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六話「ラインハルト王子」

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ーーリヒト視点ーー


目を開けると姉上の体が血まみれで横たわっていた。

姉上がおれをかばって斬られたんだと、すぐに分かった。

「姉上! 姉上!」

姉上の体に駆けよる! 姉上の手に触れると氷のように冷たかった。傷口から血がドクドクと流れていく。

「下せんな奴らが、このオレ様のマントを汚しやがって!」

おれは何もできない。ローレを助けることも、孤児院を助けることも、目の前の姉上を助けることも、何も出来ない。

おれに出来るのは姉上の名を呼び泣き叫ぶことと、姉上をかばって男に斬られることだけ。

力が……欲しい!

姉上を助ける力が……!

姉上はおれを「勇者」だと言った。何が勇者だ……! 世界を救うどころか、姉上一人も助けられず、自分の身一つ守れない……!

おれが本当に勇者だと言うなら力が欲しい!

姉上を助ける力が!

理不尽な暴力に屈しない力が……!

「オレの視界から消えろゴミが……!」

男が剣を振り上げる気配を感じた。俺は姉上の手を握り、ぎゅっと目を閉じた。

「大気の精霊よ我に従え!! 突風(ヴィントシュトース)!!」

斬られたと思った。だが痛みがない。

目を開けると、貴族風の男とその仲間たちが壁まで吹き飛ばされていた。

金色の髪が視界に入り、同い年ぐらいの少年がおれの隣に座っていた。

「癒やしと治癒の精霊よ我に力を! 最大治療(マクシムム・ベハンドルング)!」

少年の手が黄色い光りを放ち、光が地面に倒れている姉上の体を覆う。

血が止まり傷口がみるみるうちにふさがっていき、跡を残さず綺麗にふさがった。

神父様も初歩の回復魔法を使えたけど、切り傷やすり傷を治すぐらいだった。こんなにすごい回復魔法初めて見た!

少年が姉上の手に触れる。

「姉上!」

おれは姉上の手を握りなおす。温かい。姉上の手は温かく、ドクンドクンと脈を打っていた。

「大丈夫、生きてる」

少年が青い目を細めほほ笑んだ。

おれははぁっと、息を吐いた。

姉上が生きてる。

その言葉がおれの心に浸透し、折れかけていたおれの心を支えてくれた。

その時風でおれの被っていたフードがめくれた。

少年が目を見開きおれを見ていた。紫の髪と瞳が珍しいのだろうか?

おれもあらためて少年を見た。金色の美しい髪に、ガラス玉のような青くキラキラした瞳、陶器のように白くきめ細やかな肌、目の前に天使がいると思った。

天使様が姉上の顔を覆っていたフードをめくる。姉上の顔に傷がないか確認しているのかな?

姉上の綺麗な顔に傷がなくて、ホッと息をはく。

天使様は驚いた顔でおれと姉上の顔を交互に見ていた。よほど紫の髪が珍しかったらしい。

その時後ろから怒鳴り声が聞こえた。

「ガキが! よくもやってくれたな!」

振り返ると、先ほどの貴族風の男とその仲間が立っていた。

天使様を守るように、兵士らしき人が天使様と男の間に立つ。

「オレ様がシュネー国のエーアガイツ子爵家長男ブルノン様と知っての狼藉だろうな!」

子爵という言葉に体がびくりと震えた。子爵って確かとっても偉いんだよね?

どうしよう、天使様がおれたちのせいで子爵の息子に酷い目に合わされたら……!

おれの心配をよそに、天使様がすっと立ち上がり兵士の前に立った。

天使様の顔を見て、子爵の息子が目を見開いた。公子の顔が青ざめていく。

「なっ、ラインハルト殿下……?」

公子の言葉にその場にいた人たちからどよめきが起こる。

ラインハルト殿下? 殿下って王子様のことだよね?

おれが天使だと思っていた少年はこの国の王子様だった。

ラインハルト王子って、神父様が言ってた贅沢が大好きでやりたい放題のあのラインハルト王子?

孤児院を取り壊すと言っていたあのラインハルト王子?

