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第一章

72話「魔女の忘れ物」国王・サイド(ざまぁ)

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「死にたくなかったらよく聞きなさい。ワルモンド、トレネン、デリカ、それからカーテンの後ろに隠れている大臣もね」

アダルギーサが名前を呼びながら、ギロリと睨んできた。

大臣め、いつの間にカーテンの後ろに隠れおった!

「特に大臣はよく聞きなさい。バルコニーでワルモンドとトレネンとデリカが己の犯した罪を自白したわね? 

それを一言一句漏らさず紙に記し、国民に伝えなさい。王族、貴族、平民、身分を問わずこの国にいる民すべてに今日王宮で起きた事を伝えるのよ。

そして事実のみを教科書に記し、後世に語り継ぎなさい」

アダルギーサが酷く冷淡な声で言い放った。

「それがそなたの望みなのか? アダルギーサ」

「そうよワルモンド。アタシはハルトとリーゼロッテの汚名を返上し、名誉を挽回し、民にあんたたちの悪事を全部ぶちまけるために城に戻ってきたの」

アダルギーサは余の顔を見てゾッとするような笑みを浮かべた。

「魔女であるそなたが、人間に肩入れするとわな……」

「五百年以上生きていても、面白い人間に出会える機会なんてそうそうないわ。ハルトとリーゼロッテは、百年に一度いるかいないかの逸材なの。魔女が肩入れしてもおかしくないでしょう?」

魔女は五百年生きていてもこんなに若々しいのか? 余はとんでもない生き物を、敵に回してしまったようだ。

「それから国王と王太子と王太子の婚約者は、死ぬまで責務を全うしなさい」

「それはどういう意味だ?」

「国王と王太子と王太子の婚約者をすげ替えたり、幽閉したり、殺したりしてはだめって意味よ」

アダルギーサが余とトレネンとデリカを指差しながら言った。

「あんたたち三人には生き地獄を味わってもらうわ」

「さ、三人ってわたしも入ってるの?」

「もちろんよデリカ。あんたはアタシの可愛いリーゼロッテに汚名を着せて、子供の頃からいじめていた性悪な女でしょう? 簡単には許さないわ」

アダルギーサの真紅の瞳で睨まれ、
「ひぃ……!」
デリカが悲鳴を上げた。

「トレネンは王太子を続け、トレネンとデリカは婚約者の関係を続けなさい。

二人が結婚するのはデリカが実力で学園を卒業してからよ。

宿題を他人にやらせるのも、授業を代わりに受けさせるのも、テストを誰かに代わりに受けさせるのも、答案を交換するのも、事前にテスト問題を入手するのも、カンニングもなしよ。

デリカが学園を卒業するまで、二人には手を繋ぐ以上の接触は禁ずるわ。もちろん浮気することも許さないわよ。

トレネンは王太子と王太子妃の仕事を誰にも頼らずに一人でこなしなさい。宿題も自分でやるのよ」

「学園最下位のデリカが自力で卒業できるわけないだろ! まず卒業試験に受からない! 留年決定だ! 卒業するまで何年かかると思っているんだ!」

「トレネン様酷い! わたしは学年最下位ではありません! わたしの下にも五人もわたしよりバカな生徒がいます!」

「いばるなデリカ! 学年最下位も、下から六番目なのも似たようなものだ!」

トレネンとデリカが言い争いを始めた。

「それからデリカには卒業するまで、リーゼロッテの部屋のクローゼットのドレス以外を着ることを禁止するわ」

「リーゼロッテの部屋にあるのはお祖母様の古着よ! 数も好きないし、生地が傷んでいて所々にシミもあるわ! 未婚の令嬢が着る服じゃない!」

「その時代遅れのシミのついた古着をリーゼロッテはずっと着ていたのよ。破れた箇所を自分で繕ってね。どこかのアホがリーゼロッテに罪を着せるから、リーゼロッテは両親から愛されず、そんな粗末なドレスしか与えてもらえなかった」

