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本編

66 敵は今

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 ベレイア連邦西部にある連邦新聞社でラディア人に起きた事を聞いた担当者は記事を作り、それを上司に見せて新聞記事として取り上げようとした。

 しかし、記事を書き終えて1週間が経った頃に担当は上司に呼び出された。

「君の書いた記事は新聞に載せられない」

 記事を提出した時は興奮していた上司も、今は残念そうに首を振る。

「軍に止められましたか……」

 担当も薄々は理解していた。ラディアで起こった事が記事になり、新聞に載って人々の目に留まれば恐怖を煽る事となると。

 現地で起きた事は地獄のよう。彼なりに起きた事実は残しつつ、起きた事への表現自体はかなりマイルドに書いた。

 ラディア難民に対してよくない感情が生まれつつある今、それをどうにか緩和して助けられないか。

 事実を伝え、ラディア人の悲しい現状を世に伝えて保護する事への正当性へ繋がればと思って新聞への掲載を試みたのだが。

「いつもの軍の広報担当どころじゃないよ。もっと上からだ。今回のラディア王国戦線に関する事は全て記事にするなと言われた。新聞に載せたら反逆罪に、とまで政府の正式な命令書を持って来たよ」

 記事を検閲に出したところ、強制力のある命令として却下されたようだ。

 上司の言葉に担当者は驚きを露わにした。

 新聞に載せる記事は軍や政府が載せる前に検閲しているが、ダメだった記事は軍の広報から理由を説明された上で却下されるからだ。

 今回のように載せたら反逆罪など今まで一度も聞いた事がない。

「それって……」

「ああ。国もラディアで起きた事を把握しているんだろう。確かに不安を煽るような記事だから仕方ないかもしれないが……」

 リリィガーデン王国侵略に対して優勢だという事実。それなのにラディア王国が滅ぼされたという事実。

 2人は内心で「政府は焦っているのか」と推測が過る。

 国民に対して悪戯に不安や恐怖を煽るのは確かによくないが、彼自身も検閲を意識して慎重に書いたつもりだ。

 例えば火炙りで死んだ王族の件は『王族は戦死』などと、死んだ事実は残しつつも処刑方法などは書いていない。

 戦争でラディア王国が負けたのは難民がいる時点で国民は分かっている。それでも負けた事自体を、戦争に関する全てを記事にするなとはどういう事なのか。

「ラディア難民はどうなるんですか?」

「分からない。我々にはどうする事もできないよ」

 上司は首を振ってため息を漏らした。

「それと、君に情報提供した人がどこにいるのか教えて欲しいそうだ。軍へ出頭するよう言われているよ」

 担当者の脳裏に様々な憶測が浮かんだ。

 顔を青ざめる担当者に対し、上司は真剣な顔で言う。

「君はちゃんと身分を証明しているから安心して良いだろう。ただ、もうこの件からは手を引こう。この戦争で何が起きているのかは気になるが、危なすぎる」

 下手したら命の危険さえあるんじゃないか。

 新聞社の人間としては何が起きているのか、という本当の事実に対して気にはなる。

 だが、同時に危ない匂いがするのも事実。手を引くべきだ、という提案に担当者は素直に頷いた。

「そうします。これから軍に行って全て説明してきます」

「そうした方が良い」

 不安を抱えながら軍の施設へと出頭して全てを話した。彼を担当したのは末端の軍人ではなく、将校だった事にも驚いたがとにかくありのまま全てを話す。

 幸いにも軍に担当者が生まれた頃から知る知り合いがいた事と上司が身分を証明してくれたので、担当者には何の疑いも掛からなかった。

 軍から問われたのは情報提供者の風貌と話した内容だった。情報提供者から聞いた事をメモした手帳のページを見せると軍人は一瞬だけ顔を歪めるのが見えてしまった。

