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14 2匹の巨獣
しおりを挟む田中PTが3回目の来園を果たしていた同日、アリウェルランドの象徴たるアリウェル王城4階にある司令センターは朝から騒がしかった。
「それで、見つかったクリスタルはどうだ?」
『今、ガーラが調査隊と共に遺跡へ入って調査を行っている』
司令センターの巨大モニターにはSランク冒険者であるソフィアの顔がアップで表示され、その隣には王冠を被った若い男性が映し出されていた。
『総一郎殿、すまない。調査隊を結成していたが、まさか王都のすぐ傍にある遺跡に隠されていたとは……」
王冠を被った若い男性――栗色の髪に切れ長の目、高い鼻を持つ男の顔はまさに王子様と言わんばかりの容姿である。
顔には若干の幼さが残り、謝罪と共に浮かべた彼の表情は一目で落ち込んでいる事が読み取れる。
まだ10代後半であるが先王が急病で倒れた事で予定よりも随分早くに王座へ就く事になってしまった若き王は、国の頂点ではあるもののどこか学生が教師に怒られている時のような雰囲気を纏う。
『お前のせいではないだろう、グラン』
『ですが、姉様……』
モニターに映る2人の間で姉弟の会話が始まった。
『ウジウジするな! 男だろう! 邪神の闇に染まった魔獣が現れようと、私がどうにかしてやるッ!』
姉であるソフィアが落ち込むグラン王に喝を入れた。しかも言動はなかなかに男気溢れているではないか。
少々弱気な弟と強気な姉の関係性が表れるやり取りに総一郎はため息を零す。
「グランも苦労するな……」
どの世界でも、いつの世も、弟は姉に敵わぬ存在なのだろうか。
『何か言ったか? ソウ?』
彼の零した呟きに反応するソフィアだったが、総一郎は首を振る。
「いいや。しかし、ソフィアの言う通りグランのせいじゃない。それと今回はジルベスタ王国の落ち度でもないだろう。恐らく、クリスタルは組織の連中に運び込まれたんじゃないか?」
『どういう事だ?』
総一郎の発言を聞いて、ソフィアの顔は真剣なものに変わった。
「明らかにおかしいだろう? ジルベスタ王国王都のすぐ傍にある遺跡は王国騎士団の巡回ルートだ。遺跡内部もジルベスタ王国支部の冒険者が定期的に調査をしているんだぞ?」
ジルベスタ王国支部の冒険者ギルドから受けた報告では1週間前まで問題無しだった、と総一郎は付け加える。
この報告が正しければ1週間の間にクリスタルが運び込まれた事になる、と。
『冒険者の中に組織の人間が潜んでいると? もしくは内通者が?』
「いや……」
「英雄様! ガーラ様より緊急通信です!」
総一郎が何かを言いかけた時、司令センターに緊急通信が入り込んだ。
『総一郎! マズイ事になった!』
総一郎がソフィアとグランとの同時通信を行っている回線に割り込んで来たのは、遺跡内を調査隊と共に調査していたガーラだった。
赤い短髪と歴戦の戦士を思わせる厳つい顔。いつも自信たっぷりで獰猛な獣が獲物を狩るように魔獣との戦闘を好む大男。
だが、モニターに表示された彼の顔は焦りで顔が歪んでいた。
『クリスタルは転移魔法で運ばれたようだ! 中で組織の奴等と鉢合わせたッ!』
そう言いながら、ガーラは遺跡の内部を走っているようだった。時より後ろを向きながら、調査隊の隊員と思われる者に対して「早く走れ」と叫ぶ。
『クソ野郎共めッ! 野郎、俺達の顔を見るなり、クリスタルを活性化させやがった! 魔石に自分の魔力を注いでくたばる、最低最悪のやり方だ! っとォ!!』
『何だ!?』
『じ、地震!?』
ガーラが状況説明していると、向こう側では地震が起きたようだ。
遺跡内部にいるガーラが転びそうになったような挙動と声を上げたと同時に、ソフィアとグランからも驚きの声が上がった。
『ソフィアッ! 王都の騎士団を展開させろッ! 総一郎ッ! クリスタルは2つだったッ! それも、大型が2つだッ!!』
そう叫ぶガーラの背後で石で作られた遺跡の天井が崩れていく様子が映る。
「ガーラッ!」
総一郎は立ち上がり、焦りを滲ませた叫びを放つ。彼と同じくモニターを見ていた司令センターの異種族オペレーター達も口に手を当てて焦りを見せた。
『っと! 脱出は出来た! クソッタレ!!』
遺跡が崩れる直前、間一髪のタイミングで調査隊とガーラは脱出に成功したようだ。
彼を映すカメラには外の景色が映り込む。
が、同時に彼等の背後には――
「クソッ! よりにもよって、クリスタルクロウラとベヒモスかッ!」
