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十三話「オレは殿下とリヒトの証人になった」*

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――バルドリック視点――


ラインハルト殿下に頼まれ、リーゼロッテに言いくるめられ、オレはモーントズィッヒェル公爵領まで御者をつとめる事になった。

正直に言って気が重い。

後ろに王族が乗ってると思うだけで胃に穴が開きそうだ。

モーントズィッヒェル公爵領に行く前に、殿下が街の薬屋に寄りたいと行った。

殿下にお金を渡され、適当に薬を買い込んだ。

「薬を何に使うのですか?」

殿下に問う。

「薬の行商人としてモーントズィッヒェル公爵領に入るから、それらしく見えるようにね」

「でも薬の行商には鑑札が必要なのでは?」

「鑑札はお城からくすねて来たから大丈夫だよ」

殿下の言葉を聞いてオレの体から血の気が引いた。

「なんだかどんどんやばい事に関わってる気が……」

「大丈夫だよ。責任はぼくが取るから」

「オレ死罪にだけはなりたくないです……」

殿下はそう言ってくださるが、下手すれば王子さま誘拐罪で首が飛ぶ。

涙が流れそうになるのをこらえ、深く息を吐いた。

どうか無事に帰ってこれますように。


◇◇◇◇◇


リヒトはラインハルト殿下が好きだ。その事は教会にいる誰もが知っている。

気づいてないのは当のラインハルト殿下ぐらいだ。

オレがみる限りラインハルト殿下もリヒトに気があると思う。

リヒトのことを目で追ってるし、リヒトにやたら話しかけるし、リヒトにかける時の声は他の誰に話しかける時よりやさしく、リヒトに向ける笑顔は天使のほほ笑みだ。

この二人は両片思いだとオレは睨んでいる。

だけどこの二人どうにももどかしい。

ラインハルト殿下は天然のたらしなので誰にでも笑顔を振りまくから教会でも人気が高い。(天使のほほ笑みを向けるのはリヒトだけだが)

特に小さい子に人気がある。

教会を訪れるたびにお菓子を配っているからというのもあるが、理由はもっと別のところにある。

金色のさらさらの髪、空を写したような青く清んだ瞳、日に焼けていない白い肌、整った目鼻立ち、極めつけは王子様という身分。

そんな美しい王子様が、オレたちみたいな身分の低いものにあたたく笑いかけてくださるんだ。それは人気も出る。

小さい子たちも最初はお菓子目当てでラインハルト殿下を出迎えていたが、今は王子様の笑顔が見たくて出迎えている。

この間ラインハルト殿下が鬼ごっこをしていてエミリアを捕まえたとき、思わず王子様という事を忘れて睨みつけてしまった。

その夜、「エミリア大きくなったらオレと結婚してくれるよな?」と訊いて、エミリアが「うんバルドリックにぃと結婚する」と返してくれるまで、気が気ではなかった。ラインハルト殿下は天然のたらしなので、油断している間に好きな子を奪われかねない。

なので殿下とリヒトにはさっさと両思いになっていただきたい。

この二人が両片思いなのは、ラインハルト殿下が鈍感なのと、リヒトが奥手なせいだ。

ラインハルト殿下が他の人と話していると、殺気だった目で睨むくせに、ラインハルト殿下に話しかけられると、顔を真っ赤にして一言も話せなくなる。

乙女か! と突っ込みたいが相手はきらきら笑顔が眩しい王子様。王子様を目の前にしてテンパってしまうのも仕方ない。

だから今回のモーントズィッヒェル公爵領までの旅で、少しでも仲良くなってくれたらなと思ってる。


◇◇◇◇◇


「今日はいい天気だね」

「………………」

「魔法の練習は進んでる?」

「………………」

「剣術の稽古はどう? 怪我とかしてない?」

「………………」

リヒト~~~~! せっかく殿下が話しかけてくださっているんだ、ちゃんと返事しろ~~~~!

オレはやきもきしながら、二人のやりとりを見守っていた。

その時馬車が大きく揺れ。

「ちょっと揺れましたが大丈夫ですか?」

御者席から荷台の二人に声をかける。

リヒトはともかく殿下に怪我をさせたら一大事! 最悪死罪だ!

