140字SSまとめ

柊原 ゆず

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2021年

8月まとめ

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①『死がふたりを分かつまで』
 歳の離れた妹が花の冠を作ってくれた。かわいい!と声を上げる妹。お前の方が可愛いよ。
「おにいちゃん、おおきくなったらけっこんしようね!」
「ああ、いいぞ」
 顔に花を咲かせた妹に俺は頷いた。その約束、絶対忘れないでね。俺は覚えているから。お前が成人するまで。ずっとずっと。


②『こういうの、じゃなくて君が好き』
 白いワンピースに麦わら帽子。待ち合わせ場所に現れた、向日葵の似合いそうな格好の彼女。出会ってすぐに心臓を鷲掴みにされた。彼女が行きたいと言っていた喫茶店で、彼女が言う。
「こういうの好きでしょ」
 悪戯に笑う彼女。俺は頬が熱くなる。彼女に完敗宣言しているようで少しばかり悔しくなった。


③『今日フラれたばかりなのにどうして親友は知っているのだろう』
 捨て鉢になっていた。彼女に浮気された挙句にフラれた。魅力ないのよ、あなた。彼女の言葉が頭の中で木霊する。泥地に転がり込み、ゆっくりと沈んでゆくような石のような心地だ。 インターホンの音が響く。親友がビニール袋片手にやって来た。
「今日は飲もうぜ」
 やはり、持つべきものは親友だな。


④『合コンなのに不機嫌な親友』
 気合いが膨らむ。今日は失恋に落ち込む俺を見かねた友人が誘ってくれた合コンだ。今日こそ可愛い彼女を見つけるぞ!そう意気込む俺の隣で親友が口を曲げている。
「余計なことしやがって……」
 期待が血流と共に全身を駆け巡り、浮き足立つ俺は親友の言葉に気付くことはなかった。


⑤『未だ夢の中』
 ある人物に暴言暴力を振るわれる夢を見た。起きた時心臓がバクバクして、まだ夢でも見ているんじゃないかと思った。その人物の顔は思い出せないが、知り合いではなかったと思う。 インターホンの音が鳴った。画面を見て俺は固まってしまった。そこには、夢で見た男がカメラをじっと見つめていた。


⑥『もう一押し』
 懶惰な生活を送っていた。本を読み、時折テレビを見てゴロゴロしながら菓子をつまみたい。仕事なんてしたくない。
「僕と一緒なら君の望む生活を提供してあげられるよ」
 非常に怪しい男だ。しかし彼が気心の知れた幼馴染なので怪しい誘いにも心がグラついてしまう。
「大丈夫だよ、僕に身をまかせて」


⑦『ナビゲートも無しに』
 親しくなった男性に車で家まで送ってもらった女性。彼にお礼を言って玄関の扉を閉める。あれ?彼に住所を教えていなかったのに何故彼は家まで辿り着くことが出来たのだろう。いいや、これは気のせいだ。私は彼に住所を伝えていたのだきっと。そうに違いない。恐怖に知らん顔をして私は眠りについた。


⑧『ここから出して』
 冷蔵庫の内側からノックする音が響く。中には誰もいないはずだ。この男は一人暮らしで、死後一ヶ月は経っているからだ。冷蔵庫の中で一ヶ月もの間生きていられるはずがない。そう言えば、男をよく知る男の証言を思い出す。
「彼は死ぬ二ヶ月前に俺に言ったんです。『雪女と結婚をした』と」


⑨『この瞬間よ永遠に』
 彼女がねだるので白詰草の簡易的な花の冠を作る。僕が冠を見せると、顔に大輪を咲かせて嬉しそうに冠を頭に乗せた。白いワンピースが風に揺れて、小さな花嫁のよう。
「お兄様、似合うかしら?」
「ああ、世界一似合うよ。僕の花嫁さん」
「まあ!」
 嬉しそうに笑う彼女を永遠に切り取ってしまいたい。


