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9 アリウェルランド(裏)1

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 時間は緊急イベントが開催される1時間程度前に遡る。

 舞台となるのはアリウェルランドの象徴である大きな城だ。

 敷地内の最奥に建設された白い外壁と青い尖がった屋根を持つ巨大な王城――アリウェル王城の1階から2階は来園者も入る事が可能であった。

 城内にある内装や造りを見て日本とは違った異質な雰囲気を楽しめたり、廊下に飾られた歴代の王達を描いた絵画などを見て世界観を想像してみたり。

 冒険者活動のように体を動かすアトラクションとは正反対の、ゆっくり目で見て楽しむアトラクションと言えば良いだろうか。

 ただ、来園者が入れるのは全6階の中から2階まで。

 それより上層である階と地下は立ち入り禁止になっており、この立ち入り禁止区域に大人気テーマパーク・アリウェルランドの秘密が詰まっていると言っても過言ではない。

 その理由は、この大人気となったアリウェルランドを統括する司令センターが存在するからだ。

 4階の半分を使用して用意した司令センターは、他の階から漂う洋ファンタジーのような異世界感とは雰囲気がガラっと変わる。

 中には超巨大なモニターが4枚も設置され、4つの巨大モニターを更に分割表示させてアリウェルランド内の様子やフィールドの様子などが映されていた。

 室内の造りは大学の講堂ような奥に向かって1列ずつ段々と高くなっていく構造。

 緩やかなカーブを描き、横に長い机には多種多様な異種族達が各員1台ずつ用意されたPC端末の前にインカムを装着しながら座っている。

 室内全体の壁は無機質な灰色の金属系材質。天井に取り付けられた照明の数は少なく全体的に薄暗い。

 敢えて薄暗くしているのは司令センター配属のオペレーターである異種族達が画面を見やすくする為だろう。

 各員が使うPCモニターの光と4つの大型モニターによる光が目立ち、この司令センターだけはどこかSF世界のように感じられる。

 このアリウェルランドでは異質である司令センターにオペレーターとして配属された異種族が行う業務は監視である。

 彼等はグループ単位で指定されたエリアを監視して、問題があれば外の警備キャストに連絡するのが主な仕事だ。

「3班へ。北東エリアの雑貨屋前で迷子の子供がいます。至急確保して下さい」

「6班。南東エリアでキャストから救援信号あり。しつこくナンパされているようなので対処をお願いします」

 といった具合に、各エリアを監視しながら来園者と城の外に配属されたキャストのサポートをするのが司令センター業務の1つである。

 中でも特にオペレーターによる監視が多いエリアはやはりフィールドだろう。

 体験型アトラクション、来園者本人が体を動かして楽しむ場所という事もあって様々なトラブルが発生する。

 例えば、フィールド内にいる冒険者の体調不良。

 テンションが上がった来園者が脳内アドレナリンをドバドバ放出した結果、フィールド内で倒れてしまったなんて事も過去には発生した。

 他にはフィールドで迷子になってしまい、帰り道が分からなくなった冒険者の救出だろうか。 

 腕輪にある緊急転送ボタンを押せない、もしくは存在自体を忘れている冒険者を救護するチームが用意されており、彼等に指示を出すのも司令センターにいるオペレーターの仕事である。

