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第2部 男装王女と転生王子による恋愛大戦争
王子様は幕を引く 3
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「転生者ソーヴィシチ・マルロフさん」
私の言葉にソーヴィシチは目を見開いた。水色の瞳が驚愕に揺れる。しかしすぐに誤魔化そうと口を開いた。
「シャ、シャングリア殿下。……いったい何のお話ですか? その転生者、だとか……それにその日記帳も、僕のものじゃないですし」
「誰がこれが日記帳だと言いましたか? 初めて見るなら日記帳ではなくノート、もしくは手帳と言うのが自然だと思いますが。……ここはギャルゲの中の世界らしいですね。主人公がニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイ。そしてヒロインがこのグナエウス王国の令嬢たち。……ここは現実だというのに、よくもまあシナリオ通りに動くよう頑張りましたね」
「だから、なんのお話ですか?」
ソーヴィシチはあくまでも知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりらしい。だがそうは問屋が卸さない。
「では少し話を変えましょう。あなたはどうしてこんなところへ?」
「……それはニコラシカ殿下が心配で。ここならニコラシカ殿下とシャングリア殿下が話しているのが見えますし。出歯亀していたのは、その申し訳ありません。でもシャングリア殿下こそ、どうしてここに? ニコラシカ殿下は午後5時に礼拝堂へ行くよう伝えていたと思うのですが」
「ああ、それでしたら、変更になりました」
「へ?」
「あの手紙は2枚届いていたんです。午後5時に鐘撞小屋に来るように、という手紙と、午後4時に鐘撞小屋にくるように、という手紙が」
「……どうして」
信じられない、という顔をするソーヴィシチ。よもやニコラシカが勝手にそんなことをするとは思っていなかったのだろう。
今までずっと、ソーヴィシチの言うことに忠実に従っていたはずの傀儡のニコラシカが。
「どうしてって、もうあなたを信じられないからでしょう」
「そ、んな馬鹿な」
「ニコラシカ殿下は私にお話ししてくださいました。お話、というより相談ですかね。ソーヴィシチの考えていることがわからない、と」
状況が理解できないというように唇がわななく。誤魔化しの言葉が出てこないほどに、ソーヴィシチは動揺していた。今の彼を見ていると、初めて会った時の謁見の間での怯えた様子は演技だとわかる。
「ニコラシカ殿下のしてきたこと、そのほとんどがあなたによる指示だったそうですね。謁見の間で私の手にキスしたことも、街の中で一人になったことも、夕方の教室に一人にしたことも」
「……そ、れは」
「あなたは毎回、私がニコラシカ殿下に接触するように図っていた。見事に思惑に乗ってしまいましたが。……当初私はすべてニコラシカ殿下の意思だと思っていました。彼こそが転生者で、シナリオ通りに動こうとしているのかと。しかし彼と話しているうちに、彼の行動のどれもが、彼の通常の性格と食い違っていることに気が付きました」
ニコラシカは華やかな見た目に反して朴訥としていた。
争いや権力を好まず、ただ水面を揺蕩う葉のように、受動的で穏やか。そんな彼がわざわざ好き好んでトラブルに飛び込んでいくだろうか。
「あなたは毎回、シナリオ通りになるようニコラシカ殿下に指示し続けていた」
これでいい、大丈夫、なんとかなる、あなたのためだから。そんな言葉をかけ続けた。本来なら、ニコラシカもわざわざ傀儡となってやることもない。それでも傀儡に甘んじたのはソーヴィシチを信頼していたから。ソーヴィシチに悪意が本当になかったからだ。
「……指示を出していたとして、それはニコラシカ殿下を思ってのことです。それにあくまで僕の想像で話しているだけ、シナリオだとか、そんなものは知りません」
「では何故他国の人間が決して知りえないことを知っていたんです?」
「知りえないこと?」
「私の性別が女性であることですよ」
「……たまたまですよ。王宮へ来て、あなたを見て、男装した王女だろうと思ったんです。それにあなたは以前貴族の令嬢と間違われて誘拐されていたでしょう。だから男装している王女だろう、と」
