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34話「第一王子(王太子)と第二王子」第二王子視点
しおりを挟む――コーエン・グランツ第二王子視点――
ズキズキと突き刺すような痛みで目を覚ます。
そこは庭園で……俺は芝生の上に寝転がってた。なんでこんな所で俺は寝ているんだろう?
「ぐぁっ……痛っ……!」
起き上がろうとすると左頬と頭の右側が酷く痛んだ。手を当てて見るが腫れてはいない、なのに皮膚の下を蜂に刺されているように痛むのはなぜだ?
「起きたかい?」
顔を上げるとベンチに腰掛けている兄上の姿が目に入った。兄上が俺に話しかけるなんて珍しい。
俺のことなど視界にいれず、興味も関心も示さないのに。兄上にとって俺は道端の石ころかそれ以下の存在なのだろう。
父上や母上に「兄上の持ってるおもちゃが欲しい!」とねだると、父上と母上は「この国はいずれ長男のお前のものになる、なら他のものは次男のコーエンに譲って上げなさい」と俺の味方をしてくださる。
兄上は眉一つ動かさず「欲しいなら持っていけ」と達観した顔でおもちゃを投げてよこす。
そんな態度だから父上と母上から可愛がられないんだ。
俺は兄上が持っているおもちゃが欲しかった。父上と母上に可愛がられているのは俺だと兄上に分からせたかった。大事にしていたおもちゃを取られて悔しがる兄上の顔が見たかった。
なのに俺がわがままを言っても、兄上はいつも涼しい顔をしている。
兄上から取り上げたおもちゃにはすぐに飽きてしまってそのへんに捨てたり、人に上げたりした。
雨風にさらされてボロボロになったおもちゃを見ても、兄上は何も言わなかった。
兄上は生まれながらの天才でわずか五歳でこの国の法律を暗記し、算術・天文学・古代文字を習得した神に愛された頭脳の持ち主。
その上、剣術の腕も魔術の腕も超一流。人格者で家臣や民からも慕われ光の神バルドルの再来と言われている。
俺は勉強も剣術も魔術の腕もいまひつで、残りカス第二王子、出がらし王子と言われている。
だがそれがなんだ、父上と母上に愛されているのは俺だ。
父上と母上に「玉座が欲しい」とおねだりすれば、次の国王の座だってもらえる公算大だ。兄上が王太子でいられるのは俺が玉座を欲しがらないからだ。
俺はやさしいし、国王なんてめんどくさいから、長男である兄上の顔を立てて未来の国王の座は兄上に譲ってあげてる。兄上が国王になったら、俺は臣下に下り大公ぐらいの地位で我慢してあげるつもりだ。
その俺を兄上が冷たい顔で見下している。自分の方が絶対的に有利な地位にいると言わんばかりに。
倒れる前のことを思い出した、僕を殴ったのは兄上だ。
庭園の薔薇のアーチの下で金色の髪に青い瞳の美しい少女と出会った。
白磁のような肌、桃色の唇、目鼻立ちの整った顔、ピンクのドレスを身にまとった可憐な少女。俺は一目で彼女に恋をした。
少女が落としたものと思われる赤いリボンを拾い「これ君の?」と尋ねると少女は顔を強張らせた。
おかしいな俺の想像では「ええそうです」と言って顔を綻ばせる予定だったのに?
第二王子で眉目秀麗の俺が笑いかけたのに、少女はなんで笑わないんだろう?
そうか彼女は俺が王子と知らないのか。知らない人に話しかけられたら怖がっているんだ。
無知な少女に俺が第二王子だと教えてあげよう。それからプロポーズしよう。
きっと泣いて喜ぶ。今日のお茶会は俺の婚約者と側近を決めるためのもの。
「今日のお茶会に参加する者はあなたの花嫁か側近になりたがっている者です。第二王子であるあなたに、話しかけられるのを待っているのよ」と母上が言ってた。
俺が王子だと知ったらこの子は大喜びするだろう。早く少女に俺が王子だと教えてあげよう。
俺が考えている間に少女は「違います! そんなリボン見たこともありません! 失礼します!!」と言って踵を返してしまった。
なんで逃げるの? 意味が分からない!
「待って!」
俺は少女のリボンを持って追いかける。せめてこのリボンだけでも返さないと!
