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五十話「ヴォルフリックとシュトラール」

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ヴォルフリック視点


◇◇◇◇◇


エアネストに性行為を断られた。それ以来エアネストは部屋に引きこもるようになった。

好きだった、愛していた。側にいて見守り大切にしたかった。

エアネストの同意を得られていると思っていた。

心のどこかでわかっていのに、私の「愛」とエアネストの「愛」が違うことを。

エアネストは私が訪ねても、ドアも開けてくれなかった。私の顔も見たくないらしい。

さりとてエアネストの側を離れるわけにもいかず、エアネストの代わりに侯爵家の仕事をこなしながら、エアネストが部屋から出てくるのを待った。

一カ月がたち、短い夏が過ぎ、秋の足音が聞こえ始めた九月。北に位置するシュタイン領は、九月をすぎると肌寒い。

王都から知らせが届いた。

ワルフリートとティオが、魔王討伐にいき魔王に捕まったという知らせだった。

何をやってるんだあいつらは?

どうやら王太子になるために、魔王討伐に旅立ったらしい。光の魔力も強くないのに、むちゃなことを。

魔王に対抗できるほど高い光の魔力を持つのは、いとこのソフィアのみ。ソフィアはすでに隣国に嫁いでいる。今は身重のため動けないらしい。

「エアネストに光の魔力は戻らないのか?」「魔王はお前の父だ説得しろ」など、都合のいいことが書いてあった。

破り捨てようとして、思いとどまる。

とてもむしゃくしゃしているので魔王退治し、鬱憤を晴らそうと。

魔王には母を陵辱された恨みもある。

私が行かねば、エアネストに白羽の矢が立つだろう。

光の魔力を失ったエアネストに、「旅をしていればいつか光の魔力は戻る」とでもいい含め、無理やり旅に出す。あの王ならやりかねない。

エアネストには王都から届いた手紙のことは伏せるようにいいつけ、仕事は家令のカールに任せ屋敷を出た。

厩(うまや)にいくと黒馬が嘶(いなな)きを上げた。他の馬が微動だにしないので、しかたなく黒馬にまたがり旅に出た。

黒い馬は街道を外れ、精霊の森へと進んでいく。

精霊の森に入ろうとして、一度結界のようなものに弾かれている。以来、近づくのを避けてきた。

私の大伯父が住んでいるらしいが、結界で私を拒むような男に会う気はしない。

だが私の意思に反し、黒い馬は私を乗せ精霊の森へと近づいていく。

精霊の森の結界に弾かれると思ったが、今回は黒い馬が一緒なためか、精霊の気まぐれか、すんなり入ることができた。

黒い馬に導かれ、たどり着いたの先には泉があった。

エアネストがルーン文字を授かったという泉だろうか?

馬が泉の周りに生える草を食べ始め、動かなくなったので馬から降りる。

その時視界の端に、銀色の髪が見えた。

私以外の銀髪のものに会ったのは、初めてだった。

この者がエアネストが話していた、私の大伯父。確か名はシュトラールと言ったか?

「初めまして、でしょうか?」

シュトラールが声はとても穏やかだった。

「そうだな」

結界を張ってまで私を拒否していた精霊が、今さら何の用だ?

「あなたがヴォルフリックですね、弟に……ラグによく似ている」

「だからなんだ、弟の敵(かたき)でも討ちに来たか?」

シュトラールが驚いた顔をする。

「ラグが魔王に殺されたことを、誰かに聞きましたか?」

「知らん、私が祖父なら娘を陵辱した男を生かしておかんと思っただけだ」

たとえ敵わないとわかっていても、魔王に挑んだだろう。

「そうでしたか、やはりあなたはラグに似ていますね。見た目も中身も」

「さあな、私は祖父に会ったことがないから分からん」

「そうでしたね」

「用は済んだか? ならばもう行く」

魔王を倒しに行かねばならない。こんなところで道草を食ってる暇はない。

「せっかちですね、せっかく来たのですから、水のいっぱいでも飲んでいきませんか?」

短く息を吐く。ここは精霊の森、おそらく森の主であるシュトラールの許可がなければ、入ることも出ることもかなわない。

「分かった水を飲む、だから早く外に出せ」

「そんなこと言って、魔王城に続く道も知らないでしょう?」

私が魔王城に行く事も知っているのか。何でも知っているという顔をして安全圏から、高みの見物を決め込む。気に入らん精霊だ。

「ワルフリートとティオが行けたんだ、私にも行ける」

「それは人がたどる道、精霊のたどる道ならもっと早く魔王城に行けますよ」

「まことか?」

「はい、だから水を飲んでください」

「わかった」

シュトラールが木の器で泉の水をくみ、器を私に差し出した。

シュトラールから水を受け取り一気に飲み干す。

「ラド……、ウィン……」

見たこともない文字が脳裏に浮かび、聞いたこともない言葉を口にしていた。

Rラドは『旅』、Pウィンは『喜び』」

シュトラールが言葉の意味を説明する。エアネストの言っていたルーン文字だろうか?