「へえ。それであくまでも第二王子として扱われているはずの私を公的な場で女扱いしたんですか。そんなことをして主であるニコラシカ殿下がどんな目で見られるかも考えず。ただの、あなたの想像で。見かけによらず博打うちですね」
嘘だとはとうに知れている。ただニコラシカもニコラシカだ。まさか公的に性別不明、ただ第2王子として扱われている私を堂々と女扱いするなど、ここでソーヴィシチのことを疑っても良かったはずだ。それでも従ったのは、国外までついてきてくれた仲間だからか、今までの関係性からか。
あの時の暴挙の原因はすべてこいつにあったのだ。
「しかもあなたは”自分の予想”だけで殿下に言ったそうですね。『うまくいけば王配になれる』と」
「っ……」
「よほど自分の炯眼に自信があると見えた。ですが問題はそこだけじゃない。現国王である陛下はいまだご健在です。更に王位継承権第1位は私ではなく兄であるシュトラウス。にもかかわらずあなたは『王配になれる』と言った。……彼らが王でいられなくなることを、予想したんですか。無礼にも、ほどがある」
じわじわと怒りが込み上げてきた。シナリオ通り動かすため、ニコラシカを王配とするためにしてきたことに。
どれほどこのソーヴィシチ・マルコフという青年は身勝手なのだろうか。
あっさり認めたアドリア嬢の善良さを今になって思い知る。
「お、お許しください。すべて僕の軽挙妄動です。何か根拠があったわけでもありまん。僕はニコラシカ殿下が王配になれる、という可能性を見てしまったのです……!」
誤魔化すのをやめて謝罪に切り替えだした彼を冷たく見据える。今更何もかも遅い。もはや今の平身低頭な姿さえ、三文芝居のようにしか見えなかった。
そして謝罪をすれども転生者であることも、日記帳の持ち主であることも認めていない。
「いい度胸をしていますね。散々主君を危険な目に遭わせておいて、軽挙妄動の一言で片づけるなんて。他の人にはまねできません」
「…………」
「ではここに書いてある内容とあなたの指示がおよそ被っているのは偶然だと」
「……内容については存じ上げませんが、偶然です」
「なるほど、では今まであなたが学園内で書いてきた文字とこの日記帳の筆跡が一致したとしても、それは愉快な偶然だという訳ですね。いやはや不思議なことです」
唇を噛み、だんまりを決めるソーヴィシチを見る。
嵐が過ぎるのを待つように耐えているだけでことが終わる、なんて言うものは現実に存在しない。黙っているだけで終わらせるつもりも、ただ謝るだけで終わらせるつもりも微塵もない。
それだけのことを、この青年はすでにしでかしている。
「…………」
「闇オークションにアドリア嬢が出品されるよう手引きしたのも、先日の闇オークションにニコラシカ殿下と参加したことも、騎士団が突入し逃げ出すときに、銃を持った男に発砲したのもすべて偶然で、たまたまなわけですか」
「……はああ、シャングリア殿下。性格悪いって言われない? そこまでわかってたのかぁ」
諦めたようにソーヴィシチはため息をついて床に座り込んだ。
先ほどまでの萎縮すような雰囲気も、反省したような顔色も霧散している。今はまるで、すべての犯罪が暴かれ諦めた犯人のようだった。観念し、開き直っている。
「今までそう言われたことはありませんね。あなたこそよく言われませんか?」
「よく言われる」
開き直るにもほどがあるが、とうとう敬語すら無くなった。不敬罪。一発有罪だ。ただもう彼がしてきたことを思えば不敬罪など軽いものだろう。
闇オークションのとき、人身売買が発生するのだろうと予想して突入組であったブロンクスに、檻の中にいる人間がどうやって逃げるか確認するよう指示していた。その結果ブロンクスは、鍵が開けられ逃げ出すアドリア嬢も、その手を引いたニコラシカも、暴漢を撃ったソーヴィシチもすべて目撃することとなった。
「何もかもうまくいくと思ったんだけど、うまくいかないものだな。せっかくいろいろ頑張ったのに」
「迷惑極まりないですがね」
「ていうかあんたの性格がゲームと違いすぎる。もしかして転生者?」
「いいえ。私はここ生まれです。前世の記憶などはなく、ここをゲームの世界だと思ったこともありません。ゲームの中の私はどんなキャラクターなんですか」
