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8 魅了された者達
しおりを挟む咲奈が行きたかったと言って3人を案内したレストランは西門から歩いて10分程度。
北西エリアにある『夢の羊亭』と書かれた小さな看板が入り口に掲げられるレストランだった。
咲奈が扉を開け、中に入って行くとツトムが続く。サトシは扉を押さえてまひろに入り口を譲ると最後に入店した。
アリウェルランド内の建物ほとんどは外観がレンガ造りの建物として統一されてはいるものの、内装は店舗ごとに個性を出しているようだ。
このレストランは室内にあるテーブルや椅子は木製を採用しているが、壁には剣や盾が飾られていたり、クマの魔獣らしき剥製が中央に配置されていたりと少しワイルドな雰囲気を出していた。
こういった内装の店によくある設定としては店主が元冒険者で歳を取ってからレストランを開業した、などの類だろうか。
サトシが入り口から見える厨房に目を向けると腕が丸太のような大男が調理場に立ってフライパンを巧みに操っているのが見えた。
店主が元冒険者という設定も強ち間違いではないかもしれない。
イベント戦に参加した事でランチタイムから少し時間だ経った今、席を立つ来園者も多く4人はすぐに席へ通された。
4人が案内されたのは室内の端っこにあるボックス席で、丁度イベント戦が映るモニターがよく見える場所であった。
「ネットのレビューにね、このお店はパスタがイチオシって書いてあったの」
観戦よりまずは注文とばかりに咲奈が革張りになったメニューを開いてテーブルの上に置いた。
サトシは逆側から咲奈の開いたメニューを見る。
4ページあるメニューの最初はイチオシらしいパスタメニューの名前と写真があった。
確かにどれも美味しそうなパスタが並んでいたのだが、メニューを見ていたサトシをツトムが肘で叩いて呼ぶ。
「おい、見てみろあれ」
「ん?」
そう言われ、注目した先には獣人のウェイトレスが運んでいる肉の塊。
所謂、マンガ肉と呼ばれる骨付きの巨大肉だった。
出来立てホヤホヤの巨大肉は、こんがりカリカリに焼けた表面を見せつけて食欲をそそる良い匂いを漂わせる。
ウェイトレスが運んだ席には食欲旺盛な男4人組がいて、特製ソースをかけた瞬間にジュワァと鳴る音に歓声を上げる。
「やばい。肉、めっちゃ美味そう」
「だよな……。おい、あれも見ろ!」
別のエルフウェイトレスが運んでいたのはアツアツのグラタンだった。
たっぷりチーズのかかったグラタンも捨てがたい。
「どれも美味そう」
パスタがイチオシらしいが、男性好みのガッツリ系も美味しそうでサトシは思わずゴクリと喉を鳴らした。
「ふふ」
そんなサトシを見て、小さく笑うのはまひろだった。
彼女の笑い声に気付いたサトシは顔を少し赤らめながらつられて笑う。
「あはは、迷うね」
「ふふ、はい」
「どれも美味しそうよねぇ。わかる、わかる」
咲奈とまひろもパスタを食べようと心に決めていたようだが、別のメニューの実物を見て迷い始めたようだ。
「うーん、今回はパスタにしておこうかな。せっかくイチオシだって話を聞いたし」
「肉を1皿頼んで皆で少しずつ食べる?」
サトシがせっかく教わったから、とパスタを選択すると、やはり肉も諦めきれなかったツトムが4人でシェアする手段を提案した。
「あ、良いわね! じゃあ、あたしはパスタにしよ!」
「私もそうします」
こうして4人がメニューを決めて注文を終えると、
「そういえば、自己紹介してなかったわね」
自分から誘っておき、さらにはこれだけ盛り上がっておきながら。自己紹介もしていない事に気付いた咲奈が苦笑いを浮かべてそう言った。
「あたしは樋口咲奈 (ひぐち さな)」
「わ、私は神田まひろです (かんだ まひろ)」
よろしくね、フィールドでは助けてくれてありがとう、と2人の自己紹介と礼が続けられた。
「田中聡って言います」
「俺は吉田努。よろしく!」
男2人もそれぞれ名を告げた。
「2人とも何歳なの?」
