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第6話
しおりを挟む窓から光が差していて、柚希は眩しさで目を覚ました。
今日はいつもより気持ちがいい。
普段、寝起きがあまり良い方ではない柚希は、珍しくすっきり目が覚めたことで、なんだか朝から嬉しくなってしまった。
まだ完全に開こうとしない目を、大きく伸びをすることで起こそうとした柚希は、そこで初めて自分の腰の辺りに違和感を感じた。
「……んん…………?」
何かがっしりとした重いものが巻きついている感覚に、柚希の意識が急激に浮上してくる。
うっすらと目を開けて見れば、見覚えのない窓が視界に入った。
「…………は?」
いや、見覚えがないわけではない。
正確に言えば、なぜ自分の視界にその窓があるのかがわからない。
柚希は、一気に目を覚まして現状を確認した。
(ふ、服は……、着てる。……身体も平気そう。で、肝心な……)
先ほどから背後に感じる生暖かい熱の正体を確かめるべく、柚希は恐る恐る後ろを振り返った。
「っっ!!!」
思わず叫びそうになった口を必死で抑える。
そこには案の定、この部屋の主で自分のクライアントでもある翔太が眠っていた。
(……なっ、なに? ……これは、いったい何が起こったのっ!?)
翔太の部屋、しかも寝室のベッドの上で、なぜかバスローブ姿の翔太と一緒に寝ていた自分。
自分の格好は昨日と同じとはいえ、翔太はバスローブ姿のままで寝入ってしまったらしく、また胸元が盛大にはだけていた。
とりあえず身体だけは離しておこうと、柚希が音を立てないように上半身を動かせば、自分の腰に巻きついていた翔太の腕が、何を思ったのかぐいっとまた引き寄せてしまった。
そのままぎゅうっと腕の中に抱き込まれてしまえば、翔太のはだけている上半身がぴったりと背中にくっついてしまう。
起きたときよりも密着した格好に、今度は柚希の方が固まってしまった。
(ど……どうしよう…………)
動けない。
服越しに感じる翔太の胸板に、柚希は半ば混乱して泣きそうになっていた。
だが、しばらくすると背中の方から小刻みな震えが伝わってくる。
「……ッ、……くくっ……」
誰かが必死になって息をこらえている。
そしてここには、自分と翔太しかいないわけで。
「っ、ちょっと!!」
「ふッ、あっはははははは!」
ようやく事態に気付いた柚希が大声を上げると、翔太は盛大に吹き出していた。
あれほど強かった腕の拘束もいつのまにか解かれていて、柚希は真っ赤になって飛び起きる。振り返れば、翔太が苦しそうにおなかを抱えて笑っていた。
こんな風にからかわれるのも、クライアントの家に泊まってしまったのも、なにもかもが信じられない。
まさか自分からベッドに入ったとは思えず、柚希は翔太をにらみ付けた。
「あー腹いてぇ、笑った笑った」
「笑ったじゃありません! 説明してください! なんであたしが……っ!!」
(ベッドにいるんですかっ!!!)
「ストップ」
叫ぼうとした声は、翔太の手のひらで止められてしまった。
「……んな心配すんな、なんもしてねーよ」
「じゃあなんで……」
昨日、翔太に引き止められてベッドのそばに座り込んだまでは覚えている。そのまま眠ってしまったのなら、今日自分は床の上で目を覚ましたハズだ。
「おまえが床に転がってたから、俺がこっちに入れてやったんだよ」
なぜか得意げにそう言った翔太が、相変わらず露出が激しい上半身を起こして柚希の頭を勢いよく撫でた。
「おかげでよく眠れただろ?」
「うっ…………」
確かに、気持ちよくていつもの倍は寝てしまった。
図星を突かれた柚希が返答に困っていると、ふとあることを思い出した。
「そういえば、熱は……」
「もう下がった」
そう言う翔太をまじまじと見れば、顔色がいいとは言えないが、昨日よりはだいぶまともな気がする。
柚希の視線が気になったのか、翔太がやれやれと肩をすくめた。
「こういう仕事してると、年に何度かあんな風にあるんだ。別に病気じゃねぇから、いつも寝てりゃ治る」
「でもそれじゃ、しょ……染井さんの身体が、持たないと思うんですけど……」
思わず友だちと話しているようないつもの調子で翔太を呼びそうになって、柚希は慌てて言い直した。
たとえ知っている人でも、仕事中は区別したい。柚希はそんな風に考えてしまう、いまどきの若者には珍しい固いタイプの人間だった。
だが、そういう柚希の態度を翔太は気に入らなかったらしい。有無を言わさず柚希の肩を掴むと、そのままベッドへ押し倒した。
「な、なにっ?!」
柚希の上には、にやりと笑う翔太の姿。
しかもそのまま半裸の上半身を落としてきて、柚希は手で押さえるわけにもいかずぎゅっと目を閉じた。
自分の身体を守るように胸元で交差させた腕に、生暖かい何かが触れた。
(む、む、胸が! たくましい大胸筋がっ!)
柚希が悲鳴を上げそうになったときだった。
「翔太」
半分パニックを起こしかけている柚希に向かって、翔太がそう言った。
「…………は?」
恐る恐る目を開けて見ると、驚くほど近く翔太の顔がある。
「……染井さん?」
「却下」
「えぇ?」
「……………」
翔太が、じっと柚希の答えを待っていた。
そのあまりに真剣で強い視線は、まるで自分がそう呼ぶまで動くつもりはないと言っているようだ。
「しょ、翔太……」
真っ赤になりながらも柚希がそう言った瞬間、翔太は心底嬉しそうに笑ったのだった。
***** ***** ***** ***** *****
柚希は、せっせとキッチンで動き回っていた。
昨日、事務所に終了報告はもちろん、なんの連絡もなしにクライアント宅に宿泊してしまった柚希を待っていたのは、社長である徳川からのきついお叱りと、今日一日ただ働きというペナルティだった。
ただ、柚希の行為はれっきとした規則違反なので、むしろこれだけで済んで良かったのかもしれない。
柚希は先ほど目にした光景を思い出した。
『すみません。僕が急に体調を崩してしまって、河奈さんに無理を言って引き止めてしまったんです』
『これは僕にも責任があるので、どうか大目に見てあげてください』
そこには、いつもテレビやファンの前で見せるやんちゃな翔太ではなく、初めて見る年相応の大人な翔太がいた。
(あんな顔も出来るんだぁ…………)
柚希は思い出す度に緩んでしまう口元を、はっとして押さえた。
いくらその原因であるこの部屋の主がいないとはいえ、思い出し笑いは恥ずかしいし、癖になる。
柚希は気を取り直して最後の料理をタッパーに詰めると、冷蔵庫へ押し込んだ。
これで一週間くらいは持つだろう。
マネージャーからの呼び出しで出掛けて行った翔太に頼まれて、柚希が腕を振るった料理の数々が冷蔵庫の中に並んでいる。
我ながら完璧、と満足していたところに、部屋のチャイムが鳴った。
翔太だろうか。
(鍵でも忘れたのかな……?)
「…………はい?」
柚希がインターフォンを取ると、付属の小型モニターに映し出されたのは見知らぬ女性の姿だった。
いや、この場合、見知らぬという表現はあまり正しくないのかもしれない。
『……誰? 翔太は?』
モニターの中から険しい表情でこちらを見ていたのは、いま人気ナンバー1と言われている女優の二階堂静香だった。
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