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二十八話「新月《ヌーヴェル・リュンヌ》」*

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あのあと二人に泣かれてしまった。

私(おれ)たちはラインハルト王子(殿下)を困らせたいのではない、幸せにしたいのだと。ご自身を粗末にする事はなさらないでくださいと、泣きながら頭を下げられてしまった。

「じゃあ二人でぼくを共有する?」

そういう下半身ゆるゆるの同人誌もあるよね。

軽いのりで言ったら、二人が人を殺す目でにらみ合った。

「「こいつとだけは絶対にない!」」

声をそろえて言われてしまった。

という訳でどちらを選ぶかはぼくに委ねられた。

選ばれなかった方は涙を飲んで諦めると。

ぼくが思うに選ばれなかった方は絶対にヤンデレ化する。

勇者様を選べばフリード公子がヤンデレ化するし、フリード公子を選べば勇者様がヤンデレ化する。

フリード公子がヤンデレ化したら、父上の元にまた別の奸臣が集まり政治を私物化し、不正がまん延しフォルモーント王国が滅びる。息子のぼくが言うのもなんだが、父上は暗君なのだ。

王太子としてそれは絶対に阻止しなければならない。

勇者様がヤンデレ化したら、世界が滅びる。魔王を倒せるのは勇者様の光魔法と聖剣による攻撃だけなのだ。

救える人の数で言ったら当然世界の方が多い。だがだからといってフォルモーントの民を見捨てられない。

ぼくには王太子として国を守る責務がある。

という訳で国と世界、どちらか一つを選ばなくてはならず、森の中を二時間ほど徘徊している。

ここはフォルモーント王国の西の端、新月(ヌーヴェル・リュンヌ)の森。

精霊ヌーヴェル・リュンヌが住む泉がある神聖な森だ。

ヌーヴェル・リュンヌは願いを叶えてくれるという伝説があり、わらにでもすがる思いでやってきた。

いや伝説でもなんでもなく、ゲームでは勇者様が精霊の加護を受けて旅立つんだが。

ぼくが新月(ヌーヴェル・リュンヌ)の森に行くと言ったら、勇者様とフリード公子もついてきた。

勇者様がいれば簡単にヌーヴェル・リュンヌの泉に行けるかと思ったのが甘かった。

森に入って早々二人とはぐれ、引き返そうにも道が分からない。

ぼくが死ぬのは構わないが、二人が死ぬのが困る。

「困った。困った」

そう呟くこと数百回目。

「なにが困ったのじゃ」

誰かが質問してきた。

「それは……って、えっ? 誰?」

周りを見るが誰もいない。

「ここじゃよ」

とんとんと肩をたたかれ、振り返ると人差し指がぼくの頬にささった。

「やーい、引っかかった引っかかった!」

一五、一六歳の少年? いや少女か? 性別不明の麗人が腹を抱えて笑い転げていた。

足元まで伸びた銀色の髪、髪と同じ銀色の瞳、足首まである白のローブ。

見た目はともかく性格があれなこの人、いやこの精霊は……。

「月の精霊ヌーヴェル・リュンヌ……様?」

ゲームで見た絵にそっくりだ。

「ほう、わしの事を知っておるのか?」

ヌーヴェル・リュンヌが立ち上がり、ぼくを見すえる。真面目な顔をするとかなりの美形だ。

「あなたに叶えてもらいたい願いあり、ここに参りました」


◇◇◇◇◇


ヌーヴェル・リュンヌの泉は、選ばれた者だけがたどり着ける聖域。

小鳥がさえずり、色とりどりの花が咲き乱れ、この世で一番美しいとされるヌーヴェル・リュンヌが守護する。

精霊ヌーヴェル・リュンヌの許しを得て泉につかれば、あらゆる願いが叶うという。

…………神聖な場所のハズなんだけど。

「遠慮せずに飲め飲め」

「はぁ……」

ヌーヴェル・リュンヌがどこからから拾ってきたガラクタ……もといゴミクズ……もとい粗大ゴミ、もう言い換えるのが不可能だ。