⑩『これさえなければ』
 恍惚とした笑みで私を見つめる夫。
「ああ、素晴らしいよ。綺麗だ。赤く染まった頬も少し湿った髪も全部が愛おしい」
 湯上がりはいつもこうだ。
「さあ、おいで。最後の仕上げだ」
 その手に持つは足枷。これさえなければ、そこそこ幸せなんだけどな。拒否したら後々面倒なので私は足を夫に差し出した。


⑪『手錠よりも重い足枷』
 男が笑っている。しかし彼に構っている時間はない。
「手錠じゃ生ぬるかったんだな。そうならそうと言ってくれよ」
 男の手には包丁。想像するのもおぞましくて、私は逃げる他選択肢は残されていなかった。
「綺麗な脚だが、逃げてしまうなら仕方がないな。切ってしまおう。そうすればずっと一緒だ」


⑫『もう浮気なんてさせない』
「今の男、誰?」
 反論する余地を与えずに唇が塞がれる。貪るような口付けは、私の息をも奪ってゆく。彼の胸板を押してもびくともしない。次第に目の前が黒く染まってゆく。意識を手放す直前、視界には狂気じみた瞳で笑う彼がいた。


⑬『知らない僕の顔』
「本当に愛してる?」
「僕が嘘をついたことがある?」
 彼女の頬に手を添える。彼女は未だに嫌疑の目を向けている。
「愛してるって何回でも言ってあげるよ」
 耳元で囁くと安心したように目を細めた。だが僕の湧き出る怒りは収まらない。浮気、したよね。彼女の瞳に映ったのは知らない僕の顔だった。


⑭『僕の女神様』
 僕には女神様がついている。どんなに酷い目にあっても、僕には女神様がいるからへっちゃらなんだ。女神様の笑顔はあたたかくて、僕は胸がいっぱいになるんだ。でも、本当は。女神様に、あの太陽のような笑顔で僕を救い出して欲しい。ベランダに締め出された僕は寒さに震えながら、写真を握った。


⑮『嫌悪』
「約束を守れないのが悪いんだよ」
 兄は私に諭すように囁き、私の手首を持っていたカッターで傷を付けた。痛みに顔を歪ませる私を見て息を荒くしている兄は最低で気持ち悪い。
「これは僕の愛なんだよ」
 何が愛だ。こんなの愛なんかじゃない。内心で毒づきながらも一番嫌悪しているのは己自身だった。


⑯『唯一の癒し』
 人を処理するのは容易いが、心がすり減っていく心地がする。悟られないように振る舞うが、それも限界だと感じた時、俺は彼女に会いに行く。紅茶の匂いがする幼馴染。
「疲れた顔してる。ゆっくりしていってね」
 彼女の笑顔に俺は心が満たされるのを感じる。
「ありがとう」
 俺、これからも頑張るよ。


⑰『恋は幸せなものだと思っていた』
 彼女の笑顔を見ると胸が詰まったように苦しくなる。彼女が誰かと話していると泥のように黒く濁った感情が濁流のように押し寄せてくる。恋は幸せなものだと思っていた。けれど、この黒く煮詰まったような感情は幸せとはほど遠い。僕のこの感情は恋という言葉では言い表せられない程深いのかもしれない。


⑱『あの日の屋台』
 幼い頃屋台が並ぶ長い長い川を泳ぐように遊んだ。男の子の顔と名前は覚えていないけれどとても楽しかった。 今、既視感に襲われている。ここはあの時遊んだ屋台の並ぶ道だ。全身で感じる違和感。引き返そうと振り返ると誰かに腕を掴まれた。
「待ってたよ。さあ遊ぼう」
 あの時の男の子がそこにいた。


⑲『「今日はいつもと違う匂いがするね」』
「今日はいつもと違う匂いがするね」
「昨日シャンプー変えたんだ~」
 よく気付いたね、と笑う彼女。勿論知っているよ。昨日新しいシャンプー買っていたのを見ていたからね。彼女のことなら何だって知っている。けれど、気付いてくれてありがとうと笑う彼女が見たくて、僕は今日も知らないふりをする。


