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本編
104 選択肢
しおりを挟む西部戦線を離脱して連邦首都に辿り着いたジェイコブ隊は、敵の侵略に備えて着々と守りを固める首都の中で休息を取っていた。
そんな彼等の元に届いた本部からの連絡は連邦領土内からの撤退命令。次のプランを実行する為に用意された場所へ向かうよう指示が出された。
ジェイコブは命令が下されると「ああ」と小さく声を漏らした。
「隊長、どうしました?」
「連邦からの撤退命令だ。いよいよ、やるらしい」
「ああ……」
ジェイコブが端末に届いたばかりの命令を部下に告げると、部下も揃って同じように声を漏らす。
「これで大陸の西は……。荒れますね」
「荒れるどころじゃねえな。更地に変わるぜ」
傀儡にしてきた国が次々に崩壊し、遂には最後の国も残された時間は僅かとなった。
ますます勢いが増すリリィガーデン王国を止める最後のプランが決行されると知るジェイコブ達の表情は苦々しい。
「雇い主は大陸をどうするつもりなんですかねぇ」
「さぁな。自分達さえ良ければそれでいいって連中だ。他の奴等の事なんざ考えてねえんだろ」
部下の問いにジェイコブは鼻で笑う。
雇い主がどんな考えを抱いているのか、どんな未来を描いているのか。自分達には知らせてくれないし、そもそも関係ない。
自分達は戦いの駒だ。戦い、金を稼ぎ、生き残る事だけが重要である。
「だがな。今回の戦争は……匂うぜ」
長年、傭兵として生き残ってきたジェイコブが持つ嗅覚。その感覚はこの戦争に対して警鐘を鳴らす。
この感覚は先の西部戦線から強くなった。彼自身、マズイと思えた瞬間は今でも思い出せる。
巨大な砲を持って戦場を走る謎の魔導兵器。あれも脅威的だったが、何より悪寒が走ったのは戦場にいた1人の女性を見た時だ。
マギアクラフトが最優先と殺害指定する『リーズレット』と呼ばれる女の姿。
魔導兵器に腰を下ろしてロケットランチャーを構えた姿は一見破壊する事しか思っていないように見える。
だが、彼女の瞳は戦場の全てを予測しているようだった。
ここで撃てば連邦軍がどう動くか。ここへ進めば連邦軍がどんな行動を起こすか。
連邦だけじゃない。ジェイコブが率いる部隊すらもコントロールされていたんじゃないか、と思えた。
じゃなければ、リリィガーデン王国軍に所属する男が連邦軍の厚い壁を突き破って自分達へ到達できるわけがない。
自分の肩を撃ち抜いたあの男との邂逅すらも、あの女が成したのではないかと思えてしまう。
「……心底おっかねえぜ」
あの瞳、あの姿。思い出すだけでぶるりと体が震えそうである、と。
ジェイコブはリーズレットに恐怖を抱いていた。
故に思う。
この戦争は――負けるんじゃないか? と。
自分達が雇われている組織は強大だ。なんたって大陸のほとんどの国に対して経済的にも権力的にも支配しているほどの組織である。
だが、それでも……。
如何に組織が強大であろうと、たった1人の女が登場した事で今まで築き上げた全てが潰えるのではないかと思えてしまった。
いや、潰えるビジョンが明確に脳内で浮かんでしまった。
「引き際を間違えねえようにしないとな」
ジェイコブは近くにあった酒の瓶を掴むと一気に煽って恐怖を振り払った。
-----
連邦大隊を殲滅し、西部戦線を完全に制圧したリリィガーデン王国軍は一度連邦西部の街へ戻って補給を行っていた。
補給の間に再び議論となったのは部隊を2つに分けるかどうか。
以前と違い、既に連邦の中枢である首都侵略が目前である事。
黒幕であるマギアクラフトが連邦軍に混じって表舞台に出始めた事などが加味される。
議論の場には主要なメンバーが揃っていた。
マチルダ、コスモス、ブライアン、情報部のメンバー。ここにリーズレットを加えて輪になりながら議論を交わす。
「まずは国民の為にも自国が侵略されていない状態を作るべきではないでしょうか?」
「しかし、アイアン・レディの秘密拠点が敵に察知されてしまうという可能性もあるだろう? もしかしたら、既に拠点を見つけられている可能性もある。マムだけでも先に向かうべきでは?」
