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第一章
7話「王都での悪い噂」
しおりを挟む王宮の門を出ると王家が用意したとは思えない、壊れかけたボロボロの馬車が待機していた。
「リーゼロッテ様ですね? 北の森の親父までお送りするよう王太子殿下の命をうけております」
御者がそう言ったので、私が乗るのはこの馬車で間違いないようです。
馬車に乗り込むと、足元に小さなトランクが一つありました。おそらく両親が用意したものでしょう。この小さなトランクが私の嫁入り道具なのですね。
お祖母様の代に使っていた年季の入ったトランクです。中に何が入っているのか分かりませんが、中身にはあまり期待できそうにありません。
北の森に向かう道を馬車がゴトゴトと音を立てて進んでいく。
今私が身につけている服は、生前おばあさまが着ていたドレスを手直ししたもの。先ほどトレネン殿下に紅茶をかけられたので、大きな染みができています。
こんな格好で嫁いで来た娘を、王兄殿下は快く受け入れてくれるでしょうか?
そんな心配をしていると、御者席から御者の声が聞こえてきました。
「公爵家の娘が乗るにしては貧乏臭い馬車だが、客席の娘は何をしでかして、北の森に送られているんだ?」
「知らないのか、リーゼロッテ様は王兄殿下の花嫁だよ」
「あの女好きで有名な王兄殿下もついに結婚されたのか。しかし随分若い嫁をもらったな、羨ましいぜ」
「お前何にもしらないんだな、リーゼロッテ様は元々は王太子殿下の婚約者だったんだよ」
「王太子殿下の婚約者? そんな順風満帆な人生を歩んでいたお方が、何だって曰く付きの王兄殿下の花嫁に?」
「知らないのか? リーゼロッテ様は底意地が悪い上に素行も悪い男好きのアバズレだと有名だぜ。その上根性も曲がっていて、学園では下位貴族の娘をいじめ、家では妹のデリカ様をいじめていたそうだ。そのことが王太子殿下にバレて婚約破棄されたのさ」
「それが本当ならしょうもない女だね」
「女遊びがたたって魔女に呪いをかけられ、王太子の地位を剥奪され、北の森に幽閉された王兄殿下と、男狂いで他人をいじめるのが大好きな性悪公爵令嬢。破れ鍋に閉じ蓋、いい組み合わせだと思うぜ」
「違いない」
王都での私の評判ってこんなに悪かったのですね。まさか妹の流した噂が御者にまで知られていたとは。
家と学校、学校と王宮、王宮と家を行き来し、学園での勉強と王太子の仕事と、王太子妃の仕事と、王太子殿下の宿題をしている間に、妹にいいように利用され、ハメられていたとは……不覚です。
噂の半分は妹がやったことで、残り半分は妹が私を落とすためについた嘘なのですが、そんなことをいまさら話しても誰も信じてくれませんよね。
両親は妹の言葉を真に受けて、私の話など聞いてくれませんでした。長い付き合いのある王太子殿下ですら妹の言葉を信じ、私に紅茶をかけるぐらいです。
面識のない赤の他人が妹の流した噂を信じても、仕方のないことです。
もしかして……私の悪い噂は王兄殿下の元にも届いているのでしょうか?
『破廉恥な娘め! お前など一生愛することはない!』
小説やお芝居のように、初夜に王兄殿下に冷たいことを言われたらどうしましょう?
不安に思っている間に、馬車は北の森にある王兄殿下の屋敷の門の前に着きました。
屋根に無数の烏が止まり、窓が割れ、壁に蔦の生えた、荒れ果てたお屋敷だったらどうしようと心配していたのですが……馬車の窓越しに見たお屋敷は普通でした。
高い鉄が屋敷を囲み、柵の向こうには、綺麗に整えられた花壇があり、その向こうには青い屋根に白い壁の大きなお屋敷が見えます。
このようなお屋敷にお住まいの方なら、お優しい方かもしれません。噂を真に受けて先入観で判断したらいけませんよね。王都で流れている私の悪い噂も全部嘘ですし。もしかしたら、王兄殿下の悪い噂も全部嘘かもしれません。
御者が馬車の扉を開けてくれました。御者は無言で私の足元にある荷物を持ち、道に投げ捨てました。
馬車と御者は王太子殿下が手配したものです。いま御者が私の荷物を投げ捨てたのも、王太子殿下の指示かもしれません。
悪い噂があるとはいえ王の兄君に嫁いだ私に、こんな嫌がらせはしないでしょう。
となると、御者を叱っても仕方ないですね。
御者は私の荷物を下ろすと御者席に戻ってしまいました。自分たちは手を貸さないから、自力で馬車を降りろということでしょう。
私が客席から一歩踏み出した瞬間、急に馬車が走り出しました。私はバランスを崩してそのまま地面に真っ逆さま! このままでは頭から落ちる……と思ったその時!
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