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本編
126 終止符
しおりを挟むリリィガーデン王国がある大陸は東大陸と呼ばれ、西側には別の大陸があった。
西大陸と呼ばれた土地は東大陸よりもやや小さく、東大陸との交流は極めて少ない。
一部の国が交易相手として船での行き来をしているが、それでも年に数回といった具合である。
よって、東大陸と西大陸はそれぞれ別々の文化を持ち、成長度合いや文化の種類も全く異なる。
人、国が形成されていく大陸の中で発展していく以上、西大陸でも戦争という行為は切り離せない。
東大陸が転生者の持ち込んだ銃器やその技術にから発展した兵器類を用いて行っていた一方で、西大陸は魔法を中心とした文化が発展していった。
西大陸に住まう人々の99%が魔法を使えて、生活用品にも東大陸とは違った魔法形式が採用される。
戦争のやり方も同様に魔法を撃ちあう事が主流の戦法となって、西大陸の戦闘員達は剣を持ちながら魔法を操る。所謂、魔法戦士といった兵科が主流である。
その魔法戦士戦術をいち早く確立させ、魔法製品の生産、魔法文化の形成と発展を大きく支えてきたのは『ラウディーレ王国』と呼ばれた国である。
西大陸の東側に誕生したラウディーレ王国は魔法の発展と共に西大陸の統一を進めてきた。
今となっては大陸の3/4を占めるほどの大国家に成長しており、西大陸の覇者と言っても過言ではない。
ただ、領土が大きくなる一方で国内の安定に注力せねばならず、大陸の完全統一はまだ先になると停滞の時期が長く続いていた。
しかし、ラウディーレ王国は建国以来、最大級の衝撃を受ける。
それは数か月前に遡るが、きっかけは東大陸から渡って来た彼女達との接触であった。
そして彼女達の持ち込んだ技術を見て大陸の完全統一も夢ではないと城内では囁かれ始めた……のだが。
本日、陽が落ちて空が暗くなってきた頃。
ラウディーレ王国は2度目の衝撃――いや、王を含めた国政に関わる全ての者達が恐怖を抱く事となる。
-----
ラウディーレ王国王都内、何の変哲もない屋敷の地下を改修した研究所にいたのはマリィだった。
彼女は端末を操作しながら、端末とケーブルで繋がった培養槽に目を向ける。
「よし、調整は完了。魂の憑依も……正常ね」
培養槽の中に浮かんでいるのは17歳の肉体まで若返った『ヴァイオレット』であった。
全裸のまま体が浮かばぬように手足を拘束され、薄緑色の液体に満たされた培養槽内にいる彼女は死んでいるようにピクリとも動かない。
「完璧だわ。あとは……」
魔女の館があった島から一足早く脱出したマリィは西大陸のラウディーレ王国へ渡った。
以前からコンタクトしていたこの国に拠点を構え、屋敷の地下に研究所を設立。
そこでエリクサー計画、殺戮人形計画、魔法少女計画、他の転生者が研究していた技術データ。これまで行ってきた計画の全てを合わせた総合技術を完成させていた。
この技術を一言で言い現わすとすれば『無限の命』と言うべきか。
エリクサーの不老技術を用いて老いない体を生成する。歳や外見などは自由に設定できる事から、殺戮人形計画や魔法少女計画で使用された素体技術が応用されているのがわかる。
殺戮人形計画で培った因子技術、魔法少女計画で培った魔法技術の埋め込む事でようやく完成した最強で完璧の肉体。
何より特筆すべき点は『何度も死んでも蘇る』事が可能という事である。
リーズレットに殺されたヴァイオレットが培養槽の中で浮かんでいる通り、殺された彼女の魂を任意の肉体に憑依させる事で短期間での蘇生を可能にした。
アルテミスが成し遂げられなかった、彼女が目指していた技術をマリィが完成させたと言うべきだろうか。
まだまだ研鑽すべき技術ではあるが、無限の命と言うように憑依先の肉体を用意しておけば何度でも蘇る。
永遠に老いない肉体。自由自在に変更を加えられる肉体。因子よって最強の能力を保持して、万が一死んでも蘇る。
不老までしか可能にしなかったエリクサーを越え、遂に2人はある意味で『不老不死』の体を手に入れたというべきか。
まだまだ研鑽すべき点はあるが、彼女達がこれまで時間を費やした数多くの研究成果を統合させ、遂に永遠を形作る技術を完成させた。
無限の命と無限に過ごせる時間、今まで東大陸で蓄えた知識と技術。それらを持って西大陸で再起する。
彼女達が目論んでいた計画はそういった内容であった。
つまるところ、東大陸では負ける想定をしていたのは確かである。
最初から負けを想定するのは彼女達にとって屈辱的ではあっただろう。結局は逃げただけ、そう言われても仕方がない。