「長年あなたのことを見て見ぬふりをしてきたわたしから、あなたへの謝罪をかねた贈り物です」

二十二年もの間放置しながら、いきなり親戚面か?」

「わたしとしても複雑だったのです、あなたは弟の孫であり、同時に弟を殺した魔王の息子でもある。会うべきか会わざるべきか迷っていました」

「ならなぜ今会った?」

「あなたが魔王に立ち向かうのを知ったからです」

「それで?」

「ラグは水の魔法が得意な精霊でした。水魔法は魔王には通じない。魔王に届くのは光魔法と物理攻撃のみ。それを知っていながらわたしはラグに手を貸さず、ラグを一人で魔王のもとに行かせてしまった」

力もないのに魔王に挑む、祖父には会ったことはないが、妙に親近感を覚える。

「シュトラールお前の属性は何だ?」

「わたしの力は光」

「お前が行けば魔王を倒せたのではないのか?」

「そう簡単には行きません。魔王が精霊界を害したのなら精霊は魔王を攻撃できますが、今のところ魔王が攻めているのは人間のみ。精霊が介入することはできません」

「祖父のラグは魔王に挑んだんだろう? 矛盾している」

「ラグは精霊の理に反し、魔王城に向かいました。ラグは魔王城に向かう前に精霊の契約を切っていたのです」

「お前はなぜ理を切って、魔王城に行かない」

「わたしが精霊の理を断ち切ったら、精霊の森がなくなります。エーデルシュタイン国はわたしの加護のもとに成り立っている。王族に光属性を持つものが多いのはそのためです。わたしが精霊の森を離れたら、シュタイン領だけでなく、この国が滅びます」

「なるほどそういうことか」

兄は臆病なほど堅実で、弟は無鉄砲なほど行動力があった。

「あなたが人生という旅に迷わないようにRラドのルーンを、困難に打ち勝つようにPウィンのルーンを授けます」

「わかったありがとう、感謝する」

そっけなく礼を言えば、

「そういうところもラグに似ていますね」

と言ってシュトラールがニコニコと笑う。

会ったこともない祖父に似ていると言われても、どう返せばいいのか分からない。

「あの子は、エアネストは……あなたの祖母のエリーに似ています」

祖母にも会ったことがないので、どう返事をしていいのかわからない。

「見た目はとてもしとやかなのに中身は芯が強く、時にかたくなで」

祖父が祖母に振り回されてる様子が目に浮かぶ。

「ラグとエリーは長く一緒にいれませんでした。ラグがエリーとともにいれるのは、エリーが死ぬ日までと決められていましたから」

それで生まれたばかりの母をマーラー男爵夫妻に預け、祖父は精霊の森に帰ったのか。

「精霊の森に帰ってからも、ラグは娘のレーアを見守っていました」

「レーアが王族に嫁ぎ、ラグはとても喜んでいました。それなのにあんなことになってしまい……」

防げなかった。王族に嫁いだ娘が魔王に拉致され、陵辱されるとは思わない。

祖父は敵わないとわかっていても、娘を陵辱した相手を許せなかったのだろう。

「あなたにはラグのような制約はない、大切な人のそばを離れないであげてください」

シトラールの言葉に、エアネストの顔が脳裏に浮かぶ。

「相手に拒否されたのではどうしようもない」

泣きながら拒まれたときの、エアネストの悲痛な顔が忘れられない。

エアネストの「好き」と私の「好き」は違うものだった。

私は恋愛として抱きたいという意味でアネストが好きだった。エアネストの私に対する想いは家族愛に近いものだったのだろう。

そのことを心のどこかで知りながら、事に及んだ。

一度体を交えられれば、エアネストから私を欲するようになる、エアネストがそれを愛だと錯覚してくれれば、エアネストは私のものになる。邪な思いを抱き、清らかな弟を汚そうとした。

結果は見事に玉砕した。

側にいて見守り、エアネストの私に対する想いが愛に変わるのを待てば良かった。

誰かに取られるのが怖かった。誰にでも笑顔を振りまくエアネストに嫉妬していた。天使のようなほほ笑みを、私だけに向けてほしかった。

今さら悔いても遅いが。

「素直じゃないところはラグに似ていませんね」

「そこはお前に似たのではないのか?」

シュトラールの皮肉に、嫌みを返す。

「そうかもしれませんね」

当てこすりに気分を害することもなく、シュトラールがくすりと笑う。

「ルーン文字から生まれたこの黒い馬が、魔王城への道を知っています。必ず連れて行ってください」

精霊の森まで導いた黒い馬とともに旅することを、約束させられた。


◇◇◇◇◇
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