝手に付けられた最悪な時の話でしょ。
 意識がかなり朦朧としてたし、そこまではっきりと覚えてるわけないじゃない。
「そも、子孫繁栄の女神なんだから、俺の要望通りに動くのは当たり前だろ?」
「だからって……」
 女神もあんたも、やり方の方向性かなり間違ってやいませんか?
 というかそこに、私の意思は尊重されないのでしょうか。
 それにまずは相手の同意を取れっていう、常識的な話ですよね。
 まぁこと、今こいつらに訴えたところで、まともに通じるとはとても思えんが……。
(異世界じゃ、日本の法ももはや無意味)
「ソアに禁止されればされるほど、俺の方も燃えるからな。山降りたら覚えてろよ?」
「お、覚えてろって……」
 あんたそれ、悪役のセリーフ。
 自分の愛する妻相手に、普通のまともな人は絶対言わないやつやで。
「俺もまだ、ソアの体で試してないこといっぱいあるしな。宙に浮かせて、簡単には逃れられねーよう⚪︎×▲◻︎……」
「ちょ、さすがにそれは冗談よね?」
 こいつ、人の話も聞かず、小さな声でなんかブツブツと怖いこと言ってるわ。
 うーん、この話の流れ……ちょっと変えたい。

「ね、ねぇリオ、それより私、宝石のことを詳しく聞きたかったんだけど」
「あ? 宝石のこと?」
「そう、これ。婚約指輪の方の……」
 私はそう言って、首から下げているロケットの中から、金色の石を取り出してリオに見せた。
「あぁ、これか……」
 リオは私から石を受け取ると、真剣な顔でじっと見つめる。
「この石、元々は純度の高い魔鉱石。こいつには本来、持ち主の身を守る効果が付いてたんだ。そこに俺の魔力を付け加えて、さらに強化してあった」
「それって、部屋の中を明るくしたり暖かくしたりする、あの魔光石のこと?」
「いや、それの元になってる原石の方だな。は」
「なるほど……」
 つまり原石である魔鉱石を加工すると、あの便利な魔光石になったり、こういった宝石みたいな石にできるということなのね。
 呼び方が同じでちょっとややこしいけど……。
「で、この石がどしたん?」
「ナターリアと連絡が取れない原因に、この指輪が壊れてしまったことが、もしかして関係あるのかなと思って……」
「んー……確かにこの魔鉱石は、魔力を加えて加工すれば、魔光石としての連絡手段にも使えるが……俺はそんな加工を頼んだ覚えは……いや、待てよ……」
 何か思い当たることがあったのか、リオはそのまま黙ってしまった。
「リオ?」
「……俺が魔力を込める時に使った呪文……もしかしたら影響してるかもしれねぇ。ただ、詳しいことは船に戻って、書棚にある魔導書を片っ端から調べてみねーと……」
 リオはそう言って組んでいた足を組み直した。
 夫のそんな姿が目に入っただけで、内心ドキッとしてしまう私なわけだが。
(真面目なことを言ってるだけのリオは、こんなにも格好いいのに……)
 残念。
「じゃあ、今は魔物出現の原因を先に食い止めてから……」
「そうだな。それが済んだら、色々と俺の方で調べてみるわ」

    ◇ ◇ ◇

 リオが一時的に消した雲も、今ではすっかり元通りとなり、基地の外では何日もの間ずっと吹雪いていた。
 そして、私たちが山に来てから四日が経った日の朝、外の積雪の方もやっと落ち着き、今日こんにちではかなり移動のしやすい天候となっていた。
 とはいえ、ここは一年中雪が溶けることはない北の山の中。
 地面の上には、まだまだ深い雪が残っているのだが……。
「この辺の魔物をまず一掃してから、何か異変がないか、調べながら少しずつ上に向かってみっか」
「そうね」
 私とリオはシュノルゲルンの駐屯基地を出て、今いる場所からさらに上の方を目指す。
 ちなみに現在、私たちはシュノルゲン兵たちとは別々の行動を取っていた。
 人数が多すぎるとかえって動きづらいこと、狼に似た魔物には剣よりも魔法の方が効きやすい特徴なこともあって、私たちが先行して魔物を駆逐しつつ、こちらと少し時間をずらして兵を動かしてもらった方が、リスクも少なく済むだろうとリオが判断したためだった。

 そうして基地を出てから数時間ほどの時が流れ、見かけた魔物をリオの火魔法や私の浄化の力で倒しながら、山の中腹くらいまで登ってきた時、大きな絶壁の下の表面に、何か模様のようなものが描かれているのを発見する。
 不思議なことに、この壁の周りだけ雪が積もっていないのだ。
 こんなにも分かりやすく怪しい場所は珍しい。
 ただ、壁の模様の方は、ずいぶんと長い年月が経っているのか、だいぶ薄れてしまっていた。
 それにしても、これではまるで何かを封印しているような……。
「こいつは……ダンシェケルト家の……家紋……」
 模様の隅に書かれていたマークに気がついたリオは、驚いて私の顔を見る。
「それって……」
 私の言葉にリオは黙って頷くと、壁に描かれた模様に手を当てて、低い小さな声でかなり複雑な詠唱を唱えだした。
 すると突然、目の前に青く光る扉のような姿が現れ、まるで私たちを迎え入れているかのようにキラキラと輝き出す。
 リオは先に壁の中に手を通すと、そのまま躊躇もなく体ごと中へ入っていった。
 その様子を見た私は、慌ててリオに続いたが、光の入口を通り抜けると、そこには明らかに人の手で造られたであろう人工的な建物が、私たちの目の前に建っていた。
 それに驚いたのはそれだけではなく……。
(ここ……夢で見た……あのショウと話した聖堂に似てる……)
 ただこの聖堂からは、あのブルークリスタルにも似た強い力の影響を感じるも、その気配はかなり不安定で、何か気持ちの悪い力が邪魔をしているような……とにかく嫌な予感がした。
「リオ、ここ……」
「ソア、なんかあの建物、すげぇ気になる。今すぐにでも行かなきゃいけないような気がして……」
 リオはそう言って、聖堂の中へと入っていってしまう。
 私の静止も聞かず、聖堂内を無我夢中で進んでいくリオの姿に、私は先ほどの嫌な予感がどんどん強くなるのを感じなから、とにかく今はリオを見失わないよう追いつくのに必死だ。
 そうしてたどり着いた先は、少し狭くて薄暗くて、誰かの個室のような部屋の中だった。
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