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10 アリウェルランド(裏)2

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 アリウェルランド内にある2つの冒険者ギルドには職員しか立ち入れない地下施設がある。

 A館、B館それぞれに武骨なかんぬきと2重の鍵でロックされた何とも怪しい入り口がある。

 ただ、A館・B館どちらの入り口を使用しても向かう先は一緒。長い階段は途中で合流する造りになっていた。

 アリウェルランドの下には下水などのインフラが埋め込まれているが、長い階段はその部分を通り越して更に地下へと向かう。

 辿り着く先は壁に囲まれたアリウェルランドの半分を有する……北西エリアと南西エリアを丸々使った広大な地下施設だ。

 壁には心休まる落ち着いた木造を模した壁紙。地面には凹凸の無い真っ直ぐで、見た目がツルツルしていそうな謎の灰色をした材質。 

 天井には疑似的に作られた太陽のような巨大照明が1つ浮かび、3つ1階建ての建物が建つ。他には休憩用と思われる木のテーブルや椅子、ベンチなどが設置されていた。

 ここまでの風景は北西エリアの部分と言うべき区画。注目すべきは南側、南西エリアの真下にあたる部分だ。

 そちらには先ほど語った際に登場した建物は無く、小さな小屋が2つだけ建っていた。

 殺風景と思われるが、それで良い。

 なぜなら、南西エリアの真下にあたる広大なスペースには次々と魔獣の死体が光と共に出現して積み重なっていくのだ。

 例えば、スライム。

 生きている時はぷるぷるとした水まんじゅうのような形をしているが、核を潰されて死亡したスライムはデロンデロンの粘液に変わって。

 例えば、腕が6本ある猿の魔獣。

 こちらはイベント戦の時に纏っていた黒いオーラが消えて、厄介な6本腕はぴくりとも動かないし、イラつくような鳴き声も上げない。

 なぜなら、死んでいるから。

 他にも巨大な木の魔獣、4本の角が生えた馬、4メートルはある巨大な魚……など。

 上げればキリがないほど、様々な魔獣の死体が光の粒子となって送り込まれて来る。その光景は生命力がゼロになったプレイヤーが待機所に送られる様子と全く同じである。

 これは転送だ。プレイヤーと同じく、フィールドで冒険者達にキルされた魔獣が転送されて来るのである。

 この様子を見て、最初に抱く疑問は「この場に転送された魔獣の死体はどうするのか?」これに尽きるだろう。

「ようし、次はイベント戦で倒された魔獣の解体に移るぞ~」

「「「 ういーす 」」」

 答えは簡単。人力で解体するのだ。

 タンクトップと作業用ズボンを履いて上半身のムッキムキな筋肉を惜しげもなく晒す魔族の男が、現場に勤める若い異種族達へ指示を出した。

 南西エリアの真下にある『解体場』では大勢の異種族が汗水垂らして、冒険者達やアリウェル第二騎士団に倒れされた魔獣を解体する。

 ドロドロの粘液になったスライムは100円均一ショップに売っているようなプラスチック製のバケツに入れて。

