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3話「私は最初からこの部屋にいましたよ」
しおりを挟む「何が『アルーシャに会わせろ』だ……アルーシャが側にいても気づかなかった癖に」
ノンネ伯爵が疲れた顔でソファーの背もたれに寄りかかる。
私はノンネ伯爵の紅茶を淹れ直した。
「マイ伯爵令息は元々そういう人なのですよ」
「アルーシャ、メイドの服を着ているからといって、いつまでもメイドの振りをしなくても良いのだぞ。
茶がほしいときはメイドを呼ぶ」
私は被っていた黒い髪のかつらを外す。
「メイドのふりをするのが楽しくて」
そう私、アルーシャ・ノンネはずっとこの部屋にいた。
金色の髪を隠すために黒髪のかつらをかぶり、標準より少し大きな胸を隠すために胸にさらしを巻き、地味に見えるようにメガネをかけ、メイクを変え、頬にソバカスを描き、メイドの服を着て使用人になりすまし、この部屋で一部始終を見ていたのだ。
マイ伯爵令息との婚約破棄が成立してからは、彼のことを心の中も含めずっと「マイ伯爵令息」と呼んでいた。
うっかり「お父様」と呼ばないように、メイドの服を着てからずっと、お父様のことを心の中で「ノンネ伯爵」と呼んでいた。
私は普段付けてる香水と同じ香水を付け、マイ伯爵令息の誕生日にプレゼントしたのと同じ薔薇の刺繍入りのハンカチで、彼のズボンを吹き、お茶会のとき紅茶を淹れるのと同じ手順で紅茶を淹れ、いつもと同じ口調で「どうぞ」と言ってマイ伯爵令息にお茶を出した。
些細なヒントをいくつも与えたのにマイ伯爵令息は、私の変装を見破れなかった。
マイ伯爵令息が私を愛していたなら……愛していなくても私に関心があったなら、香水の香りや、ハンカチの刺繍、声や仕草で、私の変装を見破れたはず。
同じことをお父様と、いとこのレオンにも試した。
使用人に扮した私の変装を、二人が見破れるか実験したのだ。
二人はすぐに私の変装を見破った。
レオンは香水の香りで、お父様は声で。
マイ伯爵令息とは十歳のときから今日まで、六年間も婚約していた。
月に一回お茶会を開き、二カ月に一度おしばいを見に行き、三カ月に一度買い物に出かけていた。
それなのに……マイ伯爵令息は私の変装を見破れなかった。
十年前、ノンネ伯爵家に遊びに来たマイ伯爵令息に私は一目惚れした。
当時のマイ伯爵令息は、胡桃色のサラサラヘアーに琥珀色の瞳、幼いながら整った顔立ち、足が長くて、所作が優雅で、とてもかっこよかったのだ。
私はマイ伯爵令息に夢中になった。
私はお父様に「エデルと婚約したい」とお願いした。
一人娘である私を溺愛しているお父様は、私とマイ伯爵令息の婚約を取り決めるためにすぐに行動を起こした。
一カ月後、マイ伯爵家の次男であるエデルが、ノンネ伯爵家に婿入りすることを条件に、私とマイ伯爵令息の婚約が結ばれた。
私とマイ伯爵令息の婚約を成立させるために、お父様は当時領地が水害に見舞われ財政難だったマイ伯爵家に、多額の融資をしたのだ。
ノンネ伯爵家は商売に成功しお金を持っていたので、お父様は「この程度の額でアルーシャが好きな男と結ばれるなら安いものだよ」と言って笑っていた。
マイ伯爵令息は、会うたびに花束やアクセサリーをプレゼントしてくれた。
私とマイ伯爵令息は、傍から見ても良好だったと思う。
だが私とマイ伯爵令息の婚約は、マイ伯爵令息の浮気により呆気なく壊れた。
結局マイ伯爵令息が好きだったのは、私ではなくノンネ伯爵家のお金だったのだ。
マイ伯爵令息が私へプレゼントした物の代金は、お父様が出していたと聞いてがっかりした。
しかも男爵令嬢と浮気するようになってからは、同じ物を二つ買って、倍の料金をノンネ伯爵家に請求していたという。
浮気相手に贈るアクセサリー代を、婚約者の家に請求するなんて、図々しいにも程があるわ。
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