上 下
111 / 134
本編

104 選択肢

しおりを挟む

 西部戦線を離脱して連邦首都に辿り着いたジェイコブ隊は、敵の侵略に備えて着々と守りを固める首都の中で休息を取っていた。

 そんな彼等の元に届いた本部からの連絡は連邦領土内からの撤退命令。次のプランを実行する為に用意された場所へ向かうよう指示が出された。

 ジェイコブは命令が下されると「ああ」と小さく声を漏らした。

「隊長、どうしました?」

「連邦からの撤退命令だ。いよいよ、やるらしい」

「ああ……」

 ジェイコブが端末に届いたばかりの命令を部下に告げると、部下も揃って同じように声を漏らす。

「これで大陸の西は……。荒れますね」

「荒れるどころじゃねえな。更地に変わるぜ」

 傀儡にしてきた国が次々に崩壊し、遂には最後の国も残された時間は僅かとなった。

 ますます勢いが増すリリィガーデン王国を止める最後のプランが決行されると知るジェイコブ達の表情は苦々しい。

「雇い主は大陸をどうするつもりなんですかねぇ」

「さぁな。自分達さえ良ければそれでいいって連中だ。他の奴等の事なんざ考えてねえんだろ」

 部下の問いにジェイコブは鼻で笑う。

 雇い主がどんな考えを抱いているのか、どんな未来を描いているのか。自分達には知らせてくれないし、そもそも関係ない。

 自分達は戦いの駒だ。戦い、金を稼ぎ、生き残る事だけが重要である。

「だがな。今回の戦争は……匂うぜ」

 長年、傭兵として生き残ってきたジェイコブが持つ嗅覚。その感覚はこの戦争に対して警鐘を鳴らす。

 この感覚は先の西部戦線から強くなった。彼自身、マズイと思えた瞬間は今でも思い出せる。

 巨大な砲を持って戦場を走る謎の魔導兵器。あれも脅威的だったが、何より悪寒が走ったのは戦場にいた1人の女性を見た時だ。

 マギアクラフトが最優先と殺害指定する『リーズレット』と呼ばれる女の姿。

 魔導兵器に腰を下ろしてロケットランチャーを構えた姿は一見破壊する事しか思っていないように見える。
 
 だが、彼女の瞳は戦場の全てを予測しているようだった。

 ここで撃てば連邦軍がどう動くか。ここへ進めば連邦軍がどんな行動を起こすか。

 連邦だけじゃない。ジェイコブが率いる部隊すらもコントロールされていたんじゃないか、と思えた。

 じゃなければ、リリィガーデン王国軍に所属する男が連邦軍の厚い壁を突き破って自分達へ到達できるわけがない。

 自分の肩を撃ち抜いたあの男との邂逅すらも、あの女が成したのではないかと思えてしまう。

「……心底おっかねえぜ」

 あの瞳、あの姿。思い出すだけでぶるりと体が震えそうである、と。

 ジェイコブはリーズレットに恐怖を抱いていた。

 故に思う。

 この戦争は――負けるんじゃないか? と。

 自分達が雇われている組織は強大だ。なんたって大陸のほとんどの国に対して経済的にも権力的にも支配しているほどの組織である。

 だが、それでも……。

 如何に組織が強大であろうと、たった1人の女が登場した事で今まで築き上げた全てが潰えるのではないかと思えてしまった。

 いや、潰えるビジョンが明確に脳内で浮かんでしまった。

「引き際を間違えねえようにしないとな」

 ジェイコブは近くにあった酒の瓶を掴むと一気に煽って恐怖を振り払った。 


-----


 連邦大隊を殲滅し、西部戦線を完全に制圧したリリィガーデン王国軍は一度連邦西部の街へ戻って補給を行っていた。

 補給の間に再び議論となったのは部隊を2つに分けるかどうか。

 以前と違い、既に連邦の中枢である首都侵略が目前である事。

 黒幕であるマギアクラフトが連邦軍に混じって表舞台に出始めた事などが加味される。

 議論の場には主要なメンバーが揃っていた。

 マチルダ、コスモス、ブライアン、情報部のメンバー。ここにリーズレットを加えて輪になりながら議論を交わす。

「まずは国民の為にも自国が侵略されていない状態を作るべきではないでしょうか?」

「しかし、アイアン・レディの秘密拠点が敵に察知されてしまうという可能性もあるだろう? もしかしたら、既に拠点を見つけられている可能性もある。マムだけでも先に向かうべきでは?」