遺跡を破壊し、地下から地上へと這い出て来たのは恐ろしく巨大な2匹の魔獣。
巨大な亀のような魔獣と巨大な蜘蛛の魔獣であった。
亀の甲羅と巨大な頭部。口にはサメのような細かく鋭い牙がビッシリと生えた4つ脚の巨獣の名はベヒモス。
もう片方、巨大な白い体に黒いラインを描きながら、それぞれ足の先と口から生える牙がクリスタルのようになっている蜘蛛の名はクリスタルクロウラ。
どちらも大型のクリスタルが活性化した事で生まれた魔獣の変異体であり『巨獣』というカテゴリに当てはめられる、この世に存在する魔獣の中では最強最悪の部類に属する種類であった。
ベヒモスは全長10メートルはあろう巨体から想像できる通り、防御力に優れた巨獣だ。
加えて、口からはドラゴンのようなブレスを吐いては進行方向にある物全てを破壊する。
行く先不明、意思疎通など出来ぬ魔獣に行き先を問うても無駄である。ベヒモスが想うがままに突き進むのを黙って見送り、嵐のように去るのを待つか。
しかし、出現した2種を比較するとクリスタルクロウラの方が人類にとって最悪と言える。
クリスタルクロウラは尻尾から液体金属のようなネバつく糸を吐き、糸で包み込んだ物を全て金属化させて摂取するのだ。
それは人であろうが、建物であろうが結果は変わらない。
ただ、一番最悪と言える要素は尻尾の上にある卵管から大量の卵を排出する行為だ。
卵とあるように、排出された卵からはクリスタルクロウラの幼体が生まれる。生まれた幼体は腹を空かせていて、人を襲って喰らうのだ。
出現した地点がジルベスタ王国王都前という事もあって、幼体の餌となり得る人類の数が多い。
そういった事からクリスタルクロウラの方が脅威性は高いだろう。
しかし、このような場合では「どちらがマシか」なんて問答は無駄である。
2種類共好き勝手にさせればジルベスタ王国王都なんぞ半日も経たずに地図から消えるのは確実だった。
『グランッ! 急いで王都住民を退避させろッ!』
ソフィアは弟に指示を出すと、出現した巨獣に向かって走り出す。崩壊する遺跡から逃げ出したガーラと合流を果たした。
「ソフィア! お前とガーラがいても巨獣2匹は無理だッ!」
モニター越しに見える仲間の窮地に叫ぶ総一郎の顔には焦りがあった。
2人を映し出す魔導カメラのアングルが変わると、2人の前に邪悪な双眸を向ける2匹の巨獣が映し出される。
ソフィアとガーラの背中を引きのアングルで映してはいるものの、カメラの中に2匹の巨獣の姿が収まりきらない。
『しかし、王都を失くすわけにはいかんッ!』
『俺達がなるべく時間を稼ぐッ!』
ソフィアとガーラ、2人は人類最強と謳われるSランク冒険者である。
この世に4人しかいないSランク冒険者、その内2人が相手になろうと巨獣2匹を同時に討伐するには戦力が足りない。
1匹だけならば……まだ勝率は安定するだろう。Sランク冒険者の中でも経験豊富な2人であれば、討伐できる可能性は高い。
「…………」
総一郎は無言でモニターを睨みつけた。ブツブツと何かを呟きながら、何かを考えているようであった。
「よし」
そして、彼の顔には決意の表情が浮かぶ。
「現地の転送チームを動かせ! ベヒモスをこちらに転送させるッ!」
「え、えぇ!? ベヒモスをこっちに転送するんですか!?」
司令センターにいる異種族オペレーターの転送管理部門メンバーは、上段にいる総一郎へと振り返りながら問う。
「クリスタルクロウラは見た目がグロすぎてこちらの冒険者が戦えなくなる可能性が高い。幼体を放たれても危険だ。ベヒモスなら嫌悪感は感じないだろう。緊急イベントの『レイド戦』として処理するぞ」
確かに巨大な蜘蛛を相手にして戦えと言われたら、日本の冒険者達はほとんどがその見た目を見て鳥肌必至。恐怖でイベントに参加しない者が多く出そうだ。
巨獣は巨獣でも亀のようなベヒモスならば、見た目的にはまだマシか。
「そ、そういう問題じゃないですよ! ベヒモスだって、西門を突破されたらどうするんです!? ここを突破されたら日本の街に被害が出ますよ!?」
「明日のニュースに怪獣襲来! とか出ちゃいますよ!」
総一郎の判断に異を唱える異種族達であったが、ここで司令センターに別の者から着信が入った。
オペレーターがモニターに着信相手を表示させると、城の地下にいるエルフのアデルであった。
『やぁ、ソウ。相変わらずぶっ飛んだ考えをしたみたいじゃないか』
どうやらアデルは総一郎の判断を既に知っているようだ。異種族達が異を唱える中、彼だけは顔に笑顔を浮かべていた。
「ああ。ソフィアとガーラだけじゃ2匹は無理だ。ベヒモスをこちら側で倒す」
