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異世界と少年と私
道中
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一時間ほど森を歩いただろうか。驚いたのは、全く身体が疲れないということ。これ、おかしい。私、若い頃ですらこんなに体力はなかった? さっきジャケットを脱いだ時も感じたのだが身体はスリムになっただけでなく、相当引き締まっている。痩せたせいで、以前の体型でパツパツだったズボンは限界まで腰で折っているものの落ちてくる。落ちる度に何度もズボンを上げるのもやや億劫になってきている。それに靴もなんだから歩きにくい……。
「エマちゃん、大丈夫か?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ズボンを上げるために何度も立ち止まる私に声を掛けるレズリー。ズボンが落ちてくるからとはさすがに言えずに、体勢の調整をしているとだけ伝える。
白い息を吐きながら道なき道を無言でギシギシと音だけを立てながら歩く団長様を追い掛ける。団長様には出発直前に自分の足跡を踏み付いてくるようにとぶっきらぼうに言われた。どうやら私に合わせて歩幅も調整してくれている様なので、悪い人ではないと思う。全然表情が変わらないし、命令口調だけど。
抱っこしたシオンを確認すれば、完全に寝落ちをしている。急にいろいろあって精神的に疲れたようだ。
辺りを見回すと森のほとんどは雪に覆われているが、処々に雪から顔を覗かせる変わった色の植物、それからこちらの様子を伺う見たことない角の生えた兎に緑のリスがここを異世界だと実感させてくれる。
更に一時間ほど歩いたところで団長様が止まり、軽く後ろにいる私たちを見ながら言う。
「疲れているだろう。休憩をする」
「あ、ありがとうございます」
疲れはほとんどなかったが、休憩はありがたい。丁度靴紐も結び直したいと思っていたところだった。倒木している木に腰を掛けようとすれば、レズリーが先回りをして自分のマントを敷く。
「マントが汚れますよ」
「気にしないでくれ。レディを汚れた場所に座らせるよりマシだ」
ウィンクをしながら言うレズリーに苦笑いをする。私はレズリーよりも十歳以上年上だと思うが、紳士的に手を差し出されマントの上に座らせられる。慣れてるな。女性には全員平等に優しくするタイプなのだろうか?
「丁寧にどうもありがとうございます」
「いえいえ。今から温かい飲み物を出すから、もしよければシオン君もどうかな?」
シオンがモゾモゾと動き出した寝起きのダウンジャケットから顔を覗かせる。
「シオン、温かい飲み物いる?」
「……いいの?」
「もちろんよ。ねぇ、レズリーさん」
「うん。そうだよ。今、準備する」
シオンが飲み物を飲める体勢を整えていたら、いつの間にか準備されていたケトルや薪などの道具。一体どこから出てきたの、それ。
【点火《ファイア》】
そう唱えたレズリーの指から火が放たれる。ちょちょちょ……ちょ! あ、痛い痛い。驚きで目を見開き過ぎて目が痛くなる。シオンもまんまるの目を更に大きく丸くした。
「もしかして、二人ともはじめて魔法を見るのかい?」
「ええ、初めて見ました」
もう一度見たいと思っていたら、レズリーがリクエストに応えるかのようにもう一度、点火《ファイア》を唱え火が出るとシオンから小さな声が漏れた。
「わぁ」
「凄いですね」
軽く二人で拍手を送るとレズリーが困ったように微笑む。
「これは生活魔法だから、ほとんどの人が使えるはずなんだけど……稀に魔力が乏しくて生活魔法を全て発動出来ない人もいるが、今まで生きてきて魔法を一度も見たことがないという事はあるのか?」
「えーと」
なんと言っていいのか分からず、視線を逸らせばレズリーは難しい顔で黙ってしまった。その内、ケトルが沸騰しながらピーと鳴ったが、レズリーは気付かず考えに耽っていた。
えと、声を掛けた方がいいのかな?