 その事でジャーナリストの勘が疼く。やはりこの件は触れるべきではない、と。

「そうか。ご苦労だった。もう帰っていいぞ」

 解放されたのは4時間後。軍の施設から出るとすっかり空は茜色に染まっていた。

 新聞社に戻って上司に全て伝えてから帰路につく。帰り道でどこかに寄って、酒を飲んで全て忘れようと彼は心に決めた。

 しかし、この日より3日後に軍人が再び彼を訪ねてきた。理由は情報提供者の人相に間違いはないか、という件だ。

 確かに真実を話した、と伝えると難民の中にそれらしき男は存在しないと言った。

 果たして情報提供者の正体は何者なのか。嫌な推測が担当者の脳裏を再び過る。


-----


 連邦中央にある首都、大統領官邸にて。

「どうなっているんだッ! ええ!? 説明しろッ!!」

 怒鳴り散らしながら机に拳を叩きつけたのはベレイア連邦の新しい大統領、マグランという男であった。元々は軍の司令官だったマグランは、前線である西部地方を統括する者達を全て呼び寄せた。

 彼が聞きたいのは同盟国であるラディア王国が堕ちた件について。短期間で決着がついた事に対しての回答を求めたのだが……。   

 西部を統括する軍の将校達からは納得できる回答が得られなかった。得られなかった、というよりは彼等自身もどういう事なのか理解できていないと言うべきか。

「マギアクラフトの最新兵器が配備され、魔法少女すらもいた国が堕ちたのだぞ!?」

 自分達の盾となる絶対的な強者からの支援、それに組織が保有する最強の魔法使い。それらが揃っても国は堕ちた。

 しかし、マグランの怒りと戸惑いも理解できる。今までは追い詰める側だったのに、まさか同盟国が1つ地図から消えるなど簡単には納得できまい。

「情報では以前、首都を襲った者がリリィガーデン王国に向かったとの事ですが」

 彼等にとって記憶に新しい首都で起きた襲撃事件。

 主犯格とされる女性の動向をマギアクラフトに調べるよう依頼されたが、連邦西部に向かった辺りから消息が掴めなくなった。

 組織に対してリリィガーデン王国に入国したのでは、と報告して以降はこの件に対して何も言われていなかった。

「女一人に何ができる? あの女も魔法少女だというのか?」

「いえ、それは分かりませんが。マギアクラフトが追っているのでしょう? 今回の件に関してマギアクラフトからの回答はあったのですか?」

「いいや。問い合わせても回答がない! 自分達は指示をするくせに、こちらからの回答には応えん。いつも通りだ! クソがッ!」

 マグランは逆に問われると、その件に関しても怒りを感じているようだ。  

 彼は前大統領のような盲目的にマギアクラフトの命令に従う事を嫌がっている様子。

 マギアクラフトの一方的な指示と命令に嫌気がしても、それを拒む事のできぬ立場なのがこの国の実情である。

「犠牲になるのは我が国の兵士だッ! 国力が減っているんだぞッ!」

 しかし、このまま何もせずにはいられない。  

 マグランが言う通り、身を削っているのはベレイア連邦。マギアクラフトは多種多様な魔導兵器をもって支援しているが、それが通用せぬのであれば意味がない。

 いくら金銭や道具を支援されようとも、戦争をする兵士がいなくなれば元も子もない。人間は土に金を撒けば生えてくるような物ではないのだから、現状で悪戯に兵士を失う事は負けに繋がる最大の要因となるだろう。
  
 彼が兵士の重要さを説いていると、秘書が一枚の紙を持ってやって来た。

 受け取って中身を見るとマグランは顔を真っ赤にして投げ捨てる。

「これまで通り戦線を推し進めろだと!? ふざけるなッ!」

 投げ捨てた紙はマギアクラフトからの回答書であった。

 中身を簡単に要約すれば『指示は前に伝えた通り』の一言に尽きる。これまで通り支援は行う。だからベレイア連邦とグリア共和国にはリリィガーデン王国の侵略を続けよ、という事だ。