「うっ……それは!」

「デリカへの注文はまだあるわ、食事は使用人と同じものを食べなさい。

入浴も、着替えも、部屋の掃除も、全部自分でやりなさい。

あんたもリーゼロッテが味わったのと同じ苦しみを味わうのよ」

「酷い! わたしは公爵令嬢で王太子の婚約者なのよ! そのわたしにそんな生活を強いるなんて! あんたは鬼よ! 悪魔よ!」

「アタシは鬼でも悪魔でもないわ。鬼や悪魔よりも恐ろしい赤の魔女よ。忘れっぽいお嬢さん」

アダルギーサはデリカのおでこをデコピンした。デコピンされたデリカは放心状態だ。

「リーゼロッテも公爵令嬢で、王太子の婚約者だったわ。でもデリカのせいで、リーゼロッテはそんな酷い生活を強いられていたのよ。

自業自得ね。デリカが苦しんでも、アタシは一ミリも同情しないわ」

魔女はデリカの行いに相当苛立っているようだ。

魔女にあんな口を聞いたデリカが、デコピン一発で許されたのは奇跡に近い。魔女の機嫌が悪ければ、八つ裂きにされていてもおかしくなかった。

「デリカだけにそんな生活をさせても仕方ないわね。シムソン公爵夫妻にも同じ目に合ってもらうわ。

シムソン公爵家は使用人を全員解雇しなさい。

食事も、掃除も、洗濯も、お風呂も、繕い物も、全部自分たちでするのよ。

公爵と公爵夫人も前公爵夫妻の古着しか着てはだめよ。

それからパーティーやお茶会に呼ばれたら必ず参加しなさい。前公爵夫妻の古着を着てね。

大臣、シムソン公爵夫妻にそう伝えなさい」

魔女がカーテンの後ろに隠れた大臣に向けて言い放つ。大臣は無言で首を縦に振っていた。裏切り者め……!

今まで何不自由なく育ってきた公爵一家が、使用人を解雇して生きていけるだろうか? 魔女は酷い仕打ちを考えたものだ。

「デリカはただでさえ頭が悪いのに、家のことなんかやっていたら、勉強する時間がなくなる! 使用人を十人、いや五人は残すべきだ!」

トレネンが魔女に食ってかかる。やめろ! それ以上魔女を怒らせるな!

「ふかしたじゃがいもだけ食べて、お風呂に入らないで、着替えもしないで、毎日同じ服を着て生活すれば、勉強する時間ぐらい作れるでしょう?

食べ物が足りないときは、お茶会やパーティーに招待されたときに、出された食べ物を持ち帰ればいいのよ」

魔女がくすくすと笑う。

「公爵令嬢のわたしに、食べ物をお弁当箱に詰めて持ち帰れっていうの! バカにしないで!」

放心状態から回復したデリカが、魔女に悪態をつく。

「空腹になればプライドを捨てて、お弁当箱に食べ物を詰めるわよ。でも魔物の被害が拡大したら、お茶会やパーティーも行われないかもね」

魔物の被害か、もうこの国を守る結界はないんだったな。頭が痛い。

「ワルモンド。あんたは退位することも譲位することも許さないわ。

双子の兄を陥れ、双子の兄の功績を盗み、前王の忠告を無視し有事に備えなかった無能な王として恥を晒し、重臣に罵られ、国民に罵倒されながら生きるのよ」

「くっ……! 余に生き恥を晒せと言うのか」

「その前にワルモンドは暗殺に気をつけたほうがいいわよ。大臣、ワルモンドが今回の事を知っている人間を牢屋に入れようとしたことも、民に伝えなさい」 

「承知いたしました。魔女様」

大臣はすっかり魔女の手下だ。

「そ、そんなことをされたら余は……!」

「あんたたち全員の寿命が尽きるまで、アタシがこの国を監視するわ。

五年後に、アタシの言いつけを守っているか確認しに来るわ。アタシの言いつけを守っていなかったら、その時は……」

魔女が邪悪な笑みを浮かべる。

「そ、その時は……」

余はゴクリとつばを飲み込んだ。

「王族と貴族を全員頭だけゴブリンに変えて、荒野に捨ててやるわ」

「なっ……! なんと恐ろしいことを!」

頭だけゴブリンの姿に変えられ、荒野に捨てるなど!