 他にもエリアの監視業務以外に冒険者活動で作用するセーフティが正常に稼働しているか、転送機能の座標指定と稼働状況の監視などを担当するオペレーターチームも存在する。

 このように司令センターはアリウェルランド全体を管理する中枢と言える場所であった。

 そして、司令センターの最上段、一番高い場所に座っているのは全体を管理する最高司令官とも言うべき存在。

 アリウェルランドを考え、作り出した存在である――司馬総一郎 (しば そういちろう)という男がいた。

 外見から年齢は20台後半。黒髪に黒目と日本人を象徴するかのような容姿。服装は黒スーツでいかにも最高責任者です、と主張する。

 腕を組みながらモニターを見る目付きは鋭く、戦場を駆け抜けた若き英雄のような雰囲気を纏う。

 ただ、彼がこのテーマパークを作ったと知るのはキャストだけだ。

 各メディアが大人気アトラクションを作り出した者を取材しようと何度もアポを取るが、全てお断り。

 一切の露出をしない事から謎多き社長と囁かれる男であった。

 そんな最上段にいる総一郎を目指し、部屋の隅にある階段を上がる1人の老執事が。

 白髪をオールバックにして額からは長い2本の角。顔にはモノクルを装着して。

 肌は青く魔族と呼ばれる種族であるのがわかる。

 見た目は確かに老人であるが、背筋はピンと伸びて階段を上がる仕草からも歳を感じさせない。

 老執事は最上段に到着すると巨大モニターをジッと見つめる総一郎へ向かって口を開いた。 

「英雄殿」

 彼は総一郎を『社長』『旦那様』『主』といったような、主従関係を匂わせる呼び方はしなかった。

 しかし、これが正常。

 城に勤める者……いや、アリウェルランドで働く正式なキャスト達は一部の者を除いて彼を『英雄』と呼ぶ。

「どうした?」

 故に、総一郎も当然の如く呼びかけに応じるが振り向く事はせずに声だけを返した。

「姫様より伝言が。本日のお戻りはいつになるか、と」

「そうだな……。このまま問題が無ければアデルが戻り次第――」

 総一郎が返答している最中、部屋の中に警告音のような甲高い音が鳴り響いた。

「英雄様! バルトロア皇国皇都より緊急入電! 魔獣の氾濫が発生した模様!」

 オペレーターであるエルフの女性が耳のインカムを押さえながら叫んだ。

 一気に慌ただしくなる司令センター。だが、総一郎は顔色を変えずに「繋げ」と指示を出す。

 すると、巨大モニターの1台が切り替わって長い白ヒゲを生やした老人が映し出された。

「バルトロア王、状況は?」

 通信が繋がった事を確信した総一郎はモニター越しに話しかけた。

『クリスタルを発見したが魔獣が多くて近づけぬ。それどころか、わんさか溢れ出しおったわい』

 いつもの事なのか、老人もそれほど焦りを見せずに答えてみせた。

「奴等の影はあるか?」

『ある……と、思うがな。確認はできておらん。だが、この数は異常だ。恐らくは奴等がクリスタルを活性化させたのじゃろう』

 そう言った老人は続けて、魔獣の数を告げる。その数は5000を超えている、と。

 老人の答えを聞いた総一郎は「チッ」と小さく舌打ちをした。

 彼、いや関係者全員を悩ませる厄介者達の姿は見えぬようだが、溢れ出る魔獣の数から十分に痕跡を感じられたようで総一郎と老人は揃って眉間に皺を寄せた。

「少し待て。……Cランク冒険者の数はどうだ?」

 総一郎は老人に待てと告げて、フィールドと冒険者ギルドを利用する来園者達の管理をするオペレーターに問う。

「現在、来園中であるCランク以上の冒険者数は1000人です。内、Aランクは20人が活動中」

 男性魔族のオペレーターがキーボードを操作して求められた情報を確認すると総一郎へ返す。

 情報を受け取った総一郎は眉間に皺を寄せたまま、顎に手を当てて悩み始めた。

 しかし、数秒で再び動き出す。

「こちらで3000は始末する。それと、クリスタルの破壊にはSランクを2人向かわせよう。皇国騎士団は残りの2000を頼む」

『良いのか?』

「一般人の避難もあるだろう? なるべく防衛に専念しろ。それに前に被害を受けたばかりじゃないか」

 総一郎がそう言うとモニターに表示されている老人はゆっくりと頭を下げた。

『……すまぬ』

 老人の謝罪には真摯な気持ちが籠っていた。まるで彼を巻き込んでしまった事を恥じているような。

