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2 ビルワース侯爵家

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 侯爵家夫婦と多数の庶民を巻き込んだ事件は、王都で発行される王都新聞にも取り上げられた。

 新聞では詳しい情報等の掲載が制限され、貴族と庶民が亡くなったという事実のみを説明。事件は調査中と締めくくられた。

 しかし、明らかに事故とは思えぬ出来事から王国民の間では「政争が齎した悲劇か」「どこぞの国が起こしたテロ」などと様々な憶測が囁かれ続けた。

 国の政治中枢である王城でも連日事件について多くの意見や議論が巻き起こる。庶民達と同様に王城勤めの貴族が様々な意見や推論を口にするが、どれも事件解決の糸口には至らない。

 王都騎士団が調査を進めているものの、自爆した馬車を操っていた人物は既に木っ端微塵であるし、科学捜査等の高度な捜査技術が確立されていない今の世では犯人を絞り込む事など到底不可能な事であった。

 要は現行犯逮捕、もしくは犯人の口から直接語られるまでは捕縛できず。もどかしいがこれが今の世における法と事件捜査である。

 ただ、被害者貴族であるビルワース家にとって不幸中の幸いだったのは、現国王が良識を持った者だったという点だ。

「ビルワース侯爵家の事件については調査を続行。犯人の判明、捕縛までは継続せよ」

 事件の迷宮入りはさせず、解明するまで調査は続行。

 これは貴族社会としての威信や王としての威厳を示した判断だったのかもしれない。その後、王が続けた言葉はビルワース家の処遇を優遇する内容であった。

「ビルワース家については長女であるガーベラが成人するまで、もしくは自己判断が下せるまで保留とする」

 これはビルワース家に残ったのが幼いガーベラのみだったという件。及び、ビルワース家の爵位が上位貴族である侯爵位であったという件が関係してると関係者は語る。

 貴族社会において、家を大きくする最も簡単な手段は「結婚」が手っ取り早い。特に現在の王国において最上位――現在、王国には公爵位持ちは不在――である侯爵家の娘となれば、強欲な一部の貴族は挙って婚約を申し込むだろう。

 特にビルワース家はだ。

 侯爵家の持つ権威も然ることながら、所有する財産も桁が違う。更に好都合なのは婿養子を選定する『親』がいない事だ。

 強欲な貴族は手段を問わぬ者も中にはいる。どさくさに紛れて幼いガーベラに婚約を迫ったり、もっと最悪な場合であれば幼い子供に脅しのような文句で迫る者もいるかもしれない。

 まだ冷静な判断が出来ぬガーベラが一度でも了承してしまえば、例え王であっても覆せなくなる。使用人が訴えたとしても簡易的な誓約書でも作られたらおしまいだ。

 悲しい事に、一部の貴族はガーベラを「美味しい獲物」として見るだろう。

 そこで、王の下した王命が活きる。

 ガーベラの境遇を憐れに想った王は「成人するまで」もしくは「自己判断が下せるまで」と条件を付けた。あくまでも、ガーベラ本人が人生の選択を下せるようになるまでビルワース家に関する事項は国が承認しないとした。

 これで強欲貴族から無理に婚約を迫られても無効となる。同時にガーベラがしっかりと判断を下せるようになるまで、ビルワース家は国が保護するという形ができた。

 格別の判断を得たビルワース家の使用人達はホッと胸を撫でおろしたのだが……。

 ただ、それでもガーベラに寄って来る影はあったのだ。

 それはビルワース家の『親族』という存在である。

「ガーベラは顔を見せないのかね?」

 ビルワース家の客間にて、眉間に皺を寄せながら老執事長であるセバスチャンに言ったのはブクブクに太った醜悪男。

 彼はビルワース家の遠縁であるオークマン伯爵家の当主。名をピグ・オークマン。彼は母方の親戚であり、王国にて第三位の大きさを持つ商会を営んでいる豪商貴族であった。

 オークマン家を一言で言えば「金で爵位を買った成金」といったところだろう。ビルワース家とは遠縁であるものの、同じ王国貴族として少なからず当主同士の交流はあった。

 しかし、ビルワース家夫婦の葬儀から三日も経たずに家を訪ねて来るような親しい間柄でもない。両親が存命であった時、王城で会えば家の状況を事務的な態度で確認する程度の仲である。

