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第一章
8話「王兄殿下のお屋敷」
しおりを挟む「そよ風!」
地面に落ちる寸前。ふわりと風が吹いて私の体を風が受け止めてくれた。
風はゆっくりと私の体を地面に下ろしてくれました。
「今の風は一体……?」
さすがにいまのは怒ってもいいですよね? いくら王太子殿下の命令だったとしても、人が降りる前に馬車を動かすなんてあんまりです。
一歩間違えたら私は死んでいました。御者に文句をつけようと思ったのですが、馬車はすでに見えないぐらい遠くに行っていました。
「大丈夫?」
屋敷の方から鈴を転がしたような美しい声が聞こえ顔をあげると、煉瓦色の髪にエメラルドグリーンの瞳の、十一歳から十二歳ぐらいの美しい少年が立っていました。
真っ白なジュストコールを身につけているところから推測するに、使用人ではないようです。
もしかして先ほどの風魔法はこの少年が?
「酷い御者だね、馬車から人が降りる前に出発するなんて」
「あの先ほどの風魔法は……」
「僕が使ったんだよ」
やはり先ほど魔法で助けてくれたのはこの少年のようです。
「荷物はそれだけ?」
少年は道に落ちている古いびたトランクを見て言いました。
「あっ、はい」
「運んであげたいんだけど使用人は今手が離せないし、僕はここから出られないんだ。……悪いけどトランクを持って玄関の扉を開けて入ってきてくれないかな?」
「分かりました」
少年の話し方や立ち振る舞いから推測するに、やはり使用人ではないようです。
それにしてもこの少年の顔どこかで見たことがある気がするのですが? どこだったでしょうか?
確か……王宮の玄関のホールに少年によく似た人物の絵が飾ってあったような……?
そんなことより今は道に落ちたトランクを拾うのが先です。
「きゃっ……!」
トランクを持ち上げようと取っ手を掴むと、鞄の鍵が壊れていたようで、中身が道に散乱してしまいました。
元々古いトランクだったのですが、道に投げ捨てられたとき完全に壊れてしまったようです。
「大丈夫?」
少年が心配そうに声をかけてくれました。ううっ……かっこ悪い所を見せてしまいました。
「平気です、少し待っていてください。いま荷物を詰め直しますから……」
トランクから飛び出たものを拾い、適当に詰め込みます。
期待してはいませんでしたが、鞄の中身はお祖母様が作って使っていた、古い普段着用のドレスが数着と肌着でした。
両親はこの鞄一つで王兄殿下に嫁がせたのですね。両親に愛されていないことがよ~~く分かりました。
「ごめん手伝ってあげたいけど……」
「あの、本当に気にしなくて大丈夫ですから」
相手はまだ幼いとはいえ異性。会ったばかりの少年に着替えや肌着を見られるのは恥ずかしいです。
私は散乱した荷物を拾い集め、素早くトランクに詰めました。蓋が開かないように注意しながら鞄を持ち、鉄柵の扉を開け中に入ります。
「痛っ……」
鉄の柵の門を閉める時に手を切ってしまったようです。人差し指から血がどくどくと流れていきます。今日は厄日でしょうか。
「どうかしたの?」
「鉄の柵で指を切ってしまったようです」
「古くなって鉄柵が錆びていたんだね、痛い思いをさせてごめんね、ヒール」
少年が自身の手を私の手にかざし、ヒールの魔法をかけてくれました。
傷はみるみるうちにふさがっていきます。
「ありがとうございます。風魔法で助けていただいた上に回復魔法までかけていただいて」
「気にしないで、困ったときはお互い様だよ」
少年がニコリと笑います。
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