「構わない。気にするな」

 対照的に総一郎の返答には相手を許すような、気を遣うような柔らかさがあった。

 そのやり取りを最後に通信は終了。モニターが切り替わってフィールドが映し出された。

「下にいるアデルへ状況を伝えてくれ。彼等の準備が出来次第、緊急イベントを開始する」

 総一郎が指示を出すと担当者はキーボードを操作して目的の場所へ状況を伝え始めた。

「……すまないが、ルカに遅くなるかもしれないと伝えてくれ」

 指示を出し終えた総一郎は後ろに控える老執事へ顔だけで振り返るとそう言った。

「承知しました」

 老執事は一礼して立ち去る。姫――総一郎がルカと呼んだ者へ伝えに言ったのだろう。

 それから30分後、準備完了の知らせが司令センターに届く。

「参加者の集計と腕輪の同期が完了! 緊急イベントの参加者は800人! Aランク冒険者は全員参加しています!」

「アリウェル第二騎士団の配備完了! 西門の閉鎖、境界線の遮断を開始!」

「セーフティの正常稼働確認! 転送システム正常稼働確認!」

「技術部門より入電。エーテル粒子の充填完了。ゲートの解放、いつでも可能です!」

 準備が整ったとオペレーターのグループリーダー達から続々と叫び声が上がった。

「イベント戦、開始だ」

 総一郎がそう告げると、モニターに表示されるフィールドには黒いモヤを纏った魔獣達が続々と出現する様が映し出される。

 出現した魔獣達は門前で待ち構える冒険者達とアリウェル第二騎士団に向かって一斉に駆け出し始めた。

 冒険者達と騎士団に所属する魔法使いが一斉に魔法を放つ。

 先頭付近を走る大量の魔獣が光の粒子に変わると、いよいよ近接系冒険者や騎士達との激突が始まった。

 騎士団はいつも通り、盾で魔獣を受け止めてから剣や槍で屠る。冒険者達はそれぞれ得意な武器で応戦を開始。

 中でも一番目立つのは、やはりAランクの冒険者達である。

 彼等はアリウェルランドが開園した当初に訪れ、いち早くこのテーマパークの魅力に気付いた者達だ。

 故に古参揃いとあって装備している武器や防具もポイント交換用景品である初級~中級の物ではない。

 フィールドを駆け回って希少素材を集め、生産ジョブに製作依頼をせねば手に入れられない一級品の装備品を使っていた。

「……まだ足りないか」

 が、モニター越しにAランク冒険者を見る総一郎はそう呟いて隣のモニターに目を移す。

 そちらに映るのは日本のアリウェルランド西門にあるフィールドとは全く別の景色があった。いや、日本のどこにも同じ景色は存在しないだろう。

 天まで伸びる巨大な山。白き巨塔が連結して造られた城。城と街を囲む背の高い壁。

 何より特徴的なのは遠くの空に大地が浮かんでいるのが見える事だろうか。

 どこか違う世界と思わせる景色を背景に、Sランク冒険者と呼ばれる一騎当千の猛者が大暴れしている様子があった。

 モニターに映るSランク冒険者の1人である、青い鎧とスカートを履いた女性は銀のレイピアを魔獣の群れへ向ける。

 すると氷の竜巻を生み出し、一撃で200を超える魔獣を殺害。

 もう1人の大斧を持った赤い髪を持つ上半身裸の大男は魔獣の群れに突っ込むと大斧を横薙ぎに。

 斧の刃に接触した魔獣は爆発するかのように体を破裂させて血肉を飛び散らせる。

 アリウェルランドのフィールドを映すモニター。また別の場所を映すモニター。

 それぞれ違うのは魔獣がやられた瞬間、光の粒子に変わるか否かだろうか。

 日本とは別の場所を映すモニターには、苦手な人が見れば口を抑えて目を逸らしたくなるようなスプラッタな映像が映る。

 Sランク冒険者によって討伐された魔獣の死体は光の粒子にはならず、その場に残っていた。

 また、AランクとSランク冒険者の間にある決定的な力の差も窺えた。総一郎が足りない、と言ったのはこの差についてだろうか。

 イベント戦が開始してから30分経つと、アリウェルランドのフィールドを映すモニターに動きが見え始める。

 仮登録者や低ランク冒険者がAランク冒険者と騎士団の防衛線を突破した魔獣にやられ始めたのだ。

 生命力がゼロになった者は次々と光の粒子へ変わっていく。

 セーフティが起動しているおかげで彼等は痛みを感じないが、転送システムによって指定された帰還場所に転送される。

「セーフティと転送システムに異常は無いか? 怪我人はいないな?」

