上 下
11 / 42
1章

interval :星空に沈む豚

しおりを挟む

 ロイドに捕まり、逮捕されたシャターンは帝城の地下にある牢屋へとぶち込まれていた。

 彼を逮捕・連行したのは次期皇帝である第一皇子アイザック・ローベルグの私兵団。

 軍人の中でも精鋭と評価された者達のみを選りすぐり、忠誠心を問うテストに合格した者達。

 簡単に言えば第一皇子であるアイザックのケツを喜んで舐める事が出来る最強集団といったところか。

 彼等は第一皇子に仇名す者を容赦しない。アイザックから直々に「処刑許可」を得ている彼等は、シャターンが下手なマネをすればすぐに魔導銃の引き金を引いただろう。

 そんな噂の集団に連行されたシャターンも今回ばかりは黙るしかなかった。お得意の賄賂も狂っているほどの忠誠心を持つ者達に効くわけがないからだ。

 ただ、チャンスが無いとも言えない。

 逮捕された以上、尋問はされるだろう。そこで黙秘を貫き、法務部の『友人』に弁護してもらえばいい。

 その為に今まで賄賂を渡してきたのだから。じゃなければ、その『友人』も道連れになると本人も分かっていよう。

「クソッ! 何で私が!」

 薄暗く、湿っぽい空間。以前に牢屋へ入れられた別の者が漏らしたであろう尿の臭いが漂う。

 簡易ベッドすらもなく、石ブロックと鉄格子だけで作られた空間。

 伯爵位を持ち、輝かしい貴族の一員となった自分には相応しくない。1秒でも早くこんな場所からオサラバしたいと苛立ちを募らせる。

「ここから出たら……。まずはあの男を始末してやる」

 牢屋に続く扉の外で番をする軍人に聞こえぬよう、小声で恨み言を漏らし始めた。

「あの男を始末したら、次はあの女だ! たっぷりと可愛がって、最後は苦しめて殺してやるッ!」

 ややヒートアップしてきた独り言を気にする事もなく、シャターンの脳裏にはアリッサの姿が映し出されていた。

「お飾りの分際で……。ここを出たらまずは侯爵に会わねば……。残りの商品も早急に……」

 ブツブツと彼の独り言は続く。

 シャターンが漏らした独り言から察するに、ここからすぐに出れると思っているのだろう。

 法務部と憲兵隊、2つの組織とズブズブの関係にあるシャターンは逮捕とは無縁の存在だと自分でも思っているはずだ。

 なんたってロイドのような邪魔者を陥れる為にわざと逮捕されて釈放されるというシナリオですら実行できるのだから。

 司法組織を使って好き勝手出来るのだから逮捕なんてされるはずがない。何をしても許される。犯罪に関する法律は自分に適応されない。

 だが、ロイドによる2度目の追撃は想定外だったようだ。アリッサと第一皇子の私兵団の件も。

 ロイドをクビにしただけではなく、すぐに殺しておかなかったのが悔やまれる、とばかりにシャターンは奥歯を噛み締めた。

 解雇した後にホームレスになった彼を見つけて嘲笑ってやろうと思っていたようだが、まさか第四皇女に拾われているとは思うまい。
 
「ああッ! 腹が立つッ! なんでこの私が――」

 と言いかけたところで、シャターンの口は彼の背後から伸びた革手袋をはめた手に塞がれる。

「んんんッ!?」

 叫ぼうとするも声は出ない。しっかりと口を塞がれ、厚手の革手袋が漏れた声を殺した。

 塞がれた口を解こうと藻掻くシャターン。だが、背後から伸びた2本目の手には屈曲した刃を持つナイフ――カランビットナイフと呼ばれる形のナイフが握られていた。

 牢の外にある壁に取り付けられた室内灯の光を反射させるナイフの刃を見て、シャターンの顔には焦りが浮かぶ。

「んーッ!? んーッ!!」

 塞がれ続ける口。ドアの先にいるであろう軍人に助けを求めるが、シャターンが必死に叫ぶも届かない。

 牢屋の中にはシャターン1人だけだったはずなのに。一体、彼の口を塞ぐ人物はどこから現れたのだろうか。

「シィー……」

 振り返る事ができず、顔は確認できないがシャターンの耳元で囁かれた声は男のものだった。

 死にたくないと手足をバタつかせるシャターン。バタバタと暴れる手足、必死に体を捻じって拘束から抜け出そうとするが彼の力ではどうにもできない。

 そして、遂に――ナイフの先がシャターンの体に当たった。刃が当てられたのは丁度、心臓の中心。

 男は一気に突き立てるのではなく、ゆっくりと刃を差し込んでいく。

 ズブ、ズブ、ズブ、と時間を掛けて沈んでいく刃。刺した箇所からシャターンの血がじわりと滲み出て、次第に溢れ出していく。

