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十三話「レヴィン王子とドミニク」
しおりを挟む―レヴィン王子視点―
ボクは自室に戻り、人払いをした。
ドミニクが珍しく真面目な表情をしていたので、深刻な話だというのはすぐに分かった。
部屋の中央にあるソファーに、向かい合わせに座る。
「単刀直入に言います」
ドミニクの射抜くような視線がボクに刺さる。
「なんだ」
「レヴィン王子、いますぐ女神様を抱いてください」
「はぁッ!?」
いきなりなにを言い出すんだこいつは!?
「分かっているのか? 神話の時代から女神は時の王のものだと決まって……」
「ならその女神を抱けばあなたが王です」
「抱く」という言葉に、ボクの顔に熱が集まる。ボクは童貞なんだ! そんなワードを簡単に使うな!
「バカなことを言うな! 兄上の弟として、王の臣下として、そんな不敬なことができるか!」
「その王は、女神と契り、世継ぎができれば平然とあなた様を切り捨てるでしょう」
「言うな……」
「いいえ言わせていただきます。女神が現れたと知れば、王は今いる正室と側室を粛清なさるでしょう。女神を娶る者は他に妻がいてはならない……そういう制約があるのをレヴィン王子もご存じでしょう?」
「それは……」
女神は天からの使い。その神聖なお方を娶る者は身辺を綺麗にしなければならない。
分かりやすく言えば、女神と結婚したいなら全員と離縁しろということだ。
平民でも離縁となれば刃物ざたになるこの国で、国王が正室と離縁するのは容易なことではない。
しかも兄には正室の他に十二人もの側室がいる。
間違いなく血の雨が降るだろう。
無論その間、女神を王宮に行かせるわけにはいかない。
粛清の最中に女神が王宮に行けば、正室か側室の誰かに害される危険がある。
おそらく女神はこのままシェーンフェルダー公爵家に滞在することになるだろう。
兄は欲深く、嫉妬深く、慎重な男だ。
弟のボクに女神を預けておくのは癪だろうが、兄は童貞のボクが女神に手を出せないと踏んでいるのだ。
ボクを信頼しているから女神を預けるのではない、他の場所よりましだからシェーンフェルダー公爵家に女神を置いておくのだ。
自分の命を縮める女だと知りながら、指をくわえて見ていることしかできず、兄に女神を差し出せと言われたら黙って献上するしかない……兄はボクをそういう男だと思っている。
とことんなめられたものだ、事実だから余計に癇にさわる。
「側室のほとんどは政略的な結婚、つまりそれなりに力のある貴族や豪族のご令嬢です」
借りにも王の子を産む女だ。それなりの身分がなければ王と釣り合いが取れない。生まれた子の盾にもなれない。
「その方たちを粛清すれば、十年前の前王の側室とご子息が粛清されたときのように、血の雨が振り、内政は乱れるでしょう。もしかしたら十年前より、もっと酷いことが起きるかもしれません! 血の雨ではなく槍の雨が振るかも!」
「お前に言われなくても分かっている、そんなこと……!」
「いいえ分かっていません! そんな混沌とした王宮に、腹の黒い狼や禿げ鷹が巣食う魔宮に、あんな世間知らずのアホ娘を送りだす気きですか?」
「女神をアホ呼ばわりするな! 失礼だろ!」
「失言でした」
「心配いらない、女神ならどこででもやっていける、天が遣わされた女人なのだから……」
「本気でそうお思いですか?」
「…………」
ボクはドミニクの質問に答えられなかった。
分かっている、女神は俗世の争いごとに慣れていない。
あの方の目を見れば分かる。女神は人に裏切られたことのない、醜い争いを知らずに成長した、無垢な子供のよう心の方だ。
天界はよほど清らかな世界だったのだろう。十八歳になる女神様が、純粋無垢のままいられたのだから。
赤子のような無邪気な笑顔を見せる彼女のことを思うと、胸がいたむ。
あの方は人を疑うことを知らない、身を守る術もしらない。
宮廷の派閥争いに巻き込まれたら……ひとたまりもないだろう。
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