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第一章

40話「デリカと王太子妃教育」デリカ・サイド

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――デリカ・サイド――


トレネン様と婚約して一週間が過ぎたわ。

机の上には、経済学、古代語、歴史書、天文学、他国の文字で書かれた難しい本などが山積みにされている。

そしてわたしの手にはどこの国の文字かもわからない、ミミズがのたくったような字が並んでいる本が握られている。

「デリカ様、お手が止まっておりますよ! そんなことでは今日中に読み終わりませんよ!」

「そんなこと言ったって、一行も読めないんだもの。もっと簡単な本を持ってきてよ」

家庭教師を睨みつけると、家庭教師は「はぁ……」と深く息を吐いた。

「マナーもだめ、座学もだめ、ダンスもだめ、語学もだめ。その上この国の歴史や地理すら正確に把握していない……。王太子妃教養以前の問題ですわ。デリカ様は本当に学園で優秀な成績をおさめているのかしら?」

家庭教師が蔑むように私を見る。

「うぐっ……!」

リーゼロッテが寝ている間に、リーゼロッテの部屋に忍び込み、リーゼロッテが説いた宿題を盗み、自分の名前に書き換えて提出していた。

テストのときは、色仕掛けでたらしこんだ教師を味方につけ、リーゼロッテの答案と私の答案を交換させた。

そのおかげでわたしは学園主席、リーゼロッテは下から数えた方が早い成績になった。

算術教師のミハエル・デアフリンガー先生。若くてイケメンだから落としがいがあったわ。ミハエル先生には、これからもわたしの為に働いてもらうんだから。

リーゼロッテが学園でミハエル先生に呼び止められ、
「それでも王太子殿下の婚約者ですか? こんな成績で恥ずかしくないのですか? 国民に申し訳ないと思わないのですか?」
と叱られているのを見る度に、いいきみだと思い、影で笑っていた。

公爵家の長女に生まれたというだけで王太子の婚約者に選ばれ、わたしを見下していたリーゼロッテ。

昔からリーゼロッテが嫌いだった。私と同じ顔なのに、リーゼロッテだけ優遇されているのが許せなかった。

だからわたしの悪事を全部リーゼロッテに押し付け、王都にリーゼロッテの悪い噂を流した。

リーゼロッテは王太子の婚約者の地位から簡単に転がり落ちていった。

婚約破棄されたあと、リーゼロッテは学園に来なくなってしまったけど。

わたしの分の宿題はトレネン様がやってくださるし。

テストは他の優秀な生徒の答案と交換すればいいから問題ない。

教師にテストの問題を教えてもらうという最終手段もある。

問題なのは、王太子妃の教養だけなのよね。

王太子の婚約者になったら、たくさんドレスやアクセサリーを買ってもらえて、毎日遊んで暮らせるんじゃないの?

こんなに厳しい王太子妃教育があるなんて聞いてない!

「はぁ……リーゼロッテ様が王太子妃教育を受けたのは十歳の時でしたが、あなたの千倍は物覚えがよかったですよ」

この家庭教師は何かにつけてリーゼロッテとわたしを比べる。

リーゼロッテが何よ! あの女の人生は、魔女に呪いをかけられた年寄りの王兄のところに嫁いだときに終わったのよ!
これからはわたしの時代よ!

「うるさいわね! 年増のおばさんは黙ってて! これでもくらいなさい!」

私は家庭教師に熱々の紅茶をかけてやった。

「きゃぁぁぁあ!!」

家庭教師は火傷をした箇所を押さえ、部屋を飛び出して行った。

ざまぁないわね、このわたしを怒らせるからよ!

家庭教師が私に紅茶をかけられたことを誰かに告げ口したら、
「家庭教師の先生が先にわたしに紅茶をかけようよしたんです~。私は避けようとしただけなんです~」
と涙目でトレネン様に訴えればいいわ。

トレネン様はわたしに夢中だから、わたしが涙目で訴えれば、わたしの言うことを信じてくださるわ。

あの家庭教師は近いうちに首になるわね。リーゼロッテとわたしを比べるからよ、いい気味。

「もう王太子妃教育なんてやってられないわ!」

ベルを鳴らし使用人を呼ぶ。

ベルを鳴らした三十秒後にメイドが二人部屋に入ってきた。

「お呼びでございますか、デリカ様?」

「用があるから呼んだに決まってるでしょう!」

テーブルの上にあった本を掴んで投げつける。本はメイドの腕に直撃した。ビリっと音がしたから、投げつけた衝撃で本が破れたかもしれないけど関係ないわ。

「申し訳ありません、デリカ様」

本が当たった腕を押さえながら、メイドが本を拾う。

「お菓子を持ってきて! 最低でも百種類は用意しなさい! それとお風呂の用意もしてよね! 脚付きの小さなバスタブなんて嫌よ! 王妃様の使う大浴場を貸し切りにしなさい! 三種類の浴槽にそれぞれ別の物を浮かべて! 今日はバラの花びら、ゆず、りんごをお風呂に浮かべたい気分だわ!」

「お言葉ですがデリカ様、焼き菓子を百種類用意するだけで魔石を大量に使います。連日の魔石の使用で料理人が魔力不足に陥っております。ですから……」

本が当たらなかった方のメイドが口答えをした。

「何よ? 文句あるわけ?」

「お風呂の用意にも水の魔石と炎の魔石を大量に使います。もう少しご配慮いただきたく……」

「あんたも本を投げつけられたい? それとも熱々の紅茶を頭からかけられたいのかしら?」

「ヒッ……!」

と悲鳴を上げ、メイドが顔を真っ青にした。

「たくさんお菓子を並べてどれにしようか迷うのが楽しいんじゃない! お風呂だって同じよ! 大浴場に入らないとお風呂に入った気がしないの! 色んな香りのするお風呂を用意してどれに入ろうか迷うのが楽しいのよ! 王太子の婚約者なんだからこのぐらいのわがままは通って当然でしょう?」

ここまで説明してやったのに、メイドはわたしの言葉を聞いても動こうとしない。

「どうやら、熱々の紅茶をあなたたちの頭にかけないと理解できないようね」

ティーポットを片手に脅すと、
「申し訳ありません! 今すぐ用意します!」
二人のメイドは頭を下げて部屋から出ていった。

「最初から素直に言うことを聞けばいいのよ」

後はトレネン様に言って、王太子妃教育をなくしてもらわないと。

王太子の婚約期間なんてすっ飛ばして、さっさとトレネン様と結婚したいわ。



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