【BL】【完結】「幼なじみに婚約破棄された僕が、隣国の皇子に求婚されるまで」【第9回ＢＬ小説大賞、奨励賞受賞作品】

五十八話「ザフィーア……と言ったのか？」＊

ーーノヴァ視点ーー


氷漬けにされ砕け散ったキメラの残骸を目の当たりにし、私はしばし呆然としていた。

呪文の威力は放った人間の魔法力に比例する。シエルの放った吹雪シュネーシュトゥルムと暴風シュトゥルムヴィントは明らかに私の呪文の威力を超えていた。

S級冒険者の私の呪文の威力を超えるなど、この目で見なければ信じられなかった。

水晶クリスタロの杖は多少は魔法の威力を高める力を持つが、元々の魔法の威力が高くなければキメラを一撃で凍らせることはできない。

それより気になるのは、私がキメラの尻尾を斬っている間に放ったシエルの言葉。

【ザフィーア】と言ったのか？

ザフィーアはレーゲンケーニクライヒ国で、高貴な身分の者にしか付けることを許されない名。

高貴な家の者が付けた名前はその者が死ぬまで使用できない、それがレーゲンケーニクライヒ国の習わし。

現在レーゲンケーニクライヒ国でザフィーアと名の付くものは、王太子エルガー・レーゲンケーニクライヒの婚約者、アインス公爵家の一人息子【ザフィーア・アインス】ただ一人。

二年前レーゲンケーニクライヒ国のパーティーに参加した兄上は、エルガー王子とその婚約者を目にしている。

確かザフィーア・アインスの特徴は、きらめくような金の髪、湖のような青い瞳、雪のように白い肌、小柄で見目麗しく、女性のような外見の少年。

シエルの特徴と一致している。

シエルがザフィーアだと仮定して、なぜ王太子の婚約者が粗末な衣服に身を包み、手を縛られ、川を流されていたのか？

シエルは祖国で罪を犯し逃げてきたと言っていた。

優しく心暖かく清楚で可憐なシエルがどんな罪を犯したと言うのだ？

シエルがどんな罪を犯して国を追われようとも関係ない。
　
レーゲンケーニクライヒ国がいらぬと言うのなら私が貰う！

シエルを縛って川に捨てるような国には、例え「返してください！」と土下座して頼まれても返してやらん！

もしどうしてもと言うのなら……レーゲンケーニクライヒ国を滅ぼしてでも奪い取る！

シエルは私のものだ！　絶対に誰にも渡すものかっ！！



◇◇◇◇◇




「シエル」

花畑に佇むシエルに近づき、そっと抱きしめた。

「ノヴァさん？」

「シエル、愛しい人……！」

シエルが誰の婚約者だったとしても構わない、今は私の伴侶だ。

「ノヴァさん」

シエルが私の背に腕を回す。

「絶対に離さない、誰にも渡さない」

シエルの顔をまっすぐに見つめると、シエルが頬を赤く染めた。

「俺もノヴァさんが好きです。ずっと一緒にいたいよ」

シエルの頬に手を添え、唇を重ねる。

「……っん、……ぁっ……」

シエルの唇を舐め、歯列をなぞり舌を絡めとる。

唇を離すと、耳まで赤く染めたシエルがとろけた表情をしていた。




◇◇◇◇◇