おれと姉上を助けてくれた天使様が、とてもそんな酷いことをする人には見えない。

きっと何かの間違いだ。神父様だってラインハルト王子に直接会って話したことなんてないだろうし。

「ラインハルト殿下! これには理由が……! あのガキ達がぶつかってきて、オレの新品のマントを汚したんです! だから……」

公子が話す。

ぶつかったのは確かだ。だけどぶつかって来たのは公子の方だ。

分かっていた貴族のマントを汚しただけで斬られる。おれたちはそんな存在なんだと。

ラインハルト王子が冷たい目で公子を見ていた。王子の拳に力が入り、プルプルと震えている。

「ブルノン公子ここはあなたの国でも領地でもない、フォルモーント王国の領土だ! 我が国の領土でぼくの民を傷つけた行為は、この国の王子として見過ごせない!」

ラインハルト王子が公子をキッとにらみつけた。

ドクンと心臓が鼓動する。

ラインハルト王子がおれたちのために他国の公子に怒ってくれた。それだけでとても嬉しかった。

「くっ、なぜラインハルト王子がなぜこんな所に……! 王子にさえ見られなければどうとでもごまかせたものを!」

公子がラインハルト王子に悪態をつく。

「お子様王子は城で王妃の膝に抱っこされて菓子でも食ってればいいんだ……!」

公子が小さな声でぼやいた。

「あなたにはしかるべき罰を受けていただきます」

ラインハルト王子が公子を真っすぐに見据え、冷静だが力強い口調で言い放つ。

「ですがラインハルト殿下、オレはフォルモーント国の貴族ではない、隣国シュネー国の貴族だ。いくらフォルモーントが大国で、ラインハルト殿下が偉くても、他国の子爵の子息であるオレ様を裁く事は出来ないはず!」

公子が顔を真っ赤にし、鼻息も荒くまくしたてた。

ラインハルト王子がとても偉い方でも、おれたちのような孤児のために、他国の子爵やその息子と争いたくはないはず。

姉上の手を握り、涙を飲み込んだ。

ラインハルト王子がおれたちを助けてくださった。それだけでもう十分だ。

「ええ確かに。だが彼らはただの子供ではありません。先々代の国王の時代、世界を救う勇者様が誕生すると女神よりお告げを受け建てられた由緒ある孤児院の子供たち。我が国の王族でも傷つけることを許されない神の加護を受けた神聖な子たちだ。その彼らを他国の子爵の子息風情であるあなたが傷つけた。この意味がお分かりですか?」

ラインハルト王子が他国の公子と争ってまでおれたちを守ってくれた。

神の加護を受けた神聖な子たちだと言ってくださった!

やはりラインハルト王子が孤児院を壊そうとしているなんて噂はデマだったんだ!

孤児院を壊そうとしているお方が、こんな風におれたちを守ってくれるはずがない!

「くっ、そんな大昔の伝承がなんだというんだ! それに勇者などただの伝説だ……!」

「あなたをこのまま国に帰す訳には行きません。孤児院の子供を傷つけたこと以外にも、この国であなたが犯してきた全ての罪を詳細に調べ上げ、シュネー国の国王陛下に伝えます。その上であなたの国の法にのっとり、しかるべき処置をしていただく所存です。そして我が国へのあなたの立ち入りを今後一切禁じます! 今後フォルモーント王国はエーアガイツ子爵家とは一切貿易いたしません!」

怜悧な目で公子を睨みつけ、ラインハルト王子がぴしゃりと言い放った。

そのお姿のあまりのかっこよさに、体が震えた。

「くっ……!」

ラインハルト王子の言葉に、公子の顔色が赤から青に変わる。

胸がスカッとした。

「そうだ! そうだ! 出ていけくそ野郎!」
「ラインハルト殿下の言うとおりよ!  二度とこの国に来ないで!」
「消えろ! とさか頭!」

今まで黙って見ていた周りの大人たちが、声を上げた。

みんなラインハルト王子の言葉に感動して、胸を動かされたに違いない。

ここにいる人たちはみんなラインハルト王子の味方です!

その時騒ぎを聞きつけたのか、兵士が十人ほどやってきた。あの制服は多分お城の兵士だ。

兵士たちはラインハルト王子の前に並び敬礼した。

「どうかなさいましたか殿下、この騒ぎは一体?」

隊長らしき人がラインハルト王子に尋ねる。

「シュネー国のブルノン・エーアガイツ公子とその仲間だ。彼らは神聖な孤児院の子供達を傷付けた。彼らを城に連れて行け! 彼らの罪状を暴き、シュネー国に引き渡すまで、城に幽閉する!」

ラインハルト王子の威厳のある凜とした声が響く。

「はっ!」

隊長らしき人は再度敬礼し、公子とその取り巻きたちを取り押えた。

民衆からわっと歓声が上がる。

そのほとんどがラインハルト王子を
たたえるものだった。

すごい! かっこいい! ラインハルト王子!

この方にお仕えしたい!

おれはこの時心に誓った。

強くなってラインハルト王子の剣となり、盾となると! 


◇◇◇◇◇◇◇
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