「俺も王配ルートはプレイしてないけど他ルートで見る限り、普段は男らしく強がってるけど、本当は女として生きたいし、気も弱い。自由に生きていたいけどそんな力も反骨精神もない、みたいな感じ」
「はは、どこの誰ですかそれ」
「こっちのセリフ。まさかレイピア振り回すわ、囮役になるわ、闇オークションに乗り込むわって性格だとは思わなかった。なんて王女サマだよ。当てが外れたね」
随分と私とは違う誰かだったらしい。
私は今も自分が大好きだ。欠点などなく完璧で、好きなように生きている。現状に不満などない。ニコラシカを王配として迎えてまで欲しいものも何もない。
「一通り日記帳は読ませていただきました。あなたが王配ルートを目指していること、そしておそらく王配ルートをプレイしていないことも予想していました」
「人の日記をしっかり読み込んでるな」
「もちろん。しかしわからないことがあります。一つは王配ルートのエンディングを迎えるためには私が女王となっているのが絶対条件。けれど陛下も兄上も健在。であればどういった経緯を以てエンディングに至るのか。もう一つがこれに書かれていた『闇オークション、石油王ムーブ』。これ、王配ルートでは不要なのではありませんか?」
私にとっては至極当然の疑問だったのだが、なぜかソーヴィシチは不思議そうな顔をしていた。
「不要? なんで?」
「なんでって……、これ、主人公であるニコラシカ殿下が攻略対象であるヒロインを救い出すイベントではないんですか? それに対して私はこの国の第2王子。顔を知らない者はいません。であれば私は絶対に入札されない。王配ルートを目指すならここの件はいらなかった。……アドリア嬢が出品される必要はなかったのでは?」
「ああ、それはついで」
「……ついで」
ソーヴィシチは悪びれるでもなくそう答えた。無意識のうちに声が低くなる。
「確かにあの場にニコラシカが行く必要も、シャングリアが行く必要も、アドリアが行く必要もなかった。でもあのイベント自体は重要だった。俺やニコラシカがいなくても必須で発生するイベント」
「……誰もいないのに?」
「いたはずだった。どのルートでも同じ。オークション中に王国の騎士たちが摘発に来る。会場は大混乱。そんな中一人の男が場内で銃を乱射。その結果多数の死傷者が出る」
何でもないように話すが、思わずぞっとする。
こいつがそういうのであれば、きっとそうだったのだろう。もしあの時ソーヴィシチが男を撃たなければどれほどの被害が出たことだろうか。
「そして囮捜査で来ていた第1王子シュトラウスが被弾し死亡」
「……は」
「第1王子は死亡したこと、国内で続く混乱により国王が衰弱し、その後病死。結果的に直系の王族は王女シャングリアだけになる。第1王子、シュトラウスが死亡するのに必要なイベントだったんだ」
あっけらかんと説明したソーヴィシチに言葉を失った。
本当ならあそこにいたのは私ではなく、シュトラウスだった。
だが私が勝手に動いたからシュトラウスの代わりに私があの場にいて、ヒューイさんが庇ったから私は無傷だった。
「シュトラウスがちゃんと死亡するのを見ておきたかった。重要な伏線だからな。でも俺一人で夜間外出するのは困難。さらに言えば万が一騎士団に捕まった時の言い訳が必要だった」
「……『学友が攫われたから助け出すためにオークションに参加した』と」
「そうそう。だからルートとは関係なくて、騙しやすそうなアドリアを選んだ。見事に攫われてくれて、ニコラシカはオークションに行くと決める。俺はその護衛でついていったことにすれば何の問題もない。なんにせよ、ヒロインの立場は怪我を負うこともないからアドリアも無事だろうし」
そんな身勝手な理由で、アドリア嬢は攫われることになったのか。
シナリオを確認する手段として、ついでに、できそうだから。そんな理由で彼女は2度目の恐怖を味わい、巻き込まれた。
「なのに闇オークションに現れたのはシュトラウスじゃなくて王女のシャングリア。死亡ポジションにヒロインがいたらまずいと思ったから、先に俺が変な男を撃った」
「なるほど、なるほど。ちょっと一つ良いですか?」
持っていた日記帳を放り投げ、座り込んだままのソーヴィシチに歩み寄る。
不思議そうに私を見上げるソーヴィシチの目も髪も、夕日で真っ赤に見えた。大罪人に見えるわけでもない、本当に普通の学生に見える。悪いことをしたとは思っていない。シナリオ通りだから大丈夫なはずだった。安全は確保されていた。そんな風に思っているのだろうか。