だが、それだけアイアン・レディという組織が強大だったという証拠でもある。
東大陸のほとんどを吹き飛ばし、強制的にアイアン・レディのメンバーを殺害したとしても、ほんの少しの生き残りがいただけでこのありさまだ。
ただ、その生き残りはもういない。
残りはリーズレットのみ。対抗するも良し、再び彼女が死ぬのを待つのも良し。
今まで蓄えた知識と技術に加え、アイアン・レディから奪った技術も得た事で彼女に対抗する事も可能になった。西大陸で東大陸側よりも進んでいる魔法技術も取り入れれば万全となろう。
東大陸で彼女達が過ごした日々は無限の命と完璧な肉体、謂わば再び対峙した時に向けての保険と力を創り上げる為の期間だったというべきか。
これから蘇生用に素体量産設備の増強と兵器の開発を進めれば良し。
傀儡にしていた3ヵ国とマギアクラフトが囮となっている間、ヴァイオレットとマリィは設備増強や兵器開発に対する準備を既に終わらせていた。
別大陸まで逃げ、仮にリーズレットが再びこちらを捕捉したとしても時間を要するはず。
――いや、こちらの目論見に気付くはずがない。仮に気付いたとしても東大陸の時とは同じではない、と彼女達は考えていた。
しかし……。
「再起動まであと5分……。ん?」
屋敷の1階で「トン」と音が鳴った気がしたマリィは天井を見上げた。
隣の家に組織の人間がまとまって暮らしているが、この屋敷にいるのは自分1人。
侵入者を知らせる装置は警告音を発していないし、組織の人間が訪れる際も専用のカードキーを通せば知らせが来る。
ただの家鳴りか、と思ったが……パチン、と研究所の灯りが消えた。
それどころか、機材に流れるエネルギーも遮断される。
「なに!?」
突然のエネルギー遮断に焦るマリィだったが、すぐに補助電源へ切り替わる。端末を見るにヴァイオレットの再起動は問題無く進んでいて、ホッと胸を撫で下ろした。
まだ技術的に未熟、格下の大陸に越して来た事で起きた不具合か。そう思いながら、メイン電源の復旧と原因調査に向かおうと研究所入り口のドアへ向かう。
ドアノブに手を掛けて、捻ろうとした瞬間――パス、と音が鳴った。
「は? え……?」
音が聞こえ、何だろうと疑問に感じた瞬間に腹部から徐々に上がっていく熱を感じ取る。
目を向ければ自分の脇腹から赤い色が服に広がっていくのが見えた。
血が流れている。そう思った瞬間、研究所のドアが開いた。
キィ……とゆっくり開く木製ドアの向こう側には――
「ハロー? ごきげん、いかがァ?」
アイアン・レディにサイレンサーを装備させた赤いドレスを着たリーズレットが立っていた。
「あ、貴女はッ!? あぐッ!?」
「シィー。もう夜ですわよ? 騒いだら迷惑になってしまいますわ?」
ドア越しにマリィの腹部を撃ったリーズレットは片腕を伸ばして彼女の喉を掴む。
喉を掴まれたマリィは呻き声しか出せず、助けを呼ぼうにも……。いや、彼女がここにいるという事は、既に隣にいる組織の者達も制圧されている可能性が高い。
むしろ、どうやってこの場所を知ったのか。加えて、常に魔法防御を展開待機させているというにも拘らず、なぜ腹部にダメージを負ったのか。
この場所を知った経緯は分からぬが、銃の中にAMBが装填されている事は確実だとマリィは悟った。
殺される。そう感じたマリィ。
だが、リーズレットの口元を三日月のように歪め、殺意に満ちた目を研究所の奥へと向けた。
奥にあった培養槽を見つけると「ふぅん」と小さく笑い声を上げる。
「貴女、あれを起こしなさい」
-----
額を撃ち抜かれたヴァイオレットは死亡した。
それは事実だ。死んだ彼女の意識はそこで途切れた。だが、すぐに暗闇をフヨフヨと浮かんでいるような感覚が彼女を襲った。
これが死後の世界なのか、それとも別の何かなのかは不明であるが、自分を認識できたのは間違いない。
彼女が次に感じたのは水の中にいるような感覚だった。目が開けられず、周囲の状況は分からないが肌には感覚が戻っていた。
同時に少しずつ思考もハッキリとなっていき、愛すべき片割れであるマリィが自分を別の肉体に憑依させて蘇らせたのだろうと察した。
体の機能が完全に覚醒する時をジッと待ち……遂にその時が来た。
肌には水から出て、外気に触れるような感触。口と鼻を覆っていた装置が外れ、自分の鼻を通じて肺が空気を取り込み始めた。
瞼の裏側に光を感じ、ゆっくりと瞼を開け始める。
きっと最初に見えるのは愛しいマリィの顔だろう。目覚めたらまずは彼女に抱き着いて、キスをしたい。
ヴァイオレットの目が開くとそこには――