こういった事に関してはツトムの方が慣れているのか、彼が軽い調子で女性2人の歳を訪ねた。
「どっちも24歳よ。そっちは?」
「俺達は27で同い年。高校の同級生だったんだ」
女性2人は年下のようで。サトシ達が27だと知ると咲奈は「あ!」と驚いた後に苦笑いを浮かべた。
「めちゃくちゃタメ口で喋ってた」
咲奈はどちらかというとツトムのような軽いノリを通すタイプのようだ。
年上に敬語を使わなかった事を詫びるが、そこまで気にしている様子がない。
咲奈が髪を金に染めているのとメイクの効果もあってギャルっぽい印象があったが間違ってはいなかったようだ。
逆にまひろは少し内気で人見知りな性格を表すかのように黒髪でナチュラルメイク。少し派手な咲奈の隣にいると、まひろの大人しい雰囲気が際立つ。
「いいよいいよ。一緒に戦った仲だし。な?」
ツトムはサトシに顔を向けて同意を求めた。勿論、サトシも同意する。
「あたし達も高校からの友達なんだぁ。どっちも昔から異世界系のラノベが好きでね。ようやく来れたの」
咲奈とまひろはお互いにファンタジーな世界観が好きで、アリウェルランド開園当初から「いつか行こう」と約束していたようだ。
仕事の都合などがあって今まで来れなかったが、ようやく今日訪れる事が出来たと嬉しそうに語った。
「俺はサトシに誘われたんだ。こいつが懸賞でチケット当ててさ」
「えー! マジ凄いじゃん!」
サトシは3人にチケットを当てた運を賞賛され、照れながら笑ってしまった。
「でもさぁ、マジで凄いよなぁ。どういう技術使ってんの? って感じじゃね?」
「あー、わかる。転送とかマジ謎だよね」
4人共アリウェルランドに散りばめられた謎の技術について考察するが、やはり答えは出なかった。
丁度注文した料理が運ばれて来た事もあって「アリウェルランドはとにかく凄い」という意見で纏まってしまった。
「うまぁ……」
運ばれてきた料理を一口食べたサトシが幸せそうに声を漏らす。
そんなに? と怪訝な表情を浮かべていたツトムが遅れて口にすると同じく料理の味に驚愕の表情を浮かべた。
「うまっ!」
「ね、美味しい!」
「うん!」
咲奈はネットにあったレストランレビューは間違いじゃなかった! と大興奮。
どうやらアリウェルランドにあるレストランのほとんどが美味しいと評判で、冒険者活動に興味がない食通の間でも騒がれているようだ。
「大人気とは聞いていたけど、ここまでとは思っていなかったな」
「確かに。どうせ異世界モチーフの遊園地だと思ってた」
食事も美味しい。冒険者活動も本物の異世界冒険者気分を味わえる。
確かに人気のテーマパークになるわけだ、とサトシとツトムは納得してしまった様子。
「確かに冒険者活動は凄いよね。マジでラノベの世界に入っちゃったみたいだもん」
「咲奈ちゃん、異世界に行きたいっていつも言ってたもんね」
互いに感想を言いながら食事を完食すると、食後のコーヒーやドリンクを楽しんだ。
そのタイミングでサトシは店内にあったモニターへ視線を向ける。
モニターには『防衛成功!』と大きな文字が表示され、イベント戦が終わった事をアナウンスしていた。
「イベント戦、終わったみたい」
サトシがそう言うと3人もモニターへ顔を向ける。
モニターには討伐数の上位者がランキング形式で表示されていて、1位の冒険者はなんと300匹以上も魔獣を倒したようであった。
「1位は……Aランク冒険者、紫電の魔術師?」
ランキング1位から10位まで表示されているが、どれもAランクばかり。加えて、1位の者と同じく異名のような名で記載されていた。
「あれじゃない!? ラノベにもある異名ってやつ! すごい冒険者に与えられる称号的な!?」
ここでも定番要素らしきシステムの登場で咲奈が興奮気味に告げた。
「ああ、なるほど!」
「主人公が他の冒険者達から影で囁かれるアレか!」
確かにあり得る話だ、と3人も納得する。
「凄いなぁ。俺なんて1匹倒すのに四苦八苦してたのに」
「やっぱり本登録すると違うんじゃねえ?」
ランキング上位者は所謂『ガチ勢』と呼ばれるような人種だろうか。
