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2章 学園パートの始まり
第26話 課外授業 1
しおりを挟むさぁ、遂にやって来た課外授業。
最近は平和な日々が続き、我が人生をバラ色に染めるためリリたんの絆ゲージを上昇させることに努めていたが……。
「レオは野営の経験あるのかい?」
「ああ、あるよ。王都に向かう間に何度かしたね」
今夜、俺の隣で爽やかな笑みを浮かべる男の力が覚醒する。
ゲーム内序盤に起きるイベントの一つが今夜発生するのだ。
……正直、気が気じゃない。
ゲーム内では悪役だった俺が、今や主人公である勇者と『友達』の関係性に至っているのだ。
正史ルートとの違いにどんな違いが出るのか。
恐らく、リアムの覚醒を邪魔しなければ悪影響は出ないと思うのだが……。
「レオ君、一緒に頑張ろうね」
内心不安だらけな俺に声を掛けてきたのは、愛しのマイヒロインであるリリたん。
今日も笑顔が可愛いい。
「レオン君、楽しみだね」
そして、仲良し四人組へ新たに加わったシャルである。
兄貴の気持ち(?)をぶった切って以降、シャルはずっと俺の後ろをついてくるようになった。
となると、当然ながら普段交流のある勇者パーティーとも接することになり、自然とシャルも勇者様のお友達となっていったというわけだ。
「私、テントなんて張った経験ありませんわ」
「大丈夫だよ、マリア。僕が教えてあげるから」
「……ええ」
リアムの爽やか笑顔を受けて、マリアは頬を赤らめる。
……はぁ~? 普通、そんな簡単なセリフで赤くなる? チョロすぎない?
「私も経験無いや」
「ああ、俺が教えてあげるよ」
「……ありがとう。レオ君」
リリたんにレクチャーの約束をすると、彼女は頬を赤らめながら頷いた。
超絶可愛いんですけど。たまらねえ! さすがマイヒロイン!
「僕も経験無いんだけど……」
「あん? シャルはどうせ同じテントで寝るんだから問題無いだろ?」
今回の課外授業では野外で一晩明かすのがメインの内容となっているが、寝る際はテント一つを同性二人で使用することとなっている。
本当はリリたんと一緒のテントで眠りたいが、そうもいかず。
俺はシャルと一緒に眠ることになっている。
因みに勇者であるリアムは一人だ。クラスに所属する男子の人数が半端なので、余った一人分を彼が引き受けたって感じ。
「そ、そっか。今夜は一緒だもんね」
どうしてそこでお前まで頬を赤らめるんだ。
一緒に眠る、の部分を強調しすぎだし、どうしてチラリとリリたんの顔を見るんだ。
「……ご飯は私が作るからね?」
「うん。そういう約束だからね」
見つめ合うリリたんとシャルの間に火花が散っている……ようにも見えなくはない。
なんだ、この緊張感は。
オークの襲来が報告されたハーゲット領全体より剣呑としているように思えるんだが。
「さっさとテント張っちまおう」
「うん」
俺とリアムは物資を管理する講師の元へ向かい、テントを受け取って設営を開始。
リアムもなかなか手慣れているじゃないか。
マリア嬢にアピールするだけのことはある。
「よし、次は火を起こそう」
みんなで枝を集めつつ、魔法を使って火を起こした。
こういう時、魔法って便利だよなって思う。
前世のようにマッチを使ったり、ライターを使ったりしなくていいし。魔法なら風の勢いなども考慮せず、着火するまで繰り返せばいいだけだし。
火属性魔法が苦手な人はどうなるの? って話だが、そういう人向けの素晴らしい道具が存在する。
俺達から数メートル離れた場所にいる生徒達が使うのは、魔道具『チャッカモン』だ。
魔石をエネルギー源とし、レバーを操作するだけで火属性初級魔法が発動する。
ファイアーボールがポンと出るのではなく、火は放射されるように発動するのだ。
魔道具の内部にある魔法回路と呼ばれるパーツに発動させたい魔法の魔法陣を描き、魔石に内包される魔力を流すことで任意の魔法が発動されるという優れもの。
数十年前、天才錬金術師『ファルパ・モーレ』が開発した便利アイテムである。
魔道具が開発されて以降、その便利さと手軽さは徐々に世へ浸透していくことに。
今では世界中の国々が開発に力を入れ、日夜新しい製品がリリースされ続ける毎日だ。
一人の天才が生んだ魔道具は、この世界に技術革命をもたらしたと言っても過言ではないだろう。
実際、ゲーム内でも魔道具はアイテムとして登場するし、これらはこの世界にとって重要なアイテムであることは確かである。
「……魔道具を見てるとワクワクしない?」
前世の記憶を持つ俺としては、何かこう……。特殊なガジェットのように思えるのだが。
「あー、分かるよ。魔道具って揃えたくなっちゃうよね」
同意してくれたのはリアムだった。
魔道具や電子製品などが男心をくすぐるのは、どの世界でも共通なのだろうか?