「レズリー、湯が沸いている」
「あぁ、すまない」
団長様が、沈黙を破ってくれて助かった。
しかし、まさか本物の魔法を間近で見ることができるとは。団長様の静電気剣も一応魔法らしいが、この手から火が直接出るという方がなんとなく魔法を実感できる。
レズリーから受け取った温かい飲み物は赤みのあるお茶だった。シオンと同じコップをシェアする。
「シオン、ちょっと待ってね。フーフーするから」
フーフーを繰り返し、味見。ほんのり甘味のあるお茶だ。温度も大丈夫そう。これならシオンも飲めるだろう。お茶を飲んだシオンのお腹が鳴ったのでレズリーに携帯食だという干し肉を分けてもらったが……硬くてどう食べればいいのか分からなかった。やっとの思いで齧った干し肉を口の中でモキュモキュするが、いつまで経っても飲み込むことができない。まるでゴムだ。頂いた物にケチはつけたくないが、これをこのまま食べるのは無理だと思う。お茶に浸けてふやかしたら、食べれないことはなかった。不味いのは変わらないけど……。シオンはそんな干し肉を文句も言わずに食べた。
「火の始末をしてすぐに出発するぞ」
団長様にそう言われ準備をするが……特に荷物は無いのでシオンと二人が支度するのを眺めた
。
【水《アクア》】
レズリーがそう唱えると今度は手から水が出て火を消化していく。火の次は水……。魔法って便利だなぁ。そういえば、ケトルや薪ははどこから出てきたのだろう?
レズリーが小さな袋を取り出すと、明らかにその容量に見合わない道具を中に片付け始める。
「え? 何、その袋」
思わず声が出てしまう。袋を凝視しているとレズリーが疑問に答える。
「これも何か分からないのか? これは、収納袋《アイテムバッグ》だ」
「収納袋《アイテムバッグ》……」
それなりにファンタジー小説も読んでいたから言葉ではそれが何かは分かる。けど、想像上のアイテムがいきなり目の前に現れれば誰だって驚く。
「触ってみるかい?」
「え? あ、はい」
レズリーから袋を受け取る。軽い……。袋自体は至って普通の物だ。袋を開ければ、その出入り口の空間は歪んでいた。このサンドストームのような歪みには覚えがある。私のエコバッグだ。こちらの収納袋《アイテムバッグ》のサンドストームは半透明な色をしているが、同じように見える。もしかして私のエコバッグもこれと似た物なのだろうか? 後で確認してみよう。
ここに共に転移したエコバッグは、二つとも回収後にダウンジャケットのポケットに入れている。
「あっ! そうだ」
確か、ポケットに飴が入っていたはず。ポケットを探ると、ちょうど人数分の飴が入っていたので三人に配る。シオンは飴の包みに目を輝かせて、レズリーと団長様は訝し気な表情で飴を受け取った。そんな二人には飴の袋の開け方を教え、怪しい物でないことを証明するためにも最初に飴玉を口に放り込む。うん、美味しい。
続いてシオンが飴を食べ嬉しそうにしていると団長様とレズリーも続いた。
「む。これはっ! 砂糖か?」
団長様は甘党なのかな? 飴を食べる顔が少年みたいだ。この飴は、お気に入りのやつで、確か水飴だったと思うんだけど……団長様の知る『砂糖』とは違うかもしれない。変に知識をひけらかすと後で痛い目に遭いそうなので適当に誤魔化しておこう。
「頂いたので、何で作られているのかはよく分かりません」
「誰に貰ったのだ?」
「……故郷の知人です」
購入したと伝えるとまた質問が続きそうだったので、貰ったことにした。決して嘘は言っていない。お金を出して貰ったのだ。
「そうであるか。ち、そなたの故郷の菓子は美味いな」
一瞬だが、団長様がまた私を痴女と呼ぼうとしたのが聞こえた。
「ロワーズフォンクライストさんは、甘い物がお好きなんですか?」
「……やめよ」
「あ、申し訳ありません。ロワーズフォンクライスト団長様は、甘い物がお好きなんですか?」