 総一郎が表情を変えずにシステムを監視するオペレーターへ問う。

「はい。問題無く稼働しています。怪我人が出た様子も、転送酔いした者も報告されていません」

 ここは日本。企業がミスを犯せばうるさく騒ぐ者も多い。

「何か問題が発生したらすぐに報告してくれ」

「はい」

 それ故に、細心の注意を払っているのだろう。

 訴訟問題は御免だ、と言うようにシステムを監視するオペレーターへ総一郎は言葉を掛ける。

「フィールド上に残った冒険者は70%。アリウェル第二騎士団及び高ランク冒険者に脱落者無しです」  

「バルトロア皇国騎士団長より入電。Sランク冒険者がクリスタルの破壊に着手」

 各オペレーターは細かく状況を伝え――イベント開始から1時間が経過した。

「フィールド上に転送された魔獣、殲滅完了です」

「よし。いつも通り、討伐者のランキングを表示。同時にイベント戦終了の告知を出せ」

 アリウェルランド側は終了。各オペレーターから報告が成され、全て問題無し。

 総一郎は小さく安堵の息を吐く。そして、残り1つの戦場を映すモニターだけに集中し始めた。

 ただ、こちらのモニターに映る魔獣の数も少なくなっていた。

 どこかも分からぬ所在地不明の街、アリウェルランドのような異世界の雰囲気を感じられる街を守る騎士団が残り数匹となった魔獣へ一斉に襲い掛かる。
 
「バルトロア皇国騎士団長より入電! クリスタル破壊完了! 破壊完了です!」

 と、街を守る騎士団が全ての魔獣を殲滅したと同時にオペレーターから歓喜の感情が篭った声で報告が叫ばれた。

 すると、司令センターにいたオペレーター達から一斉に歓声と拍手が上がる。

 最上段に座って状況を見守っていた総一郎の顔にも、本心から漏れ出たような安堵の表情が浮かんで大きく息を吐いた。

「ソフィア様より入電、繋ぎます」

 センター内に満ちた歓声が収まってから数分後、モニターには青く長い髪を持った美しい女性が映し出された。

 彼女は先ほどSランク冒険者として戦っていた、青い鎧を身に纏う女性である。

 非常に整った容姿と自信に満ち溢れる表情はどこかのお姫様なんじゃないか、と思わせる高貴な品のある雰囲気を纏う。

『ソウ、こちらは終わった』

 映し出された女性――ソフィアは辺り一面氷漬けになった森を背景に、破壊したであろう紫色をした半透明の物体を見せながらそう言った。

 恐らく彼女が手に持つ紫色の半透明な物体こそ、破壊したクリスタルの欠片なのだろう。

「ご苦労。どうだった?」

 確かな証拠を見た総一郎も頷きを返す。

 同時に色々な意味を含めてなのか大雑把に彼女へ問うと、ソフィアも含まれた意味を知っているからか声や表情に疑問は無く。

『組織の者がいた痕跡があった。純魔力液が入っていたであろうカラの試験官が落ちていたよ。ガーラが周囲を見て周っているが……』

「クリスタルを活性化させてすぐに撤収したか。……まぁ、当然だな。クリスタルから魔獣が溢れ出すのに、その場に留まるなど自殺に等しい」

 総一郎が苦々しい表情を浮かべながら告げると、ソフィアも頷きを返した。 

『ガーラが戻り次第、クリスタルの破片を回収してこちら側のアリウェル王都に帰還する。バルトロア王とアリウェル王へ伝言はあるか?』

「いや、特にない。気を付けて戻ってくれ」

『承知した』

 やり取りが終わると通信が切れたのか、一瞬だけモニターが暗転した。

 次に映し出されたのはアリウェルランド内の状況であった。イベント戦を終えた冒険者達が笑顔で西門を潜って街の中へ戻る様子が映っている。

「ふぅ……」

 今度こそ全てを終えた、とばかりに総一郎は椅子の背もたれに体を預けて目を瞑った。

「ソウ、無事に終わったようだね」

 目を瞑っていた総一郎であったが、すぐ傍で声がしたのを認識すると目を開けて顔を声の方向へ向ける。

 彼のすぐ近くに立っていたのはエメラルドグリーンの長い髪を持つエルフだった。

 髪の長さや中性的な美しい容姿から女性と思われるが、服の上から見えるシルエットは男性のもの。

「アデル。向こうではクリスタルの破壊も終えたよ」

 エルフの男性の名はオペレーターとのやり取りで度々登場したアデルという人物だったようだ。

 2人がやり取りする間には戦場で共に戦った戦友同士……といった信頼関係が窺える。

「順調、と言うべきかな?」