「おはようございます。お母様?」
マリィの後頭部に銃口を押し付けながら、笑顔を浮かべる赤いドレスを着た人形の姿があった。
「あ、貴女……!」
「ふふ。また前世の頃と同じく私から逃げようと考えるとは。臆病者にも程がありましてよ?」
そう言ったリーズレットはマリィの後頭部に押し付けていたアイアン・レディの引き金を引いた。
パス、と空気を切り裂く音と共にマリィの頭部から貫通した弾と共に血肉が弾ける。
「マリィィィイ!? いやああああ!!」
目覚めて数秒後、状況も分からぬままヴァイオレットにとっての最愛は頭部が弾けて死んだ。そんなショッキングなシーンを見たヴァイオレットは絶叫を上げ、手足を動かそうとするが動かない。
手足には拘束具がまだ嵌められていて、老いぬ体と最強の才能を持った彼女もただの的となっているだけ。
「ああ、そんな声で鳴きますのね? 初めて知りましたわ。変に余裕ぶるよりも、よっぽどお似合いでしてよ?」
培養槽に固定されたヴァイオレットに銃口を向けるリーズレット。撃ち抜くのはとても簡単だろう。
だが、リーズレットは弄ぶかのように別の培養槽を撃って壊してから、ようやくヴァイオレットの頭部へ狙いを定めた。
マリィの死によって動揺するヴァイオレットはリーズレットと同等以上の肉体を得たというのに、そのスペックを発揮できそうにもない。
最後の最後になって、なんとイージーな事か。いや、臆病者には相応しい最後と言えよう。
「それでは、今度こそごきげんよう」
「いや、いやあああ!! 私は! 私はあああ!!」
泣き叫ぶヴァイオレットは拘束具を無理矢理外そうとするが、到底間に合わない。
リーズレットは中指を立てながら、華が咲き誇るような笑顔を見せてトリガーを引いた。
銃口から飛び出したAMBはヴァイオレットの頭部を破壊した。マリィと同じように中身をぶちまけ、今度こそ本当に死んだだろう。
甲高い鳴き声がようやく止むと、研究所内には静寂が訪れる。
「マム」
リーズレットはアイアン・レディを降ろしたタイミングで、背後から声が掛けられた。
「どうしましたの?」
リーズレットが振り向くと、そこには声の主であったコスモスが入り口に立っていた。
「外の制圧は終わりました。それと、この国の王が話をしたいと言っているようですが」
リーズレット達はヴァイオレットを追跡するにあたって、西大陸までレディ・マムを使って移動した。
大陸の東側まで行った後にナイト・ホークに乗り換えて王都へ向かう。
リーズレットが率いる少数精鋭部隊は夜の闇に紛れながら王都に入り込み、ヴァイオレット達のいる拠点周辺を制圧開始。
マリィを押さえた後にイーグルに乗った後続部隊が城を外から制圧しながら『事情説明』をしたのだが。
リリィガーデン王国の持つ航空戦力と海に停泊したレディ・マムに積まれた長距離弾道ミサイルによって、ラウディーレ王国に敵対行動すらもさせずといった具合である。
こういった経緯があった中、訳も分からず王都を瞬く間に制圧された形になってしまったラウディーレの王は事の次第を説明するよう求めてきたようだ。
だが、リーズレットの長き戦いはようやく終わったばかり。
「私、疲れましたわ。この国の王には気にするな、と言っておきなさい。反抗するようでしたら殺しなさい」
交流も無く、敵を知ってか知らずか匿っていた国の王に懇切丁寧な説明をする筋合いも無し。
大陸の覇者、統一一歩手前の国と言っても所詮は銃という最強の兵器も開発できぬ田舎大陸の芋野郎共である。
説明不足、プライドが傷付いたなどとほざくようであれば黙らせろ、とコスモスへ指示を出した。
「承知しました」
退室して行ったコスモスに遅れて、屋敷の外へ出たリーズレット。
「はぁ。疲れましたわ。今回ばかりは長めのバカンスが必要ですわね」
王都の空を旋回していたナイト・ホークに回収されてレディ・マムへと一足早く帰還した。
余談であるが、リーズレットの指示を全うしたリリィガーデン王国軍に対し、ラウディーレ王の顔には怒りの表情が浮かぶ。
だが、城を囲む黒いヘリに臆した王達は結局何も言い返せずに終わった。
――こうして、淑女リーズレットの長い戦いは終わりを告げた。
マギアクラフトに操られていた3ヵ国から戦争を仕掛けられていたリリィガーデン王国にもようやく平和が訪れる。
この戦争から約2年間、リリィガーデン王国は手に入れた領土の整備と安定化に注力。
隠れていた敵残存勢力との小規模な戦闘が勃発したものの、そこに淑女の姿は見られなかった。
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