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二十五話「駅馬車の旅①」

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主人公視点


「ふわぁぁ……」

大きく口を開けあくびをしてから、あわてて口を抑える。やば、今は女の子の格好をしているんだから大あくびはまずいよな。

ちらりと周りに目をやると、何人かの男がこちらをちらちら見てひそひそと話していた。

所作で男だってバレたかな? 女装している男は気持ち悪いとか言ってるのかもしれない。

この世界の朝は早い、日が昇るとすぐにお店は開業するし、学校の授業もはじまる。駅馬車の出発時間も日の出の三十分後だ。

夜はまだ明けきっておらず、西の空にはわずかに星が見える。

ノヴァさんと日付が変わる時刻まで性行為
……解毒治療していたから睡眠不足だ。

腰の痛みは回復魔法で治ったが、眠気だけはどうしようもない。

もう一度あくびをしようとしたとき、ふわっと肩に何かが触れた。

「ノヴァさん?」

大あくびしてるの見られたかな?

「ローブだ、朝晩は冷える」

「これを買いに行ってたんですか?」

「ああ」

肩に触れたものはノヴァさんが買ってきてくれたローブだった。

ノヴァさんが買い物している間、村の中央にある広場で待っているように言われた。

「いや、でも受け取れません」

「気にするな」

「でも……」

「風邪をひかれては困る」

確かに風邪をひいたらノヴァさんに迷惑をかけてしまう。ありがたく受け取ろう。

「すみません、ローブまで買って頂いて」

前にボタンが着いた水色のロングワンピースの上に、濃い青色のフード付きのローブを身にまとう。青色のローブは水色のワンピースと白いブーツとよく合っていた。

「そなたの容姿は目立つ」

ノヴァさんかローブのフードを掴み、俺の頭にかぶせる。

「男の目を引き過ぎて、牽制けんせいするのが大変だ」

ノヴァさんがボソリとなにか呟いたが、よく聞こえなかった。

広場で待っている間、村の人間をそれとなく観察していたが、金髪碧眼の人間はいなかった。

田舎だからかもしれないが、ザフィーアの容姿は確かに目立つ。

金色のストレートヘアのボブカット、天色の瞳、目鼻立ちが整った顔、白くてきめが細かな肌、華奢な体……隠れて旅するにはザフィーアの容姿は目立ちすぎるんだよな。

護送中に逃げ出した身としては、目立つのは良くないのでフードを目深に被る。

しかし目立つという意味ではノヴァさんの容姿も人目を引く。

さらさらの銀の髪に、切れ長のアメジストの瞳、ギリシャ彫刻のような整った顔。程よく筋肉のついた体に、スラリとした長身。

村の女の子たちがノヴァさんを見てきゃあきゃあ言っている。

ノヴァさんの漆黒のマントにはフードがついてない。フードがないなら帽子でも被ってくれないかな。

俺はなんでイライラしてるんだろ? ノヴァさんがモテても俺には関係ないのに。

ノヴァさんと俺の関係はセフレ……良くて医者と患者のような関係だ。体の関係はあっても恋人じゃない。

ノヴァさんに好きな人ができて、治療を止めたいと言われても俺にはどうすることも出来ない。

今は婚約者も恋人もいないって言ってるけど、こんなに格好いいんだから、周りがほっとかないよな。

ノヴァさんが知らない女と腕を組んで歩いているところを想像したら……もやもやした。

「駅馬車が出発する時間だ、行こう」

「はい」

ノヴァさんに手をひかれる。

ノヴァさんを見てキャッキャッと騒いでいた女性たちから、ため息が漏れる音が聞こえた。周りからは恋人同士に見えているのだろうか?

「痛っ」

考えごとをしていたら、なんか大きなものにぶつかった。

「大丈夫かシエル!」

ノヴァさんが回復ベッセルングをかけてくれる、いやどこもケガしてないですから。ノヴァさんは過保護だな。優しくて親切だから、俺なんかの治療に一年も付き合うとか言ってくれたんだろうな。

「あっ、はい、大丈夫です。ありがとうございますノヴァさん」

ケガはしていなかったが、治療魔法をかけてくれたことにお礼を言う。ノヴァさんは頬を赤く染め、ふわりと笑った。俺もノヴァさんに笑顔を返す。

それにしても、俺はいったい何にぶつかったんだろう?

見上げると大きな石の像があった。足まで伸びた髪が印象的な少女の像。

『……月の女神』 月の前の文字が削れていて読むことが出来ない。

『nouvelle lune』女神の名前だろうか? そこだけ古い文字で書かれていて読むことが出来ない。

レーゲンケーニクライヒ国における、水竜メルクーアの像みたいなものかな?

ボワアンピール帝国では女神を信仰しているのか。

女神像を見上げていたとき、誰かに見られているような気がして背筋がゾクリとした。

なんだ? 今殺気を感じたような? 

しかし周囲を見回してもこちらも見ている人はいない。気のせいかな?

「フードが脱げている」

ノヴァさんがフードを被せてくれた。

「すみません」

ノヴァさんの手が俺の頬に触れじっと見つめてくる。あんまりにもじっと見てくるから、キスしたくなってしまった。

瞳を閉じてキスのおねだりをしそうになり、公衆の面前であることに気づき顔を逸らす。

恋人じゃないんだから人前でのキスはまずい。周囲にいる人間の中にノヴァさんの運命の相手がいたら困るし。性行為中のキスも止めるべきなのかもしれない。

「ノヴァさん、時間です。馬車に乗りましょう」

ノヴァさんの胸を押し距離を取る。ノヴァさんは俺の髪を一房手に取り、髪にキスをした。

そういうことさらっとやらないでほしい、心臓に悪い。



◇◇◇◇◇
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