 総一郎の答えにアデルは少し迷うように言う。

「そう思いたい。こちら側で問題も起きていないしな」

 順調か否か、と問われた総一郎も少し迷いを顔に浮かべて答えた。

 順調であって欲しい、そう願うような表情にも見える。

 ただ、アリウェルランドを開業してから大きな問題は起きていない。

 それどころか、連日客足は途切れず大盛況。テーマパークランキングでも一位を獲得して勢いが増すばかり。

 一部、ネットの書き込みでは『アリウェルランドの技術は謎に包まれている』『魔法を使えるなどおかしい』といった意見も見られるが……。

 気にしているのは本当に一部だ。大衆はそんな事気にしない。

 何故なら、楽しいからだろう。

 異世界に入り込んだような非現実体験。今時の日本人であれば誰でもプレイした事のあるゲームのようなシステム設計。

 冒険者だから魔獣を討つという免罪符とストレス発散法。加えて、ご褒美まで貰えるというプラス要素。

 些細な問題を口にして目の前にある楽しみを奪われたくない、と思っている者がほとんどのようだ。

 この流れは総一郎達にとって有難いものであるのだが。

「さて、ここからは私が代わろう。今日こそは早く帰らなければ、愛しのお姫様が寂しがっているんじゃないかい?」

 ふふ、と小さく笑い声を漏らしたアデルの表情は総一郎をからかっているようだった。

「また私が独占している、と言われたら敵わんよ。さぁ、どきたまえ」

 いや、からかっているのだろう。

 こういった軽口を叩けるという事は親友同士、本当に心から信頼し合った者同士ならではの会話とも言えるか。

「わかった。わかった。……じゃあ、あとは頼む」

 総一郎は席を立ち、アデルに譲った。

「ああ。しっかりと奥さんにサービスしてきたまえよ」

 ヒラヒラと手を振るアデルに見送られ、総一郎は司令センターから退室した。

 廊下に出た彼は上の階へ向かうエレベーターを目指して歩き出す。

 エレベーターで最上階である6階――彼が暮らすプライベートエリアに到着すると、いつも通りの足取りで自室に向かった。

 部屋の前に到着するとインターホンや鍵を開けるなどの動作もせず、そのまま扉を開ける。

「ただいま」

 玄関で靴を脱ぎながら総一郎が帰宅した事を告げると、奥からパタパタと誰かが走り出す音が聞こえた。

 リビングから玄関方向へ繋がるドアが開き、姿を現したのは――

「おかえりなさませ、アナタ」

「ただいま。ルカ」

 総一郎の愛しき妻、ルカである。

 スラッとした抜群なスタイルを晒すように、体のラインが服の上からでもよく分かるぴったりとした黒いロングワンピースタイプのドレス。

 その上にフリルがたっぷりのエプロンを装着するという何とも不思議な装い。

 容姿は極上の美女と男女問わず誰もが言うだろう。

 歳は20代前半、陶器のようになめらかな白い肌。エメラルドのように美しい瞳と長い睫。

 まるで人形のように全てがパーフェクトに整っていた。

 もっとも目を引くであろう、長く綺麗なプラチナブロンドの髪を後ろでハーフアップに纏めた彼女は、靴を脱ぐ総一郎へ近付いた。

「今日もお疲れ様でした」 

 そう言って笑った彼女の顔は満開の花のよう。美しさを感じさせながら、笑顔には可愛らしさも感じられる。

 しかしながら、表情や立ち振る舞い、彼女の全てからお姫様のような品も溢れる。

 ……いや、総一郎へ問いに来た老執事が彼女を『姫様』と呼んでいた事から推測するに彼女は本物のなのだろう。

 とにかく、パーフェクトな美女は玄関を上がった総一郎に抱き着き、互いに抱きしめ合うと彼女は総一郎の頬にキスをした。

「お昼ごはん、出来ていますよ。今日はもう終わりですか?」

 そう言って、彼女は総一郎の両頬を挟むように手を添える。

 宝石のように美しいエメラルドの瞳で見つめられると吸い込まれてしまうんじゃないか、そう思わせる圧倒的な魅力があった。

「ああ」

 愛しき妻の魅力に未だやられっぱなしなのか、顔を少し赤らめた総一郎は短く答える。

「じゃあ、今日は一緒にゆっくりできますね」

 彼が普段はクールな態度で隠す本性を彼女は知っているのだろう。嬉しそうに笑った彼女は総一郎の手を引いてリビングへ誘った。
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