恐らく本登録してポイントで装備品を購入している人達なのだろう、とサトシとツトムは推測した。
「確かにそうかもね~。仮登録は色々制限掛かってるお試し版みたいだし」
「本登録したら戦士と魔法使い以外にもなれるのかな?」
咲奈とまひろが首を傾げ、サトシとツトムも本登録したらどれほど幅が広がるのかと疑問を口にする。
「あの、すいません」
すると、後ろの席にいた男性が声を掛けて4人が座る席の前へとやって来た。
男性の年齢は40代くらいだろうか。冒険者のような防具は身に着けておらず、街を歩く異世界人に扮したキャストような恰好をしていた。
「突然申し訳ない、怪しい者ではありません。私、工藤と申しますが……。後ろの席で色々とお話が聞こえてしまっていたもので。良かったら、こちらをどうぞ」
突然話しかけた事を詫びた男性は1冊の本を4人に差し出した。
「あの、これは?」
サトシが代表して問うと、男性はぎこちなく笑う。
「こちらは冒険者の入門書のような、基礎が書かれた本なんです。皆さんは仮登録で本登録するか迷っている様子でしたので……」
そう言いながら、浮かべる笑顔は他人と話す事に慣れていないような雰囲気があった。
しかし、どうやら男性は善意で本を差し出した様子。
咲奈が本を手に取って適当なページを開くと、中には本登録すると出来る事やジョブの解説がイラストや写真付きで詳しく描かれていた。
「うわ、すごい! めっちゃ細かく書かれてる!」
「本当だ。凄く丁寧だね」
咲奈は開いたページの感想を口にする。まひろも横から覗き見るが、確かにページの解説は丁寧だった。
開いたページはジョブを解説するページであったが、そこには余分な情報を記載せずに一目で分かりやすい文字の解説が。
それに加えて詳細なイラストや実際にそのジョブになった者にインタビューしたのか、メリット・デメリットへの一口メッセージも添えられていた。
咲奈が最後のページを開くと著者の欄に『工藤浩一』と記載されている。
「工藤……?」
著者の名を聞いたサトシはピンと来た。
「もしかして、貴方がお書きになられたんですか?」
「ええ。実はそうなんです」
工藤はサトシの問いに恥ずかしそうな表情を浮かべつつ頷くと言葉を続けた。
「アリウェルランドの冒険者には戦闘ジョブ以外にも、私のような物事に関する考察を本や記事を書く『考察者』といったジョブも存在します。所謂、生産系のジョブに属する者達ですね」
生産ジョブ向けのクエストも存在しており、物を作ってギルドに卸すとポイントを得られる仕組みであると男は告げる。
戦闘系のジョブを楽しむ冒険者はギルド経由で生産ジョブが作り出したアイテムを購入出来たり、露店売買や店舗経営の資格を得たら直接販売すら出来るという。
「じゃあ、この本も売り物ですよね? おいくらですか?」
サトシが生産ジョブの概要をざっくりと理解すると工藤に本の値段を聞いた。
彼が手掛けた本はとても親切で丁寧だ。一目見るだけで初心者が冒険者のイロハを学べるよう様々な工夫がされている。
その本をタダで貰おう、とは思えなかったようで財布に手を伸ばしたが……。
「ああ、いえ! 申し訳ない、私はすぐに話が脱線してしまう……。お金はいりません。趣味で書いたような物ですし、何より――」
工藤はぎこちない笑顔から一変し、とても良い笑顔を浮かべながら言葉を続けた。
「皆さん、楽しそうでしたので。まだ仮登録のようですから是非本登録して遊んで頂きたいな、とお節介を働かせてしまいました。私もこの歳になって楽しみを見つけたクチです。皆さんにも楽しんで頂きたく思いまして」
工藤は少し口下手で話術に長けている訳じゃない。でも、心の底からアリウェルランドで『考察者』を楽しんでいるようだった。
この異世界のようなテーマパークで謎と未知を探求しながら冒険者の手助けをする事が何よりも幸せ。
彼の笑顔からそんな気持ちが溢れていた。
「ああ! 打算もありますよ! 私は運動が得意じゃないので。戦闘ジョブの冒険者さんがフィールドで新しい事を見つけてくれると、私がそれについて聞いたり、見たりできます。ほら、皆さんが本登録して冒険者になれば私も得をするってわけです」
