おシゴトです!

笹雪

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第9話

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「ちょっ、どこに行くんですか!?」

 前回の訪問から、まだ1週間も経っていないというのに呼び出しを受けた柚希が、翔太のマンションを訪れたのは約2時間前。
 頼まれるまま昼食を作って、一緒に食べたまでは良かった。
 だが、食器を片付けようとしたらなぜか翔太に阻止されてしまい、そのまま有無を言わさず外へと連れ出されてしまったのだ。
 エレベーターで一気に地下駐車場まで降りると、翔太は目の前に横付けされている黒いワンボックスカーのスライドドアを開けた。
「翔太くん、急いでください!」
 車の中から急かすような声が聞こえて視線を動かすと、運転席に黒いスーツを着た男の人が座っていて、腕時計をにらみつけていた。


「乗って」
「え、でも……」
 後部座席を真っ黒のスモークで覆われたその車は、柚希たちが出待ちをするときによく見る車だった。
「いいから」
 翔太はそう言うと、柚希を無理やり車の中へ押し込んだ。
「わわっ」
 後ろから自分もすかさず乗り込んで、スライドドアを勢いよく閉める。
 いったい翔太は、どこへ行こうとしているのだろう。
「すでに30分の遅刻です、……飛ばしますよ」
 そう言うと、柚希たちを乗せた車が勢いよく発進した。
「それから、先日の件でエアーから連絡が来ましたよ。いったい彼女に何したんですか」
「別に…………。そういやなんで今日はあんたなの? 大庭は?」
「大庭は風邪でダウンです。圭くんは、昨日潤也くんと一緒だったので先に行ってもらいました」
「ふ――ん」
「でも、翔太くんは僕で良かったんじゃないですか?」
「………………」
 柚希の存在を無視して会話を進めていたふたりが、急に静かになった。


 運転席の男が、ちらりとバッグミラー越しにこちらを見る。
 先ほどの笑顔こそ崩さないが、なんだか冷たいものが走ったような気がして、柚希は思わず背筋を伸ばした。
 だが、そう感じたのは柚希だけだったようで、翔太はまったく気にしていなかった。
(……気のせい?)
 柚希が自分をまじまじと見つめていることに気づいた運転席の男が、急ににこやかな笑顔を作った。
「大庭だったらこんなこと許しませんよ」
「確かに、あいつは変なとこで頭が固いからなぁ」
 そして何かを思い出したように、翔太が柚希を見ながら苦笑した。
「柚希、紹介するよ」
 こいつはマネージャーの宮川、と運転席の男を指差した。
「いつもは圭に付いてるんだけどな」
「はぁ、どうも……」
(……で、なんでそのマネージャーさんの車に乗ってるんだろう、あたし……)
 わけがわからないまま乗せられていた柚希だったが、車の窓から見える景色に目を見張った。
 あの四角い建物にはとても見覚えがある。
(もしかして……)
「…………テレビ、局?」
「ああ、言ってなかったか」
 そう言って、翔太がニヤリと笑った。
 これは最近覚えたのだが、こういう顔をするときの翔太には注意しなくちゃいけない。
(だって、たいてい何か変なこと企んでるときの顔なんだもん……)

「今日はマイパの撮りがあるんだよ」

「えぇえっ!!?」

 思わず声が裏返ってしまった柚希に向かって、ルームミラー越しに冷やかな宮川の視線が突き刺さる。
「……ちょっと、そんなの、ぜんっぜん聞いてませんけど」
 ひそひそと小声で詰め寄った柚希は、どういうことか説明してください、と翔太に向き直った。
 『マイパ』とはMAINSパークの略で、MAINSの冠番組のひとつだ。メンバーがひとりずつゲストと組んで、毎回様々なゲームやアトラクションを攻略していくというバラエティ番組だった。
「まだ観覧したことないだろ」
「う、なんでそれを……」
「やっぱり」
「っ!」
 ファンクラブで募集している番組観覧には応募しているのだが、毎回ものすごい倍率で、柚希も里菜も当たった試しがなかった。
「どうせ運がないんですよ!」
 柚希のそんな拗ねた声に、翔太が笑いながらガシガシと頭を撫でた。
「……この間の詫びだ。中に入れてやるよ」
「えええ!」
(いまから? しかもこんな格好で?!)
「なんだよ、不満か?」
 柚希は慌ててとんでもないと首を振った。
 番組を見れることは素直に嬉しい。
 でも、いまの自分の格好は完全に仕事着なわけで。柚希は着ているポロシャツを指でつまみ上げた。
 その背中にはもちろん社名である『スマイル』の文字が大きくプリントされている。

「……あたし、こんな格好なのにぃ……」

 思わずそうつぶやいた柚希に、また翔太が大笑いした。
(…………もう!)



