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六十六話「凱旋」

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霧の道を抜けると、王都を見下ろす丘に出た。

魔王城に行くとき霧の道に入ったのは、街道の近くにある森だった。これは推測だけど、霧の道の入口や出口はいくつかあるのだろう。

エーデルシュタイン城に帰還したボクたち四人は、真っすぐに玉座の間に通された。

「ヴォルフリック! エアネスト! よくぞ魔王を打ち果たし、囚われていたワルフリートとティオを救い出してくれた!」

父上が上機嫌で出迎えてくれた。

母親はボクの髪の色と眼の色を見て、瞳を輝かせた。

「エアネスト、髪と眼の色が戻ったのね! あたくしの可愛い子! あたくしの自慢の息子! あたくしの息子はエアネストだけだわ!」

母上がニコニコとほほ笑むな。ここまで手のひら返しがわかりやすいと、いっそ清々しい。

母上はもう子供が生めない体だと医師に告げられ、精神を患っていたとティオ兄上が後で教えてくれた。

「二人とも実によくやってくれた。エアネストは今日からエーデルシュタインの姓を名乗り、王子として生きることを許そう」

父上の中でボクは石ころシュタインから、宝石エーデルシュタインに格上げされたようだ。

玉座の間にいる衛兵や大臣のボクを見る目が変わる。

いろんな人の打算計算が見え隠れして、憂うつな気分になる。

数カ月離れていただけなのに、城の中が息苦しかった。

「ヴォルフリック、エアネスト、お前たちのどちらかを王太子にしようと思う」

父上の言葉にどよめきが起こる。ボクはヴォルフリック兄上と顔を見合わせた。

「ヴォルフリック兄上、どうしましょうか?」

「答えは決まっている」

ヴォルフリック兄上がフッと笑いボクの手を握る。ボクも兄上の手を握り返した。

「そうですね」

ヴォルフリック兄上もきっとボクと同じ気持ちのはず。

「お断りします!」
「断る!」

ボクとヴォルフリック兄上の声がそろった。

断れる事を想定していなかったのか、父上が目を瞬かせた。

「ボクはシュタイン領に帰ります。精霊の森のあるシュタイン領を守りたいのです」

一カ月仕事を放棄し、部屋に引きこもりしていた身で言えることではないが、機会がもらえるならあの土地のために尽くしたい。

「ヴォルフリック、お前もか?」

父上がヴォルフリック兄上に問う。

「私は、エアネストの側を離れる気はない!」

ヴォルフリック兄上の言葉に心臓がドキドキと音を立てる。

「ボクもヴォルフリック兄上とずっとずっと一緒にいたいです!」

ヴォルフリック兄上がボクを真っすぐに見つめる。その表情はとはても穏やかだった。ボクもこのとき破顔してたと思う。

ヴォルフリック兄上に抱きついてキスしたい気持ちを、ぐっとこらえる。

父上が真面目な顔で世継ぎについて話している場で、キスはできない。それにヴォルフリック兄上とキスしたら、もっとエッチな事をしたくなってしまう。

父上が眉間にしわを寄せ深く息をはいた。

「分かった、お前たちを王太子にすることは諦めよう」

そう言った父上の顔は悲しげに見えた。

ボクはヴォルフリック兄上と一緒にシュタイン領に帰れるのが嬉しかった。

「魔王を退治した褒美は別に与えるとしよう。なにか望みはないか?」

父上の言葉に首をかしげる。望みは……いっぱいある。シュタイン領の民は長い間王族に見捨てられ困窮している。

シュトラール様から授かったBべオークのルーン文字で、白樺の森を得て領地は豊かになった。だけど土地税を上げられたら、また貧しくなってしまう。

シュタイン領の民の多くは多額の借金をしている。

森を開拓し、畑を作り、作物を植えて収穫するまでには時間がかかる。

望みを叶えてもらえるなら、彼らのために使いたい。

この機会にシュタイン領の土地税を据え置いてもらおう。

「ボクの望みは、シュタイン領の土地税を今の額に留めてもらうことです」

ボクの言葉を聞き、父上が眉根を寄せる。

「シュタイン領は一夜にして白樺の森が出現し、土地が豊かになったと聞く」

やはり父上はシュタイン領に白樺の森が出現したことを知っていた。国王の情報網は伊達ではない。

父上が鋭い目でボクを睨みつける。でも負けない、シュタイン領の民のためにボクは戦う。

「今までのシュタイン領の土地税が収穫に合わないぐらい高すぎたのです。現在のシュタイン領に、今の土地税の額でようやく釣り合いが取れます」

本当は白樺の森から得られる収益を考えると、現在の土地税では安すぎる。

だがそれは何も起こらなかった場合の話だ。シュトラール様の加護のある土地とはいえ、この先どのような天災に見舞われるから分からない。

その時にのために、蓄えがほしい。

備えがあれば、王国内の他領で有事が起きた際、食料品などを寄付できる。

国や他の領にとっても悪い話ではないはず。

「シュタイン領の民は王族に見捨てられ、貧しい生活を強いられてきました。ほとんどの者が多額の借金を背負っています。家族を売った者や、家や土地を売り自害した者もいます。来年の事を考えられず、唯一の森であった精霊の森まで開拓しようとするまで追い詰められていました。白樺の森を開拓し、畑を作り、収穫を得るのにも時間がかかります。どうか土地税は据え置いてください」

ボクは父上の目を真っすぐに見据える。父上はギョロっとした目でボクを見ていたけど、魔王の眼力に比べたらたいしたことはない。

「精霊の森は、シュタイン領だけでなく国全土を守っている。王族も精霊の森の主であるシュトラールの加護を得ている。シュタイン領の民を追い詰めることは、この国に利益にならないことは明白だ」