私は無防備なソーヴィシチの腹を思い切り蹴り上げた。
私の言葉にソーヴィシチは目を見開いた。水色の瞳が驚愕に揺れる。しかしすぐに誤魔化そうと口を開いた。
「シャ、シャングリア殿下。……いったい何のお話ですか? その転生者、だとか……それにその日記帳も、僕のものじゃないですし」
「誰がこれが日記帳だと言いましたか? 初めて見るなら日記帳ではなくノート、もしくは手帳と言うのが自然だと思いますが。……ここはギャルゲの中の世界らしいですね。主人公がニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイ。そしてヒロインがこのグナエウス王国の令嬢たち。……ここは現実だというのに、よくもまあシナリオ通りに動くよう頑張りましたね」
「だから、なんのお話ですか?」
ソーヴィシチはあくまでも知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりらしい。だがそうは問屋が卸さない。
「では少し話を変えましょう。あなたはどうしてこんなところへ?」
「……それはニコラシカ殿下が心配で。ここならニコラシカ殿下とシャングリア殿下が話しているのが見えますし。出歯亀していたのは、その申し訳ありません。でもシャングリア殿下こそ、どうしてここに? ニコラシカ殿下は午後5時に礼拝堂へ行くよう伝えていたと思うのですが」
「ああ、それでしたら、変更になりました」
「へ?」
「あの手紙は2枚届いていたんです。午後5時に鐘撞小屋に来るように、という手紙と、午後4時に鐘撞小屋にくるように、という手紙が」
「……どうして」
信じられない、という顔をするソーヴィシチ。よもやニコラシカが勝手にそんなことをするとは思っていなかったのだろう。
今までずっと、ソーヴィシチの言うことに忠実に従っていたはずの傀儡のニコラシカが。
「どうしてって、もうあなたを信じられないからでしょう」
「そ、んな馬鹿な」
「ニコラシカ殿下は私にお話ししてくださいました。お話、というより相談ですかね。ソーヴィシチの考えていることがわからない、と」
状況が理解できないというように唇がわななく。誤魔化しの言葉が出てこないほどに、ソーヴィシチは動揺していた。今の彼を見ていると、初めて会った時の謁見の間での怯えた様子は演技だとわかる。
「ニコラシカ殿下のしてきたこと、そのほとんどがあなたによる指示だったそうですね。謁見の間で私の手にキスしたことも、街の中で一人になったことも、夕方の教室に一人にしたことも」
「……そ、れは」
「あなたは毎回、私がニコラシカ殿下に接触するように図っていた。見事に思惑に乗ってしまいましたが。……当初私はすべてニコラシカ殿下の意思だと思っていました。彼こそが転生者で、シナリオ通りに動こうとしているのかと。しかし彼と話しているうちに、彼の行動のどれもが、彼の通常の性格と食い違っていることに気が付きました」
ニコラシカは華やかな見た目に反して朴訥としていた。
争いや権力を好まず、ただ水面を揺蕩う葉のように、受動的で穏やか。そんな彼がわざわざ好き好んでトラブルに飛び込んでいくだろうか。
「あなたは毎回、シナリオ通りになるようニコラシカ殿下に指示し続けていた」
これでいい、大丈夫、なんとかなる、あなたのためだから。そんな言葉をかけ続けた。本来なら、ニコラシカもわざわざ傀儡となってやることもない。それでも傀儡に甘んじたのはソーヴィシチを信頼していたから。ソーヴィシチに悪意が本当になかったからだ。
「……指示を出していたとして、それはニコラシカ殿下を思ってのことです。それにあくまで僕の想像で話しているだけ、シナリオだとか、そんなものは知りません」
「では何故他国の人間が決して知りえないことを知っていたんです?」
「知りえないこと?」
「私の性別が女性であることですよ」
「……たまたまですよ。王宮へ来て、あなたを見て、男装した王女だろうと思ったんです。それにあなたは以前貴族の令嬢と間違われて誘拐されていたでしょう。だから男装している王女だろう、と」
「へえ。それであくまでも第二王子として扱われているはずの私を公的な場で女扱いしたんですか。そんなことをして主であるニコラシカ殿下がどんな目で見られるかも考えず。ただの、あなたの想像で。見かけによらず博打うちですね」