神聖なヌーヴェル・リュンヌの泉は、粗大ゴミの日のゴミ捨て場と化していた。

そこに腕を枕に寝っ転がり、木の根らしきものをかじりながらだらだらするこの世で一番美しいと言われる精霊。完全に日曜日に家にいるおやじと化している。

欠けたコップに得たいのしれない紫の液体が入ったものを出されたが、飲む気がしない。

この精霊、完全に美人の無駄遣いをしてる。無駄美人だ。超絶美形なのにもったいない。

「して、わしになんの用じゃ」

ヌーヴェル・リュンヌが上半身を起こすとあぐらをかいた。ぼくを真っすぐに見つめる瞳には威厳があり、思わず背筋を正す。

やはり二五〇年(公式設定)も生きている精霊。ダメ人間……いやダメ精霊に見えても威圧感がハンパない。

「国と世界、どちらかを救わねばならない選択を迫られています」

「ほう」

「国を救えば世界は滅び、世界を救えば国は滅びます」

「それは大ごとじゃのう。詳しく話してみよ」

「二人の男に求婚されていて、どちらか一人を選びセックスしなければなりません」

「んん? いきなり話のスケールが小さくなったな、小さくなったというより下世話になったな」

ヌーヴェル・リュンヌは口に咥えていた木の根のようなものを落とした。

「そちいくつじゃ?」

「七歳です」

「寝しょんべんたれとるようなガキが、真顔でセックスなどと口にするでない!」

「すみません」

確かに七歳児が言うことじゃないか。

ヌーヴェル・リュンヌは落とした木の根らしきものを拾い再び口に咥えた。

ヌーヴェル・リュンヌが尻をぼりぼりと掻きながら「で、お主はどっちが好きなのじゃ?」ぼくに問いかける。

「フォルモーントはぼくの愛する国です。王太子として国を見捨てられません。ですが世界にいる大勢の人を見捨てる事もできません」

世界が滅べば当然フォルモーント王国も滅びる。だからといってフォルモーントの民を犠牲には出来ない。

「そうではない、どっちの男が好きかと聞いている」

えっ? そっち?

「勇者様とのキスは初々しくてほのぼのしてて、ぐにゃんぐにゃんのおちんちん同士を擦り合わせるのが気持ちよくて、勇者様の成長が楽しみというか将来が有望といいますか。フリード公子はキスがとっても上手くて、大人で、リードも上手でカチンカチンのペニスをこすりつけられながら乳首を吸われるのが快感で、気がつくととろとろにされていて……」

「ストーーップ!!」

ヌーヴェル・リュンヌが眉間にしわ寄せぼくを見る。

「お主本当に七歳か? サバを読んでおらぬか? 話が卑猥(ひわい)すぎるぞ」

ヌーヴェル・リュンヌは額に汗を浮かべ冷ややかな目でぼくを見る。

ハハハ、確かにサバは読んでるかな。見た目は子供でも中身は高校生だし。

「で、猥談(わいだん)は抜きにしてどちらが好きなのじゃ?」

「うーん」

どちらと言われても、どちらも好きなんだよね。

「フリード公子はゲームの一推しキャラでクールで理知的で大人なところがかっこよくて、完成された美みたいな感じがあってぼくの理想の人です。勇者様は初々しいところが可愛くて、うっかりするとヤンデレ化しちゃう危うさがあって、捨てられてた子猫を拾ったら懐かれたみたいな愛らしさがあります」

「つまり決められぬほど両方を好いているのだな」

「はい」

ヌーヴェル・リュンヌの直球な質問に顔に熱が集まる。ぼくはフリード公子も勇者様もどちらも好きだ。

「よし、分かった! わしがお主の願いを叶えてやる」

「えっ?」

「そーれ!」

「ぎゃあぁぁっ!!」

ザッバーンという音を立て、ぼくはヌーヴェル・リュンヌの泉に頭から放り込まれた。


◇◇◇◇◇
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