ヴォルフリック兄上が援護してくださる。

ヴォルフリック兄上はボクのことをわかってくださっている。大好きです兄上。

「わかった、シュタイン領の土地税は十年間据え置こう」

父上が折れ、首を縦に振った。

「五十年です」

ボクの言葉に陛下が目を見開く。

「それはちと長すぎるのではないか?」

「短いぐらいです」

さすがにボクも五十年は長すぎると思う。父上との駆け引きで二十年ぐらいまで伸ばせたらな、と思いふっかけてみた。

「いいだろう、シュタイン領の土地税は今後五十年据え置く事とする」

父上が眉間に手を当て、深く息を吐いた。

ダメ元で言ったのに父上が聞き入れてくださった! 言ってみるものだ! やった! シュタイン領の安定的な収益を確保できた!

「それからシュタイン領の改革はボクとヴォルフリック兄上が行います。父上を始めとする王族は一切口を出さないでください」

横から美味しいところをさらわれたり、白樺の森や精霊の森を闇雲に開拓され、環境を破壊されては困る。

精霊の森の開拓はしない、白樺の森を開拓し畑にするのは森の面積の1/10までに留めるという、シュトラールと交わした制約があるのだ。

「わかった、もう好きにしろ」

父上は投げやりな感じで、ボクの提案を了承してくださった。

精霊の加護を受け、魔王を倒した功績はボクが考えているより大きいらしい。

「さてヴォルフリックもエアネストも王太子になりたくないという、次の王太子は誰にしたものか……」

父上が疲れきった顔でひとり言のようにつぶやく。父上はこの数十分間で大分やつれたような気がする。

「それならば年の順から言って、当然俺でしょう!」

ワルフリート兄上が嬉々とした表情で一歩前に出る。

「ワルフリート、お前だけはない!」

父上が厳しい顔でワルフリート兄上をねめつけた。

「えっ? なぜですか父上?」

ワルフリート兄上が間抜けな声を上げる。父上の言葉は予想外だったらしい。

父上が大臣に命じると、大臣がいくつかの書簡を父上に手渡した。

父上はそれをワルフリート兄上に投げつけた。ワルフリート兄上の足元に書簡が散らばる。

「お前が旅に出たあと、村や街から寄せられた書状だ! 全てお前の犯した悪行について書かれている!」

父上が鷹のような鋭い目つきでワルフリート兄上を見る。

「ぬれぎぬです父上! 愚かな民の戯言です!」

ワルフリート兄上か青い顔で叫び、その場に膝をつき父上に無罪を訴えた。

「いいえ事実です、僕が証言します」

ティオ兄上の言葉に、ワルフリート兄上の表情が凍りつく。

ワルフリートが眉間にしわを寄せ、ティオ兄上をジロッと見る。

「ティオ貴様! 王太子になるために兄である俺を売る気か!!」

ワルフリート兄上が凄まじい形相で、ティオ兄上を怒鳴りつける。ティオ兄上はワルフリート兄上の恫喝(どうかつ)にも、まったく動じない。

「父上、これはティオの策略です! 俺は無実です!」

ワルフリート兄上が手を胸の前で組み、無実を訴える。

「父上、その書簡に書かれていることは事実です。僕はワルフリート兄上の悪事を知りながら、今まで見て見ぬふりをしてきました。僕も同罪です。王太子にはふさわしくありません。兄上と一緒に罰してください」

二人の訴えを聞き、父上はどちらの言葉が真実なのか吟味していた。時間にして、多分三秒ぐらい。

「二人を連れて行け!」

父上の命で、衛兵がワルフリート兄上とティオ兄上を捕らえる。

ワルフリート兄上は最後まで「無実だ!」「ぬれぎぬだ!」と喚いていた。

ティオ兄上は、衛兵に従い静かに退室した。

ワルフリート兄上とティオ兄上が出ていくと、玉座の間は静けさが戻った。

「愚息には手をやかされる。さて困った、四人も息子がいながら次の王太子候補がいない」

父上が憔悴(しょうすい)した顔で、つぶやく。

「ソフィアに二人目の子が生まれたら、養子に迎えてはいかがですか?」

ソフィアは父上の弟の娘。ソフィアが他国に嫁いだとはいえ、ソフィアの子供にもエーデルシュタイン国の王位継承権はある。

「半分は他国の王族の血を引くまだ生まれていない赤子が、エーデルシュタイン国の王太子候補とはな……」

父上が疲労困憊した様子で、頭を押さえる。

「いないよりはいいと思いますよ?」

このあと母上が「王太子候補がいないなら、王太子になるようにエアネストを説得しましょう!」としつこく父上に迫っていた。

ボクにその気はないので、丁重にお断りした。

息子を王太子にしようとする、母上の根性はある意味すごい。

ボクは国王には向いてない。潔癖なところがあるから、不正に目をつぶれず、大臣たちに煙たがられるのがオチだ。

それに国王になったら、妃を娶(めと)る必要がある。

ヴォルフリック兄上とは血のつながりはないとはいえ兄弟だから、結婚はできない。

だけどヴォルフリック兄上以外の人と、一緒になる気はない。 

結婚できなくても、ボクはヴォルフリック兄上とともに生きていきたいんだ!

国王にはティオ兄上が向いていると思う。ティオ兄上は賢いし、人の裏も表も見ている。

そしてどちらにも傾かない、中庸の姿勢を持っている。

ティオ兄上は主犯じゃなくてワルフリート兄上の愚行を見ていただけみたいだし、罪を悔いて自白したし、罪が軽くならないかな? そして罪を償ったら王太子になってくれないかな?


◇◇◇◇◇
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