 そんなオークマンが顔を見せぬガーベラに対して不満を抱く理由。彼の狙いはガーベラ……の持つ、ビルワース家の財産だ。

「お嬢様は未だショックで寝込んでおります故」

 セバスチャンは灰色の髪をオールバックにした頭を下げながらも淡々と告げた後、僅かにズレたモノクルの位置を指で直した。

 顔は冷静かつ使用人としての理想的な表情を浮かべているが、内心では「何しに来てんだデブ」と思っているに違いない。

「そうか。無理もないな。しかし、侯爵家が揺らぐのはよろしくない。うちの息子を婿入りさせれば存続も難しくはないと思うのだが?」

 随分と直接的な提案だ。王命で求婚は禁止されているが、親戚筋からの「心配」と「配慮」とすれば問題無しとでも思っているのだろうか。どちらにせよ、オークマン家が厚顔無恥な上に強欲のクソである事には変わりない。

 彼のクソっぷりは一時置いておくにしても……。セバスチャンはオークマンの隣に座る「息子」に目を向けた。

「グフフ。ガーベラを僕のお嫁さんにすれば誰もが幸せになれるよぉ」

 そこには父親同様に醜い豚が座っているではないか。

 息子の年齢は今年で二十五。ガーベラとはかなり年齢差があるし、それ以前にこの男には悪い噂が多すぎる。

 金に物を言わせて娼婦相手に好き放題、格下貴族の子弟に対しても好き放題、貴族の子弟が通う学園では碌な成績を取れずに落第生寸前……等、とにかく酷い。

「前に見た時はすんごく可愛かったよなァ。早く鳴かせてぇ~」

 何を想像しているのか、息子は「げへげへ」と笑いながら舌舐めずり。明らかにガーベラの事を財産とセットでついてくる高級娼婦としか思っていない。
 
 セバスチャンは彼の言葉に怒りで震えそうになる。貴様のような醜悪な豚にお嬢様を、と想像するだけでブチギレそうだ。

「とにかく、王命もございます。今はお引き取り願います」

 込み上げる怒りと苛立ちを抑えながら、セバスチャンは「王命」という単語を強めて言いつつ頭を下げた。

「チッ。仕方ないな。だが、覚えおくといい。ガーベラのため、それにビルワース家を存続させるのであれば、我がオークマン家の力が必要になるという事を」

 オークマンはまるで未来が決まっているかのような言い方だ。絶対にビルワース家の財産を手にしてやる、という決意に現れだろうか。

 不機嫌ながらも席を立ったオークマン家を玄関まで見送り、親子を乗せた金ぴかの馬車が敷地内から去って行くのを待って玄関を閉める。

「はぁ……」

「セバスチャンさん」

 ため息を零すセバスチャン。振り返れば、ガーベラの侍女であるモナが心配するような表情で立っていた。

 黒を基調とした侍女服に、黒く長い髪をポニーテールに纏めて。歳は二十代前半であり、ガーベラにとってはお姉さんのような存在だ。

 彼女にとってもガーベラは主と侍女という間柄を越えた大切な存在である。それ故に、長くビルワース家に勤めているセバスチャン同様、オークマン家との婚姻には「絶対反対!」といったところだろう。

「大丈夫です。お嬢様が成人するまであと十年と半年。まだ時間はあります。それまでに何とか……」

 君が言いたい事は理解している、と言わんばかりにセバスチャンは言葉を口にした。ただ、任せてくれと胸を張って言えはしなかったが。

「あのような醜悪な男がお嬢様の婿になるなど……」

 ガーベラにとって地獄でしかない。二人を筆頭に敬愛するビルワース家に仕えてきた使用人達にとっても悪夢である。

「お嬢様が心から愛する男性を見つけられると良いのですが」

「しかし、お嬢様の世代には男子が少なすぎるのが問題ですな」

 問題となる一つがガーベラと同年代、もしくは近しい年代で生まれた男子の数が極端に少ない事だ。

 現状でも優秀だと評判の同年代男子もいるにはいるが、他の家と取り合いになるのは確実。ましてや、ビルワース家が多額の財産と侯爵位を持っていても、婿養子となると断られてしまう可能性は高い。

 ガーベラが結婚適齢期にまで成長した時、侯爵位よりも下の家――伯爵家辺りで生まれた男子が頭角を現していれば良いが……。どうしても不確定な未来の話だ。現状では些か不安が残る。 

「外国にも目を向けて……」

 他の選択肢と言えば国際結婚か。セバスチャンとモナは「ガーベラが最大限幸せになる方法」について考えを巡らすが――

「モナ侍女長、セバスチャン執事長。お嬢様がお二人をお呼びになっています」

 二人揃って悩んでいる最中、メイドの一人に声を掛けられた。

 不安な気持ちをお嬢様に悟られぬよう、と気持ちを入れ替えて彼女の部屋へ赴くのだが――二人はそこで衝撃的な話を聞かされる事となる。
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