嘘だとはとうに知れている。ただニコラシカもニコラシカだ。まさか公的に性別不明、ただ第2王子として扱われている私を堂々と女扱いするなど、ここでソーヴィシチのことを疑っても良かったはずだ。それでも従ったのは、国外までついてきてくれた仲間だからか、今までの関係性からか。
あの時の暴挙の原因はすべてこいつにあったのだ。
「しかもあなたは”自分の予想”だけで殿下に言ったそうですね。『うまくいけば王配になれる』と」
「っ……」
「よほど自分の炯眼に自信があると見えた。ですが問題はそこだけじゃない。現国王である陛下はいまだご健在です。更に王位継承権第1位は私ではなく兄であるシュトラウス。にもかかわらずあなたは『王配になれる』と言った。……彼らが王でいられなくなることを、予想したんですか。無礼にも、ほどがある」
じわじわと怒りが込み上げてきた。シナリオ通り動かすため、ニコラシカを王配とするためにしてきたことに。
どれほどこのソーヴィシチ・マルコフという青年は身勝手なのだろうか。
あっさり認めたアドリア嬢の善良さを今になって思い知る。
「お、お許しください。すべて僕の軽挙妄動です。何か根拠があったわけでもありまん。僕はニコラシカ殿下が王配になれる、という可能性を見てしまったのです……!」
誤魔化すのをやめて謝罪に切り替えだした彼を冷たく見据える。今更何もかも遅い。もはや今の平身低頭な姿さえ、三文芝居のようにしか見えなかった。
そして謝罪をすれども転生者であることも、日記帳の持ち主であることも認めていない。
「いい度胸をしていますね。散々主君を危険な目に遭わせておいて、軽挙妄動の一言で片づけるなんて。他の人にはまねできません」
「…………」
「ではここに書いてある内容とあなたの指示がおよそ被っているのは偶然だと」
「……内容については存じ上げませんが、偶然です」
「なるほど、では今まであなたが学園内で書いてきた文字とこの日記帳の筆跡が一致したとしても、それは愉快な偶然だという訳ですね。いやはや不思議なことです」
唇を噛み、だんまりを決めるソーヴィシチを見る。
嵐が過ぎるのを待つように耐えているだけでことが終わる、なんて言うものは現実に存在しない。黙っているだけで終わらせるつもりも、ただ謝るだけで終わらせるつもりも微塵もない。
それだけのことを、この青年はすでにしでかしている。
「…………」
「闇オークションにアドリア嬢が出品されるよう手引きしたのも、先日の闇オークションにニコラシカ殿下と参加したことも、騎士団が突入し逃げ出すときに、銃を持った男に発砲したのもすべて偶然で、たまたまなわけですか」
「……はああ、シャングリア殿下。性格悪いって言われない? そこまでわかってたのかぁ」
諦めたようにソーヴィシチはため息をついて床に座り込んだ。
先ほどまでの萎縮すような雰囲気も、反省したような顔色も霧散している。今はまるで、すべての犯罪が暴かれ諦めた犯人のようだった。観念し、開き直っている。
「今までそう言われたことはありませんね。あなたこそよく言われませんか?」
「よく言われる」
開き直るにもほどがあるが、とうとう敬語すら無くなった。不敬罪。一発有罪だ。ただもう彼がしてきたことを思えば不敬罪など軽いものだろう。
闇オークションのとき、人身売買が発生するのだろうと予想して突入組であったブロンクスに、檻の中にいる人間がどうやって逃げるか確認するよう指示していた。その結果ブロンクスは、鍵が開けられ逃げ出すアドリア嬢も、その手を引いたニコラシカも、暴漢を撃ったソーヴィシチもすべて目撃することとなった。
「何もかもうまくいくと思ったんだけど、うまくいかないものだな。せっかくいろいろ頑張ったのに」
「迷惑極まりないですがね」
「ていうかあんたの性格がゲームと違いすぎる。もしかして転生者?」
「いいえ。私はここ生まれです。前世の記憶などはなく、ここをゲームの世界だと思ったこともありません。ゲームの中の私はどんなキャラクターなんですか」
「俺も王配ルートはプレイしてないけど他ルートで見る限り、普段は男らしく強がってるけど、本当は女として生きたいし、気も弱い。自由に生きていたいけどそんな力も反骨精神もない、みたいな感じ」
「はは、どこの誰ですかそれ」
