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8話「因果応報」微ざまぁ回
しおりを挟む――結界が消えた一カ月後――
「各国への援軍の要請はどうなっている?」
国王は疲れた顔で玉座に座っていた。水や使用人が満足に確保できず、何日も風呂に入れぬ日が続き、衣服も一週間同じものを身に着けていた。食事も一日二回に減らされ、出されるものはパン一つとゆでたじゃがいもだけだった。
ゆったりと湯船に浸かり、新品のパジャマを身にまとい、肌触りのよい清潔なシーツが敷かれたふかふかのベッドで寝たい。
子牛の香草焼きステーキ、若鶏の丸焼き、ビーフシチュー、子牛のフィレ肉のポワレ、アボカドとエビのカクテルソース、オニオングラタンスープ、鴨肉のコンフィ、ムール貝の白ワイン蒸し、いちごの乗った生クリームのケーキ、アイスクリームを添えたチョコレートケーキ、木苺のソースのかかったチーズケーキが食べたい……国王は疲労が蓄積し現実逃避を始めていた。
各地でモンスターの猛攻は続き、結界に近い地方の領地からモンスターに侵略され機能しなくなっていた。
辛うじて残されている都市は、王都と王都に近い侯爵家以上の貴族の領地だけとなった。
「全て断られました、書状には【我が国の魔道士はろくな魔法も使えない能無し揃い、貴国のお役には立てそうにありません】と記されておりました」
「そうか」
国王は玉座に肘を付き、大きく息を吐いた。
かつて自分たちが他国の魔道士をさげすみ吐いた言葉を、今になって返されたのだ。
「無理もない、今まで他国の救援要請を全て無視して来たのだからな」
『他国の窮地を見捨てるのは考えものです、自国が窮地に陥ったとき誰も助けてはくれませんよ』
かつて他国の王に言われたことを思い出し、国王は疲れた顔で頭を押さえた。
他国の王の負け惜しみだと思い、国王は耳を傾けなかった。
「シュトース国には他国からのモンスターの侵入を防ぎ、国内のモンスターを弱体化させる結界があるから大丈夫とたかをくくってきた。竜神ウィルペアトの加護の名のもとに二百年あぐらをかいてきたつけが、今まわってきたというわけか」
なぜ自分の代に? というのが国王の正直な気持ちだった。
「余を始めこの国の者は市井の者まで、竜神ウィルペアトの加護を受けていない他国の魔道士や剣士を馬鹿にしきたからな。ろくな魔法や剣術も使えない能無しばかりだと散々あざけってきた」
国王は眉間に出来たシワを指で伸ばしながら、再度大きな息を吐いた。
「隣国の国王はなんと言っている?」
「【兵士一人につき、兵士一人と同じ重さの金を出すなら考えてやる】そうです」
「そうか……」
竜神ウィルペアトの加護を受けた、シュトース国の地は清浄で、川や泉の水一つとっても他国のもととは比べもにならないくらい清らかだった。
シュトース国の水で溶いた薬は効き目が倍増すると言われ、不治の病を患っている王子がいる隣国の国王から水を譲って欲しい、もしくはシュトース国で王子を療養させてほしいという要請を受けた。
国王は隣国の王子の受け入れを拒否し、相手の足元を見て高額で水を売りつけた。隣国の国王に水コップ一杯と同じ重さの金を要求したのだ。
隣国の国王は水を高額で売りつけようとするシュトース国の王に、憤慨した。
結局、隣国の王子は病をこじらせ亡くなった。
国王はまたしても己が相手に放った言葉を、そっくりそのまま返される形となった。
「もっと他国の者にも心を配り思いやりを持って接しておくべきだった」
国王は他人の足元を見て、親切にしなかったことを後悔していた。
「王太子と王太子妃はどうしている」
「幽閉されている部屋で、お互いが相手に罪をなすりつけ、一日中罵りあっております」
「さようか……」
国王はあの二人をどうしようか考えていた、本物の【竜の愛し子】を陥れ、【竜の愛し子】を語った愚かで浅ましい王太子と王太子妃。
二人を矢面に立たせ、断罪し、処刑し、民の怒りを静めることは容易い。
だがそうなれば、先々代の聖女エッダがいながら侯爵令嬢と浮気し、婚姻前に侯爵令嬢との間に子をなした己の責任も追求される。
「聖女を軽んじるのは王家の伝統なのか!」と人々は騒ぎ立て、国王を責めるだろう。
たとえ滅びを待つしかない国でも、国王は最後の瞬間まで王でいたかった、玉座にしがみついていたかった。
「この国はいずれ滅びる、王太子と王太子妃は最後の瞬間まで幽閉しておけ」
「御意」
「王妃はどうしている?」
「一日部屋に閉じこもっております、ドレスの上に別のドレスを羽織り、その上にまた別のドレスを羽織り、それに飽きたら部屋にあるアクセサリーを全て身につけ、全部自分のものだ、誰にも渡さないと呟いておられます」
「そうか、王妃の心は壊れてしまったようだな」
ドレスという言葉を聞き、国王は不意にブルーナのことを思い出した。
「婚約破棄されるまでブルーナの着替えを手伝っていた人間は分かったのか?」
「いえ依然不明のままです、王妃殿下とノルデン公爵夫人はブルーナ様に失脚させようとドレスや使用人の手配どころか、馬車や御者の手配すらしていなかったようです」
「では教会が手配していたのか? 教会はブルーナを気に入っていたからな」
「いえそれも違います、教会はブルーナ様が先々代の聖女エッダ様に似ていたため金儲けのために利用していただけです。教会はブルーナ様の身の回りのお世話は王家と公爵家がしていると思っていたようです」
「お互いがブルーナの世話は相手がしていると思っていたわけか。ますます分からなくなった、ブルーナのドレスや馬車の手配は誰がしていたのか……?」
国王は長く伸びたひげをなでた。
「いまさらそれが分かった所でどうにもならぬな、もうよい下がれ」
報告に上がっていた騎士は恭しく礼をし、踵を返した。
「国王陛下……」
騎士は扉の前まで歩くと、後ろを振り返った。
「なんだ? まだ用があるのか?」
「いえ、お体を大切になさってください」
騎士はそう言って深く礼をすると、扉を開け部屋をあとにした。
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