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2話「屋根裏部屋のお友達」

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――エラ視点――
 
「お帰りエラ、今日も一日大変だったね」

「ロルフ様」

自室のドアを開けると、白いネズミが一匹私の足元にかけてきた。

ネズミは私の前まで来ると、琥珀色の髪と翡翠色の瞳の五歳ぐらいの美しい少年の姿に変わった。

「大変、手を怪我してるよ!
 僕が魔法で治してあげるね!」

ロルフ様は私の手を取り口づけを落としました。

その瞬間、今朝アルゾンに踏まれた時に出来た怪我がたちどころに治りました。

「ありがとうございます。
 ロルフ様」

「エラのためなら治療の魔法くらい、いくらでもかけるよ」

ロルフ様が緑色の目を細めニコリと笑う。

ロルフ様の笑顔には気品が漂っている。

ロルフ様は幼いのに、彼からそこはかとない色気を感じるのはなぜでしょう?

「抜け駆けは良くないぞ、ロルフ」

耳元で声がした振り向くと、私の肩の上に銀色のトカゲがいた。

「エラ、肌がすすで汚れている。
 私が綺麗にしてやろう」

「やっ……ヴォルフリック様。
 くすぐったいです」

ヴォルフリック様が長い舌をちろちろと伸ばし、私の頬についたすすを舐めてきれいにしていく。

「首筋にもついているな。
 そちらも綺麗にしてやろう」

いつの間にか五歳くらいの少年の姿になったヴォルフリック様が、私の首に顔を近づけていた。

「ヴォルフリック様、そこは自分で綺麗にできますから」

「遠慮するな。
 エラの肌は白磁のようにきめ細やかで美しい……ぐあっ!」

黒い稲光が走り、次の瞬間ヴォルフリック様は壁まで飛ばされていました。

「調子に乗らないことだね、変態トカゲ」

私の目の前にほうきに乗った見目麗しい少年が現れた。

金色の髪に青い瞳で、ロルフ様やヴォルフリック様と同じく五歳くらいの姿をしていました。

「ヴェルテュ様、お友達に雷の魔法を放ってはいけません」

「大丈夫だよ、エラ。
 ちょっとチクッとするだけだから。
 十分もすれば動けるよ。
 それより今日もそんなに服が汚れるまで働かされて、かわいそうに……。
 ワンピースの布が弱り、裾がほつれてるじゃないか。
 ボクが魔法で新しいドレスを出してあげるよ」

ぴかっと室内が光ると、私の着ていたボロボロのワンピースは、キラキラと光るサファイアブルーのドレスに変わっていました。

肌触りがとても良いのでおそらくシルクだと思われます。

「ついでに部屋も辛気臭いから綺麗にしよう」

ヴェルテュ様が杖を振るうと、隙間風の吹く壁と、床板がところどころ剥がれた屋根裏部屋が、お城の一室のような豪華な部屋に変わりました。

証明に使っていた短くなったろうそくはシャンデリアに、破れかけた薄いカーテンはひだの多い新品に、夕飯の残りのパンはローストビーフとぶどう酒と熱々のスープと野菜のサラダと新鮮なフルーツに、粗末なテーブルは大理石に変わっていました。

「エラは晩ごはん、まだだろ?
 一緒に食べよう」

ヴェルテュ様が私の手を取り豪華な食事の乗ったテーブルまで連れていき、椅子を引いて座らせてくださいました。

足が壊れかけてギシギシいっていた椅子は、細かな細工が施された王様が座るような華美な椅子に変わっていました。

「ヴェルテュ様、こんな豪華な食事は私には贅沢です……」

「エラはいっぱい働いたんだから、たくさん食べないと身がもたないよ。
 バランスよく栄養を取って元気にならないと、明日も働けないよ。
 はいあーんして」

ヴェルテュ様がフォークにいちごを指し、私の口に近づける。

差し出されたいちごから新鮮なフルーツの香りがして、思わず口を開けてしまいました。

いちごの甘さと酸味が口の中いっぱいに広がる。

こんな美味しいいちごが食べられて、私は今とっても幸せです。

「美味しい?」

「はい、とても」

「じゃあ、食事の代金を頂戴」

「はいっ……へっ?
 でも私お金なんて持っていません」

これだけのものを出して頂いて、ただなわけがありませんよね。

「食事の代金は、キス一回」

ヴェルテュ様の唇と、私の唇が重なっていた。

「ソ……ヴェルテュ様!」

相手は幼子とはいえ、婚約もしていない殿方と口づけを交わしてしまいました……!