⑳『どんな姿の君でも愛してみせる。』
 声を失ってまで叶えたい願いはそんなものだったの?泳ぐのに不得手な二本の足はとても不気味だった。このまま、僕と一緒に海の中にいてくれたらいいのに。けれど僕は、どんな姿の君でも愛してみせる。人間の君でも、泡になった君でも構わない。君という存在がそこにいるだけで僕は生きていけるんだ。


㉑『本当は、そんなこと微塵も思っちゃいないんだろう。』
「愛してるよ」
 そう言葉を浴びせて僕の背中に腕を回す彼女。本当は、そんなこと微塵も思っちゃいないんだろう。目の奥、笑っていないよ。それでもいいけどね。君からの言葉は嘘でも嬉しいから。けれど、どんなに僕に媚びても外には出してあげないよ。なんて言ったら彼女はどんな顔をするのだろう。


㉒『不安にさせないで』
 君の視線に射抜かれて。君の視線に惑わされて。他の男が君の視界に映っていると思うだけで吐き気がする。お願いだから、僕だけを見て。僕だけに小鳥のような美しい声で愛を囁いて。僕を君の愛で満たして。安心させて。でないと、自分でも何をするのか分からないほどに、取り乱してしまいそうだ。


㉓『「そんな可愛い顔しないでよ」』
 身を小さくして震える彼女。硝子玉のような大きな瞳が潤み、涙の雫が白い肌を零れ落ちる。胸がぎゅう、と痛くなって忙しなく心臓が拍動する。顔に熱が集まってゆく。まだ君に触れてすらいないのに。
「そんな可愛い顔しないでよ」
 荒い息を吐く。びくり、と震えた彼女を見下ろし俺は舌なめずりをした。


㉔『「焦れったい二人だな」』
「また彼に酷いこと言っちゃった」
 いい加減素直になれよ。アイツだってお前のことちゃんと考えているんだからさ。
「また売り言葉に買い言葉で言いすぎちまった」
 そういう短気な所を直せば彼女も素直になれるかもしれないのにな。
「そもそも、俺を挟まないで二人で直接話せよ」
「「ごめん」」


㉕『絶対に落としてみせる』
 りんご飴片手に上機嫌な彼女。舌を這わせるその姿が扇情的で僕は目を逸らす。
「あ!」
 彼女が声を上げた先には彼女の大好きなキャラクターのぬいぐるみ。僕は浴衣姿の彼女にいいところを見せたくて、玩具の銃を手に狙いを定める。僕は願う。ぬいぐるみと共に彼女の心も撃ち落とすことが出来たら、と。


㉖『口付けで眠らせて』
 唇が触れ合うと、とても安心する。あなたの唇は柔らかくて温かくてほっとする。あなたとずっと触れ合っていたい。そう思うのは僕だけなのだろうか。背を向けて眠るあなたの華奢な身体。二人で寝ているはずなのに一人で寝ているような孤独感。孤独を癒してくれるのはあなただけなのに。夜はとても長い。


㉗『翼など捨ててしまえ』
 自由闊達な彼女に強く惹かれた。背中に羽が生えたように自由で、何者にも囚われない彼女が愛しくも憎らしい。僕は彼女の見えない羽を手折った。誰にも見つからない場所に僕だけの籠を作って君を中に閉じ込める。絶望に染まった顔。光を失い黒く堕ちた瞳。僕は彼女の変わり果てた姿に初めて愛を感じた。


㉘『お酒が飲めるようになりたい』
 小さな泡が這いのぼってゆく。母は炭酸のようだと言っていたけれど、絶対に違う。ソーダは喉越しがいいけれど酔ったりはしない。私、知ってるのよ。酔ったら好きな人に甘えたりできるんでしょ?ドラマで見たもん。早くお酒が飲めるようになりたいわ。独りごちると、キッチンにいた母がくすりと笑った。


㉙『依存』
 物臭な私は、お姫様扱いしてくれる彼にすっかり気を良くしていた。労働や家事をやらなくてよし、好きなことをしていい。こんな良物件どこを探してもない。 彼に家を追い出された時、地獄に落とされたような心地だった。必死に玄関のドアを叩き、愛してると何度も叫ぶ。 笑顔の彼がドアを開けた。
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