「シィー……」

 背後からシャターンの耳元に囁く男の声はまるで眠りの中へ誘うように。

 事実、シャターンは心臓にナイフを刺されているにも拘らず、顔には苦痛の表情が無かった。

 バタつかせていたシャターンの手足がゆっくりと動きを止めていく。とろん、と瞼が落ちてきて眠りに抗う小さな子供のような表情を浮かべていた。

 虚ろになっていくシャターンの瞳には死に際の闇と星のように光る室内灯の灯り、2つが混じり合って見えているのだろう。

 まるで綺麗な星が輝く夜空を見上げているような、幻想的な景色に違いない。

「それは救いだよ」

 男の声はシャターンが今見ている物を知っているかのように囁く。

 それから数秒後、シャターンの動きが完全に停止した。男は体からナイフを抜くと、牢屋の中には再び静寂が訪れる。 

 背後から伸びていた2本の腕はゆっくりと彼の体を床に寝かせ、床には零れ出る血が少しずつじんわりと広がっていく。

 影に立っているせいで、シャターンを見下ろす男の顔は見えない。ただ、男の風貌は――黒い上下のスーツに白いYシャツ。灰色のネクタイに黒いコート。それと、スーツと揃いの黒いハットを被っていた。

 黒い革手袋をはめた男は、自分の服を軽く叩いて汚れを落とすような仕草を見せる。

 その後、その場でパチンと指を一度だけ鳴らした。

 鳴らした直後、男の姿は闇に吸い込まれるように消え、再び牢屋の中にはシャターン1人きり。

 先ほどまでの下品極まりない独り言は聞こえない。

 翌日なって彼の死体が発見され、その報告はアリッサにも届けられるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

東京PMC’s

青空鰹
ファンタジー
唯一向いの家族である父親が失踪してしまった 大園 紫音 は天涯孤独の身になってしまい途方に明け暮れていた。 そんな彼の元に、父親の友人がやって来て 天野 と言う人の家を紹介してもらったのだが “PMCとして一緒に活動しなければ住まわせない”と言うので、彼は“僕にはもう行く宛がない” 天野と言う人の条件を了承して訓練所に行き、PMCライセンス を取得した一人の少年の物語。

新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥
ファンタジー
エルフになってしまった元地球人がガイド役と一緒に異世界でのんびりと旅をする話。山もなければ谷もありませんが、ときどき沼や薮はあります。タイトルは『セーラー服と機関銃』のような感じでどうぞ。本編は終わっています。

属性魔法が至上の世界に転生したけど不適合者だったので、無属性魔法と魔導銃で異世界を生き抜く

あおぞら
ファンタジー
「この世界って最高じゃないか! 魔法もあるし、ステータスもある。そして何より可愛い幼馴染やメイドも居るし!」  そう豪語するのは、前世で高校2年生の鈴木晴人と言う、重度のオタクで異世界転生に憧れていた他称(ここ重要)厨二病である。  そんな晴人はある日大好きなラノベの新刊を買うために下校中ダッシュしていた。  その途中の歩道橋の階段で、不運なことに1番上から足が滑って落ちてしまい死んでしまった。  しかし目が覚めると、何と魔法のある世界にアルト・ガーディアンと言う赤ちゃんに転生していた!  転生したことにオタクで他称(ここ重要)な晴人もといアルトは思わず雄叫び(泣き声)をあげてしまうほど喜んだ。  しかしその3年後のステータス検査で、アルトは【不適合者】の象徴である【無属性】しか属性を持っていないと言われる。  このことに落ち込んでいると思っていた周りの人は心配するが…… 「いやっふうぅぅ! ラッキーだぜっ! 無属性魔法は前世でも最強格だったからな! 転生させてくれた神様ありがとう!」  逆にアルトは大喜びし、前世の記憶を生かして【無属性魔法】と地球の銃に魔法の弾丸も撃てるように改造した魔導銃を使いこなしてどんどんと強くなっていき——  これは転生した世界で嬉しいことに不適合者になってしまったアルトが、前世の知識と【無属性魔法】を使って生き抜く物語である。 ◯この作品は、『異界の覇者〜【不適合者】になった転生者は、銃と無属性魔法で異世界を生き抜く〜』のリメイク版です。

最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))