 どうしてラディア王国が堕ちたのか。その原因は何だったのか。魔法少女はどうして負けたのか。それらの回答は無し。

「支援が継続されるだけマシなのかもしれませんな……。しかし、ラディアの件に関して回答が無い以上は我々で情報収集するしかありますまい」

「共和国と会合の場を用意しては如何ですかな? ラディア王国が堕ちた事で衝撃を受けているのは共和国も一緒でしょう」

 マギアクラフトから明確な指示と対策が得られぬ以上、自分達でどうにかするしかない。

 マグランはグリア共和国との侵略戦争に対する合同会議を行う事を決定して、翌日にはその旨を記載した正式文書を発行するのであった。


-----


 ベレイア連邦大統領マグランが大統領官邸で会議を行っている頃、魔女の館にある開発室にいたベインスの元に彼の部下が足を運んでいた。

「ベインス様。監視部から情報が来ましたよ」

 部下である男は情報端末を片手に、広い開発室の片隅に置かれたベインス専用の作業テーブルで魔導具開発を行う彼の背中へ声を掛ける。

「ようやくか」

 どれどれ、と端末に表示された報告書に目を通す。記載されていた事のほとんどはラディア王国で起きた出来事についての詳細だった。

 ラディア王国に対してリーズレットが戦闘を開始して以降の事が事細かく調査され、どんな兵器を使っていたのか、どんな装備を使ったのか、どんな事をして国を堕としたのか、と全てが記載されていた。

 それらの詳細な報告が終わると、次はラディア王国が滅んだ後にラディア人がどうなったかが記載されている。この後半部分は特に興味がないのか、ベインスは一旦端末から顔を上げた。

「お嬢さんは変わらんね」

 あの日、アドスタニア王国アンガー領で出会ってから……。いや、彼女がアドスタニア王国王都を飛び出した時からずっとリーズレットをしてきた彼だからこその感想か。

 初めて言葉を交わし、銃という存在を教え、使い方を教えて。

 アドスタニア王国クーデター以降、傭兵として戦争に参加した時も。傭兵団アイアン・レディを結成した以降も。

 彼女はずっと変わらない。最強として君臨し続ける彼女のド派手な戦闘は文字で追うだけでもがする。

「まさか107号を殺すとは思いませんでしたが」

 部下である男は魔法少女リリム――魔法少女107号を撃破する人間がこの世に存在したとは、と大きくため息を漏らす。

 彼が落胆するように、この報告を聞いた他の研究員・開発者達も同様のリアクションを見せる者が多いようだ。

 理由は現在活動する100番以降の魔法少女はプロジェクトにおいて『成功』と評された者達だから故に。

 特に死体を魔法で操作して圧倒的な物量を武器とする『ネクロマティック』と銘打たれ、マジック・クリエイターによって開発された従来型元素魔法以外の新型人工魔法に適合したリリムは100番台の中でもとくに優秀な評価を得ていた。

