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三十話「兄と弟」*
しおりを挟むちゅっちゅ♡ ちゅっちゅちゅっ……♡
クチュクチュ……♡
「ん…、んん、ふっ……ん」
フリード公子の指がぼくの胸の突起に触れ、
「ん、ぁっ……♡」
ぼくの体がビクンと跳ねる。
「お主らいい加減にせぬか、ここをどこだと思っておる!」
ヌーヴェル・リュンヌの言葉でわれに返る。
ヌーヴェル・リュンヌはいまだに全裸のままで仁王立ちしていた。まだ服を着ていなかったのか。
ここはゴミ捨て場……もとい粗大ゴミ置き場……、いや神聖な新月(ヌーヴェル・リュンヌ)の泉だ。
「すみません! ヌーヴェル・リュンヌ様!」
姿勢を正すと、視界にヌーヴェル・リュンヌのヌーヴェル・リュンヌジュニアが入る。いい加減目のやり場に困るので服を着てほしい。
◇◇◇◇◇
ぼくはフリード公子のマントとジャケットを借りた。ヌーヴェル・リュンヌにもなんとか服を着てもらった。
この精霊はほおっておくと「服を着なくてもよいかのう、死ぬわけでもなし」とか言いだし、いつまでも服を着ようとしない。
ぼくはフリード公子と勇者様に今までのいきさつを説明した。
「ぼくたちはヌーヴェル・リュンヌの力で二人に分かれたんだ」
フリード公子も勇者様も、ぼくが二人になったことに対して驚かなかった。自分だけを愛してくれる存在がいればいいらしい。
「では世間的には双子ということにいたしましょう。生まれつき体の弱かった双子の弟君をヌーヴェル・リュンヌに預けた」
「それでいいと思う」
フリード公子の提案に皆がうなずく。
「双子となると兄と弟に分けなくてはなりませんが、問題はどちらを兄にしどちらを弟にするかですね」
フリード公子の言葉にぼくは額を押さえる。
ぼくは王太子だから王位継承問題もある。これは重要な問題だ。
「ぼくが弟でいいよ」
そう言ったのはもう一人の自分だった。
もう一人の自分は勇者様の膝の上に乗り、勇者様の肩に手を回し、勇者様の頬にちゅっちゅっとキスしている。
どんだけキスが好きなんだよ。見てるこっちが恥ずかしくなる。
そういうぼくもフリード公子の膝の上で横抱きされているんだけど。
「王位を継ぐとか政治の勉強とか面倒くさいし、それよりリヒトと一緒に魔法や剣の勉強をしていたいな。そうだリヒトも一緒お城に住もうよ! そうすればずっと一緒にいられるよ!」
「いいんですか? ラインハルト王子」
「もちろんだよリヒト!」
勇者様ともう一人の自分がディープキスを始めた。これでは話が進まない。
「では勇者様のお相手が弟君ということでよろしいですね。お二人とも同じ名前では問題が起きますので何か別の名前を……」
「リヒトが決めて」
フリード公子の言葉を再度もう一人の自分がさえぎる。
「いいんですか?」
「うんリヒトに決めてほしいんだ」
「ではリュミエールはどうでしょう? おれの名前と同じ光という意味なんですが」
「リュミエール、いい名前。気に入ったよリヒト! ありがとう!」
「リュミエール様」
もう一人の自分改めリュミエールと勇者様が花がほころぶようにほほ笑み見つめ合う。
「様はいらないよ、リュミエールでいい」
「はい、リュミエール」
「それから敬語もいらないから」
「うん」
「愛してるリヒト」
「おれも愛してるリュミエール」
二人は見つめ合い深く口づけを交わす。
……なんだこのはちみつの一〇〇倍は甘い雰囲気は?
あれがもう一人の自分なのかと思うと恥ずかしくなる。
フリード公子がぼくをじっと見ている。
「私も殿下をお名前でお呼びしたいのですが、お呼びしてもよろしいですか?」
澄んだ青い瞳で真っすぐに見つめられ心臓がドキドキする。
フリード公子は勇者様に対抗意識を燃やしているのかな?
ぼくとしては呼び捨てしてほしい。だけどいとことはいえ公子が王太子を呼び捨てにしていいものかな?
フリード公子はぼくの婚約者で未来の王配だからいいのかな? うんきっといいんだろう、いいことにしよう。
ぼくはコクンとうなずく。
「ではラインハルトも私を呼び捨てにしてください」
「えっ……?」
それはちょっと恥ずかしいな。フリード公子は年上だし。
「フリード公子は年上ですし、呼び捨てにするのは抵抗があります。フリード様呼びではいけませんか?」
「ではそのようにお呼びください」
同年代ならともかく一〇年も年上の方を呼び捨てにするのは、元日本人のぼくにはとても抵抗がある。
「敬語は……」
「ぼくはフリード様の今の話し方を含めてフリード様が好きなんですが、それではいけませんか?」
「いえでは今まで通り敬語で話します」
フリード様が目をふせる。その顔はどこか悲しげに見えた。
フリード様を傷付けてしまったかな? ぼくの中でフリード様は敬語キャラなのでそこは崩したくない。ごめんなさい、フリード様。
「あーそうだお主ら、お主らもせっかく泉に来たのだからわしの祝福を受けていくか?」
ぼくたちの会話を聞くのに飽きたらしく、地面に寝転がりながら古そうな本を読み木の根をしゃぶっていたヌーヴェル・リュンヌが思い出したように言った。
「リュミエールと永遠に一緒にいられますように!」
「ラインハルトと永久にともにいられますように!」
フリード様と勇者様の目がキラリと光ったと思ったら、ヌーヴェル・リュンヌの問いに即答していた。
「嬉しいよリヒト! ぼくもリヒトと永遠に一緒にいたい!」
「フリード様いいんですか、そんな簡単に願いを決めてしまって?」
ぼくとリュミエールの言葉もほぼ同時だった。
「うん、リュミエールならそう言ってくれると思った」
「私の願いはラインハルトと永久にともにいることだけですよ」
フリード様と勇者様の声がそろう。
「でも世界平和とか国の安寧とか……」
「魔王は自力で倒し、自分の力で世界を平和にしますから」
「国の安寧は精霊の力を借りず、自らの力で成し得るものですから」
ぼくの言葉を途中でぶった切り、フリード様と勇者様が同じタイミングで話す。
フリード様と勇者様はとてもいい笑顔をしていた。
うん、確かに人(精霊)頼みにしないのは良いことだと思う。
「あいわかった、その願い聞き届けよう」
ヌーヴェル・リュンヌは粗大ゴミの中から柄の折れたひしゃくを拾い、泉の水をすくって二人にかけた。
「これからはずっと一緒だよリュミエール」
「うれしいよリヒト」
「これからはずっと一緒にいられますねラインハルト」
「フリード様」
抱き合ってイチャイチャちゅっちゅっしていると。
「分かったから、はよ帰れ」
ヌーヴェル・リュンヌが死んだ目でぼくたちを見て、「しっし」と言って手を振った。
それが魔法だったみたいで、次の瞬間ぼくたちは森の外にいた。
◇◇◇◇◇
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