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二十九話「猛獣と猛獣使いの少年」

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兄上がボクをお姫様抱っこし、屋敷の扉をくぐったとき。

「見た? エアネスト様の髪と瞳の色、王様の子なのに灰茶色の髪に灰色の目をされていたわ」

「やめなさいよ、聞こえるわよ」

「聞こえたって構うもんですか、エアネスト様は王都から追われこの地に来たたのでしょう? きっと髪と目の色が卑しいから王様に捨てられたのよ。灰色の瞳の者は魔力が全然ないのよ、王族のくせに魔力がないなんてかっこ悪い。私の方がエアネスト様より高貴な髪と目の色をしているわ」

ちらりと後ろを振り返る。

ボクのうわさ話をしていたのは、明るめの茶色のショートカットに黄色の瞳の若いメイドだった。

事実なのだが、聞こえるように言われると傷つく。

「エアネスト、一度下ろすぞ」

兄上がボクを床の上におろした。

「ヴォルフリック兄上?」

見上げると、ヴォルフリック兄上が眉間にしわを寄せ、冷たい目をしていた。

兄上が先ほどボクの陰口を言っていたメイドのもとに、早足で近づく。

ボクは慌てて兄上の後を追った。

「貴様は、命がいらんようだな!」

兄上がバスタードソードを抜き、メイドに向ける。

メイドが青い顔で「ひぃっ!」と叫び、その場にしゃがみ込んだ。

その場にいた他の使用人から悲鳴が上がる。

ボクはメイドと兄上の間に割って入った。

「兄上、剣を収めてください!」

メイドをかばうボクを見て、兄上が悲しげに眉を下げる。

「エアネストこれはお前のためにしている、主への暴言は捨て置けぬ!」

兄上はメイドの首に剣を当てる。

メイドが黄色の瞳からボロボロと涙を流していた。

「ボクのためでもやめてください! 確かにこの者はボクに暴言を吐きました。だけどこの場で切って捨てるほどの罪は犯してはおりません。彼女の罪を問うのであれば、ボクの罪も問うてください。使用人の罪は主であるボクの罪です。使用人をきちんと教育していなかった、ボクにも落ち度があります。王子である兄上に不快な思いをさせたのなら、主であるボクが責めを負います!」

今日侯爵領についたばかりのボクに、メイドの教育をする時間も機会もなかった。だがそんなことは言ってられない。

侯爵に任命されたからには、この家で起こること、いやこの領地で起こることは全てボクの責任だ。

「今後はこのようなことのなきよう、使用人たちを厳しく教育いたします。だから今日はボクの顔に免じて剣を収めてください!」

兄上に無闇に剣を振るってほしくない。

ボクが真っすぐに見つめると、兄上はバスタードソードを鞘に収めた。

「今回だけだ」

「兄上!」

ボクはほっと息を吐く。

「おいお前、カールとか言ったか?」

兄上が家令のカールを呼びつける。

「はい、ヴォルフリック様!」

「メイドの教育ぐらいしっかりとしておけ、次はない」

兄上がカールを睨み、冷たく言い放つ。

「承知いたしました!」

カールが深々と頭を下げた。

ボクは地面に膝をつき、放心状態のメイドの肩に手をおいた。

「大丈夫?」

「エアネスト……様!」

メイドが涙と鼻水でボロボロになった顔でボクを見る。

「彼女は今日は休ませてあげて、失言したことを罪に問うのは明日以降にして」

「かしこまりました」

家令のカールが、近くにいたメイドに、泣いているメイドを部屋まで連れて行くように命じた。

今回のことで使用人たちの間で、ヴォルフリック兄上が「猛獣」、ボクが「猛獣使い」とよばれ。

「猛獣を怒らせないためには、猛獣使いに手を出さないこと」と使用人たちが肝に銘じ、ボクを「子供侯爵」と侮っていた使用人や、ボクの髪と瞳の色を卑しいとさげすんでいた使用人が、ボクへの見方を改めたらしい。

そのことをボクが知るのは、ずっとずっと後のこと。


◇◇◇◇◇
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