短編集

柊原 ゆず

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あの日の夏

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 蝉の声が重なり、追い立てるように暑さが増す。茹だるような真夏の午後、私は這うように冷蔵庫を目指す。冷凍庫にある氷を一つつまみ、口に入れた。途端に口の中が楽園と化す。冷たくて気持ちがいい。自分ばかりこんなに気持ち良くていいのだろうか、と背徳感にも似た感情にうっとりと酔いしれる。しかしそれは一瞬で、氷はあっという間に溶けて消えてしまった。すると、隠れていた暑さが襲ってくる。私はそろりそろりと冷凍庫に手を伸ばす。何故かいけないことをしているような気分になった。そして二つ目。味はないはずなのに、何故だか美味しく感じて頬を緩ませる。気付けば三つ目に手を伸ばす自分がいた。



 クーラーのなかった実家。学生だった私は夏になると氷を食べていた。溶けた氷が喉を通ってゆくのが堪らなく爽快で、最高の気分を味わうことができた。夏休みの宿題の傍ら、氷で身体を冷やす。家の中も外も暑かったけれど、私はこの瞬間が、夏が大好きだった。夏がくる度に喜んでいたものだ。
 けれど今はどうだろう。仕事をこなしていると、いつの間にか夏になっている。昔のような輝きを夏に見出せなくなった。クーラーの効いた快適な部屋で、カフェオレの海に浮かぶ氷を口に含んでみても、あの時のような感情は得られなかった。あの日の夏はもう戻らないのだと思うと切ないが、あの日の夏はいつも、記憶の中で氷のように浮かんでいる。

Fin.
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