愛山雄町
ファンタジー
 ブラッドレイ魔導伯家の長男ライルは普人族でありながらも、すべての属性の魔術を使える才能とエルフを超える圧倒的な潜在的な魔力量を持ち、魔導王国の将来を担う人材として期待された。  しかし、名門、王立魔導学院に首席で入学したものの、すぐに落ちこぼれた。  その原因は一度に放出できる魔力がごく僅かであり、彼が放つ魔術は子供の遊び程度の威力しかなかったことだ。  学院を落ちこぼれたライルは父親である魔導伯に廃嫡を言い渡された上、実家から放逐され、同時に魔導学院を退学させられた。  絶望に飲まれそうになったライルは探索者としてレベルを上げることで、自らの弱点を克服しようとした。しかし、まともな魔術が使えない彼には魔物と戦うすべがなかった。  そんな時、ある魔導具と巡り合った。  その魔導具の名は“魔銃”。  魔銃は欠陥品と言われていた。  発射時に同等の威力の魔術の数倍という膨大な魔力を必要としたためだ。  異世界=地球の銃を模した魔銃と出会ったライルは、その圧倒的な魔力保有量と類い稀なる魔術才能により、4種類の魔銃を使いこなし、着々と力を付けていった。  サムライに憧れるクール系?美女ローザと共に迷宮に挑むが、大陸の西で起きた異変の余波を受け、危機に陥ってしまう。しかし、二人は独特の戦闘スタイルでその危機に立ち向かっていく……  銃を愛する異世界から来た技術者。  彼を見下していた魔導学院の元同級生。  そして、この国を陰から支配する“七賢者(セブンワイズ)”  彼らの人生に絡んでいく…… ■■■  非転生・非転移物です。  ハーレム要素はありません。  銃については地球の物を模し、名前を同じにしていますが、性能や仕様は同一ではなく、全くのオリジナルとお考え下さい。 ■■■ 「迷宮最深部(ラスボス)から始まる美食(グルメ)探訪記」と同じ世界観です。  プロローグ時点ではラスボスグルメの主人公ゴウたちが迷宮から出る約1ヶ月前になります。 ■■■  本作品は1話3000~5000文字と私の作品にしては短めです。その分、更新頻度を上げるつもりでおりますので、ご容赦ください。 ■■■  小説家になろう、カクヨム、ノベルアッププラスにも投稿しております。 ■■■  2020年12月9日_タイトル変更しました。  旧題「魔導王国の銃使い(ガンスリンガー)〜魔導伯家の落ちこぼれでも無双できる“魔力式レールガン”のすすめ〜(仮)」  2021年4月21日_タイトル変更しました。  旧題:「魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮)」

貞操逆転世界に産まれて男忍者として戦国時代をエッチなお姉さん達に囲まれながら生き抜く少年のお話♡ 健全版

捲土重来(すこすこ)
ファンタジー
ある日、少年は自分が赤子になっている事に気付いた。 その世界は奇妙で、男女の役割が逆転した価値観であった。 世は戦国時代。女達の戦が蔓延る過酷な世界で少年は忍として生きる事を決意する…… 健全版です……!(´;ω;`) エッチなシーンは(ないです) オシリス文庫様から 『貞操逆転世界に産まれて男忍者として戦国時代をエッチなお姉さん達に囲まれながら生き抜く少年のお話♡ 』 電子書籍化されました。 宜しくお願いいたします♡(⩌ˬ⩌) https://hnovel.jp/books/book.php?id=0104093001 Xアカウント(フォローしてネ!♡Ր ´◕ ̫◕˶` Դ) https://x.com/sukosuko_ninja

♥♥♥女尊男卑!!奴隷を夢見る男の子♥♥♥

みさお
恋愛
♥♥♥妄想ノート~奴隷を夢見る女の子♥♥♥ では、男尊女卑の世界を描きました。 それなら、逆の世界、女尊男卑だったらどうなるの? この作品の世界では、女性が上で男性が下です。 会社では女性が総合職で男性は一般職ですから、男子社員がお茶出しやコピー取りをします。 結婚すると、女性が主人で、男性は貞淑で従順な夫として妻に仕えます。 また、男性は選挙権や相続権なども無くなっていきます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ###################################### 【操夫ミサオ】 主人公、通称ミサちゃん、一人称:ボク、ご主女(しゅじん)さまの夫 【美夫ミオ】 学生時代の先輩 【ご主女さま】 主人公の妻、名前は出てきません。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

例えばサバゲーガチ勢が異世界召喚に巻き込まれたとして

兎屋亀吉
ファンタジー
サバゲーとはサバイバルゲームの略である。ミリタリーマニアやガンマニアが集まり、エアガンを手に本気の戦いを繰り広げる大人のアクティビティだ。そんな遊びに、尋常ではない気迫で臨む者がいた。和泉和豊35歳独身。彼はコンビニのアルバイトで生計を立てるフリーターだ。高いエアガンを買うことはできない。しかしお金が無いながらも中古で揃えた装備と、自身に課した厳しい訓練によって並み居るサバゲーマニアの中でも日本で十指に入る猛者として君臨し続けていた。これは、そんなサバゲーガチ勢のフリーターがひょんなことから異世界召喚に巻き込まれてしまったことから始まる物語。

【R-18】男の生きられない世界で~逆転世界で僕に出来る事~

素朴なお菓子屋さん
ファンタジー
ヒョンな事から異世界へ転生する主人公。 その世界は、古の魔女の呪いで男性が生きる事が出来ない毒素に満ち溢れている。 男がシェルターの中で大切に隔離され、管理される逆転世界。 そんな世界を生き抜く力を手に入れた主人公は・・・魔女の呪いを無くす為、旅に出る事に。 色んな国の色んな美女に種付けの旅。果たして魔女の呪いを消す事は出来るのだろうか。 R18シーンのタイトルには♡入れます。R17.5くらいの作者主観の微妙なスケベ話は△入れておきます。

処理中です...