「こっちのセリフ。まさかレイピア振り回すわ、囮役になるわ、闇オークションに乗り込むわって性格だとは思わなかった。なんて王女サマだよ。当てが外れたね」
随分と私とは違う誰かだったらしい。
私は今も自分が大好きだ。欠点などなく完璧で、好きなように生きている。現状に不満などない。ニコラシカを王配として迎えてまで欲しいものも何もない。
「一通り日記帳は読ませていただきました。あなたが王配ルートを目指していること、そしておそらく王配ルートをプレイしていないことも予想していました」
「人の日記をしっかり読み込んでるな」
「もちろん。しかしわからないことがあります。一つは王配ルートのエンディングを迎えるためには私が女王となっているのが絶対条件。けれど陛下も兄上も健在。であればどういった経緯を以てエンディングに至るのか。もう一つがこれに書かれていた『闇オークション、石油王ムーブ』。これ、王配ルートでは不要なのではありませんか?」
私にとっては至極当然の疑問だったのだが、なぜかソーヴィシチは不思議そうな顔をしていた。
「不要? なんで?」
「なんでって……、これ、主人公であるニコラシカ殿下が攻略対象であるヒロインを救い出すイベントではないんですか? それに対して私はこの国の第2王子。顔を知らない者はいません。であれば私は絶対に入札されない。王配ルートを目指すならここの件はいらなかった。……アドリア嬢が出品される必要はなかったのでは?」
「ああ、それはついで」
「……ついで」
ソーヴィシチは悪びれるでもなくそう答えた。無意識のうちに声が低くなる。
「確かにあの場にニコラシカが行く必要も、シャングリアが行く必要も、アドリアが行く必要もなかった。でもあのイベント自体は重要だった。俺やニコラシカがいなくても必須で発生するイベント」
「……誰もいないのに?」
「いたはずだった。どのルートでも同じ。オークション中に王国の騎士たちが摘発に来る。会場は大混乱。そんな中一人の男が場内で銃を乱射。その結果多数の死傷者が出る」
何でもないように話すが、思わずぞっとする。
こいつがそういうのであれば、きっとそうだったのだろう。もしあの時ソーヴィシチが男を撃たなければどれほどの被害が出たことだろうか。
「そして囮捜査で来ていた第1王子シュトラウスが被弾し死亡」
「……は」
「第1王子は死亡したこと、国内で続く混乱により国王が衰弱し、その後病死。結果的に直系の王族は王女シャングリアだけになる。第1王子、シュトラウスが死亡するのに必要なイベントだったんだ」
あっけらかんと説明したソーヴィシチに言葉を失った。
本当ならあそこにいたのは私ではなく、シュトラウスだった。
だが私が勝手に動いたからシュトラウスの代わりに私があの場にいて、ヒューイさんが庇ったから私は無傷だった。
「シュトラウスがちゃんと死亡するのを見ておきたかった。重要な伏線だからな。でも俺一人で夜間外出するのは困難。さらに言えば万が一騎士団に捕まった時の言い訳が必要だった」
「……『学友が攫われたから助け出すためにオークションに参加した』と」
「そうそう。だからルートとは関係なくて、騙しやすそうなアドリアを選んだ。見事に攫われてくれて、ニコラシカはオークションに行くと決める。俺はその護衛でついていったことにすれば何の問題もない。なんにせよ、ヒロインの立場は怪我を負うこともないからアドリアも無事だろうし」
そんな身勝手な理由で、アドリア嬢は攫われることになったのか。
シナリオを確認する手段として、ついでに、できそうだから。そんな理由で彼女は2度目の恐怖を味わい、巻き込まれた。
「なのに闇オークションに現れたのはシュトラウスじゃなくて王女のシャングリア。死亡ポジションにヒロインがいたらまずいと思ったから、先に俺が変な男を撃った」
「なるほど、なるほど。ちょっと一つ良いですか?」
持っていた日記帳を放り投げ、座り込んだままのソーヴィシチに歩み寄る。
不思議そうに私を見上げるソーヴィシチの目も髪も、夕日で真っ赤に見えた。大罪人に見えるわけでもない、本当に普通の学生に見える。悪いことをしたとは思っていない。シナリオ通りだから大丈夫なはずだった。安全は確保されていた。そんな風に思っているのだろうか。
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