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1章 訳あり冒険者と追放令嬢

第19話 三号洞窟

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 翌日、三号洞窟へ向かう準備を行うことに。

 最初に向かったのは先日訪れたヘンゼルの店だ。

 昨日見つけたポーションを購入しようと足を運んだのだが――

『アレは売れてしまったヨ』

「あー、遅かったか」

 誰が買ったとは明かさなかったが、俺達が退店してから数時間後に訪れた客が購入していったという。

「貴方以外にもお客がいますのね」

「そりゃそうさ」

 シエルは「意外だ」と感想を漏らすが、俺は何度か他の客と会ったことがある。

 前に会ったのは東に住む魔法使いの女性だったかな? そこそこ有名な魔法使いだったと思う。

『代わりにコレはドウ?』

 店主が取り出した革袋の中から出てきたのは、灰色の丸薬だった。

『どんな病気も毒も治してシマウ丸薬だよ。スゴク苦いけどネ』

 新規入荷……というか、新規作製された商品かな?

 ただ、この店で取り扱うってことは効果のほどは保証されているようなものだろう。

「じゃあ、代わりにそっちを買おうかな」

 旅の途中、病気に罹ったら最悪だ。

 すぐに街へ辿り着けられればいいが、街まで遠かったら最悪そのまま道中で死んでしまう可能性もある。

 仮に街へ辿り着けたとしても、長く滞在して治療に専念せねばならない。そうなれば金も時間も浪費してしまう。

 保険も兼ねて購入しておこう。大した荷物にもならないし。

『金貨二十枚ネ』

 容量は丸薬三粒である。

「たっか!?」

 シエルの感想はもっともであるが、一粒飲むだけで完治するなら安いものだろう。

『他には?』

「いや、今回はこれだけで」

 丸薬だけ購入して店を後にした。

 続けて、俺達は街の市場で食料を購入していく。

「いつもより多めに買おう。今回は一週間分の食料を買うよ」

 三号洞窟内で何が起きるか分からないからね。

 食料も水を生むための魔石も多めに購入する。

 買い物を終えて時間を確認すると、まだ昼前だった。

 このまま出発してもよさそうだ。

「このまま三号洞窟へ向かおうか」

「ええ」

 準備を終えた俺達は三号洞窟がある山を目指して出発した。


 ◇ ◇


 三つの洞窟が発見された山は街の西側にある。

 街を出てから西に続く街道を歩き続ければ到着する簡単な道程だ。

 道中、街道を行くのは俺達だけじゃない。

 一号洞窟を目指しているであろう冒険者達が多数いる。

 加えて、ここにも商魂たくましい商人達の姿が。

 なんと、街道のど真ん中に露店を開いて商品を売っているのだ。

「ここまでくると凄いとしか言えませんわね」

「まったくだ」

 扱っている商品はまさに「何でも」である。

 水や食料、魔石といった冒険者にとっての必需品を始め、あれば便利と思える道具まで。

 更には武器や魔法使いの杖まで、大樽に入れられて販売されていた。

 前を通過する際に値段を確認してみたが、どれも基本的には割高だ。

 食料は薄くスライスされた干し肉しかないし、魔石も中サイズしか扱っていない。水に関しては街に行けばタダで飲めるのに、水筒一本分の量で銀貨一枚。

 武器や杖も質が悪く、まともな冒険者の購買意欲を刺激することはないだろう。

「……売れるのかしら?」

「売れるから露店を開いてるんじゃないかな……?」

 商人だって馬鹿じゃない。売れると見込んで店を開いているはず。

 正直、怪しいところだが……。世の中には手間を惜しんで金で解決しようって人間が一定数いるのも確かだ。

 そういった連中をターゲットにしているのかもしれない。

「……串焼きの屋台までありますわよ?」

 続けて街道を進んで行くと、ジュウジュウと音を立てながら肉を焼く屋台まで現れた。
 