 一見床に落ちたドロドロの粘液は集めにくいように思えるが、床の材質も相まってゴム手袋を装着しながら掬えば容易に集められる。

 腕が6本ある猿の魔獣は埼玉県にあるホームセンターで購入したナイフを使って革を剥ぐ。

 木の魔獣はチェンソーで切断して角材サイズに加工。

 4本の角が生える馬にはディスクグラインダーを使用して角を切断、別の工具を用いると切断時に生じたバリを取って綺麗に整える。

 巨大魚も他の魔獣同様に日本製の包丁を使って多人数でさばいていく。

「電動たまんねえ~」

「魔力疲れが無いから楽でいいよなぁ~」

 異種族達が日本製の電動工具を使う様はなかなかギャップがある。

 ただ、これらを用いた事で作業員達の作業効率がグッと上がったのは見過ごせない事実だ。

「リーダー! これ、お願いします!」

 解体場の若い獣人族の男性がタンクトップ姿の魔族に声を掛けた。

 リーダーを呼んだ獣人男性が指差す先には鋼よりも硬い――アダマンタイトと同等の外皮を持つ魔獣であった。

「おう。任せな」

 リーダーの魔族の男は腰のナイフケースから刀身が薄緑色になっているナイフを抜いた。

 それを掴み、グッと力を入れると上腕二頭筋がピクリと動く。同時に薄緑色の刀身が色をより濃くするように光った。

 薄緑から濃い緑に変わった刀身を硬い外皮に添える。そして、グッと押し込むとまるで紙を切るかの如く簡単に切断されていくではないか。

 こういった物は日本製の優れた工具では切断できないのか、リーダーである魔族の男が専任となって処理をしているようだ。

「よし、これはこのまま梱包してくれ」

「了解ッス」

 これら、魔獣を解体する時には魔獣の体液や血液が地面に落ちる。いや、垂れ流しみたいな状態だ。

 室内で解体したら血が床にこびり付き、汚れが……なんて心配はしなくて良い。

 特殊素材を用いてコーティングした床はモップで拭けば元通り綺麗になる。しかもツルツル表面なのに人は足を滑らせない。

 なんて凄い技術だろうか。全く、どこからこんな謎素材を調達したのだろうか。

「ようし、終わったモンから梱包しろよ~」

 そして、この解体場でへと加工した魔獣の一部は発泡スチロール製の箱や金属ケースに種類別に収められる。

 それらをパレットに乗せるとフォークリフトに乗ったドワーフが、華麗な運転操作でパレットにフォークリフトのツメを差し込む。同時にパレットを掬い上げて別の場所へと運搬し始めた。

 パレットが運ばれた先は線路の上に停止した小型の貨物列車であった。

 貨物列車の傍に扉が開いたコンテナがあり、そのコンテナの傍にパレットを降ろす。

 すると滑り止め付きの軍手を装着した異種族達が箱をコンテナの中に詰め始めた。

 コンテナが箱でいっぱいになると、5台連結された小型の貨物列車の上にコンテナを乗せて固定。

「固定、ヨシ!」

「信号、ヨシ!」

 外にいた獣人系の異種族2人が指差し確認を終えて、列車の運転手へ合図を出す。

「出発、進行ー」

 ガタンガタン、とゆっくりとしたスピードで貨物列車は北西エリア方面に進んで行った。この貨物列車が向かう先は北西エリアを通り抜け、その先にあるアリウェル城の地下である。

