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二十九話「二人のラインハルト」*

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ゴボゴボボボボボ…………




泉の水をしこたま飲み込み、もう少しで死ぬってところでなんとか浮上できた。

「「ぷはーーーー!!」」

新鮮な空気を吸い込む。

「「死ぬかと思った!!」」

ゼイゼイと空気をすいながら、息を整える。

「「いっ、いきなりなりするんですか!」」

ヌーヴェル・リュンヌを睨見つける。

ん……? さっきから言葉が被るような。

人の気配を感じとなりを見る。

「「えっ……?」」

濡れた金色の髪、サファイアのような青い瞳、日に焼けてない白い肌……。

ぼくと同じ服を着た少年がこちらを見ている。

「「ぼくがいる……?」」

見事に声がハモった。

まるで鏡を見ているようだっていうのはこういう時に使うのだろう。

「つうかなんで裸?」

「へっ?」

相手に言われて気付いた。ぼくはパンツすら身に付けていない、文字通り素っ裸だと言うことに。泉の水は澄んでいるから相手からぼくの裸は丸見えだろう。

「ふぇぇぇぇ!?」

ぼくは慌てて大事なところを隠す。

突然現れたぼくのそっくりさん。そして素っ裸のぼく。

なんだなにが起きてるんだ?

「ふっそなたの願い叶えたぞ」

精霊ヌーヴェル・リュンヌが、誇らしげな顔でぼくたちを見下ろしていた。

「「はっ?」」

ぼくのそっくりさんと声がかぶる。

ぼくが二人いるのはヌーヴェル・リュンヌが原因と見て間違いだろう。

「そなたを二人にしてやった」

ヌーヴェル・リュンヌがにやりと笑う。

「「はぁぁぁぁぁぁ??」」

もう一人の自分と声がそろう。

となりにいるのはぼくのそっくりさんではなく、もう一人の自分だった。


◇◇◇◇◇


ヌーヴェル・リュンヌに引き上げてもらい、ぼくともう一人の自分は泉から出た。

ヌーヴェル・リュンヌが魔法で濡れた服と髪を乾かしてくれた。

ヌーヴェル・リュンヌいわく、「愛する人が二人いるならば、二人に分かればいいのじゃ」ということだった。

つうか人を二人に分けられるなんてすごいな。

「ねぇ、服を貸してくれないかな? マントだけでもいいから」

「やだ」

もう一人の自分の返事はつれない。

「なんで?」

「目的のために二人の男を手玉にとって、体でつるようなやつには貸したくない」

もう一人の自分がツーンとそっぽを向く。

どうやらぼくはもう一人の自分に嫌われているようだ。

「なんじゃ服がないのか? ならわしの服を貸してやろう」

ヌーヴェル・リュンヌがローブを脱ぐ。芸術品のような美しい裸体があらわになる。

ヌーヴェル・リュンヌの性別が不明だったが、どうやら男らしい。

なんで分かったかって? ヌーヴェル・リュンヌジュニアを見てしまったからだ。

ヌーヴェル・リュンヌはパンツを履いていなかった。精霊の世界にはパンツがないのかな?

いやしかし人様(精霊)を全裸にしてまで服を借りる訳にはいかない。

「いやさすがにその服を借りる訳には ……」

「子供が遠慮するでない!」

「いや本当に結構ですから!」

そんなやりとりをしているうちにヌーヴェル・リュンヌに押し倒されていた。

「遠慮するでない、わしの好意を受け取れ!」

ヌーヴェル・リュンヌがぼくに馬乗りになり、両手を押さえつける。

「止めてください!」

「ラインハルト王子ご無事ですか!」
「殿下こちらですか!」

間の悪い時にフリード公子と勇者様が現れた。

全裸の男に組み敷かれ、涙目で「止めて!」と叫んでいるぼくを見たら、完全に暴漢に襲われていると誤解される。

「ほうこの泉に一日に何人も客人が来るとは珍しいのう」

ヌーヴェル・リュンヌが二人を見てにやりと笑う。

フリード公子と勇者様が殺気だった目でヌーヴェル・リュンヌを睨みつけた。

勇者様は魔法の準備をし、フリード公子は腰の剣を抜く。

まずいヌーヴェル・リュンヌに手を出したら、二人が殺される!

