40 / 99
第一章
40話「デリカと王太子妃教育」デリカ・サイド
しおりを挟む――デリカ・サイド――
トレネン様と婚約して一週間が過ぎたわ。
机の上には、経済学、古代語、歴史書、天文学、他国の文字で書かれた難しい本などが山積みにされている。
そしてわたしの手にはどこの国の文字かもわからない、ミミズがのたくったような字が並んでいる本が握られている。
「デリカ様、お手が止まっておりますよ! そんなことでは今日中に読み終わりませんよ!」
「そんなこと言ったって、一行も読めないんだもの。もっと簡単な本を持ってきてよ」
家庭教師を睨みつけると、家庭教師は「はぁ……」と深く息を吐いた。
「マナーもだめ、座学もだめ、ダンスもだめ、語学もだめ。その上この国の歴史や地理すら正確に把握していない……。王太子妃教養以前の問題ですわ。デリカ様は本当に学園で優秀な成績をおさめているのかしら?」
家庭教師が蔑むように私を見る。
「うぐっ……!」
リーゼロッテが寝ている間に、リーゼロッテの部屋に忍び込み、リーゼロッテが説いた宿題を盗み、自分の名前に書き換えて提出していた。
テストのときは、色仕掛けでたらしこんだ教師を味方につけ、リーゼロッテの答案と私の答案を交換させた。
そのおかげでわたしは学園主席、リーゼロッテは下から数えた方が早い成績になった。
算術教師のミハエル・デアフリンガー先生。若くてイケメンだから落としがいがあったわ。ミハエル先生には、これからもわたしの為に働いてもらうんだから。
リーゼロッテが学園でミハエル先生に呼び止められ、
「それでも王太子殿下の婚約者ですか? こんな成績で恥ずかしくないのですか? 国民に申し訳ないと思わないのですか?」
と叱られているのを見る度に、いいきみだと思い、影で笑っていた。
公爵家の長女に生まれたというだけで王太子の婚約者に選ばれ、わたしを見下していたリーゼロッテ。
昔からリーゼロッテが嫌いだった。私と同じ顔なのに、リーゼロッテだけ優遇されているのが許せなかった。
だからわたしの悪事を全部リーゼロッテに押し付け、王都にリーゼロッテの悪い噂を流した。
リーゼロッテは王太子の婚約者の地位から簡単に転がり落ちていった。
婚約破棄されたあと、リーゼロッテは学園に来なくなってしまったけど。
わたしの分の宿題はトレネン様がやってくださるし。
テストは他の優秀な生徒の答案と交換すればいいから問題ない。
教師にテストの問題を教えてもらうという最終手段もある。
問題なのは、王太子妃の教養だけなのよね。
王太子の婚約者になったら、たくさんドレスやアクセサリーを買ってもらえて、毎日遊んで暮らせるんじゃないの?
こんなに厳しい王太子妃教育があるなんて聞いてない!
「はぁ……リーゼロッテ様が王太子妃教育を受けたのは十歳の時でしたが、あなたの千倍は物覚えがよかったですよ」
この家庭教師は何かにつけてリーゼロッテとわたしを比べる。
リーゼロッテが何よ! あの女の人生は、魔女に呪いをかけられた年寄りの王兄のところに嫁いだときに終わったのよ!
これからはわたしの時代よ!
「うるさいわね! 年増のおばさんは黙ってて! これでもくらいなさい!」
私は家庭教師に熱々の紅茶をかけてやった。
「きゃぁぁぁあ!!」
家庭教師は火傷をした箇所を押さえ、部屋を飛び出して行った。
ざまぁないわね、このわたしを怒らせるからよ!
家庭教師が私に紅茶をかけられたことを誰かに告げ口したら、
「家庭教師の先生が先にわたしに紅茶をかけようよしたんです~。私は避けようとしただけなんです~」
と涙目でトレネン様に訴えればいいわ。
トレネン様はわたしに夢中だから、わたしが涙目で訴えれば、わたしの言うことを信じてくださるわ。
あの家庭教師は近いうちに首になるわね。リーゼロッテとわたしを比べるからよ、いい気味。
「もう王太子妃教育なんてやってられないわ!」
ベルを鳴らし使用人を呼ぶ。
ベルを鳴らした三十秒後にメイドが二人部屋に入ってきた。
「お呼びでございますか、デリカ様?」
「用があるから呼んだに決まってるでしょう!」
テーブルの上にあった本を掴んで投げつける。本はメイドの腕に直撃した。ビリっと音がしたから、投げつけた衝撃で本が破れたかもしれないけど関係ないわ。
「申し訳ありません、デリカ様」
本が当たった腕を押さえながら、メイドが本を拾う。
「お菓子を持ってきて! 最低でも百種類は用意しなさい! それとお風呂の用意もしてよね! 脚付きの小さなバスタブなんて嫌よ! 王妃様の使う大浴場を貸し切りにしなさい! 三種類の浴槽にそれぞれ別の物を浮かべて! 今日はバラの花びら、ゆず、りんごをお風呂に浮かべたい気分だわ!」
「お言葉ですがデリカ様、焼き菓子を百種類用意するだけで魔石を大量に使います。連日の魔石の使用で料理人が魔力不足に陥っております。ですから……」
本が当たらなかった方のメイドが口答えをした。
「何よ? 文句あるわけ?」
「お風呂の用意にも水の魔石と炎の魔石を大量に使います。もう少しご配慮いただきたく……」
「あんたも本を投げつけられたい? それとも熱々の紅茶を頭からかけられたいのかしら?」
「ヒッ……!」
と悲鳴を上げ、メイドが顔を真っ青にした。
「たくさんお菓子を並べてどれにしようか迷うのが楽しいんじゃない! お風呂だって同じよ! 大浴場に入らないとお風呂に入った気がしないの! 色んな香りのするお風呂を用意してどれに入ろうか迷うのが楽しいのよ! 王太子の婚約者なんだからこのぐらいのわがままは通って当然でしょう?」
ここまで説明してやったのに、メイドはわたしの言葉を聞いても動こうとしない。
「どうやら、熱々の紅茶をあなたたちの頭にかけないと理解できないようね」
ティーポットを片手に脅すと、
「申し訳ありません! 今すぐ用意します!」
二人のメイドは頭を下げて部屋から出ていった。
「最初から素直に言うことを聞けばいいのよ」
後はトレネン様に言って、王太子妃教育をなくしてもらわないと。
王太子の婚約期間なんてすっ飛ばして、さっさとトレネン様と結婚したいわ。
☆☆☆☆☆
34
お気に入りに追加
2,196
あなたにおすすめの小説
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに
hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。
二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。
王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?
ねーさん
恋愛
公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。
なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。
王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!
【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる