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2章 学園パートの始まり

第23話 悪役貴族の青春学園生活(嫉妬?編)

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 今日で学園入学から二か月が経過したが、毎朝のルーティーンをシャルと共にこなす日々が続いている。
 
「ひぃ、ひぃ……」

 未だシャルはランニングコースを走破できないんだけどね。

 ただ、最近は成長が見られてコースの半ばくらいまでは走れるようになってきた。

「よいしょっと」

 シャルがバテたら彼を担ぎ、残りを走破して筋トレへ。

 筋トレの回数も増えつつあるが、まだ二桁に乗ることはなく。

 対し、俺は疲れ果てたシャルを背中に乗せて腕立て伏せを開始。これがなかなかよい負荷になるので丁度良い。

 その後は一緒に飯を食って、着替えたら学園に向かう。

 もはや、この流れが日常と化している――のだが。

「最近、あの子と仲が良いね?」

 教室の席に座るや否や、先に着席していたリリたんが開口一番にそう問うてきた。

 ぷっくり膨らませた頬とセットで。

「……そうかな?」

「そうだよ」

 おや、嫉妬かな?

 怒ってますアピールするリリたんも可愛いね。

「最近、私に構ってくれないもん」

 同じようなセリフを二日前にリアムから聞かされたが、あいつに言われるのとリリたんに言われるのでは訳が違う。

 ……ニヤついてしまいそうだ。

 緩む口元をどうにか制御しつつ、リリたんに「ごめん」と返した。

「……あの子、可愛いもんね?」

「いや、シャルは男だよ?」

 リリたんは重大な勘違いをしているのだろうか?

「……本当に?」

「……たぶん」

 神妙に問うリリたんの表情を見たせいか、何だか自分の答えに自信がなくなってきた。

「最近一緒にいるのは事情があってさ。実は――」

 ここでリリたんにシャルの事情を軽く説明すると、彼女は「あ~」と何かを納得するような声を漏らした。

「ありがちな話だね」

「ありがち?」

「うん。正室側室の確執から子供に影響が及ぶって問題。貴族家にはありがちな問題だよ」

 側室を迎える最大の理由は世継ぎとなる子を産むためだ。

 より優秀な子を産み、より優秀な子を次期当主とする。

 ここだけ聞くと倫理観に反しているように思えるのは、俺の中に前世の記憶があるからだろう。

 この世界では普通のことだし、法律的に禁止されていることでもないので「当たり前のこと」と認識されているのだ。

 ただ、これはあくまでも『優秀な世継ぎ』を産むための方法であり、一人の男を複数の女性が愛するという問題については目を逸らされがち。

「やっぱりさ、男女問わず好きな人は自分が独占したいって思わない?」

「まぁ、そうだね」

 リリたんと結婚したあと、彼女が「優秀な子を産むためにもう一人の男性とも結婚するね?」って言い出したら死にたくなる。

 いや、俺は自分の髪をぶち抜きながら発狂して死ぬだろう。

「他にもさ、生んだ子が優秀じゃないって判断されるのも嫌じゃない? 最悪なケースだと、子供と奥さんが家から出されちゃうこともあるからね」

 優秀な子を産んだ妻、優秀な子供を優遇して他は離れの家へ追いやる――なんてことをする貴族家もあるそうだ。

 ここまでくると確執どころか恨むレベルになりそうだし、家庭内の雰囲気は最悪を通り越して地獄となろう。

「そこまでして優秀な子が欲しいもんかね?」

「まぁ……。貴族の中には爵位にしがみつきたいって家もあるだろうし」

 この部分に関して、リリたんは小声で周囲に聞こえないよう囁く。

 貴族と言えども功績を立てなければ出世はできないし、貴族に相応しくないと判断されれば爵位を剥奪されてしまう。

 ハーゲット家みたいに領地持ちで国内の食料生産に一役買っていたり、リリたんの実家みたいに安定した鉱石産出を続けていれば「問題無し」とされるが、領地を持たない王都在住の官僚系貴族は特に必死となるようだ。

 そういった家はとにかく優秀な子を望む。

 頭脳だろうが魔法の才能だろうが、とにかく何でも。

 そして、優秀な子供に功績を立ててもらって爵位の維持、あるいは更に上の爵位を目指すってのがセオリーらしい。

「はぁ~、酷い話だね。自分の子供をお家存続の道具にしちまうのか。俺は爵位よりも家族仲良く暮らした方が幸せだと思うがね」

 俺はそこまでして爵位にしがみつきたくないと思うが、先に語った通り前世の記憶があるからだろうな。

「レオ君はそっち派な人なんだね?」

「家に帰ってギスギスしてるのは息苦しくない? 奥さんや子供とは仲良く過ごしたいよ」

「そっかぁ。私も同じかな」

 リリたんはニコリと笑う。

「私も旦那様とはずっと仲良くしていたいな。一生愛してくれる人と結婚して、幸せな結婚生活を送りたいよ」

 それって俺のことじゃね?

 だって、一生どころか二度目の人生まで愛してるんだからね。

「リリは側室反対派?」

「うん。私は独占欲強いから」

 大丈夫。

 俺は君以外愛さないよ。

「彼の事情は理解したけど、それでも私を構ってくれない理由にはならないよね?」

「え?」

「言ったでしょ? 私って独占欲が強いって」

 リリたんはイタズラっ子のような笑みを見せる。

 彼女の表情を見た瞬間、脳内に住む別の俺達が「祭りだ! 祭りだ!」って騒ぎ始めた。

 太鼓の音が鳴る度に絶頂しそうになったが気合で耐えた。

「じゃ、じゃあ、放課後にでも遊びに行く?」

「うんっ!」

 破壊力抜群な笑みを見せつけるリリたん。

 俺は耐えられなかった。


 ◇ ◇


 というわけで、放課後はリリたんとお出かけ。

 放課後、制服のまま王都の中を歩く。

 これすなわち、放課後デートである。

「あっ! 見て! 夏の新作だって!」

 東区をメインストリート沿いに歩いていると、女性用の洋服を販売する商会が並ぶゾーンに差し掛かった。

 最近できたばかりの建物は一部がガラス張りになっており、中に配置されたトルソーが着る新作洋服がこれでもかと主張しているのだ。

 前世を知る俺にとっては馴染みの光景ではあるものの、この世界にとっては画期的な宣伝方法である。

 現にリリたんの視線を釘付けにし、ガラス越しに「良いデザインだ~」なんて感想を口にさせるのだから。

「そろそろ王都も暑くなってくるのかな?」

 あと少しで七月に入り、異世界にも夏がやって来る。

 ハーゲット領はそろそろ暑さを体感する時期となるが、王都はどうなのだろう?

「王都も暑くなると思うよ。夏は近くの湖で涼む貴族も多いみたいだし」

 王都を含む王領内にはそこそこ大きな湖を有しており、湖の近くは整備されてリゾート地のような環境になっているらしい。

 毎年夏になると貴族が湖に赴き、冷たい水で暑さを凌ぐのが定番だそう。

 その情報を裏付けるように、一部の商会では早くも水着のラインナップがガラス越しにアピールされている。

 異世界でも当然のように水着が存在しているのはゲームの世界に酷似しているからだろうか。

 俺にとっちゃ逆にありがたいが。

「……湖か。行ってみたいな」

「暑くなったら一緒に行く?」

 リリたんの水着姿を想像しながら出た言葉だったが、彼女も乗り気なようで。

「うん、行こう。是非とも行こう」

 このタイミングを逃す手はない。

 念押しするように何度も頷いておく。

「ふふ。じゃあ、色々と準備しなきゃだね。水着も買わなきゃ」

 彼女に「準備も一緒にしようね?」と微笑まれた時だった。

 視界の端に見覚えのある制服姿の生徒が映り込む。

「あっ」

「ん? どうしたの?」

 俺が見つけたのはシャルの兄貴だ。

「あの人がシャルの兄だよ」

「あっ、そうなんだ」

 弟をイジメている人だと紹介すると、リリたんは嫌悪するような表情を見せる――が、彼が入店した店を見て「あれ?」と声を漏らした。

「どうしたの?」

「あの人が入ったお店、女性物の洋服を扱うオートクチュールだよ」

 入店した店の面構えは正しく高級店。

 店名は『クワート・シェガ』という名みたいだ。

 シックな看板と金の文字が目立つ、貴族令嬢御用達と有名な店らしい。

 貴族令嬢から人気な理由は、繊細な仕事とどんな細かな要望も叶えてくれるところにあるんだとか。

 リリたんも過去にオーダーメイドを依頼したことがあるみたいだが、客の要望を隅々まで実現してくれる代わりにお値段は超高い。

 そんな店に男一人で足を運ぶってことは……。

「弟をイジメつつ、異性には高い洋服をプレゼントするとか?」

 狙っている異性を落とすため、大金をつぎ込んだ洋服をプレゼントするのだろうか?

「うわ~、嫌な人~」

 そんな人と恋人になんてなりたくない、と言うリリたん。

 彼女の感想を聞いていると、シャルの兄貴が早々に退店してきた。

 片手には紙袋が握られており、顔はニヤニヤしてる。

 随分と素晴らしい買い物ができたらしい。

「私達も行こう?」

「ああ、そうだね」

 そうだ、今はイジメっ子を気にしている暇はない。

 リリたんとのデートに集中しないと。

「そろそろお茶でも飲もうか?」

「さんせーい!」

 こちらも実に充実した時間を過ごすことができたよ。

 やっぱり、リリたんがナンバーワン!

 ――と、楽しい気持ちを翌日に持ち越すことが出来たのだが。

「ちょっとトイレ」

「うん」

 授業の合間、リアムと会話している途中でトイレへ向かおうと廊下に出た時だった。

「あ"ぁ"!? もう一度言ってみろッ!!」

 廊下の先から怒声が聞こえてきたのだ。

 何事かと注視してみると、そこには兄貴に胸倉を掴まれるシャルの姿があった。 

 またイジメられているのか? とも思ったが、こうも生徒が大勢いる廊下のど真ん中でおっぱじめるのも違和感がある。

 そんな状況が出来上がった理由はすぐに分かった。

「ぼ、僕はもうお兄様の言いなりにならない!」

 シャルは勇気を出し、兄貴を拒絶したのだ。

 胸倉を掴まれている今も、兄貴の体を押し退けるようにして脱する。

 これまで碌な抵抗を見せず、言いなりになってきた弟がまさかの反抗。そんな弟の姿を見た兄貴の顔には驚愕の表情が浮かぶ。

 しかし、すぐに表情には怒りが滲み出し、顔は真っ赤に染まっていく。

「ふざけるな! これまで誰が――」

「ふ、ふざけてなんてないよ! もう僕はお兄様の言いなりにもならないし、関わりたくもない! もう僕を放っておいてよっ!!」

 シャルの方も鬱憤爆発って感じだ。

 これまで内に溜めてきた鬱憤を正しい相手へ爆発することができたのは、最近のトレーニングで自分に自信が持てたからだろう。

 良い傾向であると思うのだが。

「……そうか。なら、決闘だ! 明日の合同実技実習の時、俺と勝負しろ!」

 え!? この世界に決闘システムがあるんですか!?

 ゲームにはありませんでしたけど!?

「い、いいよ! その代わり、僕が勝ったら金輪際関わらないで!」

 シャルが条件を突きつけると、兄貴の方はニタリと笑う。

 実に気色悪く、悪党っぽい笑顔だった。

「いいぜ。だが、俺が勝ったらお前は一生俺のモノだ」

 それって弟に言うセリフ?

 悪役がヒロインを力で屈服させようとする時に言うセリフじゃねえ?
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