「敵国の制圧を優先するべきではないでしょうか? 連邦大統領を捕らえればマギアクラフトの本拠地に関する情報が得られるはずです」
「マギアクラフトが本格的に表に出てきたのですよ? 新兵器の投入があるかもしれません。それに対抗する為にも秘密拠点に残されているかもしれない技術を得るべきじゃないでしょうか?」
意見は対立していた。
目前となる連邦首都を先に堕とすべきである。マギアクラフトの盾となる国を潰し、真の敵を丸裸にしてしまうべきだ。
連邦首都にはマギアクラフトの部隊がいるに違いない。故に拠点を探し、機動戦車のような新兵器を見つけてから攻めるべきだ。
意見としてはどちらも正しいだろう。
故に判断はリーズレットに委ねられた。最高指揮官であり、皆が頼りにする人物だからこそであるが。
彼女は一度、地図に視線を向ける。
議論される2つの場所はどちらも現在地から直線的であった。
東に真っ直ぐ向かえば連邦首都。北に向かえばデータが示す秘密拠点の場所。
距離としては首都の方が近く、北は大陸の端っこ故になかなかの距離がある。
「……軍全部隊に加えてサリィとラムダをこちらに残し、私とロビィで北に向かいましょう」
リーズレットはロビィと2人だけで別行動すると大胆な答えを出した。
「全部隊とラムダとサリィの機動戦車の戦力があれば首都制圧は容易でしょう。貴方達に連邦大統領の捕縛をお願いしますわ」
この判断に議論の場は少々ざわつく。
「しかし、前のように拠点は隠されているのではないでしょうか? 探すのに人手は必要になるのではありませんか?」
マチルダはせめて一個中隊だけでも連れて行くべきではないか、と問う。
「ええ。ですので、期間を設けましょう。到着して3日間以内に見つけられなければもう一度合流しますわ。首都を制圧したら再び向かいましょう」
時間制限あり。制限を用いてはいるが、リーズレットは対立した意見のどちらも攻略する気であった。
ただ、この強気な判断の裏には彼女なりの勝算がある。
「拠点探しの方は現地に調査用ビーコンを設置してリトル・レディに協力させます」
前回のユリィが守っていた拠点探しに時間を要したリーズレットはリリィガーデン王国にある本拠地で新しい機材を開発。
それが調査用ビーコンである。設置すれば周囲の地形状況を探知して、リトル・レディへ情報を送信。
情報を処理したリトル・レディが拠点、もしくはそれらしき場所までナビゲートしてくれる、といった優れものである。
元々は地下拠点を作る際の地盤調査用機器――ラディア王国領土内にあった拠点で見つけたファクトリー構成機器の一部をバラして組み上げた物だ。
これがあれば調査に人手を要する事は無い。
さすがに時間経過で入り口が無くなっていて、山を掘り起こしたり地面を掘らねば到達できないとなれば別だが。
その場合は場所を見つけて、軍と合流してから作業するしかないだろう。
「ナイト・ホークで向かいますわ」
「しかし……」
だが、やはりマチルダ達の顔には不安があった。
この不安はリーズレットを1人で行かせる判断への不安か。それともリーズレット抜きで首都を堕とす判断への不安、どちらか。
「私が死ぬとでも? あり得ませんわね。それとも私抜きで首都を堕とす事への不安でして? 私は貴方達ならばやれると分かっているからこそ、決断したのでしてよ?」
前者については鼻で笑い、後者に関してはこの場にいる全員を信頼した表情で。
「貴方達は以前とは違いましてよ。この戦争を通して既に見習い淑女と見習い紳士共の集まりとなりました。畜生風情に負けるような人間ではありません」
自分が出した決断に対して絶対の自信がある。その自信にはお前達の力を知っているからだ、と彼女は言った。
「マム……」
皆の顔に決意が浮かぶ。
その顔を見てリーズレットはふふ、と笑って――
「豚共にどちらが上なのか、教えてやりなさい。貴方達を虐げていた国を地獄に変えなさい」
その手で全てを壊せと命じた。
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