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2章
第38話 鳥居の謎
しおりを挟むクラーケンの刺身は想像以上に美味かった。
倒したばかりで新鮮だったことも関係しているらしいが、クラーケンのように豊富な魔力を含んでいる個体は味も良いと漁師達は笑顔で語る。
「残りは干物にするべ」
「塩辛も楽しみだなぁ」
「今夜は煮物で食いてぇな」
意気揚々とクラーケンを捌いていく漁師達の会話を耳にしつつ、俺は再びケンスケに声を掛けた。
「ケンスケ、君に聞きたいことがあるんだ」
「なんですか?」
クラーケンの刺身を食うケンスケに対し、俺は「英雄ポアンの足跡を追いながら伝説を調べている」と前置きする。
「入り江にある門についてなんだが、あれは君の故郷にあった物と一緒だという話を聞いてね」
「ああ、鳥居ですね?」
やはり、彼はあの門について詳細を知っているようだ。
「僕の故郷には神社やお寺といった……。こちらで言うところの教会的な建物が多くあったんですよ」
鳥居と呼ばれる門は宗教的な建物の入口に作られることが多く、神域へ通ずる入口としての象徴を持っていたという。
「ええっと……。神様の世界と人間の世界の境界線を表していると言うんでしょうか?」
鳥居の先は神の住む神域と表現されており、ケンスケの故郷では「その中で悪いことはしちゃいけないよ」「神聖な場所だから行儀よくしなきゃいけないよ」などと伝統的な礼儀を教えられていたそうだ。
「まぁ、宗教的な意味と教育的な意味の両方を持つ事柄と言いましょうか」
「なるほど」
そういったことは、こちらの大陸にも多くある。
教会内では嘘をついちゃいけない、とかね。
そういった類のものなのだろう。
しかし、彼の言う「神域との境界線」という表現が気になる。
俺が見た景色は神域というやつだったのだろうか?
「どうして君の故郷にあったものがここに? 村人から聞いたんだが、君はこの漁師村に漂着したと聞いたが」
続けて、君の故郷はどこにあるんだ? と問う。
「……それが僕も分からないんですよね。気付いたらこの村に流れ着いていて、皆さんに助けてもらって」
どういった経緯で海に投げ出されたのか、は自分でも分からない。どうやって生き延びたのかも。
ただ、何も持たない状態でこの村に流れ着き、気絶していたところを救われたという。
「僕の故郷とどれくらい離れているのかも分かりません。たぶん、ずっとずっと遠くだと思うのですが」
彼の故郷は小さな島国で、国名は「ニホン」というらしい。
「聞いたことのない国だ」
「でしょうね」
俺が首を傾げると、ケンスケは苦笑いを浮かべながら頷く。
彼も故郷について情報収集を行ったようだが、少なくとも大陸の近くには「ニホン」という島は確認されていない。
どこにあるかも、帰る方法すらも分からない、と彼は困り果てた表情を見せながら言った。
「帰らないでいい! ケンスケはずっとアタシと暮らすんだ!」
「はは、分かっているよ」
隣でクラーケンの刺身にガッついていたフェネリは、自分の尻尾をケンスケの腕にふさふさと擦り付ける。
彼の表情から察するに、絶対に故郷へ戻ろうという意志は感じられなかった。
「そんな遠く離れた場所にある物がここにあるってのも不思議な話だね」
「そうですね。僕も初めて見た時は驚きましたよ。しかも、漢字まで彫られていたし」
「漢字?」
「僕の国で使われていた文字です」
……鳥居という宗教的象徴を持つ国の人間がここまで言うのだから間違いないのだろう。
問題は「どうして遠く離れた国に鳥居があるのか」だが、それについては全くもって謎である。
遠い昔、ケンスケと同じくニホンから来た人間が作ったとか?
「ポアンは鳥居を調べていたらしいんだが、何か心当たりはあるかい?」
「う~ん……。僕はあまりポアンの伝説には詳しくないんですよね」
彼は「話としては知っていますけど」と付け加える。
だが、すぐに「ああ、そうだ!」と手をポンと打った。
「ここから西に向かうとダークエルフ達が住む森があることはを知っていますか?」
「ああ、リョクレンの森?」
「そうです!」
リョクレンの森はヴェルリ王国西部の端に存在しており、ダークエルフ達の集落がある大きな森だ。
ヴェルリ王国からダークエルフ達の自治区として認められており、森全体の管理はダークエルフ達に任されているという話だが。
「リョクレンの森を管理するダークエルフ達の長がいるんですけど、彼女は英雄ポアンと一緒に旅をした『キキ』のひ孫だって言ってましたよ」
ダークエルフのキキは英雄譚にも登場するポアンの仲間の一人だ。
魔法に長けたダークエルフとして描かれており、ポアンと旅をしながら魔法の研究をしていたとも語られている。
「ポアンと旅をした人物のひ孫なら何か知っているんじゃないでしょうか?」
彼はキキのひ孫と会ったことがあるらしく、彼女は曾祖母の自慢話をよく口にしていたそうだ。
「しかし、リョクレンの森に入るには許可が必要なんじゃ?」
ダークエルフ達の自治区でもある森に入るには、領主か森の管理者達による許可が必要という話も聞いたことがある。
許可無く森に入り込むと警邏中のダークエルフ達に捕まってしまい、最悪の場合はヴェルリ王国法によって裁かれてしまうという話も。
「森の入口にいるダークエルフに僕の名前を言って下さい。僕から紹介されたと言えば通してくれるはずですよ」
彼は自分を指差しながら笑った。