「うーん、僕は特に」
「私も」
「私もかなぁ。便利だとは思うけどね?」
女性陣はあまり理解できないらしい。
どうしてシャルがそっち側なんだって問題は深く考えないことにした。
「じゃあ、ご飯作ろっか」
火を起こしたあとは食事作りだ。
食事に関しては約束事があり、全員必ず燻製肉を食べること。
旅には欠かせない携帯食料の王様である燻製肉を味わうことを必須としつつも、追加で二品ほど料理することが許されている。
料理するといっても簡単な物だけとされており、スープと持ち込んだパンを使った料理くらいだろうか。
とは言え、料理が許されているのは貴族の舌に携帯食料が合わないと学園側も認識しているからだと思われる。
「……塩辛いですわね」
現にマリア嬢は燻製肉に対してあまり良い感情を抱いていない様子。
「まぁ、お世辞にもあまり美味しくはないよね」
リアムも苦笑いを浮かべながらマリア嬢に同意した。
俺は特に不味いと思わないんだがね。
確かに前世で味わった燻製肉とは格段にレベルが下がると思うが、こちらの世界の燻製肉も食べると酒が飲みたくなる味だ。
燻製肉を噛み噛みしながら味わいつつ、横に目を向ける。
そこにはスープ用の野菜を慣れた手つきで切るリリたんの姿があった。
トトトトと心地よい音を立てる包丁さばきは見事なもの。
彼女からは「私、料理できますんで」という自信がビンビンに醸し出されているのである。
「……良い」
素晴らしい姿だ。
これでエプロンを身に着けていたら完璧だったが、新婚さんフォルムのリリたんは実際にその時までお預けか。
「……レオン君は料理が出来る奥さんの方がいい?」
隣で火に小枝をくべるシャルが問うてくる。
「そりゃもちろん。愛する奥さんの愛情たっぷり料理は毎日食いたいだろ」
「……そっか」
シャルは大きく頷きながらムンと気合を入れた。
「今日はスープとパン料理だけど、今度レオ君の好きなメニューも作ってあげるね?」
俺達の会話を聞いていたのか、リリたんはニコリと笑いながら言った。
「本当? 嬉しいよ」
何を作ってもらおうか? 今から楽しみだ。
「……リアムも料理ができる女性が好みですの?」
「う~ん。僕は特に。好きな人が隣にいてくれれば十分かな?」
「そ、そう。私も同じですわ」
マリア嬢はリアムの返答を聞いてあからさまにホッとしていた。
まぁ、侯爵家のご令嬢は料理修行なんざしないよな。
むしろ、料理人を雇うことに全力を注ぐのが普通ってイメージがある。
その後もみんなで楽しく会話しつつ、リリたんの素晴らしい姿を堪能し続けて――遂に彼女の手料理を味わう時が来た!
「はい、レオ君。どうぞ」
「ありがとう」
スープとパンを受け取り、さっそく頂く。
まずはスープから――
「う、美味い!」
なんだ、これは! まるで女神が作った極上のスープじゃないか!
塩分控えめで優しい味付けだが、この短時間でしっかりとダシが出ている! 敢えて大きく切った野菜も食い応え十分で嬉しい!
シャキシャキの葉野菜とトマト、カリカリに焼いたベーコンをサンドしたパンも最高!
オーソドックスなメニューであるが、中には計算され尽くした味わいがある!
何より、愛情が感じられる! リリたんの愛情がたっぷり! 最高!!
「……毎日食べたくなる」
「え? あっ……。う、うん。いいよ?」
ついリアルな気持ちを漏らしてしまうと、隣に座るリリたんは頬を赤くしながら頷いた。
ええ? それってつまり、僕と結婚してくれるってことですか?
今すぐしませんか?
「……美味しい」
「確かにホッとする味ですわ。ハーゲット君が毎日食べたいと仰るのも理解できますわね」
「本当にね」
シャルはすごく悔しそうな顔をしているが、マリア嬢とリアムにも好評みたいだ。
「ふふ。ありがとう」
いやぁ、これだけでも課外授業に参加する価値があったってもんだ。
この後起きるイベントに備えて、最高のエネルギー補給になったと思う。
しみじみと感じながら食事を終えて、後片付けをして、講師達から眠る際の注意事項を聞かされて――そろそろかな?
空を見上げれば満点の星空。
少し先に広がる林からはフクロウみたいな鳥の鳴き声が聞こえてきて……。
「ん? 何か様子がおかしくない?」
リアムが異変に気付き、林の奥を指差す。
奥からは血相を変えた傭兵達が走ってくる姿が見えた。
「ま、魔物だ! 魔物が出た!! 全員、逃げろッ!!」
ほうら、始まった。
生徒達の安全を守るために雇われた傭兵達が講師に魔物の襲撃を知らせると、その場にいた生徒達には動揺の声が広がる。
魔物の出現に対して動揺していないのは、俺とリアムくらいだろうか?
「に、逃げろ!」
魔物をしっかり見たことすらない生粋の坊ちゃんお嬢ちゃん達が逃げ出す中、俺は焚火の火が消えないよう小枝をくべておく。
どうせ、勇者様がさっさと倒してくれんだからさ。そんな焦ることないじゃん? ってね。
事前に計画していた通り、俺はリリたんをお姫様抱っこして、早々にこの場から去るだけさ。
余裕の笑みを浮かべながら顔を上げると――
「あれ?」
何かおかしくない?
林の奥に見える魔物の姿は、ゲーム内で起こるイベントにも登場する熊の魔物なのだが……。
ゲーム内では一頭しか登場しなかったはずが、こちらに向かってくる数は五頭に見えるんだが?
俺は両目を擦って確認するも、やっぱり五頭である。
「ブラックベアが五頭……。これはマズいね。傭兵や講師達でも抑えられないかもしれない」
勇者様、どうしてそんな決死の覚悟みたいな表情を浮かべているんです?
相手が一頭だろうが五頭だろうが、サクッと覚醒してヤッちまって下さいよ!
「レオ。僕はみんなを助けたい」
やめろ、俺を見るな。
「レオ、力を貸してくれ」
俺は自分の耳を疑いたくなった。
どうしてこうなるの!?
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