荷台を見てオレは声を失った!

殿下がリヒトを押し倒してキキキ、キスをしていた!

ラインハルト殿下、なんて大胆な!

オレは馬車の速度を下げ、二人の会話に聞き耳を立てた。

「うわぁぁ! すまない!」

「………………」

リヒト、殿下が謝っているんだなんかしゃべれ!

「本当にすまない、リヒトはエミリアが好きなのに……」

殿下は小声で話していたが、しっかり聞こえていた。

リヒトがエミリアを好きな事はないと思うが念のため耳を澄ませる。

「はっ? おれがエミリアを好き? あり得ません」

リヒトが即答したのでホッと息を吐く。

それにしてもリヒト、殿下の前でもちゃんと話せたんだな。成長したな。さっきのキスで何かのスイッチが入ったのか?

「えっ違うの? じゃあもしかしてローレの方?」

ローレはオレとリヒトと同室で、黒髪でおとなしい性格の少女。目が大きくて愛らしい顔をしている。年はエミリアと同じ。オレはエミリアのように明るくて活発な子が好きだが、ローレを好きな男も多い。

「全然違います。ローレとはただの同室で妹みたいなものです」

「えっそうなの?」

「じゃあリーゼロッテ?」

リーゼロッテはリヒトの実の姉。なぜここでリーゼロッテの名前が出るんだ? 殿下は天然なのだろうか?

ちなみにオレはリーゼロッテだけはない。美人だが、有無を言わせずやっかい事を押し付けてくるところが苦手だ。

「姉上とは実の姉弟です、尊敬はしていますがそういう対象ではありません」

まあ普通そう答えるよな。

「じゃあリヒトの好きな人って?」

殿下が核心に迫る! 手綱を握る手に力が入る。

「おれが好きなのは……」

言うのか? 言っちゃうのかリヒト!?

リヒトがこちらを見た。やばいのぞていたいたのがバレた! リヒトが人を殺す目で睨んでくるので、オレはさっと顔を背けた。

「えっ? バルドリックなの? リヒトはそっち系?!」

どうしてそうなるんですか? 殿下!

「違います!」

リヒトが怒気を含んだ声で言い切る。

「すまない、ちょっとからかっただけだ」

止めてください殿下、心臓に悪いです!

「ラインハルト王子でも怒りますよ」

「すみません」

本当に止めてくださいそういう冗談。心臓が止まるかと思いました。

「リヒトの好きな人って誰?」

殿下が再び核心に迫る。今度こそ言うのかリヒト!

「ラインハルト王子はおれの好きな人をなんで知りたがるんですか?」

リヒトは質問に質問で返して逃げた。

「リヒトの好きな人が単純に気になるからじゃダメかな?」

殿下はやはり天然のたらしだ! なんでそんなことをさらっと言えるんだ!

キラキラした目で見つめられてそんな事を言われたら、大概の人間は腰が砕けるぞ。

「おれの好きな人は、とても高貴な人で」

ラインハルト殿下の事じゃないか。

「うん」

「金髪で」

ラインハルト殿下の事だ。

「うん」

「青い目の人です」

ラインハルト殿下だ。

「うん?」

ストレートに告白したんだな。偉いぞリヒト! 頑張ったぞリヒト!

「身分違いの恋ですけど……」

そこだリヒトが告白した今、二人を隔てる壁は身分の差しかない。

「今はそうでもリヒトがすごく強くなったら、身分の違いとか関係なくなるよ」

「本当ですか?」

ラインハルト殿下は身分の違いなど関係なくリヒトを愛していると!?

さすがです殿下!

「うん」

「その方はおれと結婚してくださいますか?」

プロポーズ来たぁぁぁああああ!!

「うん、リヒトが世界中の誰よりも強くなったらね」

返事はOKなんですね殿下!

「おれなります! 世界で一番強くなります!」

「うん頑張って」

「はい!」

オレはこの日の事を忘れない。

オレはラインハルト殿下とリヒトの婚約の証人になった!

リヒトはオレの弟同然で親友。そのリヒトの婚約が決まりオレは嬉しかった。

オレは鼻歌を歌い馬車の速度を上げた。


◇◇◇◇◇
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