 ここまでが、地下施設『解体場』における一連の作業。

 異種族達が解体・加工・輸送を繰り返していると、施設内に「ジリリリ」とベルが鳴り響いた。

「ようし! 朝勤の奴等は勤務終了! あがれあがれー!」

 解体場はシフト制である。

 朝・夜と2交替制。週休2日。1食分の食事補助や労災などの福利厚生も完備。

 望めば給料の積み立てまでしてくれるホワイトな職場であった。

 タンクトップムキムキ筋肉魔族がシフト交替を告げると、現場で作業をしていた若い異種族達は作業を終えて道具を元の位置に戻す。

 まだまだ作業場に魔獣の死体が残っているが、あとは夜勤の者達に任せる仕組みであった。

 仕事を終えた作業員達は首にかかったタオルで汗を拭きながら、爽やかな笑顔を浮かべる。

「今日の夕飯どうする?」

「正門近くの店に行こう。ジャイアントスネークを丸々漬けた酒が入荷するって聞いたぜ」

 仕事終わりは楽しい食事。それと酒。

 彼等は地上に戻るべく歩き出した。


-----


 地下でジリリリとシフト交替のベルが鳴った時、同時に地上にある冒険者ギルドでも同じ音のベルが鳴った。

 冒険者ギルドのシフトは朝から出勤する者、出勤時間をズラして昼から出勤する者の2パターンである。

 今回鳴ったベルは朝から出勤している者達の定時を知らせるベルであるが、冒険者ギルドだけは始業就業ベルの通りに……とはいかなかった。

 理由は突発的に発生するイベント戦である。

 イベント戦を終えると成功・失敗問わずに参加した冒険者にはポイントが付与される。

 このポイントを得た冒険者達が景品の交換、フィールドで従事していたクエストの報告などをついでに行おうと窓口に殺到する。

 大人気で目玉なアトラクションの窓口ともあって殺到する冒険者の数は凄まじい。

 利用者数増加に伴い、増設された建物と窓口であるがそれでも建物の外まで続く列ができてしまう。

「ごめんなさいニャ~! 窓口は30分待ちですニャ~!」

 外に並ぶ冒険者達に『処理時間 30分待ち!』と書かれたプラカードを持ってアピールする猫獣人の女性。

「今回のポイント付与でお客様のトータルポイントが3万ポイントとなりました。はい、交換ですね。少々お待ち下さい』

 窓口にいる魔族の女性も手際良く手続きを進めて。

「次の方! こちらの窓口にどうぞ~!」

「景品交換リストはこちらになっております」

「本日もご利用ありがとうございました。腕輪と装備は更衣室の中にいる係員へお渡し下さい。次の方、どうぞー!」

 来園した冒険者達はアリウェルランドを楽しんでいるだろう。

 しかし、冒険者ギルド勤務の者達にしてみるとイベント戦終了後からの数時間を地獄、もしくは戦場と称する者が多い。 

 ほとんどの業務はシステム化され、PC端末を操作したり冒険者カードの読み取りコードをスキャンしたりとデータ化されているのが救いだろうか。 

 落ち着きを取り戻すのはアトラクション終了と称し、西門が閉鎖される夕方の6時を過ぎて更に1時間後。夜の7時を回った頃だ。

 ようやくギルドへ訪れる人の数も減った頃合いで朝から出勤した者達は後処理を昼出勤者に任せて業務を終える。

 朝勤の者達に設定された定時は6時であったが、イベント戦が発生した日は今日のように数時間の残業が発生してしまうのが難点か。

 ただ、しっかりと給料は貰えるし福利厚生もバッチリ。故に退職者は少ない。

「んん~! 今日も終わった~!」

 窓口業務を終えた魔族の女性は、建物2階にある職員用の休憩室に入ると体を伸ばしながら仕事の疲れを改めて感じたようだ。

 他にも彼女のように体をほぐしながら「疲れた~」と口にする者はいるが、ブラック企業に勤める者特有の負のオーラは感じない。

 皆、誰もが充実感に溢れているような顔であった。

 彼女達は休憩室にあったコーヒーメイカーのスイッチを押してカップに出来たてのコーヒーを注いだり、紅茶を作って一息つき始めた。

 中には冷蔵庫から東京の名店が売るチョコレートの箱を取り出して一粒摘まむ者も。

「ねぇ、ねぇ。今夜の夕飯どうする~? 閉園時間過ぎたら行く? 今日はイベント戦もあったし、魔獣肉料理の種類が増えるんじゃない?」

 カップに入った緑茶と冷蔵庫から取り出した高級チョコを2つ持った虎耳獣人の女性は、休憩室のソファーに座るとコーヒーメイカーを操作していた魔族の女性に問う。

「私は旦那と合流して食べに行くよ」

 コウモリのような羽を背中に生やす青肌の魔族女性はカップに注がれた熱々のコーヒーを一口飲むとニンマリと笑って言った。

「カァー! これだから既婚者はよォ!」  

 対し、虎耳獣人女性は「やってらんねえ!」とばかりに声を荒げながら高級チョコを味わいもせずに口の中でガリガリと噛みだした。

「先輩! 私がお供しますよ! 今日は限定メニュー食べたい気分です!」

 そんな虎耳獣人女性の腕に絡み付き、顔をスリスリと擦りつけるのはウサギ耳が生えた獣人女性。

「ごはん食べたらぁ。先輩の家で飲みたいですぅ」