私は自分の唇を押さえて、彼から距離を取った。

「真っ赤になってかわいいね。
 そんな顔されるともう一回、キスをしたくなってしまうな」

「調子に乗るな! この腐れ魔道士!」
「先ほどはよくも雷魔法を放ってくれたな! さっきのお返しだ!」

白い光の矢と水の竜がヴェルテュ様に向かって飛んでいく。

ヴェルテュ様は光の矢と水の竜による攻撃を、結界を張って防いでいた。

「大丈夫、エラ?
 僕たちが動けない間に、スケベな魔法使いにいやらしい事されなかった?」

ロルフ様が私の手を取り、瞳をうるうるさせながら見上げてくる。

「大丈夫ですよ、ロルフ様」

先ほどヴェルテュ様が放った雷の魔法でヴォルフリック様だけでなく、ロルフ様も動けなくなっていたのですね。

「あやつの唾液がエラの清らかな唇についたなんて許しがたいことだ!
 私の魔力で消毒せねばならん!」

「えっ……?」

ヴォルフリック様の銀色の髪とアメジストの瞳が迫ってきて、気がつけばヴォルフリック様の唇と私の唇が重なっていた。

幼子相手とはいえ、婚約者でもない殿方に二度も唇を奪われてしまうなんて……!

「抜け駆けはずるぞ、ヴォルフリック!
 僕もエラとキスする!!」

ロルフ様がヴォルフリック様に魔法を放つと、ヴォルフリック様は壁まで飛ばされた。

「エラ、大好き」

琥珀色の髪と翡翠色の瞳が間近に迫ってきて、気がつけばロルフ様に唇を奪われていました。

ヴェルテュ様とヴォルフリック様に続き、ロルフ様にも口づけされてしまいました!

なんてことでしょう!

もうお嫁にいけません!

「エラ、口を開けて。
 エラのファーストキスはヴェルテュに奪われたけど、エラの初のディープキスは僕が貰う……」

ディープキスってなにかしら?

そうしている間にも、ロルフ様の整ったお顔が近づいてきて……。

またロルフ様と唇が触れてしまう……そう思ったとき、ロルフ様がヴェルテュ様に拘束されていました。

「先程は光の矢をどうもありがとう、くそネズミ!
 ロルフ、光の矢をフルパワーで放っただろ?
 危うく消滅するところだったよ!
 闇属性のボクに光魔法をフルパワーで放つとか、頭がおかしいんじゃないのかい?」

「煩い!
 ロリコン魔法使い!
 エラといくつ離れてると思ってるんだよ!」

「それはお互い様だろ!」

ロルフ様とヴェルテュ様が言い争いを始める。

ロリコンとは、どういう意味でしょう?

「あのっ、お二人ともケンカはやめて……」

「エラ、二人がケンカしている間に二人で散歩に行こう。
 今宵は月が美しい」

ロルフ様とヴォルフリック様のケンカを止めようとしたのですが、ヴォルフリック様に後ろから抱きつかれてしまいました。

「抜け掛けするな! ドスケベ変態竜!」
「あなたのような変質者は先ほどの雷撃で黒焦げにしておくべきでしたね!」

ロルフ様とヴェルテュ様がヴォルフリック様に魔法攻撃をしかけ、三人のケンカはエスカレート、収集がつかなくなってしまいました。

「三人ともやめてください!
 仲良くできないのなら帰ってください!」

私が叱りつけると、三人はおとなしくなりました。

三人とも捨てられた子犬のように項垂れています。

ロルフ様に至っては瞳に涙を浮かべています。

どうしましょう?!

幼い子が相手なのに、強くしかりすぎてしまったでしょうか?

「エラ、ごめんね。
 仲良くするから出ていけなんて言わないで……!」
「私には他に行くところがないのだ!
 どうかこれからも、ここに住まわせてくれ……!」
「エラに嫌われたらボクは生きていけないよ!」

三人が瞳をうるうるさせながら抱きついてきました。

「私の方こそごめんなさい。
 三人は私の大事なお友達なのに、酷いことを言ってしまったわ」

私は三人を同時に抱きしめた。

「エラ、もう怒ってない?」

ロルフ様が愛らしいお顔で小首を傾げます。

「はい、もう怒っていません」

「じゃあ、仲直りのキスして」

チュッと音がして、ロルフ様に唇を奪われてしまいました。

「では私とも仲直りの口づけを」
「もちろん、ボクともしてくれるよね?
 ロルフとだけするなんて不公平だもん」

ヴォルフリック様とヴェルテュ様にも、唇にキスされてしまいました。

幼い子たちとはいえ、一日に三人もの殿方と口付けを交わしてしまいました。

もしかして私、とんでもない悪女なのでしょうか?




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