あはは、とまたぎこちない笑顔に戻った工藤は言い訳するように言った。
何とも変な言い訳である。
彼は自分の席からリュックサックを持つと、中から追加で同じ本を3冊取り出してテーブルに置いた。
「どうか、楽しんで下さい。異世界ファンタジーが好きな者ならば、ここは天国です」
「あ!」
さすがに4冊も頂けない、とサトシが言う前に工藤は早足で去って行ってしまった。
「行っちゃった……」
サトシは工藤が店から出て行くのを見送って、力無く席に座る。
「タダで貰っちまったけど、これ本当に凄いぞ」
本を手に取って中身を見るツトムはクオリティの高さに改めて驚愕する。
本屋で売っている専門分野の初心者用解説書と比べても、ここまで丁寧で分かりやすい物はなかなか見つからないと口にした。
「みんな本登録する?」
咲奈が目を輝かせながら問うと3人全員が頷いた。
「だったら、ちょっと場所を移動して読んでみない?」
さすがにレストランで長居するのはマズイ。外に出て、カフェかベンチで本を読んでみないかと提案すると3人共同意した。
会計を済ませた4人は北西エリアにあった小さな公園に移動して、露店でポーションを購入すると日陰になっていた芝生の上で輪になって本を読み始めた。
「戦士の他にも剣士や魔法戦士なんてジョブもあるのか」
近接ジョブが意外と楽しかった、と感想を漏らしたサトシは本に載っていた近接ジョブの種類に驚く。
しかも、これが全てではないようだ。
ジョブというシステムは何らかの切っ掛けで新しいジョブが発見させる可能性があるそうで。
アリウェルランドが開園してから今年で2年になるが、未だ1人しか就いていないジョブもあると記載されていた。
「あたし、この弓を使うジョブが良い!」
咲奈は弓と短剣を扱う盗賊に興味を示す。
「私は回復師かなぁ」
まひろは生命力を回復させる回復師を選んだようだ。
「俺は魔法使いかなぁ。魔法の種類もすげえあるみたいだし!」
ツトムはやはり魔法を撃つ事に魅了されたようだ。
ファイアーボールだけじゃなく、水や雷などの属性魔法が存在していると知ると「いつか大魔法を撃ちたい!」と憧れを口にした。
4人は本を片手にワイワイ盛り上がっているとすっかり夕方になってしまった。
せっかくテーマパークへ訪れたのにアトラクションを楽しまぬまま時間を忘れてしまった事へ若干の後悔はあったものの――
「ねえ、2人はまたここへ来る?」
咲奈がそう問うと、サトシとツトムは顔を見合わせた後に頷いた。
「じゃあさ! 今度は予定を合わせて一緒に行かない? その時、みんなで本登録しようよ!」
出会ってからたった数時間。だが、4人共どこか波長が合う。
咲奈が2人を誘うのも不思議ではなかった。
「ID交換しよ」
咲奈はスマホを取り出して無料通話アプリのIDを晒した。
サトシとツトムは咲奈とまひろとIDを交換してこの日より4人は友達に。
いや、パーティメンバーとなったのだ。
サトシはスマホのアプリに追加された新しい2名の名を見た。自分のスマホの中にプライベートで女性の連絡先が追加されるなど何年振りだろうか。
ある意味、女っ気の無かった主人公が転生した途端に女性との繋がりを持つテンプレに近い。
アリウェルランドはここまで再現してくれるのか、と意味不明な感動を覚えたようだ。
4人はその後、アリウェルランド内にあるレストランで夕食を摂った。
夕食に選んだレストランの食事も絶品で「また来よう」という気持ちが一層昂ったようだ。
帰る前に冒険者ギルドへ立ち寄って仮登録の終了を告げる。装備品と冒険者の腕輪を返却して、体験会終了の景品を貰った。
「イベント戦に参加して防衛成功となりましたので景品がグレードアップしました」
窓口の異種族キャストにそう告げられ、渡されたのは次回来園時に使える入園料の半額券だった。
「こりゃ丁度良いな」
「うん」
次も来るつもりだった4人には丁度良い。
ギルドを出た4人は夕日が沈んで空が暗くなって来た中を正門へ向かって歩き、アリウェルランドを後にした。