 その隣では近隣で農業を行う農夫が野菜まで売っている。

「もう何でもアリだな」

 恐るべし、遺物フィーバーといったところか。

「お、見えて来たね」

 山の近くまで向かうと、冒険者達が自主的に設営したであろう簡易キャンプが見えてきた。

 キャンプには探索から戻って来たであろう冒険者、これから向かうであろう冒険者達が入り混じって休憩を行っている。

 彼らは焚火を囲みながら食事をしたり、木を背にしながら簡単な寝床を作って仮眠をとったり、とにかく自由な様子が見られた。

「集団でキャンプすることもありますのね」

「遺跡の近くには自然と集団キャンプが発生するね。こうして纏まった方が魔物にも襲われにくいから」

 一組の冒険者がキャンプを始め、他の冒険者達も近くでキャンプを始め……と、連鎖していくことで一塊の集団になっていくのだ。

 最初にキャンプを始めた冒険者も「ここは俺達の場所だ!」なんて文句は絶対言わない。

 周りに人が集まれば、自然と魔物に襲われるリスクも低くなっていくし、想定外の事態が起きても集団で対処することが可能になるからだ。

 冒険者達が集まれば集まるほど、脅威の潜む街の外であっても比較的安全な場所となっていくわけである。

 ということは、続けて集まって来るのは商魂逞しい商人達となる。

 街道沿いに引き続き、キャンプ地にも複数の商人が露店を出店しているのだ。

 本当に商人という生き物はたくましい。

「ただ、俺達の目的地は別だからね」

 ここは一号洞窟に狙いを定めた冒険者達の集う場所。

 俺達は三号洞窟が目当てなので、キャンプを横切りながら山の西側へ向かう。

 ルートとしては、キャンプのある南側から大回りに迂回しながらだ。山の西側へ向かうための道は無く、獣道を通って向かうしかない。

 キャンプを通り過ぎてから一時間後、ようやく俺達は目的地に到着した。

「ここだね」

 露出した洞窟の入口にはご丁寧にも『三号洞窟』と書かれた看板が地面に突き刺さっていた。

「本当に誰もいませんわね」

 組合で聞き込みした通り、周囲に冒険者の姿は無し。

「さて、中に入ろうか」

 リュックの中からランタンを二つ取り出し、灯りをつけてから片方をシエルに手渡した。

「……真っ暗ですわ」

 彼女にとっては初めての遺物遺跡探索だ。

 ランタンの光が届かない暗闇を見つめながら、彼女の顔に緊張の色が浮かぶ。

「魔物はいないって話だから大丈夫だとは思うけどね。念のため、俺の後ろをついて来て」

「え、ええ」

 遂に洞窟内へ足を踏み入れた。

 ランタンで周囲を照らしながらゆっくり進むと、後ろにいるシエルも記念すべき一歩を踏み出す。

「普通の洞窟だね」

 壁や天井は岩でできており、道幅も広くて歩く分には困らない。

 ただひたすら真っ暗な道が真っ直ぐ続くだけ。

「ぶ、不気味ですわ」

 周囲をキョロキョロと見渡すシエルは、俺が蹴飛ばしてしまった小石が壁に当たる音が鳴っただけでビクリと反応してしまう。

「落ち着いて。大丈夫だ」

「そ、そうは言いましても……。私、アンデットとか苦手ですのよ……」

 世の中にはアンデットと呼ばれる種類の魔物も確かにいるが、そういった種類の魔物が出現するには特定の条件がいる。

 遺物遺跡に繋がる洞窟内では出現しないと思うのだが、暗い洞窟の中という限定的なシチュエーションが彼女の恐怖心を余計に煽るのだろう。

 そんなことを考えていると、洞窟の最奥に辿り着いた。

「あった」

 最奥の壁には地下へ続く階段がある。

 階段を照らしながら覗き込むも、終着点は見えなかった。

「……こんな長い階段、誰が作ったのかしら」

「本当にね」

 階段の造りは雑というわけじゃない。

 足場は一段一段非常に整っており、どれも均等でブレがなく、美しさまで感じられる。

 現代に生きる人達が作る階段よりも数倍優れているように思えてしまった。