「敵国の制圧を優先するべきではないでしょうか? 連邦大統領を捕らえればマギアクラフトの本拠地に関する情報が得られるはずです」

「マギアクラフトが本格的に表に出てきたのですよ? 新兵器の投入があるかもしれません。それに対抗する為にも秘密拠点に残されているかもしれない技術を得るべきじゃないでしょうか?」

 意見は対立していた。

 目前となる連邦首都を先に堕とすべきである。マギアクラフトの盾となる国を潰し、真の敵を丸裸にしてしまうべきだ。

 連邦首都にはマギアクラフトの部隊がいるに違いない。故に拠点を探し、機動戦車のような新兵器を見つけてから攻めるべきだ。

 意見としてはどちらも正しいだろう。

 故に判断はリーズレットに委ねられた。最高指揮官であり、皆が頼りにする人物だからこそであるが。

 彼女は一度、地図に視線を向ける。

 議論される2つの場所はどちらも現在地から直線的であった。

 東に真っ直ぐ向かえば連邦首都。北に向かえばデータが示す秘密拠点の場所。

 距離としては首都の方が近く、北は大陸の端っこ故になかなかの距離がある。

「……軍全部隊に加えてサリィとラムダをこちらに残し、私とロビィで北に向かいましょう」

 リーズレットはロビィと2人だけで別行動すると大胆な答えを出した。

「全部隊とラムダとサリィの機動戦車の戦力があれば首都制圧は容易でしょう。貴方達に連邦大統領の捕縛をお願いしますわ」

 この判断に議論の場は少々ざわつく。

「しかし、前のように拠点は隠されているのではないでしょうか? 探すのに人手は必要になるのではありませんか?」

 マチルダはせめて一個中隊だけでも連れて行くべきではないか、と問う。

「ええ。ですので、期間を設けましょう。到着して3日間以内に見つけられなければもう一度合流しますわ。首都を制圧したら再び向かいましょう」

 時間制限あり。制限を用いてはいるが、リーズレットは対立した意見のどちらも攻略する気であった。

 ただ、この強気な判断の裏には彼女なりの勝算がある。

「拠点探しの方は現地に調査用ビーコンを設置してリトル・レディに協力させます」

 前回のユリィが守っていた拠点探しに時間を要したリーズレットはリリィガーデン王国にある本拠地で新しい機材を開発。

 それが調査用ビーコンである。設置すれば周囲の地形状況を探知して、リトル・レディへ情報を送信。

 情報を処理したリトル・レディが拠点、もしくはそれらしき場所までナビゲートしてくれる、といった優れものである。

 元々は地下拠点を作る際の地盤調査用機器――ラディア王国領土内にあった拠点で見つけたファクトリー構成機器の一部をバラして組み上げた物だ。

 これがあれば調査に人手を要する事は無い。

 さすがに時間経過で入り口が無くなっていて、山を掘り起こしたり地面を掘らねば到達できないとなれば別だが。

 その場合は場所を見つけて、軍と合流してから作業するしかないだろう。

「ナイト・ホークで向かいますわ」

「しかし……」

 だが、やはりマチルダ達の顔には不安があった。

 この不安はリーズレットを1人で行かせる判断への不安か。それともリーズレット抜きで首都を堕とす判断への不安、どちらか。

「私が死ぬとでも? あり得ませんわね。それとも私抜きで首都を堕とす事への不安でして? 私は貴方達ならばやれると分かっているからこそ、決断したのでしてよ?」

 前者については鼻で笑い、後者に関してはこの場にいる全員を信頼した表情で。

「貴方達は以前とは違いましてよ。この戦争を通して既に見習い淑女と見習い紳士共の集まりとなりました。畜生風情に負けるような人間ではありません」

 自分が出した決断に対して絶対の自信がある。その自信にはお前達の力を知っているからだ、と彼女は言った。

「マム……」

 皆の顔に決意が浮かぶ。

 その顔を見てリーズレットはふふ、と笑って――

「豚共にどちらが上なのか、教えてやりなさい。貴方達を虐げていた国を地獄に変えなさい」

 その手で全てを壊せと命じた。    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

悪役令嬢日記

瀬織董李
ファンタジー
何番煎じかわからない悪役令嬢モノ。 夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢がとった行動は……。 なろうからの転載。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

処理中です...