「……ロワーズで良い」
団長様がため息をつきながら言う。
「団長が早口で自己紹介するからですよ」
隣で必死に笑いを堪えているレズリーを睨む団長様。今までの痴女やらため息やらのお返しです。
「分かりました。ロワーズさんですね」
「さんもいらぬ。ロワーズで良い」
「いえ、流石に呼び捨てはできないです。ロワーズさんでお願いします」
「ああ、分かった。それでは出発するぞ」
そう言うと、ロワーズは再び雪の中を歩き出したので私も続いた。
「エマちゃん、大丈夫か?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ズボンを上げるために何度も立ち止まる私に声を掛けるレズリー。ズボンが落ちてくるからとはさすがに言えずに、体勢の調整をしているとだけ伝える。
白い息を吐きながら道なき道を無言でギシギシと音だけを立てながら歩く団長様を追い掛ける。団長様には出発直前に自分の足跡を踏み付いてくるようにとぶっきらぼうに言われた。どうやら私に合わせて歩幅も調整してくれている様なので、悪い人ではないと思う。全然表情が変わらないし、命令口調だけど。
抱っこしたシオンを確認すれば、完全に寝落ちをしている。急にいろいろあって精神的に疲れたようだ。
辺りを見回すと森のほとんどは雪に覆われているが、処々に雪から顔を覗かせる変わった色の植物、それからこちらの様子を伺う見たことない角の生えた兎に緑のリスがここを異世界だと実感させてくれる。
更に一時間ほど歩いたところで団長様が止まり、軽く後ろにいる私たちを見ながら言う。
「疲れているだろう。休憩をする」
「あ、ありがとうございます」
疲れはほとんどなかったが、休憩はありがたい。丁度靴紐も結び直したいと思っていたところだった。倒木している木に腰を掛けようとすれば、レズリーが先回りをして自分のマントを敷く。
「マントが汚れますよ」
「気にしないでくれ。レディを汚れた場所に座らせるよりマシだ」
ウィンクをしながら言うレズリーに苦笑いをする。私はレズリーよりも十歳以上年上だと思うが、紳士的に手を差し出されマントの上に座らせられる。慣れてるな。女性には全員平等に優しくするタイプなのだろうか?
「丁寧にどうもありがとうございます」
「いえいえ。今から温かい飲み物を出すから、もしよければシオン君もどうかな?」
シオンがモゾモゾと動き出した寝起きのダウンジャケットから顔を覗かせる。
「シオン、温かい飲み物いる?」
「……いいの?」
「もちろんよ。ねぇ、レズリーさん」
「うん。そうだよ。今、準備する」
シオンが飲み物を飲める体勢を整えていたら、いつの間にか準備されていたケトルや薪などの道具。一体どこから出てきたの、それ。
【点火《ファイア》】
そう唱えたレズリーの指から火が放たれる。ちょちょちょ……ちょ! あ、痛い痛い。驚きで目を見開き過ぎて目が痛くなる。シオンもまんまるの目を更に大きく丸くした。
「もしかして、二人ともはじめて魔法を見るのかい?」
「ええ、初めて見ました」
もう一度見たいと思っていたら、レズリーがリクエストに応えるかのようにもう一度、点火《ファイア》を唱え火が出るとシオンから小さな声が漏れた。
「わぁ」
「凄いですね」
軽く二人で拍手を送るとレズリーが困ったように微笑む。
「これは生活魔法だから、ほとんどの人が使えるはずなんだけど……稀に魔力が乏しくて生活魔法を全て発動出来ない人もいるが、今まで生きてきて魔法を一度も見たことがないという事はあるのか?」
「えーと」
なんと言っていいのか分からず、視線を逸らせばレズリーは難しい顔で黙ってしまった。その内、ケトルが沸騰しながらピーと鳴ったが、レズリーは気付かず考えに耽っていた。
えと、声を掛けた方がいいのかな?