「うわぁ! 待って待って! 違うから! 襲われてるんじゃないから! フリード公子も勇者様も落ち着いて!」

二人がヌーヴェル・リュンヌに襲いかかり、見事に返り討ちにされるのはこの三秒後のこと。


◇◇◇◇◇


ヌーヴェル・リュンヌは二五〇年生きてる(公式設定)だけあって、強かった。

なにが起きたか分からないが、次の瞬間にはヌーヴェル・リュンヌが勝ち誇った顔で仁王立ちしていて、フリード公子と勇者様は地面に倒れていた。

「リヒト大丈夫!」

「フリード公子しっかりして!」

もう一人の自分は勇者様に、ぼくはフリード公子に駆けよっていた。

「安心せい、手加減はしてある」

ヌーヴェル・リュンヌが全裸のまま口角を上げる。いい加減服を着てほしい。

ヌーヴェル・リュンヌの言葉にホッと息をはく。

「どうやらそちたちの相手がきまったようだのう」

「「えっ?」」

ぼくともう一人の自分の声がそろう。

「そちたちが無意識に駆けよった男、そやつが運命の相手だと言っておる」

ぼくは無意識にフリード公子に駆けよっていた。多分もう一人の自分も無意識に勇者様に駆けよっていたのだろう。

ぼくの運命の相手はフリード公子なんだ。そう自覚した瞬間全身がぶわっと熱くなった。

「二人とも同じ男を好きにならんでよかったのう。実は確率は半々だったのじゃよ」

今さらっととんでもない事を言わなかった?

「リヒト起きて!」

もう一人の自分が勇者様の手を握り、勇者様の唇にキスをした。そのままちゅっちゅっとキスを落とす。

えっ? もう一人の自分はなんでそんなに積極的なの?

ぼっ、ぼくもフリード公子にキスしないとダメかな?

いや落ち着けぼく! ここは平静に「治療(ベハンドルング)」魔法を唱えるべきだ!

「治療(ベハンドルング)」

ぼくの手から黄色の光があふれフリード公子の体を覆う。

「ん……」

フリード公子が目を覚ます。

「フリード公子、大丈夫?」

フリード公子の顔をのぞき込む。

「ラインハルト……殿下」

よかった意識を取り戻した。

「リヒト起きて! リヒト!」

振り返るともう一人の自分が勇者様に馬乗りになり、勇者様の顔中にキスしてた。

もう一人の自分はなんであんなに積極的なんだろう?

勇者様にキスをするもう一人の自分を見てフリード公子が目を見開く。

ぼくが二人いたら驚くよね。

「フリード公子これはね……」

「私も回復魔法より目覚めのキスの方がよかったですね」

フリード公子が真顔で呟く。

いま突っ込むところはそこ?

「勇者様も目覚めているのでしょう?  殿下を心配させるのはやめてください」

フリード公子の言葉に勇者様がパチリと目を開ける。

「いいところだったのに……」

勇者様がフリード公子をギロリと睨む。

「リヒト! よかったリヒト!」

もう一人の自分が勇者様に抱きつき、勇者様がもう一人の自分の首に腕を回す。

「心配かけてすみませんラインハルト王子」

勇者様がもう一人の自分の唇にキスをした。角度を変えて何度もキスをしているから、多分舌を絡めている。

もう一人の自分が、目の前で別の人間とキスをしている光景を眺めるのはなんとも恥ずかしいものがある。

ふわりと肩に何かがかかり、見ればフリード公子の白いマントだった。

「そんな格好ではお風邪を召されますよ殿下」

「ありがとうフリード公子」

フリード公子がニコリと笑う。

フリード公子がチラリともう一人の自分と勇者様を見る。

「私にはキスをしてくださらないのですか?」

フリード公子が寂しげに眉を下げる。

ぼくの顔にボッと熱が集まる。

今まで勇者様とのキスもフリード公子とのキスも、相手からされて、自分からしたことはない。

フリード公子の唇は綺麗な桜色でプルプルとしていて……無理! 自分からキスするなんてぼくにはハードルが高すぎる!

「ぼくは、できればキスするより……される方が好きなんですが、ダメ……ですか?」

瞳をうるうるさせ上目づかいで小首をかしげる。

フリード公子が顔を赤らめ手の甲で口を覆う。

「ダメではありませんよ」

フリード公子の顔が近づいてきてぼくは目を閉じた。

「ん……、んん……!」

フリード公子の舌がぼくの舌をからめ取るのをぼくは黙って受け入れた。



◇◇◇◇◇
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