『勝算はあるのかい?』
アデルはエメラルドグリーンの長い髪を耳にかけると、総一郎の考えを問う。
「以前開発した魔導槌があるだろう? あれでベヒモスの心臓をぶち抜く」
『魔導槌で? まさか、ベヒモスの甲羅の上に乗って使おうって言うのかい? それでは些か、威力が足りないんじゃ……』
いくら巨大なベヒモスであろうと、生物である以上は心臓を持っていた。人と同じく、生きるには必須の内蔵を破壊すれば死ぬだろう。
魔導槌と呼ばれる魔導具は起動すると魔法の槌――攻城兵器に似た魔法の巨大な杭を発生させる物であるが、城壁よりも硬いベヒモスの甲羅を突き破るには威力が足りない。
しかし、総一郎はアデルの懸念に首を振った。
「上じゃない。下からだ」
総一郎はベヒモスの甲羅側からではなく、下にある腹側から魔導槌を発生させると言った。
『まぁ確かに腹側からならぶち抜けるだろうね。でも、どうやって? 仮に全て成功したとして、使用者は潰れて死んでしまうよ?』
再びアデルは懸念を口にするが、総一郎は右の口角を吊り上げて笑う。
「アデル。こちらの冒険者は死んでも死なないだろう?」
死んでも死なない。
こちらの冒険者にはセーフティが施されているのだ。つまりは、不死身の軍勢である。
時間による制限はあるものの、投入した戦力の人的被害がゼロという利点は有効活用しなければ損だろう。
『……エーテルの残量がレッドゾーンになる前に倒す必要があるよ。それに不死の軍勢であろうとも、必ず成功するわけじゃない。西門を突破されそうになったらどうするんだい?』
ただ、それには相応の対価が必要である。加えて対価を払おうとも、こちらの冒険者が作戦を成功させる保証もない。
アデルの表情にあった笑みが消え、真剣なものに変わった。彼は恐らく、次に総一郎が告げる言葉を既に予知しているのだろう。
「ダメだったら俺が出る」
『……やっぱり』
総一郎の言葉を聞くとアデルは特大のため息を吐いた。
『馬鹿だね、君は。本当に馬鹿だ。古傷が悪化したらどうするんだい?』
「それでもソフィアとガーラを失うわけにはいかない」
質問に質問で返す総一郎とアドラは互いに目を見て睨み合いのような恰好となった。
『はぁ……。わかったよ。わかった。私の負けだ! 君の案で行こう! ただし!!』
根競べに負けたのはアデルだった。だが、彼にも引けぬ部分はあるようで最後は声を大きくして人差し指を立てた。
『君が出る時は私も一緒に行く。サポートが必要だろう? 君に何かあればルカ様にシバかれるのは私だよ。それが御免被りたいね』
これだけは譲れない、とアデルの言葉は緩くも表情は真剣そのものだった。
「すまない」
『……いや、そもそも私達が君に謝るべきか。すまなかった』
アデルはいつの間にか総一郎を責めるような構図になっていた事を恥じるように詫びた。
「いい、言うな。とにかく、準備を頼む」
『ああ。わかったよ』
アデルとのやり取りを終えると、総一郎は再びオペレーター達に問う。
「現地の転送チームはどうだ?」
「エーテルゲート構築用のポールを持ってスタンバイしています。アリウェルランド内も……フィールド上の転送準備完了。いつでもイベントを開始できますが……」
彼との問答を聞いていた異種族達も総一郎の判断に従う事にしたようで、既に迷いや戸惑いの表情は無い。
2つの世界をモニタリングして、双方準備が整った事を告げた。
「本当によろしいのですね?」
ただ、全員緊張しているように見える。
異種族オペレーターの放った「よろしいのですね」の問いはどういった感情が含まれるのだろうか。
最悪の場合は日本に被害を出してしまうかもしれない事への懸念か。それともジョーカーである総一郎が出撃する事への懸念か。
「ああ。やれ」
問いに対し、総一郎は指示を下した。
彼の目に迷いはない。それどころか――どこか希望を抱いているようだった。
総一郎の決断に従って、オペレーター達は双方のスタッフに動き出すよう指示を出し始める。
より一層騒がしくなった司令センター内にはオペレーター達の様々な声が入り混じる。
「きっとやれるさ。そうだろう? 日本の冒険者諸君」
騒がしくなった司令センターの最上段にいる総一郎は、自分と同じ国籍を持ち、日本で生まれ育った者達を信じて疑わない。
彼は椅子の背もたれに背中を預けると、右の口角だけを吊り上げて笑った。
「さぁ、冒険者を越えて英雄となる者はいるか?」
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