「待ってくれ! 行かないで!」
「フリード様、助けて……!」
俺が少女に追いついたとき、少女は他の男の腕の中にいた。俺に気づくと男は少女を自身の背に隠した。
少女と同じ金色の髪に、少女と同じサファイアの目の少年。
俺はこいつを知っている、兄上の友人で側近候補のフリードだ。
「第二王子殿下、どうしてこちらに?」
フリード公子が俺に気づき鋭い目つきでこちらを見た。
「フォークト公爵家のフリード公子か」
フリード公子も兄上と同じだ。神から愛されたギフトを持っていて、出来の悪い俺を見下している。
気に入らない、なんでそんなやつがリボンの少女と一緒にいるんだよ。
「私の婚約者が酷く怯えていますが、殿下が何かなさったのですか?」
フリード公子が人を殺すような目で俺を睨む。不敬な! 俺は第二王子だぞ!
「違う! 俺はその子が落としたリボンを偶然拾って、その……届けようとしただけだ」
俺は握っていた赤いリボンをディアーナ嬢に見せる。
「せっかく届けてくださって申し訳ありませんが、そのリボンは婚約者のものではありません」
「そ、そうなのか……?」
「僕の婚約者は知らないと申しております、お引き取りください」
少女に話しかけたのに答えを返したのはフリード公子だった。
「リボンが婚約者のものではないと分かっていただけたようですね。よぼど怖い目にあったのか婚約者の体調が優れません、これにて失礼させていただきます」
フリードは少女を【婚約者】だと言い、責めるように俺を睨み、少女を連れて帰ろうとする。だめだ! まだ行くな!
「待ってくれ!」
俺はまだ少女の名前を聞いてない。
「まだ何か?」
フリード公子が額に青筋が浮かべ睨んでくる。なんでそんなに睨むんだよ!
「そ、そなたの……婚約者の名前を聞いていない、ぼ……俺に紹介してくれないのか?」
まだ少女の名前も聞いてない。名前も知らなければあとから探すことも出来ない。
「お初にお目にかかります、ディアーナ・フォークトと申します。フリード様の婚約者でフォークト公爵家の長女です」
少女に名を尋ねると、少女はフリードの陰から出てきて、優雅にカーテシーをした。
あんな綺麗なカーテシーをする令嬢を俺は初めて見た。
あの令嬢が欲しい。フリード公子は兄上の友人。兄上は俺が欲しいと言ったものを何でも譲ってくれた。
その友人のフリード公子だって俺が「欲しい」と言ったら譲ってくれるに違いない。だめだと言われたら父上と母上にお願いして俺のものにしよう。
俺は王子様で父上と母上に愛されているから、どんなわがままだって通る可能性が高い。
「俺の名はコーエン・グランツ、この国の第二王子だ」
俺が名乗ってもディアーナは驚かなかった。第二王子だぞ! 偉いんだぞ! もっと顔を朱色に染めてキラキラした目で俺を見つめてもいいんだぞ!
「まだ結婚してないのに二人が同じ姓なのはなぜだ?」
素直に疑問に思ったことを口にしてみる。
「僕が八歳のとき、ディアーナと婚約するためにフォークト公爵家の養子に入りました」
「そんなに前から……では二人は兄弟のように育ったのだな、親が決めた政略的な婚約でそこに恋愛感情は……」
「僕とディアーナは愛し合っています!」
「私はフリード様を愛しています!」
フリード公子とディアーナの声が揃った。
「そ、そうなのか……」
違うそんなはずがない! ディアーナはきっと家のために仕方なく結婚するんだ! さっきの言葉だってフリード公子に言わされているんだ。
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俺は第二王子だ! 公爵家の養子のフリードなんかよりずっといいはずだ!
「ディアーナにはすでに婚約者がいる……? でも、俺は……今まで欲しいものは……全て手に入れてきた……」
そんな思いが声になって漏れていた。
「ディアーナに一目惚れした! ディアーナが欲しい! フリード公子、ディアーナと別れてくれ! ディアーナ・フォークト、俺の婚やく…………ぐへぶぅっっ!!」
そこまで言ったとき、顔の形が変わるほど殴られ、次の瞬間には地面にめり込んでいた。
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