「名前を言うだけで? 疑われないか……?」
少々心配になった俺が言うと、疑われたら「もう森で火属性魔法は使わない」と一言付け加えてくれと。
「火属性魔法を? 使わない?」
「あはは……。ちょっと、その……。色々ありまして」
気まずそうに言う彼だが、続けてリョクレンの森に進入できる最大の理由を明かしてくれた。
「森の長である『ララ』は僕の師匠なんです」
曰く、ケンスケはキキのひ孫であるララから魔法を習ったそうだ。
現在、彼が複合魔法を使えるのも彼女の教えがあってこそだと語る。
「彼女もひいお婆さんと同じく魔法の研究をしているんですよ」
興味があったら魔法についても質問してみるといいかも、と彼は笑顔を浮かべた。
「ありがとう。リョクレンの森を訪ねてみるよ」
よし、次の行先が決まったな。
これは重要な情報が手に入りそうだ。
「ところで君はこれからどうするんだい? 奴隷商を追うって話だが、そちらは何かヒントが?」
情報を貰いっぱなしというのもよろしくない。
俺は逆にケンスケの力になれないかどうか尋ねてみた。
「僕が探している奴隷商は組織的に活動しているらしくて、組織名を『シャンデン商会』といいます」
西側諸国のどこかで誕生した闇組織『シャンデン商会』は、裏側の人間だったら誰でも聞いたことがあるほど大きな組織らしい。
しかし、その実態は謎に包まれているようだ。
ケンスケがこれまで情報収集を行い、時には裏側に通ずる人間と対峙して詳細を聞き出そうとしたが、誰もが組織の詳細を知らなかった。
辛うじて判明したのは組織名とシャンデン商会は『何でも売る』ということだけ。
「シャンデン商会は客の求める物を何でも売るそうなんです。貴重な鉱石から宝石、求められれば遺物や魔剣も。もちろん、人の命まで」
ケンスケはフェネリをチラリと見てから言った。
「シャンデン商会か……。聞いたことがないな」
俺は故郷であるレギム王国から大陸を南下してきたが、その過程でシャンデン商会なんて名前は耳にしたことがない。
すると、ケンスケはポケットから紙を取り出した。
「奴らが使っている紋章です。これに見覚えは?」
紙には紋章が描かれており、それは『太陽を囲むヘビ』だ。
真ん中に太陽の絵が描かれており、細い舌を出したヘビが太陽を囲むように体を丸めている。
その絵を見た瞬間、俺の脳裏に記憶が蘇る。
「この紋章、見たことある」
「え!? 本当ですか!?」
それは俺がトーワ王国北部に入ったばかりの頃だ。
街にあった薬屋の前に馬車が停まっており、停車していた馬車の持ち主と揉めるゴロツキの姿があった。
ゴロツキ共は馬車の持ち主を囲みながら脅すように迫っており、周りの通行人も不安そうに様子を見守るだけ……という状況だった。
見兼ねた俺は彼らの揉め事に介入しようかと思ったのだが、このタイミングで通報を受けたと思われる領騎士が到着。
彼らの介入で大事にはならずに済んだ……という一幕だ。
「そのゴロツキの腕にタトゥーが入っていたんだが、この紋章と同じだったと思う」
揉め事を起こしていたゴロツキ共全員が、腕や手の甲に同じタトゥーを入れていたので印象的だったってのも覚えていた理由の一つだろう。
「たぶん、それはシャンデン商会に属した武装集団ですね」
商会を追っている際、ケンスケは何度も彼らのような集団と戦ったらしい。
「ですが、どうしてトーワ王国北部に? 私が王都で暮らしている間、そのような不埒者が国内をうろついているという噂は聞きませんでしたわよ?」
シエルは首を傾げるが、ケンスケは顔を険しくさせながら理由を語りだす。
「シャンデン商会は各国の貴族と太い繋がりを持つとも噂されています。貴族達の欲望を満たしつつ、大金を手にしているって話です」
もしかしたら、トーワ王国貴族とも繋がりがあるのかもしれない。
犯罪者集団が何の問題も起こさずに国境を渡れるのは、こういった理由が裏にあるからなのだろう。
「ルークさん、今後の旅でシャンデン商会を見つけたら僕に連絡してくれませんか?」
「それは構わないが、どうやって?」
手紙のやり取りには時間が掛かるし、そもそも彼はどこかの街に定住しているというわけでもない。
どうやって連絡するんだ? と首を傾げていると、彼はリュックの中からオカリナのような物を取り出した。
「これは伝書鳩を作り出す遺物です」
曰く、この遺物は二つで一組となる物のようだ。
オカリナのように音を出すと魔力の鳥が生成され、もう片方の遺物を持つ者に向かって飛んで行くという。
「魔力の鳥を生成したあと、伝えたい言葉を鳥に向かって喋って下さい」
生成された鳥は使用者の言葉を記憶し、もう片方の持ち主の元に到着すると「伝言」を喋り出すそうだ。
「……とんでもない遺物だな」
国のお偉いさん、特に軍事関係に関わる貴族が知ったら喉から手が出るほど欲しがる代物なんじゃないだろうか?
「偶然手に入れまして」
笑顔を浮かべて言う彼を見て、俺は「なんて強運の持ち主だ」と思う。
生きてこの村に漂着した事実も含めてね。
「分かった。見つけたら鳥を飛ばすよ」
「お願いします。僕も英雄ポアンに関する情報が見つかったら知らせますね」
俺達は今後も情報のやり取りをすることを約束した。
意外な出会いだったが、これは今後の旅に大きな影響を与えそうな出会いになりそう。
俺は笑顔を浮かべる彼の顔を見て、そんな予感を抱いた。
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