 普通の人間ではリリムの圧倒的な物量を生み出すネクロマティックに対抗できるはずもない。何たって、仲間が殺されればその仲間ですらリリムの兵士となってしまうのだから。 

 敵味方問わず、死体が増えれば増えるほどリリムの戦力は増加する。

 魔女の館で生み出した魔法少女の中でもトップクラスに評判が良く、対多数戦闘において圧倒的な力を誇る相手が負けたのは正直に言えばショックだろう。

 例え魔法少女の人格自体が未熟だったとしても、この物量を瞬間的に用意できる優秀な魔法があればと誰もが思っていた。

 ベインスを除いて。

「それこそまさかだ。107号如きで止められるものかよ」
 
 しかし、ベインスは魔女の館にいる者達がリリムを過大評価していると常に言っていた。

 新型人工魔法に適合したとしても107号の身体能力と与えた人工魔法では『最強』は殺せない。止められない、と常に言い続けてきたのだ。

「ベインス様こそ、彼女を過大評価してるんじゃないんですか?」

 ベインスの部下は自分達が作り出した魔法少女に対して誇りと自信を持っているのだろう。

 リーズレットという前時代に生きていた人物が転生したところで、マギアクラフトの技術力よりも勝る者はいない。何かきっとリリムに不具合があったのでは、と言った。

「ハッ」

 しかし、ベインスは鼻で笑う。

「お前、最強がどんな存在か知っているのか?」

 ベインスは真剣な顔で部下の男へそう言うと、彼が答える前に言葉を続ける。

「絶対に負けないからだ。絶対に負けないから最強なんだ」

 ベインスはやや興奮気味に言うと端末を作業テーブルに置いた。

「どいつもこいつも分かっていない。他の長老達でさえ、お嬢さんが奇跡の産物であると理解していないんだ。あれは唯一、なんだよ」

 そうだ。誰も彼女を理解しようとしない。いや、理解したくないだけだ。

  他の長老共も。対抗手段として生まれた魔法少女達も。以前、リーズレットと相対したマキとアリアにも伝えたが、あれは『完成した者』なんだと改めて口にする。

 最強たる彼女に勝てなかったのは「リリムの人格が問題だった」とか「もっと強い魔法があれば」とか、そんな次元じゃない。

 何故、自分達が前時代でリーズレットの死を待ったのか。何故、魔女がリーズレットの復活を阻止しようとアイアン・レディを潰したのか。

 アイアン・レディを潰しても尚、魔法少女という対抗手段を生み出したのか。

「あれはある種の奇跡だ。奇跡的な確率で生み出され、完成した最強だ。どんなに対策しようと、ワケもわからねえ力で対抗しやがる」 

 淑女レディ

 そう崇められた彼女は常に敵を討ち倒してきた。本人の驚異的なスペック、彼女に付き従う有能な侍女、自然と惹かれ合うように集まる有能な仲間達。

 本人自身のスペックも、周りの環境も。まさに最強。全てにおいて勝利が約束され、最強となるべくしてなった女性。

 武力においての最強的な力、そしてカリスマ性と厳格な貴族教育が全て調和・融合した結果、女性ならば誰もが1度は憧れるであろう強くて気高き存在となった。

 そうなったのは必然、もしくは運命だったのだろう。

「この世に破壊神がいるならあれは正しく破壊神の使徒だ。この世を掻き混ぜてぶっ壊せと、神がこの世に生まれるよう確率を操作したに違いねえ」

 まぁ、破壊神うんぬんは彼なりの冗談だが。そう思いたくなるくらい、偶然生まれた産物である。

 その一旦を担ってしまった自分と魔女は酷く後悔している。

 こうなると分かっていたら彼女が生まれた瞬間に魔女と自分が処分していただろう。そうしなかった事さえ、神による運命操作だと思えてしまう。

「しかし、そんな奇跡が2度も起きますかね?」

「あ? どういう事だ?」

「報告書の後半を読んで下さい」

 ベインスの話を聞いた部下の男が顎に手を当てながら首を傾げ、報告書を最後まで読んでくれと促した。

 言われた通り、ベインスは端末を再び持って途中で止めた報告書に目を通す。

 すると、どうだ。グリア共和国のマギアクラフト支部に派遣した104号が死亡したという報告があるじゃないか。

「ハァ!? ふざけんなッ!!」

 記載されていた魔法少女104号が死亡した日時を確認すると、リーズレットがラディア王国にいる事が確認されている日と同日だった。

 さすがに最強たるリーズレットも長距離を瞬間移動する能力も魔法も持ち合わせてはいないだろう。現にそんな魔法など存在しない。

 という事は、魔法少女を殺せる別の何かが誕生したという事だ。

 記載されていた104号の死因は心臓を鋭利な刃物で刺されたという。現場には大規模戦闘が行われた形跡はなく、敵の死体もしくは怪我による血痕等の痕跡は残っていなかった。

 大多数によって魔法少女が囲まれて殺されたという痕跡は見られないとある。

 リーズレットには敵わぬものの、人間のスペックを軽く凌駕した魔法少女を刃物で殺す者など――まさか部下の言う通り、どこかで2度目の奇跡が起きたのか?

 別の勢力が2度目の奇跡を起こしたというのか? それとも自然に生まれた超越者なのか? 魔法少女を殺した者は一体どこの誰なのか。

「クソ、これは魔女と相談か」

 ベインスは進めていた作業を中止して下の階へ向かう事にした。

 この日以降、ベインスはいつも以上に開発室に篭る事になる。

 理由は魔法少女マキとアリアがリーズレットに遭遇してから進めていた魔法少女用の魔導具強化計画、対戦争用新型魔導兵器開発を早急に完了させる事。

 そしてベインスが魔女と相談した結果、更に計画が追加された。

 それはより強力な新しい魔法少女を作る計画であった。
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