「冒険者はあんたたちを人間と判断して助けてくれるかしら? それとも新手の魔物だと思って退治するのかしら? 見世物小屋に売られる可能性もあるわね」

魔女はにこやかな笑みを浮かべ楽しげに話した。

「それとも魔物の爪で引き裂かれるのが先かしら? 魔物に仲間だと思われて求婚されて巣に連れ込まれて、食い殺された方がましって目に合わされかもね?」

魔物に求婚されるだと……想像するだけでおぞましい!

魔女め、何という残酷な罰を下すのだ!

「国民には十年の猶予を与えるわ。それまでに正しい歴史を理解させなさい。

もし十年経過しても、国民が正しい歴史を理解していなかったら、そのときは罰を下すわ。

歴史を正しく理解できなかったり、ハルトやリーゼロッテを快く思わない者たちを集め、そいつらの頭をゴブリンに変える。

平民は荒野に捨てるのだけは勘弁してあげるわ」

頭をゴブリンに変えられた民は、果たして正気を保てるだろうか?

普通の人間に混じって街にいたら、異形だと恐れられ、袋叩きにされるだろう。

「大臣、アタシが言ったことを理解したわね?」

「は、はい……! ま、ままままま魔女様の仰せのとおりにいたします!!」

大臣は柱の影から出てきて魔女に平伏へいふくした。

「魔女よ、余の許可は取らんのか?」

「ワルモンドより、大臣の方が使えそうだから、大臣の許可で充分よ。

忠告しておくけどあの大臣を殺したら、ワルモンド、あんたのことも殺すわよ。

体を引き裂いて魂を抜き出し、悪魔に売り飛ばしてやる。

あっさり殺さないから覚悟しなさい。『殺してくれ!』泣き叫ぶあんたに、長時間にわたりありとあらゆる痛みと苦しみを味あわせてから、殺してやるわ」

そのときギラリと光ったアダルギーサの目は本気だった。

「ひぃぃぃぃぃっっ……!」

先程ウィルバートが連れていたドラゴンの百倍は恐ろしい。

余はこのとき、アダルギーサの言うことを聞かなければ、死ぬよりも恐ろしい目に合うことを理解した。

「アタシが言いたいとは、これで終わりよ」

大臣は魔女の命令を遂行すべく、この場をあとにした。

やっと魔女が帰ってくれる、余がホッと息をついたその時。

「でもなーんかスッキリしないのよね。あっ、そうだあんたたちにプレゼントをあげるわ。上を見なさい」

「上だと?」

その場にいた全員が、魔女に言われた通りに上を見る。

天井に数え切れないほどのクモやムカデやトカゲや蛇がうごめいていた。

「「「ぎゃああああああ!!」」」

おぞましい光景に、余とトレネンとデリカが悲鳴を上げる。

「プレゼントよ、受け取って!」

魔女がニコリと笑い、指をパチンと鳴らす。

クモとムカデとトカゲと蛇が天井から次々に落下してくる。

「「「ホぎゃあああああああ!!」」」

余とトレネンとデリカは再び悲鳴を上げることになった。

「気に入ってもらえたようで嬉しいわ」

笑い声を上げ、魔女は姿を消した。 

「やめろぉぉぉおおお! 下手物どもめ! 俺の服の中に入ってくるなぁぁぁぁぁあ!!」

「いやぁぁぁぁぁああ!! わたしクモ嫌いなのにぃぃぃ!! 気持ち悪いぃぃぃ!! あっちにいってぇぇぇええ!!」

「余は国王だぞ! 噛むなっ! 体の上を這いずりまわるなぁぁぁああ!! 不敬罪にするぞ!!!」

体の至るところに、おぞましい生き物が張り付いている。

逃げようにも、クモとムカデとトカゲと蛇が歩く隙間もないほど床を埋め尽くしている。

このあと数時間にわたり害虫との戦いが繰り広げられた。

服の中に入ってきた害虫に、体のあちこちを噛まれ、大惨事になったのは言うまでもない。



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