シャトルバスに乗って駅へ向かい、4人は駅で別れる事に。
「あたし達は埼玉だから、ここからまたシャトルバスに乗り換えなの。またすぐに連絡するね」
彼女達は埼玉県内に住んでいるようで、近隣の駅まで向かう高速バスを利用して帰宅するようだ。
「うん。今日はありがとう。楽しかったよ」
手を振る女性2人と別れたサトシとツトムは都内へ向かう為、駅のホームへ向かう。
2人はホームで電車を待っていると、ツトムが肘でサトシをつつく。
「サトシ、誘ってくれてありがとな」
ツトムは凄く良い笑顔だった。
魔法なんて現代日本には存在しないモノを発動させ、異世界を満喫して。
更には可愛らしい女性2人とも友達になれたとなれば最高の一日だっただろう。
「俺も楽しかった。まさか、ここまで凄いとは」
「分かる。めっちゃ人気になるわけだわ」
『まるでファンタジー小説に登場する異世界で過ごしているような体験を皆様にご提供致します!』
パンフレットにあった謳い文句に偽りなし。
まさにあそこは『異世界』である。ネットのレビュアーが大絶賛し、テレビでも頻繁に取り上げられるのは当然だと思えた。
アリウェルランドで味わった体験を思い返しているとスマホが音を鳴らす。
さっそく咲奈達と作ったグループチャット欄にチャットの文字が表示された。
「次の休日、予定合うかなって」
「合せる。むしろ、空いてなくても空ける」
ツトムの返答にサトシは「俺も」と笑顔で返した。
昨日まで人生がつまらないと言っていた27歳サラリーマンの姿は無かった。
これからはきっと、ワクワクする冒険で休日が埋まるはず。
サトシは年甲斐もなく胸を高鳴らせ、人生の新たな楽しみを見つけたのであった。
-----
「田中さんと吉田さん、次の休日空いてるって」
高速バスの中で隣同士座る咲奈とまひろは互いにスマホの画面を見ながら話し合う。
「うん」
帰宅途中であったが、既に2人は次の来園に向けて話し合っていた。
出来る事ならば今日は帰らずに、テーマパーク内の宿泊施設か近くのホテルに泊まって翌日も冒険者活動を楽しみたいくらいだ、と咲奈は不満を漏らす。
しかし、2人にも生活がある。仕事の為に断念せねばならぬのは仕方がない。
「あー、やっぱり帰りたくない」
それでも、すっかりアリウェルランドに魅了された咲奈は次の来園が待ち遠しい様子。
バスの席に座った時からソワソワしっぱなしであった。
一方でまひろはスマホの画面をじっと見つめる。画面には交換したばかりであるサトシのプロフィール画面が映っていた。
「……良い人だったね」
まひろのスマホ画面を見た咲奈は優しい声でそう言った。
「助けてくれた時も真剣で下心があるような感じじゃなかったし、まひろもそう感じたから話出来たんでしょ?」
咲奈にそう言われ、まひろはサトシが助けてくれた時を思い出す。
彼はすごく必死な顔で、真剣に助けてくれた。何度も自分を庇うように前へ出て。
一瞬、彼女は自分の中にある嫌な思い出がフラッシュバックしたようだが……。
彼の姿はまるで物語に登場する主人公のようだった。
故にサトシは違う。そんな気がしてならない。まだ出会って数時間、交わした言葉の数も少ないが……。
「うん。田中さん、すごい真剣だったから」
まひろは咲奈へ顔を向けて小さく笑う。
あの真剣な表情の裏側には欲に染まった別の顔があるとは思えない、とサトシを信じるように。
まひろが浮かべた笑顔の種類を見て、咲奈は「よかった」と小さく口にした。
それから咲奈はいつも通り、元気な笑顔を浮かべるとまひろの手を握った。
「そっか。まぁ、次に会う時もあたしがいるしね。世の中、悪い男ばかりじゃないよ! ポジティブにいこう!」
「うん」
まひろは頷きながら親友の手を握り返す。
「咲奈ちゃん。次、楽しみだね」
まひろはそう言いながら、スマホに表示されたサトシの「OK!」という返答を見て笑みを零すのであった。
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