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Prologue

2 クビになった男

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 帝国歴 800年 
 ローベルグ帝国帝都 憲兵隊本部


 ローベルグ帝国帝都にある帝都憲兵隊本部にて。

 憲兵隊のトップである憲兵隊本部司令官の執務室に1人の男が呼び出された。

「お前はクビだ」

「は?」

 たった今、司令官からクビと通告された男の名はロイド。

 彼の容姿を一言で表すのであれば悪人ヅラである。

 常に眉間には皺が寄って不機嫌そうな表情。瞳の奥には猛禽類が獲物を狙うような、相手の動きを観察していると思わせる鋭さが窺える。

 帝国には珍しい赤色の髪も他人からは挑発的な色だと称される事が多い。

 彼は帝国陸軍第一軍に所属して前線を支えていた軍人であったが、終戦後には帝国国内の治安を維持する警察機関としての役割も持つ憲兵隊帝都本部へと転属を命じられた男であった。

「おい、どういう事だ? 俺がクビ?」

 豪華な革張りの執務用椅子に座る憲兵隊司令官に対し、更に目を鋭くさせて。

 彼が吐き出した言葉通り、表情には納得いかないといった怒りの感情が浮かぶ。

「理由を教えろッ! 安い娼婦とヤリすぎて頭がイカれたか!?」

 ロイドは両手を司令官の執務机に叩きつけながら、相手の顔を覗き込むように睨みつけた。

「違うッ! その目付きと不敬な態度ッ! 貴様の西部訛りも頭にきているがなッ!! 今回の件は残念な事に別件だッ!」

 ロイドの言葉使い――帝国西部に元々住んでいた先住民達から受け継がれる独特な言葉やスラングを西部語、もしくは西部訛りという――や西部出身者特有の態度にも司令官は嫌気を感じていたようだ。