 しかも、壁には手すり付き。

 長い手すりがずーっと下まで続いているのである。

 正直、手すりがあるのは落下防止に助かるが……。丁寧すぎやしないか? と思ってしまう。

「とにかく、進もう」

「ええ」

 俺達はゆっくりと階段を下りて行った。

 階段を下り終えると、事前情報通り長い通路が奥に向かって続いている。

 ただ、上の洞窟と違うのは壁と天井が白い石で造られていること。

 現在は薄汚れてしまっているが、完成当時は真っ白な壁と天井を持つ通路だったんじゃないだろうか?

「……雰囲気が変わりましたわね」

「ああ。完全に人工物……。というか、室内にいるような雰囲気だね」

 大きな施設の中にある通路、そんな雰囲気に似ている。

「進もう」

 ランタンの灯りを頼りに進行を開始。

 通路をゆっくり進んで行くと――光が照らす先に何かが見えた。

「止まって」

 俺が足を止めると、後ろにいたシエルが遅れて止まる。

「な、なんですの?」

「何かが見えた」

 ランタンを掲げて通路の先を広く照らすと、ぼやっと見えたのは人型のシルエットだった。

 ローブを着た人間が通路のど真ん中に立っている……と、思われる。

「…………」

 俺はシエルに振り返り、人差し指を口に当てながら静かに、ゆっくりと進む。

 後ろに続く彼女も足音を立てないよう動き出し……。

 やがて、ランタンの灯りはそれを完全に捉えた。

「…………」

 通路の先にあったのは人間の後ろ姿だ。

 ローブを着た髪の長い女性と思わしき人物が、俺達に背を向けながら立っている。

 しかし、どうにもその様子がおかしかった。

 猫背になった女性の体はフラフラと揺れ、おぼつかない足取りで一歩、また一歩と足を前に動かしているのだ。

「……冒険者?」

 シエルが小さく呟いた瞬間、向こうの足が止まる。

 そして、ゆっくりと俺達に振り返ったのだ。

 ランタンの灯りに照らされた彼女の顔は――両目から血を流し、口の端には泡が溢れていた。

「…………テ」

 口を動かさず、掠れた声で何か言っている。

「血を流していますわよ!?」

 シエルは動揺を露わにするが、俺は彼女を制止しながら一歩後ろへ下がる。

「シエル、下がって」

 どう考えても普通じゃない。

「……ス……ケテ……。タ、ス……ゲ、デ……」

 ふらふらと歩き出した女性は俺達に向かって弱々しく腕を伸ばす。

 だが、途中で足をもつれさせて床に転んでしまった。

 ……以降、彼女が動くことはなく。

「…………」

 俺は慎重に進み、距離を取りながら剣の鞘で彼女の体を突いた。

 反応は無し。

 恐らく死亡したのだろう。

「……どういうことですの? 魔物の仕業ですの!?」

「……分からない」

 魔物の仕業なのか、それとも病気を抱えていたのか。

 ただ、パッと見る限り女性の体に外傷は無かった。着ている服が魔物の攻撃で破れてしまってることもなさそうだ。

「ど、どうしますの!?」

 シエルは動揺しながら問うてくるが――

「……先へ進むよ」

 彼女には悪いが、俺は引き返せないんだ。

「どうしても俺は……。蒼の聖杯を手に入れなければならない」

 そう、俺には進む以外の選択肢はない。

 進まないという選択はできないのだから。

「……分かりましたわ」

「いいの? 君は今からでも戻って――」

「戻れるわけないでしょう!? 怖すぎますわよっ!」

 彼女は背後に広がる闇を指差しながら言った。

「もうこうなったら貴方と進む以外にありませんわっ!」

 シエルは今にも泣き出しそうだ。

 彼女にとっては進むも戻るも恐怖は同じ。だったら、俺と一緒にいた方が幾分かマシってことなのだろう。

「じゃあ、進もう」

 俺は内心、彼女に「すまない」と謝罪した。
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