「レズリー、湯が沸いている」
「あぁ、すまない」
団長様が、沈黙を破ってくれて助かった。
しかし、まさか本物の魔法を間近で見ることができるとは。団長様の静電気剣も一応魔法らしいが、この手から火が直接出るという方がなんとなく魔法を実感できる。
レズリーから受け取った温かい飲み物は赤みのあるお茶だった。シオンと同じコップをシェアする。
「シオン、ちょっと待ってね。フーフーするから」
フーフーを繰り返し、味見。ほんのり甘味のあるお茶だ。温度も大丈夫そう。これならシオンも飲めるだろう。お茶を飲んだシオンのお腹が鳴ったのでレズリーに携帯食だという干し肉を分けてもらったが……硬くてどう食べればいいのか分からなかった。やっとの思いで齧った干し肉を口の中でモキュモキュするが、いつまで経っても飲み込むことができない。まるでゴムだ。頂いた物にケチはつけたくないが、これをこのまま食べるのは無理だと思う。お茶に浸けてふやかしたら、食べれないことはなかった。不味いのは変わらないけど……。シオンはそんな干し肉を文句も言わずに食べた。
「火の始末をしてすぐに出発するぞ」
団長様にそう言われ準備をするが……特に荷物は無いのでシオンと二人が支度するのを眺めた
。
【水《アクア》】
レズリーがそう唱えると今度は手から水が出て火を消化していく。火の次は水……。魔法って便利だなぁ。そういえば、ケトルや薪ははどこから出てきたのだろう?
レズリーが小さな袋を取り出すと、明らかにその容量に見合わない道具を中に片付け始める。
「え? 何、その袋」
思わず声が出てしまう。袋を凝視しているとレズリーが疑問に答える。
「これも何か分からないのか? これは、収納袋《アイテムバッグ》だ」
「収納袋《アイテムバッグ》……」
それなりにファンタジー小説も読んでいたから言葉ではそれが何かは分かる。けど、想像上のアイテムがいきなり目の前に現れれば誰だって驚く。
「触ってみるかい?」
「え? あ、はい」
レズリーから袋を受け取る。軽い……。袋自体は至って普通の物だ。袋を開ければ、その出入り口の空間は歪んでいた。このサンドストームのような歪みには覚えがある。私のエコバッグだ。こちらの収納袋《アイテムバッグ》のサンドストームは半透明な色をしているが、同じように見える。もしかして私のエコバッグもこれと似た物なのだろうか? 後で確認してみよう。
ここに共に転移したエコバッグは、二つとも回収後にダウンジャケットのポケットに入れている。
「あっ! そうだ」
確か、ポケットに飴が入っていたはず。ポケットを探ると、ちょうど人数分の飴が入っていたので三人に配る。シオンは飴の包みに目を輝かせて、レズリーと団長様は訝し気な表情で飴を受け取った。そんな二人には飴の袋の開け方を教え、怪しい物でないことを証明するためにも最初に飴玉を口に放り込む。うん、美味しい。
続いてシオンが飴を食べ嬉しそうにしていると団長様とレズリーも続いた。
「む。これはっ! 砂糖か?」
団長様は甘党なのかな? 飴を食べる顔が少年みたいだ。この飴は、お気に入りのやつで、確か水飴だったと思うんだけど……団長様の知る『砂糖』とは違うかもしれない。変に知識をひけらかすと後で痛い目に遭いそうなので適当に誤魔化しておこう。
「頂いたので、何で作られているのかはよく分かりません」
「誰に貰ったのだ?」
「……故郷の知人です」
購入したと伝えるとまた質問が続きそうだったので、貰ったことにした。決して嘘は言っていない。お金を出して貰ったのだ。
「そうであるか。ち、そなたの故郷の菓子は美味いな」
一瞬だが、団長様がまた私を痴女と呼ぼうとしたのが聞こえた。
「ロワーズフォンクライストさんは、甘い物がお好きなんですか?」
「……やめよ」
「あ、申し訳ありません。ロワーズフォンクライスト団長様は、甘い物がお好きなんですか?」
「……ロワーズで良い」
団長様がため息をつきながら言う。
「団長が早口で自己紹介するからですよ」
隣で必死に笑いを堪えているレズリーを睨む団長様。今までの痴女やらため息やらのお返しです。
「分かりました。ロワーズさんですね」
「さんもいらぬ。ロワーズで良い」
「いえ、流石に呼び捨てはできないです。ロワーズさんでお願いします」
「ああ、分かった。それでは出発するぞ」
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