 特に気に食わないのは西部訛りだろうか。

 この司令官のような生粋の帝都育ちからは西部訛りを『下品』で『不快』と思う者も多い。貴族位を持つような身分の高い家の出身は特にそう感じるようだ。

 が、クビの原因はそれらの要素ではないと言う。

 司令官は鼻の下にあるカイゼル髭を撫でると執務机の上にあった木箱から葉巻を取り出して火を点けた。

 葉巻を吸い込んで香りを楽しんだあと、ロイドの顔面にわざと当たるよう煙を吐き出す。

 だが、司令官が小馬鹿にするような行為を受けてもロイドは表情を変えずに睨みつけたまま。

 そんな態度が癪に障ったのか、司令官は「チッ」と舌打ちを鳴らして理由を説明し始めた。

「先日、シャターン伯爵を逮捕しただろう? あれは誤認逮捕だった」

「はぁ?」

 司令官が口にした人物、シャターン伯爵は一言で言えば『成金のクソ野郎』である。

 シャターン伯爵は元々は帝国で5本の指に入るほどの商会を経営する大商人であったが、戦時中に商人として国に大きな貢献をしたという理由から爵位を得た。

 と、いうのも長く戦争を続けていた帝国は常に金欠状態。金欠の理由は前線を支える軍人達への物資補給、武器や兵器の製造、軍人へ払われる給金……など、理由は様々。

 そんな金欠の帝国にシャターンは金や物資を提供。

 大商人であったシャターンはそりゃあもう、金と物をつぎ込んだ。

 商会の保有していた財のほとんどをぶち込みまくって、国から資金面や物資補給の面で貢献して戦争を勝利に導いた1人と称えられたワケである。

 一足飛びどころか二足三足飛びで『伯爵』の地位を与えられるくらいには。

 所謂、金で爵位を買ったのだ。

 帝国が建国された当初から脈々と受け継がれる正当派の貴族からは悪評が噂されるシャターン伯爵だが、今年になって特に羽振りが良くなった。

 終戦したのが3年前。爵位と引き換えに失った財は大きく、質素な暮らしをする金欠貴族と噂されていた彼が今では見た目も超絶成金貴族である。

 たった3年で侯爵よりも大きな屋敷を手に入れて、身に着ける服は宝石を散りばめてキンキラキンに輝く。

 誰がどう見ても下品と感じるほど、体中に宝石を身に着けて太陽の光を反射させた下品さは『ジュエリーマン』と異名が付くほどに。勿論、悪い意味で。

 とはいえ、元は大商人。爵位を得た事で商売の信用度が上がり、元々の販路や経営知識を利用して利益が拡大したのかと思われていたのだが……。

「あのクソ野郎は麻薬組織の頭だったじゃないか! 証人もいたはずだ!」

 最近帝都で流行していた大量の不審死と人の狂乱事件。

 捜査を進めるとこれらは帝都の裏側で秘密販売されていた麻薬が原因だという事実に辿り着いた。

 中毒性の高い麻薬は、医療目的以外での使用や国に認可されていない組織が販売する事を帝国法で禁止されているが、裏でコソコソと違法に売り捌く組織がいると判明したのだ。

 帝国の裏側でジャンキー共を増殖させ、不審死やハイになったジャンキー共が暴力沙汰を起こすなど。流行していた事件の詳細はそんなところ。

 帝都の治安を維持する憲兵隊に所属していたロイドは捜査を進め、遂にファッキンジャンキー共のパーティ会場を発見。

 売人役として活動していたマフィアを確保して裏で彼等を操る親玉が誰かを聞き出した。すると、マフィアのボスの口から飛び出たのがシャターン伯爵の名前。

 彼は帝国が侵略した南にある元外国――現在は戦争に勝利した帝国領土となっている――で栽培される麻薬を密輸し、帝都で販売する事で資金を得ていた。

 なぜ、彼が麻薬という物を売り始めたのか。やはりそれは3年前に終わった戦争が原因という一言に尽きるだろう。

 現在、帝国の内情はボロボロだ。

 国内の治安悪化に繋がる原因の1つとして戦争に関わった者達のケアが不十分だったという事だろう。

 従軍した父親が戦死した事で母子家庭になった家が続出するも、遺族には十分な弔慰金が支払われず。

 残された母も過労死、蒸発……子供1人だけ残される家が続出した。たった1人残った子供はスラムに落ちて生きる為に犯罪行為を行うか、悪い大人の駒として扱われる。

 他にも従軍経験者による心的障害から起きる犯罪行為や傷害事件なども挙げられる。だが、これらは原因の一部だ。

 侵略した外国の元住民による暴動、帝国人による元外国人への差別行為、戦争を起こした帝国への批判をする活動家の登場……などなど。

 挙げればキリがないほど、領土拡大の代償として得た負の遺産を国内に抱えている。

 帝国の勝利によって終戦はしたものの、勝利したはずの帝国には辛い現実を味わっている者が多い。

 戦争によって繁栄した者などごく僅かだ。

 そんな辛い現実から逃げ出したい者達、怖いもの見たさで冒険する金を貯め込んだ貴族家の若者を餌として、自分が爵位と引き換えに失った金の回収に走ったシャターン伯爵。

 証人から証言を得たロイドは帝国法に則ってシャターン伯爵を逮捕した。当然ながら、帝都にある帝城の法務部と目の前にいるクソヒゲ司令官から認可を得た行動である。  

 ロイドには全く非がない。むしろ、お手柄と言ってもいいのだが……。

「証人なら獄中で死んだ」

「はぁ!?」

 司令官の一言にロイドは怒りで鋭くなっていた目を見開かせると今日一番の大声を上げた。

 驚くロイドに対し、司令官は葉巻の煙を吐き出すと拳を机に叩きつけて怒りを露わする。

「それに! お前の集めた証拠を法務部が精査したら全てデタラメだと判断された!」

「ふざけるなッ! 何を言って――」

「シャターン伯爵は誤認逮捕で相当お怒りだ! 彼は軍部にも出資しているんだぞ! 憲兵隊の予算にも響く! 私の給料にもな!」

 ロイドが反論するのを封じるように、司令官の怒声が一段大きくなって部屋の中に響いた。

「ハッ。そういう事か」

 彼の言葉を聞き、ロイドはようやくこの事態に合点がいったようだ。

 今の帝国は腐っている。先ほど語った犯罪行為の増加に加えて、欲深い貴族達が利権を得ようとした結果は賄賂の横行。

 むしろ、賄賂を渡すのが普通な状況になってしまった。

 利益拡大の為に、犯罪のもみ消しに。様々なシーンで賄賂という行為が恥ずかしげもなく行われている。

 ロイドの進めた捜査を承認した法務部と司令官が態度を急変させた理由はシャターン伯爵による賄賂が原因なのは明らかである。

 合点がいけば簡単だ。ロイドは目の前にいる司令官が口に咥えた葉巻に注目した。

 帝都ブランドの中でも一等級とされる高級葉巻。受け取った賄賂で購入したか。

「お前をクビにせねば伯爵の機嫌が直らん。よって、本日付けで貴様を解雇する。軍からも籍が抹消されるだろう」

 ようやくクビの理由が判明した。

 なるほど。クソッタレ共が乳繰り合った結果か、と納得したロイドは黒い軍服の右肩に縫われていたワッペン『憲兵隊章』を無理矢理引き千切る。

「ケツの穴みたいな顔面してる野郎が偉そうに命令する組織なんざこっちから願い下げだッ! テメェの鼻の下に生えてんのはケツ毛か!? 口からクソの残り香みたいな匂いさせやがってッ!!」

 引き千切った憲兵隊章を机に叩きつけ、ロイドは司令官に背を向けた。

「貴様ッ! なんだその態度はッ! 戦争帰りの死にぞこないめッ!」

 最後まで不快な態度を取り続けたロイドに司令官が怒声を上げるが、ロイドは振り返らずに中指を立てながらもう片方の手で部屋のドアノブを掴んだ。

「シャターンのケツでも舐めてろ! くたばりやがれッ!」
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