 翔太からのお詫びは、自分の格好さえ除けば最高のプレゼントだった。
 スタジオに案内された柚希は、他の番組観覧者に混じって収録を観ることになった。初めて番組を生で観る柚希にとって、何もかもが新鮮でついキョロキョロと辺りを見渡してしまう。
 そんな柚希の姿が目立つのか、本番中の翔太と何度も目が合ってしまって、その度に困ってしまった。
 記者会見のときと同じで、潤也を見たいハズなのに目が翔太を追ってしまうからだ。

(……やっぱり、あたし)

 柚希の脳裏である結論に達したとき、また翔太と目が合った。
 ドクンッ、と胸の鼓動がひとつ高鳴って、自然と顔が赤くなる。
 そんな柚希の様子に、翔太が気づかれないように唇を動かした。
 どこか得意げに笑って、自分の反応をうかがっている。

(え、なに……?)

 ちょうどスタジオ中のカメラと視線が、中央にセットされたアトラクションに向けられていて、いま柚希と翔太のやりとりを気にするものはいなかった。
 翔太がもう一度、今度はゆっくりと唇を動かす。

『ゆ・ず・き』

「あ……」

 柚希は、翔太の言葉の意味に気づいて、思わず視線を落としてしまった。
 顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。

(…………柚希、だって……)

「バーカ……」

 先ほどの翔太の得意げな笑顔を思い出して、柚希はますます赤くなってしまった。



 無事収録が終わって、柚希は翔太の部屋に戻ってきていた。
 今朝置き去りにしたままの仕事道具を片付けると、簡単にベッドメイキングをして帰ることにした。
「じゃあ、今日はこれで」
「ああ」
 わざわざ玄関先にあるエレベーターまで出てきてくれた翔太の姿に、柚希は微笑んだ。なんだか自分の中で、翔太の印象が最初の頃とだいぶ変わってしまっていて、それが少し楽しくておかしい。
 柚希はエレベーターのボタンを押すと、翔太と向かい合った。

「……今日はありがとう、翔太」

 今度こそ恥ずかしがらないように言うことが出来た。
 柚希がそう思ったとき、急に視界が暗くなった。
 背中に翔太の手のひらが回されて、身に覚えのあるぬくもりが柚希を包んでいた。翔太の手が、柚希の頬に触れる。

「柚希…………」

 抵抗することなく顔を上げた柚希の唇に、翔太はゆっくりと自分のそれを重ねた。








『柚希!! 起きてるっ!?』
「……ん、んんー……、里菜? どうしたの?」

 翌朝、里菜からの電話で目を覚ました柚希は、まだしっかり開かない目をこすりながら起き上がった。
 翔太とのことで昨夜はいつまで経っても眠ることが出来ず、結局、うとうとし始めたのは明け方近くになってからだったのだ。
(うぅ、眠い……)

『テレビ! テレビつけて!!』
「ぇえ?」
『いいから早くっ!!』
(……こんな朝から、どうしたんだろ?)

 柚希は近くにあったテレビのリモコンを持ち上げ、電源を入れた。
 ぶわんと空気が震える音がして、同時に画面上にどこかの局のニュース番組が立ち上がった。
 何気なくそれを見た柚希の視線が、その場から動かなくなる。


「…………え……」


 柚希は絶句してしまった。
 テレビ画面に映るのは、圭の姿と『薬物疑惑』という大きなテロップ。

『柚希っ、どうしようっ!!!』

 携帯の向こう側で、すでに泣きそうな里菜の声が聞こえる。
 柚希は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

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