 ウサギ耳の獣人女性は頬を赤く染めながら虎耳獣人女性の顔を見上げた。

「うーん。明日は休みだからな! 良いだろう!」

「やったぁ!」

 虎耳獣人の女性が親指を立てながら「OK!」とジェスチャーするとウサギ耳の彼女は歓声を上げる。

 そして、虎耳獣人の女性に見えないよう、邪な目をしながらベロリと自分の唇を舐めた。

「……今日こそ喰われそうね」

 魔族の女性はコーヒーの入ったカップを唇に当てながら小さく呟くが、何がとは明確にしなかった。


-----


『本日は終了となりました。お気をつけてお帰り下さい』

 アリウェルランドの閉園時間は夜の9時。

 少々早いかもしれないが、園内の清掃や翌日開園の準備もあると告げれば来園者から不満の声は上がらない。

 例外があるとしたら北東エリアにある園内宿屋――異世界宿屋のホテルに宿泊する者だろうか。

 宿泊者は9時を回ってもアリウェルランド内に残る事が出来る。

 夜の11時までは北東エリア内の飲食店を利用する事が可能だが、別のエリアへ向かう道は完全に閉鎖されて行く事ができない。

 宿泊する客からは異世界の夜――キャストが実際に飲食店を利用していて、然もここで暮しているような空間にいられる、という体験を味わえるとなかなか好評である。

「またの来園をお待ちしております」
 
 アリウェルランド内にアナウンスが流れる中、街を警備する兵士達が笑顔で最後の来園者を正門前で見送った。

 警備隊に所属する彼等の業務ももうすぐ終わる。

 最後は正門から街へと進み、一通り巡回して問題がないかチェックする。これが終われば1日の業務は終了である。

 既に陽が沈み、空は真っ暗になって無数の星々が輝く。

 だが、道には街灯の光と店から漏れ出た光で暗さは感じられなかった。

「お疲れ様です」

 正門からメインストリートの巡回を担当している班は真っ直ぐ進み、途中にあるゴミ箱からゴミを回収したり道を清掃する清掃班に挨拶した。

「そちらも、ご苦労様~」

 清掃班の者達は清掃道具を荷車に乗せて、チームで行動。ゴミを回収してゴミ箱を清掃し、道に落ちているゴミが無いか調べながらゴミ箱を巡って行くのだ。

 因みに道の掃き掃除等は朝に行っており、いつも清潔で綺麗なテーマパークを維持しているのは彼等の奮闘のおかげだろう。

 清掃班を追い越して、兵士達はメインストリート沿いの商業施設を横目にアリウェルランド中央にある時計塔広場を目指す。

「今日はイベント戦もあったから魔獣肉メニューの種類が増えてるな」

 兵士の1人は真横にあった酒場の窓から店内を覗き見て、ウェイトレスが運ぶメニューを見ながら仲間へ話しかけた。

「こっちの肉も美味いけど、やっぱ魔獣肉が定期的に食いたくなるよなぁ」

「閉園後しか食えないからちょっと面倒だけどな」

 仲間の返答に「確かに」と返しながら兵士達は時計塔広場へ進んで行く。

 進みながら今日の夕飯をどうするか決めるのは、いつもの事なのだろう。

 目的地である時計塔広場に到達すると、異常が無いかを調べながら一回り。

 問題が無ければ、あとは彼等が配属された派出所へ戻れば勤務終了だ。

「今日どうする? 一杯やってく?」

 派出所へ向かう途中、仲間の1人が酒場を指差した。

 どうやら勤務が終わったら飲みに行かないか、という意味のようで。

 3人中、1人は「いいね」と誘いに乗った。しかし、もう1人は首を振る。

「今日は家で嫁さんが飯作ってるから」

 首を振った兵士はニヤケ顔でそう言うと、仲間達は「ああ~」とニヤケ顔を返す。

「新婚さんは初々しいねぇ」

「うちにもそんな時期がありました」

 3人共既婚者のようだが、新婚だという1人を除いて2人は結婚してから結構な時間が経っている様子。

「それにしても珍しいよな。奥さん、料理好きなのか?」

「ああ。元々料理人だったしな」

「食材はどうしているんだ?」

「元々勤めてた店で買ってるんだ。ほら、リッツの所の。あそこは外からも食材仕入れてるしな」

 アリウェルランド内には当然ながら市場など存在しない。

 来園者に提供される食事の材料はアリウェルランドの外――契約している農家や食材の卸し業者から毎朝配送されるのだ。

 そういった理由もあるのだろうが、彼等の話から察するに異種族キャスト達の中には家庭で料理をする者は少ないようである。

「ああ、でも酒は買って帰らなきゃだ」

「じゃあ、酒場までは一緒に行くか」

 兵士達は派出所に到着すると防具や制服を脱いで私服に着替えた。

 退勤すると夜のアリウェルランドを歩き出し、近くにあった酒場へ向かった。

 酒だけを買って帰ると言った兵士は仲間に別れを告げて、ワイン瓶を1本持って帰路に着く。

 南西エリアの裏道に入り、奥にある住宅地へ。

「ただいま」

「おかえり」

 アリウェルランド内にある自宅の扉を開けると、温かみのある電球の光と愛しき妻に出迎えられるのだった。 
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